11月28日 月曜日
今日が締切だった解決編は、なんとか土曜日までにペン入れを終わることができて、アシが仕上げてくれて提出することができた。
次の締切に向けて、構図を決めて下描き中だ。
面会時間になって、シュージンと亜豆さんも来てくれた。
これで亜豆は木曜日から、金曜を飛ばして土、日、月と足を運んでくれている。
仕事がない限りは、毎日来てくれるみたいで、嬉しい反面照れ臭い。
特に会話が弾むわけじゃないけど、亜豆が見てくれている。それだけで幸せだった。
「入院してるのに原稿描いてる!?」
「誰かと思ったら逃亡癖のある平丸先生か」
平丸先生と、福田先生もお見舞いに来てくれた。
どちらも僕が原稿を描いてることに、驚いていたみたいだ。
特に平丸さんは、壁に背中を打ちつけるほどの大きなリアクションで、一緒に来ていた編集の吉田さんによく見とくように、と手本にされてしまった。
順位的には『TRAP』の方が下なので、恥ずかしい。
平丸さんの質問で亜豆さんから僕への愛を改めて感じられたので、いっか。
と、にぎやかにしていると、編集長が現れた。
「昨夜、今後の『疑探偵TRAP』について会議をした」
港浦さんの困り顔から、編集長が何を言おうとしているのかは、すぐにわかった。
「『疑探偵TRAP』は、来年の4月まで休載とする」
だから、続いた言葉には、それほど衝撃を受けなかった。
「何言ってんだ? それも4月までって、意味わかんねー」
すぐに、福田さんが噛み付いてくれた。
休載するかもしれないっていう予感はあったけど、4月までというのは長すぎる。
編集長が言うには、4月までになった理由は、
身内に不幸があったのに、これ以上家族に迷惑をかけられないという、僕とは直接関係のない理由だった。
高校生マンガ家をさせた事に無理があり、卒業するまでが休載期間らしい。
僕の母親が再開に反対していることが、決め手となってしまったようだ。
落ち着け。感情で訴えて通じる人じゃない。
編集長を説得できるとしたら理屈だ。
「ちょっと待てよ」
福田さんがキム〇クみたいに、編集長を止めた。
シュージンもそれに続く。
そのまま、編集長と言い合いになっている時間を使って、考える。
熱くなるな、クールになれ。
編集長より上の立場だった、
ダイの大冒険は、何度も読み返した。印象的なセリフは、覚えている。
『よく覚えとけ。魔法使いってのは、つねにパーティーで一番クールじゃなけりゃならねえんだ。全員がカッカしてる時でも、ただ一人、氷のように冷静に戦況を見てなきゃいけねえ……』
全員がカッカしている今、真城最高だけは、氷のように冷静に戦況を見るんだ。
4月までってのは、なぜか。
高校生と漫画家という二足の草鞋の連載が、負担になっていたからだ。
それは、認めるしかない。
高校なんか休みたいって何度思った事か。
実際に、マンガのために、休んだ日もある。
高校に通いながらの連載は、無謀だった。
それが事実だからこそ、編集長を説得する術はある。
「待ってください。退院までというのなら、我慢できます。4月までというのは、納得できません」
「また身体を壊したらどうするつもりだ」
「その仮定がおかしいです」
「実際に身体を壊している。再び壊さないという保証はない」
「いいえ、あります」
編集長の時代がどうだったのかは知らない。
でも、僕達、亜城木夢叶が現役高校生だから分かることがある。
「シュージン、谷草北の自由登校っていつからだっけ?」
「センター明けの自己採点が終わったらのはずだけど……あっそうか」
ずっと無茶をしていた自覚はあった。
長くは持たないかもしれないとは思っていた。
それでも、無茶を止めなかったのは、冬休みまで辿り着ければ、どうにかなると思っていたからだ。
3学期は、2週間くらい通えば、自由登校に入る。
その程度なら、どうにか無茶が持つだろうという計算があった。
残念ながら、冬休みまで持たなかったけど。
「僕の入院予定が2ヵ月。手術が順調に終われば、1月23日に退院です。その頃にはセンター試験も終わって、自由登校に入っています。高校は卒業していませんが、高校との両立にはなりません」
「…………」
「編集長は、先ほど言いました。高校と両立させたことに無理があったと。倒れてしまった僕に、その言葉は否定できません。ですが、高校と両立が無理だから休載させるというのであれば、休載は退院するまででお願いします。実際に両立しなくなるのに、両立できないから休載しろというのは、受け入れられません」
「大学は、どうするつもりだ」
「僕は、大学に行きません。マンガ家として食べていくつもりです」
だから、3学期に学校に通う理由がない。
自由登校なら、登校しないだけだ。
「それで一生食べていけると思っているのか。親の身になれと言ってるだろう」
亜城木夢叶として稼いだ単行本の印税は、僕の分だけだと1000万くらいだ。
とてもじゃないけど、生涯年収には全然届いていない。
おじさんは、結局、食べていくことができなかった。
それでも、僕にはマンガを描いて食べていけるという自信があった。
僕は、おじさんとは違う武器があるからだ。
「港浦さん。知っていたら教えてください。小河さんは、月にどれだけもらってますか?」
「……具体的な金額は言えないが、単純計算なら、君達の払っている金額の倍だと思ってくれればいい」
「シュージン」
