(性欲が)増しろ最高のバクマン   作:チームメイト

29 / 70
最後のピース

「サイコー、読んでみてくれ」

「分かった」

 

 週明け。シュージンがついに、最後のストーリーを完成させてきた。

 とはいっても、細かい描写とかは省いたトリックとかストーリーの流れだ。

 

「女忍者をこう使うのか」

「読み返したら、クナイを左手で持ってたからいけると思って」

「守りに使うためだから、マインゴーシュのイメージで左手に持たせただけだったんだけど」

 

 特に設定はしてなかったけど、女忍者は左利きに決まった。

 これまでの登場回で、右利きと判断する要素もなかったみたいだ。

 矛盾しなければ、後付けはできる。

 

「面白いよ。主人公のピンチからの逆転もあざやか。ストーリーとしても綺麗に終わってるし、ヒロインとの恋も決着ついてる。すごくいい。これならいけると思う」

「主人公の描写、大変になるけど……」

「これくらいならなんとか……問題は、どうしても背景が。高浜さんが抜ける穴も考えるときつい」

 

 高浜さんからは、連載会議が通ったときに備えたいので、水・木・金以外のアシは難しいと言われている。これで、いつでも参加できるのは、加藤さんだけだ。

 加藤さんには申し訳ないけど、加藤さんじゃまだ主力にはなれない。

 高浜さん、小河さんがいる日に仕上げないとダメだ。

 少しの遅れが、命取りになる。

 

 うーん。ただえさえ綱渡りになりそうなのに、高浜さんの連載が決まったら……このままだと、アウトだ。

 新しいアシスタントを用意できても、いきなり修羅場を手伝ってもらう事になる。

 

「こうなったら、高浜さん連載会議落ちないかな?」

「いや、受かって欲しい。『TRAP』が落ちて、高浜さんの連載が代わりに始まるのなら、悔しいけど応援できるし」

「だよなー。けど、高浜さんが受かったらこっちが成り立たねー」

「すぐに終わる連載に参加とか、アシも嫌だろうし、見つかるかな」

 

 自分で口にして気づいたけど、そういう問題もある。

 確かに嫌だ。参加したと思ったら、さようならとか、参加したくないと思う。

 

「港浦さんに相談してみるか?」

「高浜さんが抜けてからじゃ……遅いか」

「そういや、高浜さんは、アシとかどうする気なんだろう」

「港浦さんが、高浜さん(そっち)を優先して、終わるこっちにはアシが回ってこないとか、ありそう」

「うわー、ありそう……って、いやな想像させるなよ」

「ごめん」

 

 高浜さんも担当編集は、港浦さんだ。

 だから、港浦さんの用意できるアシのコネは、そっちに回される可能性がある。

 というか、高いと思う。港浦さんからしたら終わる連載より、始まる連載に力を入れるのは当たり前だ。

 当たり前だけど、ますます八方塞がりになってしまう。

 

「はー……どっかに、絵がめちゃくちゃ上手いアシいないかな。館を任せられる人で」

「そんな中井さんみたいな、スーパーアシがいたら引っ張りだこだって」

 

 そんなスーパーアシは、中井さんくらいしか知らない。

 

「サイコー、今なんて言った?」

「だから、そんなスーパーアシはいないって」

「いや、一人いるって」

「だから、中井さんくらいしか居ないって……中井さん!?」

「今、フリーじゃね?」

「たぶん。原作が決まってなければ、フリーのはず」

 

 新年会で話した時は、次の原作を待って、連載を狙うって言っていたはず。

 

 中井さんなら、安心して任せられる腕がある。

 原作待ちで、原作が決まったら抜けるという縛りがあるので、アシに参加してる可能性は低い。

 ってことは、アシが短期で終わるのは、むしろ中井さんに限って言うなら、都合がいいかもしれない。

 

 あとは、連載経験者に頼むのがどうなのかってのが残るけど、やってみる価値がある。

 

『TRAP』ラストに向けて、光明が見えてきた。

 すぐに、中井さんに電話して、翌日会う約束を取りつけた。

 

 

   ◇◇◇

 

 

「どうしたんだい、二人して。まだ連載中だろ。忙しいんじゃ」

 

 こちらからお願いする立場なので、中井さんに会いに行った。

 指定されたのは、某ファーストフード店だった。

 

 それにしても中井さん、少し太ったような。

 

「実は、中井さんにお願いしたい事がありまして……」

 

 シュージンと二人で、中井さんに事情を説明する。

 

 次の連載会議で、連載が恐らく終わること。

 入れ替わりでアシスタントが抜けそうなこと。

 シュージンの考えている館の構想。

 館の難易度が高いこと。

 最後の原稿に向けて、中井さんにアシスタントを頼みたいこと。

 

 中井さんは、黙って最後まで説明を聞いてくれた。

 

「うーん……話は分かったけど、原作待ちだからなぁ」

 

 はっきりと拒否はされなかったけど、渋られた。

 連載作家にアシをしてくれは、やっぱり失礼か。

 でも、ここで引くわけにはいかない。

 

「求めてるレベルのものを描けそうなのが、中井さんくらいしか思い浮かばないんです。お願いできませんか」

「蒼樹さんの原作ができるまでで、構いませんから」

「蒼樹さん……蒼樹さん……はあーーー……」

 

 蒼樹さんの名前が出たとたんに、中井さんは机に倒れ込んで盛大に溜息をついた。

 あれ? 蒼樹さんの原作が上手くいってないのかな。

 

「……蒼樹さんと何かあったんですか?」

「もうジャンプじゃ描かないって……ははっ、僕は、必要ないみたいだ」

「そんな……」

 

