結論として、締切の早い単行本作業を優先して、アシスタントに迷惑を掛けることになってしまった。
月曜日は、母親に頼み込んで学校を休み、3巻の表紙に費やした。
港浦さんのチェックが必要だったので、平日の午前中から見てもらう。
隠せる事じゃないので、学校を休んだことを伝えると、あまりいい顔をされなかった。そりゃそうか。
高校生は、学校に通うのも仕事のうちなんだろう。
サボってマンガを描いているようでは、高校生マンガ家失格だ。
11月15日 火曜日
「ほい、これ。俺がチェックした単行本の直し」
「ありがとう。昨日、急に休んで悪い」
「それはいいけど、原稿の方は大丈夫か?」
「金曜上げは諦める。土曜か、最悪月曜に」
「……今週はそれでいいけど、来週にしわ寄せがいくんじゃ?」
「たぶん。来週に勤労感謝の日の休みがあるから、なんとか……」
やけに重いと思って、シュージンが渡してきた袋の中身をチェックすると、弁当箱も一緒に入っていた。
「これは?」
もしや、シュージンの手作り!?
そんなわけないか。
「見吉から……早く仲直りしとけよ。見吉が機嫌悪いと俺まで被害に合うし」
「……努力はする」
席が前の席なんだから、直接渡してくれればいいのに。
違うか。わざわざ、シュージンを経由しないといけない状況でも、お弁当を作ってもらえた事に感謝しないとだ。
「ありがとう」
「……別に」
教室で見吉にお礼を言うと、無視はされなかったものの見向きもされなかった。
無視されなかっただけでも、一歩前進したと思えばいいか。
単行本の直しは、シュージンがセリフとかはチェックしてくれていたので、気になるところでも特に酷いところだけ、絵を訂正して終わった。
直したい箇所はもっとあったけど、手が回らなかったので諦める。
悔しいけど、締切を破るわけには、いかなかった。
おまけページも3巻は、シュージンの用意した文章だけでイラストは無しだ。
4巻は、3巻の分まで読者サービスを頑張ろう。
シュージンもネームで苦しんでいたのに、単行本作業の負担をほとんど押しつけてしまった。
楽しみにしている読者の楽しみも、減らしてしまったと思う。
これは借りだ。絶対に返さないといけない。
11月16日 水曜日
「すみません。今週は月曜日上げでお願いします」
「困りますよ。土曜は他を入れてますし、週末は入れません」
「僕はやりますよ」
「私も大丈夫です」
アシスタントにペン入れが間に合っていないことを伝えると、加藤さんと高浜さんは、土日も入ってもらえる事になった。
最悪、一人で仕上げまでするつもりだったので、助かる。
小河さんは他と掛け持ちなので、仕方ない。
エースの小河さんが不在で、クオリティーが落ちたとかならないようにしないと。
小河さんから指示だけでも受けたい。金曜日までに枚数をどうにかしようと、必死になってペン入れをしていった。
あんまり寝れてないけど、今日も徹夜するしかない。
下描きまでは何とか終わっているので、授業中に寝よう。
11月18日 金曜日
「38話の本ちゃんは、7位だ。頑張ったな」
38話。アクション編の解決回は、順位を上げることができた。
作画にこだわれば、こうして読者にも響いてくれた。
でも、これは週刊連載のアンケートシステムの過酷さを表している。
作画にゴールはない。
より時間をかければ、より良いものが描けると思う。
これをすれば100点だっていうものがあれば、それを描けば済むけど、実際はそう単純なものではない。
締切という制限時間がある中で、どれだけ理想の作画に近づけるのか。
これを連載が続く限り、毎週繰り返さなければならない。
今までだって手を抜いていたわけじゃないけど、時間には限りがあるので、どこまでも理想を追えるわけじゃない。
その時間を増やすには、睡眠時間を削るなり、何かを削って描くしかない。
そして、今の『TRAP』の立ち位置だと、どこまでも理想を追い求め続けないと許されない状況まで追い込まれている。
7位を獲れてホッとしたけど、解決回だ。
当たり前に7位を獲れる位置まで戻したい。
いや、もっと上だ。
そう思えば思うほど、疲労を感じながらも、眠る気にはなれなかった。
「真城さん大丈夫ですか?」
「明日までにはペン入れ終わらせます。迷惑をおかけしますが、お願いします」
「……分かりました」
加藤さんに気遣われたけど、僕には描き続けるしかできない。
土曜日も参加という事で、今日は高浜さんが仕事場に泊まっていく。
