「サイコー、読んでみてくれ」
「分かった」
週明け。シュージンがついに、最後のストーリーを完成させてきた。
とはいっても、細かい描写とかは省いたトリックとかストーリーの流れだ。
「女忍者をこう使うのか」
「読み返したら、クナイを左手で持ってたからいけると思って」
「守りに使うためだから、マインゴーシュのイメージで左手に持たせただけだったんだけど」
特に設定はしてなかったけど、女忍者は左利きに決まった。
これまでの登場回で、右利きと判断する要素もなかったみたいだ。
矛盾しなければ、後付けはできる。
「面白いよ。主人公のピンチからの逆転もあざやか。ストーリーとしても綺麗に終わってるし、ヒロインとの恋も決着ついてる。すごくいい。これならいけると思う」
「主人公の描写、大変になるけど……」
「これくらいならなんとか……問題は、どうしても背景が。高浜さんが抜ける穴も考えるときつい」
高浜さんからは、連載会議が通ったときに備えたいので、水・木・金以外のアシは難しいと言われている。これで、いつでも参加できるのは、加藤さんだけだ。
加藤さんには申し訳ないけど、加藤さんじゃまだ主力にはなれない。
高浜さん、小河さんがいる日に仕上げないとダメだ。
少しの遅れが、命取りになる。
うーん。ただえさえ綱渡りになりそうなのに、高浜さんの連載が決まったら……このままだと、アウトだ。
新しいアシスタントを用意できても、いきなり修羅場を手伝ってもらう事になる。
「こうなったら、高浜さん連載会議落ちないかな?」
「いや、受かって欲しい。『TRAP』が落ちて、高浜さんの連載が代わりに始まるのなら、悔しいけど応援できるし」
「だよなー。けど、高浜さんが受かったらこっちが成り立たねー」
「すぐに終わる連載に参加とか、アシも嫌だろうし、見つかるかな」
自分で口にして気づいたけど、そういう問題もある。
確かに嫌だ。参加したと思ったら、さようならとか、参加したくないと思う。
「港浦さんに相談してみるか?」
「高浜さんが抜けてからじゃ……遅いか」
「そういや、高浜さんは、アシとかどうする気なんだろう」
「港浦さんが、
「うわー、ありそう……って、いやな想像させるなよ」
「ごめん」
高浜さんも担当編集は、港浦さんだ。
だから、港浦さんの用意できるアシのコネは、そっちに回される可能性がある。
というか、高いと思う。港浦さんからしたら終わる連載より、始まる連載に力を入れるのは当たり前だ。
当たり前だけど、ますます八方塞がりになってしまう。
「はー……どっかに、絵がめちゃくちゃ上手いアシいないかな。館を任せられる人で」
「そんな中井さんみたいな、スーパーアシがいたら引っ張りだこだって」
そんなスーパーアシは、中井さんくらいしか知らない。
「サイコー、今なんて言った?」
「だから、そんなスーパーアシはいないって」
「いや、一人いるって」
「だから、中井さんくらいしか居ないって……中井さん!?」
「今、フリーじゃね?」
「たぶん。原作が決まってなければ、フリーのはず」
新年会で話した時は、次の原作を待って、連載を狙うって言っていたはず。
中井さんなら、安心して任せられる腕がある。
原作待ちで、原作が決まったら抜けるという縛りがあるので、アシに参加してる可能性は低い。
ってことは、アシが短期で終わるのは、むしろ中井さんに限って言うなら、都合がいいかもしれない。
あとは、連載経験者に頼むのがどうなのかってのが残るけど、やってみる価値がある。
『TRAP』ラストに向けて、光明が見えてきた。
すぐに、中井さんに電話して、翌日会う約束を取りつけた。
◇◇◇
「どうしたんだい、二人して。まだ連載中だろ。忙しいんじゃ」
こちらからお願いする立場なので、中井さんに会いに行った。
指定されたのは、某ファーストフード店だった。
それにしても中井さん、少し太ったような。
「実は、中井さんにお願いしたい事がありまして……」
シュージンと二人で、中井さんに事情を説明する。
次の連載会議で、連載が恐らく終わること。
入れ替わりでアシスタントが抜けそうなこと。
シュージンの考えている館の構想。
館の難易度が高いこと。
最後の原稿に向けて、中井さんにアシスタントを頼みたいこと。
中井さんは、黙って最後まで説明を聞いてくれた。
「うーん……話は分かったけど、原作待ちだからなぁ」
はっきりと拒否はされなかったけど、渋られた。
連載作家にアシをしてくれは、やっぱり失礼か。
でも、ここで引くわけにはいかない。
「求めてるレベルのものを描けそうなのが、中井さんくらいしか思い浮かばないんです。お願いできませんか」
「蒼樹さんの原作ができるまでで、構いませんから」
「蒼樹さん……蒼樹さん……はあーーー……」
蒼樹さんの名前が出たとたんに、中井さんは机に倒れ込んで盛大に溜息をついた。
あれ? 蒼樹さんの原作が上手くいってないのかな。
「……蒼樹さんと何かあったんですか?」
「もうジャンプじゃ描かないって……ははっ、僕は、必要ないみたいだ」
「そんな……」
いつの間にか、そんなことになっていたのか。
『ハイドア』は、僕達の次の連載会議で始まったはずだから、8ヵ月くらいで打切りだっけ。
単行本は、売れてるって港浦さんが言ってた気がするけど、長期連載とはならなかった。うーん、見切りをつけるのは、ちょっともったいないような。
「真城くんが、声をかけてくれたのは嬉しい。けど、僕なんてしょせん、そんなもんだよ」
「そんなことないですよ」
「そうですよ。中井さんの
「
テーブルに伏したまま、中井さんは左右に揺れだした。
苦しんでいるみたいだ。
「結局、僕は絵しか評価されない男さ。僕自身には、なんの価値もない」
シュージンの失言だ。絵は尊敬してるとか、失礼過ぎる。
目で責めると、手を合わせて謝られた。
いや、謝るなら僕じゃなくて中井さんにしろよ。
「絵だけじゃなくて、中井さんの…………その、あれですよ」
そこで詰まるなよっ!!
