「エイジに勝つには、どうしたらいいのかってずっと考えてた」
「なにか閃いたのか?」
「最初で最後の手段ならどうかと思ってる」
「最初で最後?」
僕が何を言いたいのかが察しがつかず、シュージンが首をかしげている。
「前向きに、後ろ向きな話になるけど、いいか?」
「もうなんでもいいって。聞かせてくれよ、気になるじゃん」
エイジに勝つには、どうすればいいのか。
僕の中で出た答えだ。
「一度のチャンスに賭ける」
「一度のチャンス?」
「『TRAP』は、よほどのことがない限り終わると思う。だからこそ、取れる手段って言うか。具体的にコレだって案があるわけじゃないけど、わかりやすく例を出すなら、主人公が死ぬ」
「主人公が死んだら終わりじゃん……って、そういうことか」
「そういうこと」
通常ならキャラクターの死亡は、慎重に扱う必要がある。
ましてや、主人公が死ぬとか、もってのほかだ。
生き返ったり、主人公が交代する作品もゼロじゃないけど、通常は主人公を殺すことなんてできない。
仮に、連載の終わりが決まっているのなら、主人公を殺して話を締めても、支障は出なくなる。
最初で最後の手段だ。
「主人公が死ぬっていうのは、極端だけど、今まで描かれていた伏線とか回収できるだけ回収して、最終回で話を綺麗に終わらせられたら、その回でエイジの上をいけるかもって思わないか?」
「……面白いかも」
シュージンが食いついてきた。
「でも、それって終了が正式に決まってからやる事じゃ」
「連載会議後に掲載されるのは、多くて6話くらい。だから、その時点で描き終わってる原稿を差し引いたら、終了を知ってから描けるのは、多くても3話が限界だから、難しいと思う」
現実的な問題として、連載終了が決まってから、描ける話数は少ない。
その中で伏線を回収して、終わらせるのは至難の業で、尻切れトンボで終わるか、まだまだ続く感じで終わるのかのどちらかになる。
「3話か……かなり詰め込まないと、無理だな」
「だから、あまり取りたくないけど、連載が終わることを前提に動く」
「……前向きに後ろ向きか」
どうせ連載が続かないっていう割り切りが出来ないと無理だ。
「連載会議までの5話のうち3話は、今まで通りシリーズものでいく」
「分かった。3話で作る」
「で、残り2話+終了までの5話か6話。合わせて7話か8話かけて『TRAP』の完結編を描く。どうかな」
『TRAP』初の大長編だ。
アンケートを考えるなら、あまりにも長いシリーズは、避けた方がいい。
終わる事を前提に、アンケートを気にせずに描けるからこその長編シリーズだ。
「案としては、面白いんじゃね」
「シュージンは反対?」
「このまま、ずるずる終わるよりは賛成。ただ、連載が続いたらどうするんだ?」
シュージンの懸念は、もっともだ。
連載会議前から連載が終わる事を前提に動くことになるので、いざ、連載会議を突破してしまうと、予定が全部狂ってしまう。
プロットが台無しだ。
「そのために、これから描く3話を使う」
「…………」
「完結編に入る前の3話で順位が取れたら、予定を変更する。取れなかったら諦めて締めに入る」
「あんまり終わって欲しくないけど、残り2話で上がるってこともないか」
「うん、連載会議までの5話で解決編を2回するのは難しいし、最初の解決編で取れなかったら、無理だと思う」
連載会議までに描けるのは、5話だけ。
最初の3話は、シリーズもの。この解決編で順位が上がらなかったら、諦める。
「ただ、3話目の結果を聞くまでには、その先の2週分を上げとかないといけなくなる。完結編の2話は導入にあてる。そこから先は、終了パターンでも連載が続くパターンでも対応できないとまずい」
3話の結果を聞く時点で、会議までの5話のうち、残り2話は提出済みだ。
3話のシリーズで順位が上がって続けるにしても、取れずに終わるにしても、その2話を使って対応しなければならない。
「それ、俺の負担でかくね?」
「シュージンだから言ってる。シュージン以外だったら相談してない」
「そう言われたら、やるっていうしかないじゃん」
「悪い」
「いや、燃えてきた。サイコー、スポ根が好きだし、一番好きなマンガは、あしたのジョーだったよな」
「それ話したの3年前じゃね?」
シュージンが好きなのは、ドラゴンボール。
僕が好きなのは、あしたのジョー。
仕事場に出入りするようになった頃に、語り合った話だ。
巨人の星の話もしたっけ。
坂本龍馬の台詞
『男なら死ぬときは、たとえドブの中でも前のめりに死ね』
今の僕達のためにあるかのような言葉だ。
「いいじゃん。最後にでっかい打ち上げ花火を狙う。完全燃焼して、燃え尽きようぜ」
「おう」
方針は決まった。あとは、どういう完結シリーズを描くかだ。
「よーし、そうと決まれば今までの『TRAP』を読み返して、伏線に使えそうなものを探す」
「シュージン、その前に次の3話のシリーズ頼む」
「あ……」
「忘れてたのかよ」
「明日までに用意する。その後は、じっくり完結編を練ろうぜ」
「やっつけじゃなくて、一応、連載が続けられるようなのにしてくれよ」
「分かってるって。って、サイコーだって一応って言っちゃってるじゃん」
すっかり、連載が終わらせる方法で。意見がまとまってしまった。
ここで終わらせるのは悔しいけど、今の僕達の実力だから仕方ない。