スッキリするわけにもいかず、加藤さんは、一度家に帰って行った。
「あたしも帰るから。また明日」
「お疲れ」
「…………」
見吉との仲は、戻せていない。
幸い、仕事場では、今まで通りに見えるように取り繕ってくれているけど、高浜さんとかどう感じているのかは怖くて聞けていない。
僕達と関係が深い加藤さんには、しっかり気づかれていたみたいだ。
って、余計な事を考えている暇はないか。
ペン入れペン入れ。明日までに絶対にあげてやる。
◇◇◇
翌週。
先週は結局、土曜日までに終わらせることができずに、日曜までかかってしまった。
休みを潰してしまった、高浜さんにも加藤さんにも頭があがらない。
せめてアシ代だけでも色をつけることにした。
港浦さんに提出したのは、月曜日だ。
当然だけど、次の週の原稿は遅れている。
「ダメよ」
休みたいと母親に訴えたが、2週連続は却下されたので、ゾンビみたいな足取りで学校へと向かった。
今週は、構図決め、下描きすら終わっていないので、授業中に寝る事もできない。
アシスタントが来る水曜日までにどこまで進められるのか。
今週も眠れない日々を過ごさなければならなかった。
11月23日 水曜日 勤労感謝の日
昨日から仕事場に泊まりこみ、作業に追われていた。
下描きまでは、どうにか落ち着いたので、今はペン入れ中だ。
アシスタントが来るまであと5時間くらいか。
「この調子だと、先週とあんまり変わらないかも……」
ペン入れまで終わっている原稿は、2ページだけ。
本来なら、10ページは終わらせておきたい。
1ページ2時間はかかるので、頑張っても5ページか。
こんな計算をする暇があるなら、描かないと。
分かっていても、焦りからか余計な思考が消えず、邪魔してくる。
最後に、まともに寝たのっていつだろう。
3時間寝れたのもいつだったのか思い出せない。
おじさんも言ってたっけ。
ネームができないときは、地獄だったって。
おじさんはギャグマンガ家だったので、作画よりも話作りに時間が掛かっていたみたいだ。
ネタが出ないと寝ようとしても、考えてしまい眠れなくなる。
いざ、ネタを思いついてネームができても、今度は作画に追われて眠れない。
調子よくネタが出せた日に8時間寝たら、翌日、身体が軽すぎて上手く線が引けなかったって笑ってたっけ。
おじさん特有の冗談だと思ってたけど、本当の話だったのかもしれない。
身体が重いのが日常になりつつある。食事の味がしなくなったのも慣れた。
これが連載作家だ。
おじさんに並べたんだと思ったら、しんどいはずなのに、どこか笑ってしまいそうになる。
『コラコラ。ダメなところは、俺に似るなよな』
おじさんの声が聞こえた気がする。
温かみのある優しい声だ。
ああ、おじさん。ここに居たんだ。
頑張ってる姿を見てくれたのかな。ありがとう。
もっと頑張りたいよ。でも、おじさん。なんだか僕、疲れてしまった。眠いんだ。
おじさん……
「真城さん。寝てるんですか……真城さん!?」
「死んでる」
「いやーーーーーっ」
◇◇◇
死んでないけど。
意識が戻ったときには、病院にいた。
過労が原因で弱ったところに、菌が入り込んで悪さをしているらしい。
詳しいことはよく分からなかったけど、手術しなければよくならないらしい。
このまま入院コースだ。
「…………」
ペン入れは、どこまで進んでいたんだっけ。
思い出せないけど、遅れていたのは間違いない。
抜け出そうとしたものの、身体に力が入らなかった。
「悪化させるつもりですか。おとなしくしていなさい」
先生に怒られてしまう。
どうすればいいんだろう。
せめて、描いていた解決回だけでも締切に間に合わせたい。
ただでさえ、週刊連載は休んじゃダメなのに、区切りが悪すぎる。
いったん落ちた人気がそこで定着するのか、取り戻せるのか、大事な時期だ。
このタイミングで休載なんて、できるか。
やがて、駆けつけたらしい母親と一緒に、シュージンが病室に入ってきた。
港浦さんや服部さんもいた。
シュージンがいるのは、渡りに船だ。
「シュージン。ごめん。病院で描くしかない」
「サイコー……」
「原稿持って来てくれ」
「分かった」
母親や、医師の先生、服部さんや港浦さんまで止めていたけど構うものか。
頼れるのは、シュージンだけだ。
今日の面会時間が終わるので、明日になりそうだけど、シュージンは、絶対に原稿を持って来てくれるはずだ。
他の誰が止めたとしても、シュージンだけは、僕を止められない。
僕とシュージンは、二人で亜城木夢叶なんだから。