1月23日 月曜日
「いいのかしら。私まで乗せてもらっちゃって」
「いいんだって。まだ時間あるから、家に寄るくらい大丈夫だし」
「そうですよ。送らせてください。って僕が、運転するわけじゃないですけど」
入院生活は、無事に終わった。
亜豆と話したり、原稿描いたり、加藤さんとスッキリしたり、シュージンと打合せしたりしていたら、2ヵ月も、あっという間だった。
これを高校に通いながらやっていたとか、かなり無理があったよな。
今なら、倒れて当たり前だったと思う。
でも、倒れるまでは、分からなかった。
倒れた経験が無駄にならないように、頑張ろう。
というので、退院手続きを終えて、一度自宅まで向かっていた。
移動手段は、ハイヤーだ。
僕達は一回目、母親は初めてのハイヤーだった。
二度目となると、最初ほどの感動や緊張は無かった。贅沢になってしまったのかもしれない。
だからこそ、おっかなびっくりな感じの母親のリアクションが新鮮で、僕達も1年前はこうだったよな、と懐かしい気持ちになれた。
これで、少しは母親に恩返しできたと思いたい。
「それじゃ、母さん。悪いけど、今日は遅くなるから」
「いいから、行きなさい。失礼のないようにしなさいよ」
「はいはい」
母親を自宅前で降ろして、僕達は新年会の会場へと向かった。
1月23日。僕が退院したその日が、二度目のジャンプの新年会だった。
「そういや、シュージンは、スーツじゃないんだな」
「去年の失敗をいじるなよ」
「はは……」
僕もシュージンも、今日は私服だ。
フォーマルな格好は、していない。
「亜城木先生、来ましたね」
「新妻さん。お見舞いありがとうございました」
「連載再開早くお願いします。待ってました」
「詳しいことはこれからですけど、3週後だと思います」
「そうですか……美味しい料理がいっぱいです。食べて元気になるです」
「はい」
会場に入ってすぐに、エイジに捕まった。
相変わらずくつろいで堪能しているのが、羨ましい。
去年は、挨拶回りであまり料理を食べられなかった。
「行くか」
「ああ」
今年こそ食べたかったけど、今年もやらなければならない事がある。
休載で迷惑をかけたので、挨拶回りだ。
「福田さん。ご迷惑をおかけしました」
「体調管理くらいばっちりしとけよ、プロ失格だぜ」
「反省してます」
「けど、病室で描くとは根性あるよな。描いてた原稿どうするんだ?」
「まだ決まってません。お蔵入りになりそうですが……」
「お、お蔵入り。描いた原稿を使わないとか、信じられない」
福田さんと談笑していると横から割り込まれた。
お酒を手にした平丸さんだ。
顔色があまりよくない。既に相当飲んでいるみたいだ。
「平丸さんにも、ご迷惑をおかけしました。今日から復帰です」
「休むのは人の権利だ。僕も休みたい。休もう。休むべきだ。そう思わないか」
「平丸。お前はまたそうやって絡んで。飲み過ぎだ。去年それで失敗したのを忘れたのか」
「吉田氏。僕が交代で入院しよう。最近、どうも寝つけなくて」
「睡眠時間が減ったのならもっとかけるな。よし、次の話の打ち合わせをしよう」
「鬼、悪魔……」
担当編集の吉田さんに引っ張られて、平丸さんが奥へと消えていった。
仕事というより、酔い覚ましをさせたいんだろう。
「平丸さんは変わらないな」
「ああ」
「連載続けて、来年もここで平丸さんを見れたらいいな」
「サイコー、不吉な事言うなよ」
「悪い」
ジャンプの新年会に参加できるのは、連載中の作家だけだ。
厳密には、去年の僕達みたいに、連載開始前の連載が決まった作家も含まれるけど、連載が終わった作家は、呼ばれなくなる。
シビアな世界だ。去年挨拶した先生とか全員揃ってるっけ。
そもそも、全員の顔と名前覚えてないから分からないけど。
「亜城木くん達は、絶対残ってくれよ。福田組が揃うのは、今日が最初で最後とかなりたくねえし」
「え?」
「あれ? 聞いてねえのか。蒼樹嬢と中井さんの連載は、12月の会議で終了が決まったって」
「本当ですか?」
「雄二郎から俺はそう聞いた」
「すみません。担当に確認してきます」
福田さんとの会話を打ち切って、港浦さんを探した。
「サイコー、あそこ」
シュージンが先に見つけて、港浦さんの元へと向かう。
「真城くん。退院おめでとう」
「ありがとうございます」
「今年も挨拶回り大変だと思うが、しっかりな。ここだけの話、新年会が今日になったのは、真城くん待ちだったらしいぞ」
「え!? そうなんですか」
たしかに、新年会にしてはちょっと遅いと思ってたけど。
「編集長がハッキリ言ったわけじゃないが、編集部ではもっぱらそうだって言われてる。1月下旬開催は、初めてらしい」
「それは、申し訳ないですね」
