最終シリーズ3話目 本ちゃん10位
「よし、上がってきた」
「シリーズ途中で10位か。館が本格的に出てくる回だから、中井さんのおかげだと思う」
「だよな。今までよりも、ミステリーとして読者を引き込めるようになってる」
『TRAP』が『明智五助』に、劣っていた部分だ。
ライバルは大人気作家だけあり、ミステリーとしての骨組みがしっかりしていた。
今回は、長編でミステリーとしての構造も負けじと組めている。
それに、凄腕の中井さんの背景が、相乗効果を発揮していた。
「港浦さんも、終了が決まってから上がるのは珍しいって言ってた」
「あと4話。ここからが勝負だ」
「急に決まったカラーは、大丈夫か?」
「GWの休みも挟むから余裕。最終回で、センターカラーとか恵まれてるし、応えたい」
「サイコーが入院していたおかげだから、素直に喜べないけどな」
「こうなれば、なんでもありだって」
そう。驚く事に、最終回でセンターカラーがもらえた。
というのも、本来なら連載一周年記念で、もらえるはずだったものだ。
僕達の場合、僕が途中で倒れてしまったため、一周年というのが、あやふやになってしまった。
日付で見ると2月だが、休載期間を差し引けば、連載期間は10ヵ月だ。
退院してそれほど経っていないというのもあり、2月にはもらえなかった。
休載期間を除いて計算すると4月だけど、ずれた結果、福田さんの一周年と被っているので、流れてしまった。
そうこうしているうちに連載終了が決まり、もうもらえないものだと思っていたけど、まさかの最終回でセンターカラーだ。
僕達にとっては、最高の追い風だ。
あっと言わせるようなものを描いてみせる。
◇◇◇
5月3日 木曜日
世間一般ではゴールデンウィークだけど、仕事をしている。
アシさん達にも、出てきてもらっている。
今週と先週のどちらで休むのかで、平日の方がいいと意見が固まったので、先週を休みにしたからだ。
残る原稿は、今描いてるものを含めて残り2話だ。
いよいよ、ラストスパートに入っていた。
「で、その時にした失敗がー」
「そんな事があったんですか」
「…………」
仕事場の空気が微妙だ。
中井さんが、高浜さんの代わりに入るようになり、仕事場がにぎやかになった。
っていっても、中井さんと加藤さんが終始しゃべっているだけだ。
中井さんが何かと加藤さんに話しかけて、加藤さんがそれに応える感じだ。
それを小河さんが、チラチラと見ている。
小河さんが、そんな中井さんをよく思っていない事は伝わってくるけど、連載終了も決まっているため、我慢してくれているみたいだ。
凄腕アシが二人揃っているけど、相性はあまりよくないらしい。
これに関しては、僕達が悪い。
これまでずっと小河さんメインで、背景を描いてもらっていたのに、中井さんに切り替えたわけで、小河さんからしたら思うところもあるだろう。
ただ、小河さんも中井さんの絵だけは認めているみたいなので、なんとか最後まで問題が起きずに、終わって欲しいと思う。
「真城くん。少しいいかな?」
「どうしました。何かミスでも……」
背景処理にあたっていた中井さんが原稿を抱えて、僕の机まできた。
「いや、ミスじゃない。真城くんは、いい原稿を描いてると思う。オラ、ずっとワクワクしてる」
「ミスじゃないなら、なんなんですか?」
イマイチ要領を得ない。
そして、ドラゴンボールネタがめんどくさいのでスルーだ。
エイジは、よく1年以上も中井さんをアシスタントして、使っていたと思う。
僕は、1ヵ月で限界が近い。
「素晴らしいよ。僕の作品じゃないのに、思い入れができてる。今描いてる話は、それだけのものだ」
「…………」
「オホン。だからこそ、言わせてもらいたいんだけど」
非常に回りくどい。
なんだろうか。
「この主人公に襲い掛かるヘビ。僕が描き直してもいいかな?」
「え?」
この回の山場だ。
カラクリ部屋の謎を解こうとしたところで、カラクリが発動して部屋に閉じ込められる主人公とヒロイン。
そこに大量のヘビが落ちてきて、主人公に襲いかかるというシーンだ。
