「入院中はご迷惑をおかけしました。今日から復帰しますので、よろしくお願いします」
「退院おめでとうございます」
「これ、退院祝いにクッキーを焼いてきたのでどうぞ」
「ありがとうございます」
高浜さんと加藤さんに退院の挨拶をした。
加藤さんの焼いたクッキーか。
なんだろう。嬉しいよりも、怖いの方が勝ってる気がする。
これは高くつきそうだ。
買ってきてくれた方がよかったとか、言ってはいけないんだろう。
今日は火曜日で、小河さんは別の先生の所に入っているため、小河さんへの挨拶は明日の予定となっている。
さあ、やるぞって言いたいところだけど、久しぶりの仕事場だ。
肩慣らしという事で、3時間程度で本日の仕事を終え、アシ達には帰ってもらった。
「真城ー。はい、お茶」
「ありがとう」
「どういたしまして、頑張りなさいよ」
昨日、仲直りしたおかげか、見吉はご機嫌だった。
今も、僕の頭をぐいぐいと撫でるというか揺らすとかしていく、ありさまだ。
「なあ、サイコー」
「どうした、シュージン」
「見吉と喧嘩してたんじゃ……」
「学校で仲直りした」
ということで、口裏合わせ済みだ。
「なんだよ。二人が学校に行くなら、俺も行ったのに」
「午前中だけで帰ったし、わざわざ学校で集まるほどのもんじゃねえよ」
入院中で受けられなかったテストの分、課題の提出を求められた。
卒業のために必要らしいので、ぼちぼちやるしかない。
学校に通うよりは、だいぶ楽だと思う。
「それにしても、サイコーと見吉ってそこまで仲良かったっけ?」
「見吉に聞いてくれ」
俺は、今まで通りのつもりだ。構ってくるのは、見吉だ。
「今、反動がきてる……」
「反動って……そんなもんか」
いや、何の反動だよ。
シュージンも納得するなよ。
「そういや、学校で斎藤に捕まった」
「斎藤って俺の担任の?」
「高木を説得してくれってさ。もっといい大学目指せって、まだ間に合うからって」
「ずっと断ってるんだけどな……」
シュージンは、3年間ずっと、成績を維持してきた。
学年トップとまではいかないけど、上位集団に入り続けていたはずだ。
僕は、大学には行きませんって担任に伝えたら「そうか。マンガ家、頑張れよ」と言われ、それだけで終わった。
赤点こそ取ったことないけど、低空飛行だったから、そんなもんだ。
「俺は大学行かないし、自分の学力にあったとこ目指せばいいのに」
「それも考えたけど、どうせ親が満足するレベルは無理だし、行けるところから選ぶなら、近場ってのを優先したい」
「もったいない」
「通学時間の方がもったいない。それに……」
「それに?」
「見吉と同じ大学じゃないといやじゃん」
「高木ーーー」
見吉が高木に抱き着いた。ラブラブじゃん。
「なるほど」
「真城、実感しすぎ。どうせ、あたしじゃたいした大学いけないわよ」
「八名大でもギリギリだけどな。勉強やってるんだろうな?」
「高木、教えて」
「おまえなー。『TRAP』があるんだから、時間割けないって」
「ええー、あたし一人で受かるわけないじゃん」
そんなことを堂々と言うなよ。
仮に、僕が大学受験するなら独学で受かる自信ないから、見吉をバカにできないけど。
「分かった分かった。教える時間ないけど、面倒はみる」
「面倒って?」
「指示出し。見吉は、これから毎日2時間、英語の教科書を読め。中学レベルさえマスターしとけば、大丈夫なレベルだから」
「2時間って、長くない?」
「長くない。グダグダ言わずにやる。教科書取ってこい」
「えー、明日からでよくない?」
「よくない」
「高木、きびしー」
今から2時間って、もう夜なのに。マジか。
「シュージン。俺も、今日はもう切り上げるから明日からでよくないか?」
「真城ー」
そんな嬉しそうな声を出すな。
あと、抱き着こうとするな、反動にしてもそれはヤバいだろ。
見吉をなんとか押し返す。
「……分かった。サイコー、午前中は、ここを見吉の勉強に使っていいか?」
「話作りが遅れないなら好きにしろよ」