中井さんの事を絵以外は、ほとんど知らないから仕方ないけど。
「…………」
「…………」
「…………」
ダメだ。完全に失敗した。
どうするんだよ、シュージンと睨む。
さすがのシュージンの英知をもってしても、この状況を覆せないようだ。
どうする。どうしたらいいんだ。
誰か、この空気をどうにかしてくれ。
その僕の願いは、意外な人物がかなえてくれた。
「あれ? 真城さん。こんなところで何をやってるんですか?」
トレーを抱えた加藤さんだ。
「加藤さん……今、中井さんと大事な話を」
「中井さんって『ハイドア』の中井先生ですか? 私、単行本買っちゃいました」
距離の詰め方がすごい。
「真城くん、この人は?」
「あ、自己紹介忘れてましたね。私、亜城木先生のところでアシスタントしています、加藤です」
元オタサーの姫だけあって、いい笑顔だった。
嫌な空気をぶち壊してくれたのは、ありがたい。
でも、真面目な話からは、遠ざかってしまった。
「加藤さん、悪いけど、今大事な話を──」
「──真城くん。僕に任せてくれ」
「へっ!?」
がばっと身体を起こした中井さんが、僕の言葉を潰して請け負ってきた。
「高木くん。参考にしたのは、からくり寺って言ってたっけ? 行ける日あるかな。僕も実物を見ておきたいんだ。できるだけ早く、いつでもいいから」
「わ、分かりました。予約の確認します」
「高木くんが、どこに注目したのかも知りたいから、一緒に来てくれよ」
「任せてください」
シュージンが携帯を手にして席を外した。
さっそく、予約の確認するらしい。
「加藤さん。僕がアシスタントに参加するからには、館のことは任せて欲しい」
「あ……中井さんが例の館を担当してくれるんですね。うわー、中井さんが描く館。楽しみです」
「ははっ、絵には自信があるんだ。大船に乗ったつもりでいてくれていいからね」
「はい。あ、友達が呼んでますので、私はこれで」
「仕事場で会える日を楽しみにしているよ」
「では、また」
「加藤さん、お疲れ様です」
展開の早さについていけてなかったけど、こういうときってお疲れ様でいいんだっけ。
中井さんから合意を取りつけるだけ取りつけて、加藤さんは2階へと消えていった。最後にピースサインしたのは、中井さんに可愛さアピールしつつ、僕には貸し2つって言いたいんだろうな。
勝手に貸しつけていきやがった。
それにしても、加藤さんの友達ってどんな人なんだろう。
気になるけど、今は中井さんか。
「真城くん、いつから入ればいい?」
「館が必要になるのは、再来週からです」
「時間は?」
「まだ高浜さんがどうなるのか分かりませんので、しばらくはアシの居ない、午前中から夕方まででお願いしたいんですが。泊まりはなしです」
高浜さんと入れ替えが理想だけど、それだと間に合わない。
しばらくは、居ない時間帯に手伝ってもらおう。
「真城くん」
中井さんが真剣な目で僕を見てきた。
午前中からってのが不満だっただろうか。
いや、違うか。エイジのところでは、特に時間の縛りはなかったはずだ。
そういえば、お金の話をしていない。
たぶん、小河さん並が相場か。
小河さんが38万円で、えっと……こういうとき、シュージンがいればすぐに計算してくれるのに。
「あ、えっと……日当は3万円でお願いします」
「真城くん」
どうやら、違ったらしい。
日当じゃないといえば、なんだろう。
あ、そっか。取材の分か。
「取材の日も、経費と日当は出しますので」
「真城くん」
違うのか。
だったらなんだ。他に思い当たる節って……もしかして。
「……加藤さんは、中井さんに合わせて入ってくれると思います」
「分かった」
中井さんが笑顔になった。
よし、楽しく話せたな。
パーフェクトコミュニケーション。
「それならいい。来週までに取材を済ませて再来週から入ろう。よろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いします」
加藤さんの許可は取ってないけど、入る日数増やしてもいいって言ってたし、いっか。あ、シュージンが戻ってきた。
「なんとか今週の金曜で予約取れました。お願いします」
「ああ、取材ね。うん、行くよ」
さっきまでのやる気は、どこにいきやがった。
こうなったら、ついでに、取材旅行にも加藤さんに同行してもらうか。
アシの日だから問題ないはず。
中井さんのご機嫌のためだ。頑張れ、オタサーの姫。
加藤さんの健気さに、甘えよう。
こうして僕達は、エイジに勝つための最後のピースを手に入れた。