「真城くん。ミスというわけじゃないんだ。このヘビでも悪くないと思う。でも、よくもない。真城くんの他の絵が上手いだけに、ヘビが悪く見えて目立っている」
「それは……」
自分でも、ちょっと引っかかっていた部分だ。
ゴールデンウィークで休みがあったのに、カラー原稿とこのシーンの描写に時間を取られて、原稿が遅れ気味だった。
どうにか、それなりのものには仕上げることができたと思っていたけど、それなりでしかないって言われたら、もっともだ。
「すみません、僕が描き直します」
「真城くん。僕も、ついこの間まで連載していた身だから言わせてもらうけど、スケジュールが厳しいんじゃないか」
「そうですが、山場のシーンなので……」
なんでもないモブなら、アシスタントに任せるのもいいと思う。
今回のヘビは違う。シーンの決め手となるものだ。
このヘビがどう描けるのかで、この回が決まると言っても過言じゃない大事なものだ。
スケジュールはギリギリだけど、徹夜すればまだ取り返せる範囲だ。
「すみません。明日までに直しますので」
「真城くんがそう決めたのなら、それでいいと思う。もし僕に描かせてもらえるのなら、明日の朝までに連絡して欲しい。早めに入れるように、準備だけはしておくから」
「分かりました」
終わりが見えてきているのに、ゴールが遠い。
僕に、最後の難関が襲い掛かってきていた。
◇◇◇
アシスタントが帰った後も、原稿と向き合う。
「…………」
高浜さんのところと掛け持ちしている中井さん達も、地味にハードだ。
水木金が僕達のアシスタント。
土日月が高浜さんのアシスタント。
1話と2話はページ数が多いので、高浜さん側もギリギリのスケジュールになっているみたいだ。
『TRAP』を優先させてくださいと、高浜さんは言ってくれているけど、中井さん達の日数も増やせそうにない。
アシが入る
つまり、中井さんに描いてもらえるチャンスがあるとすれば、明日だけだ。
朝までに結論を出さなければならない。
「サイコー、大丈夫か?」
下描きからやり直しだ。
何度も描いては消してを繰り返してると、シュージンが声をかけてきた。
「ありがとう」
見吉がコーヒーを淹れてくれたので、一息つこう。
コーヒーの甘さが、思考を取り戻してくれる。
「このヘビ、どう思う?」
描き直したヘビを見せる。
「正直、俺には何がダメかわかんねー。迫力あるし、それでよくね?って思う」
「あたしも。気持ち悪いし、コワって感じ」
見吉とシュージンは、これで、納得しているみたいだ。
「うーん……」
意見を聞いておいて申し訳ないけど、僕は納得できていなかった。
中井さんに指摘される前なら気にならなかったけど、確かに上手くはない。
「動物も、もっと勉強しておくんだった。実力不足だ」
キャラとか背景は、さんざん練習してきたので、そこそこ描けてる自信がある。
でも、動物は、ほとんどノータッチだった。
練習量に差があれば、器量にも差が出る。
他と比べたら、劣っているという指摘を覆す事はできない。
何が悪いと言えば、これまでに費やした時間だ。
描き直しているものの、明日までに急に上手くなることは、出来そうにない。
「……シュージン。俺達は亜城木夢叶だよな」
「急に何言ってんだよ」
「シュージンが原作で俺が作画。二人で亜城木夢叶」
「そりゃそうだけど……作画の事は任せて欲しいって事なら、サイコーに任せる」
僕に任せるか。
その言葉は重い。実力不足だ。
作画担当のプライドとしては、例え足りていないくても自分で描きたい。そうでなければ、二人でやっている意味がない。
シュージンは、最高の原作を作ってくれたんだから、それに応えたい。
でも、応えきれないというジレンマがある。
亜城木夢叶としては、どうだろう。
自分で描くよりも中井さんに任せた方が、作品の質を上げられる。僕のプライドを優先させて、作品の質を下げることが亜城木夢叶にとって正解なのかどうか。
実際に、メカ担当や動物担当を専用でアシとして雇っている例はあるらしい。