それだったら、どうやって最高の終わり方をするのか。
そのことに集中したいと思った。
◇◇◇
3月1日 木曜日
谷草北高校を卒業した。
マンガ家になるために必死で、デビューしてからはマンガを描くのに必死で、それほど思い入れはない。
結局、顔なじみ程度はできたけど、友達らしい友達も作らなかったし。
だいたい、シュージンと一緒にいたしな。
シュージンもそんな感じで、卒業式中も話を考えるのに忙しく、それどころじゃなかったらしい。
唯一、見吉だけが号泣していた。
女友達と肩を抱き合ったりしていて、見吉のこういうのは、素直に羨ましいと思う。
卒業式が終わったら、すぐに家に帰って着替えて仕事場だ。
母親からは、今日くらいはって言われてしまったけど、仕方ない。
仕事場に入って原稿を描いてると、すぐにシュージンも合流した。
見吉は、クラスメイトと食事だけでもしてくるらしい。
「サイコー、ラストの話だけど、大枠だけ決まった」
「どんな話にするんだ?」
「ミステリーの王道中の王道。クローズドサークルの館ものだ」
館ものか。
何か特殊な設定があったりする館に閉じ込められて、そこで殺人事件が起きるってのが定番だけど、どんな話になるんだろう。
「そういえば、まだやってなかったっけ」
「やってなかったというか、やれなかったというか」
「やれなかったって?」
「館ものって、館の設定次第なところあるじゃん」
「ミステリーはそこまで詳しくないけど、館ものっていうくらいだから、そうだと思う」
館がおざなりだったら、はじまらなさそうだ。
「どうせ出すなら凝りたい。そうなると短い話数じゃちょっと」
「最後の長編シリーズだから出せるってわけか」
「それもあるし、凝った館ってなると背景の負担がデカいと思う」
「ああ、それはあるかも」
シュージンが考えた館を再現か。
背景は、アシスタント任せにしてるけど、上手くできるだろうか。
僕が館に手を出せればいいけど、高校が無くなったとはいえ、そこまでの余裕はない。
「一度、小河さん達に確認してみてくれないか」
「分かった。一応聞いてみる」
館に入れて欲しい構造をいくつか聞いて、打合せは終わった。
◇◇◇
「館もの……ですか?」
「はい。今描いてるシリーズは、来週が解決編で、再来週からの話になりますが」
「いいと思います。ミステリーの王道ですよね」
「高木さんが作る館もの。どんなトリックですか?」
「トリックは、もう少し詰めてからになります」
次のシリーズの構想を話したところ、三者三様の反応だった。
すぐに、賛成してくれた加藤さん。
シュージンの描く話を気にした高浜さん。
小河さんは、少し考え込んでいる。
小河さんだけが、館ものの厄介さに気づいたみたいだ。
「館ものの場合、念入りに打ち合わせないと各自で背景を描くわけには……」
「室内だけとかなら、どうにかなりませんか?」
「統一感を出さないといけませんし、少し扉や窓の位置がずれるだけでも、おかしくなります。最低限、しっかりとした見取り図は、用意しないといけませんね」
見取り図か。
たしかに必要だと思う。
「もう館の全容は、できていますか?」
「すみません、もう少しかかりそうです」
小河さんの質問に、シュージンが答える。
「できるだけ早くお願いします。今までの比じゃないくらい時間が掛かると思っておいた方がいいです。困ったな。僕が全部描ければいいんだけど、僕は3日しか入れないし、3日で全部と言うわけには」
小河さん一人じゃ無理か。
だからといって、複数人で描くと齟齬が出るかもしれない。
仕上げは任せるにしても、背景のペン入れまでは、誰かが担当して統一した方がいい。
「とりあえず、1話目は館が出てきませんので、もう少し先の話になります。今のところは、心構えだけお願いします。シュージン。今週中には、館の全容とかできるよな?」
「あ、ああ。今週中ならなんとか」
「館の全容が決まってから、来週どうするのか決めましょう。背景はこちらでも、どうするのか考えてみます」
やっぱり、僕が担当するというのも考えないとダメか。
かなり厳しくなりそうだけど、選択肢の1つとして残りそうだ。
「真城さん。私は、入る日数増やして大丈夫ですよ」
「加藤さん、ありがとうございます」
加藤さんは、日数を増やすことができる。
ただ、加藤さんだとシリーズの結果を左右する館を任せるには、技量的にちょっと厳しいかもしれない。
となると、高浜さんだけど、高浜さんはモブとかを任せている。
それに加えて背景となるとどうだろうか。
「真城さん。僕はちょっと、戦力になれるかどうか」
「え!?」
「連載ネームの評判がいいらしいので、連載が決まったらアシスタントを辞めさせてもらわないと」
「あ……そうですね。会議が通ったら、高浜さんの連載に集中してください」
「はい。ご迷惑をおかけしますが、お願いします」
そうだった。
『TRAP』が終わるかもしれない連載会議に、高浜さんの連載ネームが通っているんだった。
僕が入院中に掲載された読切が、2位だった作品だ。
連載が始まる可能性が高い。
となると、高浜さんに館を任せるどころか、抜けた穴をどうするのかを考えないといけない。
最後の打ち上げ花火をぶっ放すのは、そう簡単にはいかないみたいだ。
この難関をなんとか乗り越えないと、エイジの背中は見えてこない。
どうすれば、いいんだ。