 いつの間にか、そんなことになっていたのか。

『ハイドア』は、僕達の次の連載会議で始まったはずだから、8ヵ月くらいで打切りだっけ。

 単行本は、売れてるって港浦さんが言ってた気がするけど、長期連載とはならなかった。うーん、見切りをつけるのは、ちょっともったいないような。

 

「真城くんが、声をかけてくれたのは嬉しい。けど、僕なんてしょせん、そんなもんだよ」

「そんなことないですよ」

「そうですよ。中井さんの()()、尊敬してますよ」

()()……絵は、か……はあーーー……」

 

 テーブルに伏したまま、中井さんは左右に揺れだした。

 苦しんでいるみたいだ。

 

「結局、僕は絵しか評価されない男さ。僕自身には、なんの価値もない」

 

 シュージンの失言だ。絵は尊敬してるとか、失礼過ぎる。

 目で責めると、手を合わせて謝られた。

 いや、謝るなら僕じゃなくて中井さんにしろよ。

 

「絵だけじゃなくて、中井さんの…………その、あれですよ」

 

 そこで詰まるなよっ!!

 

 中井さんの事を絵以外は、ほとんど知らないから仕方ないけど。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 ダメだ。完全に失敗した。

 どうするんだよ、シュージンと睨む。

 さすがのシュージンの英知をもってしても、この状況を覆せないようだ。

 

 どうする。どうしたらいいんだ。

 誰か、この空気をどうにかしてくれ。

 

 その僕の願いは、意外な人物がかなえてくれた。

 

「あれ? 真城さん。こんなところで何をやってるんですか?」

 

 トレーを抱えた加藤さんだ。

 

「加藤さん……今、中井さんと大事な話を」

「中井さんって『ハイドア』の中井先生ですか? 私、単行本買っちゃいました」

 

 距離の詰め方がすごい。

 

「真城くん、この人は?」

「あ、自己紹介忘れてましたね。私、亜城木先生のところでアシスタントしています、加藤です」

 

 元オタサーの姫だけあって、いい笑顔だった。

 嫌な空気をぶち壊してくれたのは、ありがたい。

 でも、真面目な話からは、遠ざかってしまった。

 

「加藤さん、悪いけど、今大事な話を──」

「──真城くん。僕に任せてくれ」

「へっ!?」

 

 がばっと身体を起こした中井さんが、僕の言葉を潰して請け負ってきた。

 

「高木くん。参考にしたのは、からくり寺って言ってたっけ? 行ける日あるかな。僕も実物を見ておきたいんだ。できるだけ早く、いつでもいいから」

「わ、分かりました。予約の確認します」

「高木くんが、どこに注目したのかも知りたいから、一緒に来てくれよ」

「任せてください」

 

 シュージンが携帯を手にして席を外した。

 さっそく、予約の確認するらしい。

 

「加藤さん。僕がアシスタントに参加するからには、館のことは任せて欲しい」

「あ……中井さんが例の館を担当してくれるんですね。うわー、中井さんが描く館。楽しみです」

「ははっ、絵には自信があるんだ。大船に乗ったつもりでいてくれていいからね」

「はい。あ、友達が呼んでますので、私はこれで」

「仕事場で会える日を楽しみにしているよ」

「では、また」

「加藤さん、お疲れ様です」

 

 展開の早さについていけてなかったけど、こういうときってお疲れ様でいいんだっけ。

 中井さんから合意を取りつけるだけ取りつけて、加藤さんは2階へと消えていった。最後にピースサインしたのは、中井さんに可愛さアピールしつつ、僕には貸し2つって言いたいんだろうな。

 勝手に貸しつけていきやがった。

 

 それにしても、加藤さんの友達ってどんな人なんだろう。

 気になるけど、今は中井さんか。

 

「真城くん、いつから入ればいい?」

「館が必要になるのは、再来週からです」

「時間は?」

「まだ高浜さんがどうなるのか分かりませんので、しばらくはアシの居ない、午前中から夕方まででお願いしたいんですが。泊まりはなしです」

 

 高浜さんと入れ替えが理想だけど、それだと間に合わない。

 しばらくは、居ない時間帯に手伝ってもらおう。

 

「真城くん」

 

 中井さんが真剣な目で僕を見てきた。

 午前中からってのが不満だっただろうか。

 いや、違うか。エイジのところでは、特に時間の縛りはなかったはずだ。

 

 そういえば、お金の話をしていない。

 たぶん、小河さん並が相場か。

 小河さんが38万円で、えっと……こういうとき、シュージンがいればすぐに計算してくれるのに。

 

「あ、えっと……日当は3万円でお願いします」

「真城くん」

 

 どうやら、違ったらしい。

 日当じゃないといえば、なんだろう。

 あ、そっか。取材の分か。

 

「取材の日も、経費と日当は出しますので」

「真城くん」

 

 違うのか。

 だったらなんだ。他に思い当たる節って……もしかして。

 

「……加藤さんは、中井さんに合わせて入ってくれると思います」

「分かった」

 

 中井さんが笑顔になった。

 よし、楽しく話せたな。

 パーフェクトコミュニケーション。

 

「それならいい。来週までに取材を済ませて再来週から入ろう。よろしく頼むよ」

「はい。よろしくお願いします」

 

 加藤さんの許可は取ってないけど、入る日数増やしてもいいって言ってたし、いっか。あ、シュージンが戻ってきた。

 

「なんとか今週の金曜で予約取れました。お願いします」

「ああ、取材ね。うん、行くよ」

 

 さっきまでのやる気は、どこにいきやがった。

 

 こうなったら、ついでに、取材旅行にも加藤さんに同行してもらうか。

 アシの日だから問題ないはず。

 中井さんのご機嫌のためだ。頑張れ、オタサーの姫。

 加藤さんの健気さに、甘えよう。

 

 こうして僕達は、エイジに勝つための最後のピースを手に入れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。