「まー、あまり気にするな。退院がもっと遅ければ無視されただろうし」
そういうもんなんだろうか。
って違う、港浦さんとしたかったのは、僕を待ってたかどうかじゃない。
「港浦さん。12月の連載会議ですが」
「『TRAP』は問題なかったって言っただろ」
「いえ、終わる方です。『ハイドア』が終わるって本当ですか?」
「本当だ。『ハイドア』と『チーター』が終わる。10月の時点で、危ないって予告されていたが、順位を上げられなかったから仕方ない」
「……そうですか」
福田さんに聞いた話は、本当だった。
中井さん達の連載が終わる。次は、僕達かもしれない。
倒れる前に『チーター』より上にいけていたから助かったのかも。
無理した事に、意味はあった。
あまり、入院中の僕を刺激したくなくて、黙っていたみたいだ。
知ったら、焦ったかもしれないので、港浦さんの判断は正しいと思う。
「サイコー。響先生あっちにいるけど、挨拶どうする?」
「やめとこうぜ。向こうから話しかけてきたら別だけど、こっちからはちょっと」
「だよな」
シュージンとコソコソとやりとりする。
響先生は『チーター』と『TRAP』で票を食い合った仲だ。
僕達からは、挨拶されたくないだろう。
「中井さんは……やけ食いしてるな」
「行こう」
「大丈夫か?」
「中井さんには、お世話になったし……俺一人で行ってくる」
「分かった」
シュージンと中井さんは、これまでほとんど関わっていない。
終了が決まった中井さんとは、話しにくいと思う。
料理が並ぶテーブルの中央に陣取った中井さんの方に、一人で向かった。
「中井さん」
「真城くんか。退院おめでとう」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
「本当さ。君が入院してなければ、終わるのは『TRAP』だったかもしれないのに」
「そんな……」
「冗談だよ。僕達の実力不足さ。あぁあああああって叫びたいけど」
「中井さん」
順位を上げたところで、休載に入ったから助かったけど、あのまま続いていたらどうなったかは分からない。
笑えない。
「今日、こうして初めて新年会にこれたんだ。僕は、縁がないんだって思っていた。でも、来ることができたんだ。これが最初で最後なんて事にならないように、また頑張ればいいだけだ」
「中井さんの絵なら、絶対また連載できますよ」
「ありがとう。同じ作画担当の真城くんが言ってくれたら自信になるよ」
作画担当には、作画担当にしか分からない事があるのかもしれない。
僕なんて、まだ中井さんに届いていないと思う。
中井さんは、目標の一人だ。
また争っていきたい。
「真城くん。連載、僕の分まで頑張ってくれよ」
「はい。ありがとうございます」
最後に、背中を叩かれて、中井さんとの会話は終わった。
叩かれたところが痛い。
その痛みが、重いものを託された気がする。
中井さんと別れて、原作の蒼樹先生を探してみたら、編集の人と話し中だった。
中井さんとは違って、そこまで親しいわけでもないので、結局、話しかけずに新年会は終わった。
◇◇◇
「疲れた」
「結局、今年もあんま食えなかったな」
新年会が終わって、二人でハイヤーに乗り込んだ。
「悪い。俺のせいで」
「いや、連載が続いてるのは、サイコーが無茶してくれたからだろ。『TRAP』が終わってたら、どっちにしろ楽しめないって」
「シュージンが頑張ってたから、俺も頑張っただけだし」
「入院は、やりすぎだけどな」
「悪い」
「もう、なしにしようぜ」
「努力します」
入院して誰よりも迷惑をかけたのは、シュージンだ。
僕の入院で、シュージンは僕よりも追いつめた自分の事を責めていたけど、それはシュージンの優しさだ。悪いのは僕だ。
ただ、同じ状況になったら、たぶん同じ無茶をすると思う。
だから、約束はできないけど、努力はしたい。
「言ってるそばから悪いけど、今から仕事場行くわ」
「さっそくかよ」
「画材とかの整理しときたいだけだって。明日から仕事できるように、何が減ってるのか確認しときたい」
「手伝おうか?」
「いいって。俺は明日学校に顔出さないといけないから、仕事再開は夕方からな」
「分かった。じゃあ、明日。仕事場で」
「お疲れ」
仕事場まで送ってもらって、シュージンと別れた。
去年の新年会と同じパターンだ。
「…………」
シュージンには悪いけど、去年とは違って仕事をしたいからじゃなかった。
常識的に考えたら喧嘩中の相手だ。仕事場に来ているわけがない。
でも、不思議とこのタイミングで、仕事場にいる事を確信していた。
想像通り、
「見吉……久しぶり」
「……真城」
それが、見吉との2ヵ月ぶりの再会だった。