小河さんが帰りしなに、教えてくれた。
話のメインとなる動物をアシに任せてもいいのかどうか。
悩ましい問題だ。
僕に任せてくれているシュージン。
だからこそ、僕が描くべきか。
だからこそ、僕が描かずに質を高めるべきか。
「ごめん、シュージン。このシーンのヘビは、今の僕じゃ描けない。中井さんに任せたい」
「……分かった」
たぶん、どちらを選んでも後悔すると思う。
だったら、最初に決めた事を守りたい。
エイジに勝ちたい。
だからこそ、連載が終わる事すら利用したはずだ。
それを、僕のプライドで止めるわけにはいかない。
今の僕が実力不足だったのは、僕が悪い。
次に、こういう事が無いように、大きな課題ができたと思うしかない。
朝まで粘ってみたものの、納得いく作画はできず、涙をこらえて中井さんに連絡をした。
『TRAP』は、終わってしまうけど、この悔しさは絶対に忘れない。
次の連載で、必ず晴らしてみせる。
◇◇◇
「僕は、たまたま前に動物マンガのアシをしたことがあったんだ。その経験の差だから、気にすることはない。真城くんなら、すぐに同じくらい描けるようになるさ」
中井さんは、フォローしてくれたけど、僕の描いたヘビとは明確なレベルの差があった。
まず、動物への造詣が違うと思えた。
僕のヘビも形にはなっていたけど、表面をなぞっただけだ。
ヘビの動きや生態を知らないので、応用も出来ない。
中井さんの描いたヘビは、今にも動き出しそうな圧倒的な迫力があった。
主人公を囲む大量のヘビがそれぞれ囲むように違う動きをしながら、主人公を追い詰めていく。
圧巻だ。
このレベルの絵を描きたい。
もっと上手くなりたい。
やっぱり、中井さんは凄い。
ライバルは、エイジだけじゃない。
そう強く思える、完全な敗北だった。
◇◇◇
「いい原稿だ。最終回受け取ったよ。お疲れ!」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
これで最終原稿アップだ。
今、渡した分が再来週のジャンプに掲載されて、連載終了となる。
「53話は、本ちゃん8位だ。驚いた。最後にどこまで上がるのか予想がつかない」
ついに、8位まで上げてきた。
最終回は、56話。残り3話だ。
もしかしたら、センターカラーの最終話で、エイジを抜けるかもしれない。
そう期待させる上がり方をしていた。
「連載終了したら打ち上げとかする作家もいるが、真城くんたちはどうする? 必要なら、こっちで手配するが」
考えてもみなかった。
打ち上げか。やり切った感はあるけど、そういう気分じゃないかも。
「……どうする?」
シュージンは、少しやりたそうだ。
「やめとこうぜ、打ち切りは打ち切りだし、高浜さん達は今が大変だろうし」
打ち上げというからには、僕達だけではなく関わったアシも参加するべきだと思う。
そうなると、高浜さん達が問題となる。
高浜さんは、もうすぐ2話が上がるらしいけど、今が連載開始前の追い込み期だ。
アシとして参加している加藤さんや、中井さんも大忙しとなっている。
明日も朝から、高浜さんのところでアシに入る予定らしい。
二人はどうにかなっても、高浜さんは、連載が続く限り、ゆっくりと落ち着く暇がないと思う。
『TRAP』のほとんどの期間に参加してくれた高浜さんは、欠かせない。
それでも、どうしてもやりたいのなら、参加できる人だけの軽いもので済ませるべきだ。港浦さんに手配してもらうような打ち上げだと、大げさだ。
「『TRAP』は一年以上続いてる。成功の部類だ」
「…………」
打ち切りだから打ち上げもしないという言葉に、港浦さんからフォローが入った。
そう言われても、打ち切られた側からしたら、胸を張って成功したとは言い難い。
「次の連載も期待してるからな。頑張ろうぜ」
「はい」
こうして『TRAP』の連載は幕を閉じた。
◇◇◇
最終回までのアンケート結果。
54話 7位
55話 5位(中井さんのヘビが載った回)
そして
最終回の56話 2位