「見張るだけだから余裕」
「見張るんだ」
「見張らなくても勉強するのなら、任せるけど」
「見張ってください。お願いします」
試験まで残り2週間。
シュージンとの大学生活を目指して、頑張れ見吉。
俺は応援だけしとこう。
勉強なんて、ごめんだ。
◇◇◇
2月
「残念だが、次が危ないって予告された」
「そうですか……」
「冷静だな」
「順位が悪いのは、分かってましたから」
見吉の試験勉強も無事合格に終わり、しばらくは平和になりそうかと思ったけど、世の中そう簡単には、できていないらしい。
再開後の『TRAP』は、復帰回こそ、5位と読者が待っていたことを感じさせる順位だったけど、その後は、11位、14位、解決編で12位と低迷している。
一方でライバルの『明智五助』は、4月からのドラマ化が発表されるなど、絶好調だ。
すっかり差を広げられたと思う。
休載期間に、想像以上に読者離れが起きてしまっていたらしい。
最悪、打ち切りがあるかもって覚悟していたので、ワンクッション置かれたのは、生き延びたって気持ちの方が強かった。
「どうする。今描いてるシリーズが終わったらテコ入れするか?」
正直、気乗りしないけど、このまま何もしなかったら連載が終わってしまう。
「ファンの意見を取り入れてみるってのは?」
「うーん、やれる事はやってみるか」
「あたしも手伝う」
シュージンの提案で、ファンの意見を取り込んでみることになった。
見吉と三人で、今まで届いたファンレターを読み漁り、意見を集約。
一晩かけてなんとか終わらせて、翌日、要望の高かったものを取り入れたネームを完成させた。
◇◇◇
翌日
「なんだ、このネームは」
「えっ?」
「誰が作った。こんな話」
ネームを見た港浦さんが、すぐに仕事場に駆け込んできた。
異変を察知して、見吉には申し訳ないけど、既に帰ってもらった。
これだけネームに対して怒っている港浦さんは、初めてだ。
「僕です。今までのファンの意見を取り入れてみました」
「そういう事か。いいか、作品に責任を持てるのは、高木くんと真城くんだけだ。人の意見を入れるのがダメだとは言わない。いいアイデアなら入れた方がいい。しかし、なんでもかんでも入れてしまうと、支離滅裂なものになる。これが亜城木夢叶の作品だって胸を張れるか?」
「……張れません」
「いいか。意見を取り込もうとする姿勢を持つのは大事だ。ただ、人の意見に振り回されるな。一番大事なものを見失う事になるぞ」
「分かりました」
反省しかない。
追い詰められた結果、選んだ選択は、最悪なものになってしまった。
港浦さんが帰った後で、シュージンと二人で反省会だ。
「次の連載会議まで何話だっけ?」
「8話先の速報まで。既に3話は提出済みだから、いじれるのは、残り5話」
「5話か。シリーズもので一発勝負は怖いけど、2つに分けると微妙だな」
シリーズなら3話か4話は欲しい。2つに分けると後半は、途中で次の連載会議だ。解決編まで辿り着けない。
シリーズを3話にしても、4話にしても、5話にしても、解決編を入れられるのはあと1回だけか。
「シュージンは、露骨なテコ入れしてでも『TRAP』を続けたい?」
ファンの感想を取り入れてみる前は、それも仕方ないかって思っていた。
でも、港浦さんに怒られて気づいた。
僕達は、僕達にできるマンガを描くべきだという事を。
「何言ってんだよ、当たり前だろ」
「……俺は、推理マンガとしてやるべきだと思ってる」
「…………」
「諦めるつもりは無いけど、1年以上連載できたんだ。ついてきた読者を裏切りたくない」
「何かアイデアがあるのか?」
「アイデアってほどじゃないけど、考えてることはある」
「考えてること」
入院中に、暇な夜に考えていたこと。
新年会で、改めて胸に刻まれたこと。
港浦さんに怒られて、思い出したこと。
それは、ただ1つだ。
「俺は、エイジに勝ちたい」
「勝てたら、打ち切りにならねーって」
そりゃそうだ。
でも、これが僕の嘘偽りない気持ちだった。