「小河さんに払っているのは、38万円。倍なら76万円だ」
「亜城木夢叶として成功するつもりです。万が一、成功できなかったら、プロアシでも何でもやります。僕の絵ならプロアシとしてやっていけるはずです」
月76万円。小河さんは、子供が産まれるって言っていたし、それだけあれば家族を養って食べていけるだけの金額になるはずだ。
ギャグマンガ家で絵が下手だったおじさんにはできない、僕の武器だ。
「真城くん、よく言った。もし、ダメだったら俺がアシとして雇ってやる。真城くんの技術なら大歓迎だぜ」
「福田さん……」
「いや、僕が雇おう。僕の代わりにマンガを描いてくれ」
「平丸さん……それはちょっと」
ラッコ11号は、僕には描けない。
「君の下手な絵に、亜城木くんの緻密な絵は合わないだろ」
「吉田氏、なんて無情な事を……」
福田さんが肯定して、背中を押してくれた事で、大学に行かなくても不幸にはならないという証明になったはずだ。
平丸さんは、サボりたいだけな気がする。
これで、こちらの出せるものは、すべて出した。
編集長の意見は、全部潰せたはずだ。
あとは、編集長がどう判断するのかだ。
「……分かった。休載は入院が終わるまでとする」
「ありがとうございます」
僕とシュージンで頭を下げた。
本音を言えば、一切休載したくなったけど、身体を壊した僕が悪い。
入院中の休載は、仕方ない。
「編集長が決めた事を覆した!? やったーーー。すごいよ真城くん」
「港浦、おまえ少しは抑えろ」
子供のようにはしゃぐ港浦さんに、編集長の顔色が変わった気がする。
慌てて、吉田さんが止めに入るけど、港浦さんは大丈夫だろうか。
急に、別の部署に飛ばされて担当変更とかになりませ──港浦さんなら別にいっか。
こうして僕達は、港浦さんの犠牲と引き換えに、入院明けの連載再開を勝ち取ったのだった。
「真城くん、夢は諦めないで」
「あれは、再開のための方便で」
「もしもとか言わない」
「だからあれは」
「言わない」
「……ごめんなさい。プロアシにはなりません」
「よろしい」
亜豆さん厳しい。
亜城木夢叶で成功しないと、亜豆との結婚は無理そうだ。
最悪、プロアシでもなんて考えは、甘かったか。
◇◇◇
手術は、成功した。
亜豆が学校を休んでまで来てくれたのが嬉しかった。
当日だけ、休んで、翌日から原稿と向き合っている。
「真城さん。休載中でも、描くんですね」
「休載が決まったのは仕方ないけど、描けたってことは示したい」
今日は、亜豆は仕事だ。
それを知ってか知らずか、加藤さんが来ていた。
アシの日じゃないので、ゆっくりしていくつもりみたいだ。
「アシ達には、僕のワガママに付き合わせて申し訳ないけど」
「私としては、仕事がもらえるのは助かりますけど、掲載されないんですよね。大丈夫ですか?」
「原稿料は入らないけど、なんとか……」
単行本がそれなりに売れてるからどうにかなる。
たぶん、今描いてるシリーズは、幻のシリーズになりそうだ。
退院したらしたで、原稿を描くつもりなので、今の原稿は、ジャンプに載らずに終わると思う。
「それで、真城さん。手術は成功したんですよね。そろそろスッキリしたいんじゃないですか」
「加藤さん。尿瓶はもういいから」
「私は何だと思ってるんですか!?」
尿瓶女だと思ってるよ。
余談だけど、前回の尿瓶の話。部屋を出た後に、女子トイレに直行して、中身を流して帰ったらしい。そりゃそうか。わざわざ持って帰る理由はない。
「若い真城さんが、一週間以上溜まってるのは、問題です」
「溜まってるって言われたら、溜まってるけど」
「先生のお世話をアシスタントがするのは、当たり前です」
「そのお世話が怖いし」
「……やりすぎましたね。ごめんなさい。真城さんが可愛くて、つい」
「ついじゃねえよ。どれだけ大変だったか」
下半身丸出しで、布団で隠して亜豆と再会して、エイジにライバル宣言して、医者からは手術が必要だと聞いて、シュージンとはお互いに励ましあった。
色々と台無しだ。
「今日は、本当にスッキリするだけですからダメですか?」
「あんまり、動けないんだけど」
「真城さんはじっとしてるだけでいいですよ」
といいながら、加藤さんがベッドに上がってきた。
この女、やる気だ。
そろそろスッキリしたかったのは、事実だからいいか。
「加藤さん」
「真城さん」
「「バクマン(バクマン)!!!!!」」
果てた瞬間に、全身が痛み出したけど、さすがにナースコールは押せなかった。
もうちょっと、安静にしておこう。
◇◇◇
夜
「森高くん」
夜中まで原稿と向き合っていると、カーテン越しに声をかけられた。
同じ病室のおじいさんだ。
「すみません。灯り漏れてましたか?」
「いや、大丈夫。この年になるとあまり寝れなくてね」
ちょうど、そろそろ寝ようかと思っていたので、ここで切り上げた。
「君は、彼女が居るんだね」
「……はい」
「私は、若い頃に役者をやっていた。それなりにモテたから分かるよ。あの頃が一番楽しかった」
「そうなんですね」
「若いってのは素晴らしい。彼女が居ながら別の女性に手を出す。若さの特権だ。私に遠慮なんかしなくてい。応援するよ、頑張れ」
バレてた。
まあ、敷居はカーテンだけだし、そりゃバレるか。
「……ありがとうございます」
「私も、もう一度頑張りたくなった。退院してモテるように、頑張るよ」
「はい」
おじいさんが、頑張る気になったのなら、良かった……のか。