最終話を描き上げたからといって、ゆっくりできるわけじゃない。
「やる気でねー」
「こればっかりは、な」
単行本作業だ。
当たり前の話だけど、単行本の最終巻、6巻が出るのはこれからなので、それに向けた作業が入っている。
今は、最終話のアンケート結果待ちというのもあって、イマイチ気が乗らなかった。
ただ、3巻が忙しくて、あまり手を入れられなかった分を取り返すチャンスだ。
亜城木夢叶の作品は、単行本で買う価値があると思わせるようなものに、しなければ。
「初版12万部……1巻のトータルから半分以下じゃん」
「そんなもんだって。いきなり最終巻だけ買う奴なんか、いないだろうし」
1巻は、最終的に30万部まで伸びていたので、物足りなさはある。
とはいえ、悪くないと思う。
「それに、1巻は10万部スタートなんだから、2万部上乗せできたとも言えるし」
物は言いような、言葉選びの範囲だ。
「トータルだと100万部くらいだっけ?」
「だな。印税は大雑把に4000万。一人あたり2000万。次の連載が決まらなくても、大学の学費払って卒業できそう」
大学に行っていない僕は、ほとんど手つかずで残っている。
税金を払って残る金額次第だけど、仕事場の買い取りも狙えるかもしれない。
さすがに、厳しいか。
「いや、連載狙おうぜ。専属契約あるし」
集英社の専属契約。
1年契約なので、1年間は安泰だ。
僕達の場合は、残り半年くらい残っている。
その間に、次の契約更新が勝ち取れるように、頑張りたい。
「そのつもりだけど、次何を描いたらいいかって難しくね?」
「……そこはシュージンに任せる。亜豆も待っててくれるって言ってるし、じっくり練ろうぜ」
「ずりい」
原作担当はシュージンだから、こればっかりは仕方ない。
『TRAP』は、成功とも失敗とも言い難い感じなのが、幸いだと思う。
嘘か本当かスリーアウト制。
短期打ち切りの3回目でジャンプから退場しなければならないという、ジャンプの伝統らしい。
たぶん『TRAP』は、ギリ1アウトにならなかったくらいだと思う。
次も、冒険できる。
「…………」
ヘビのシーンで手が止まった。
本音を言えば修正したいけど、単行本で劣化させるとかダメか。
我慢だ。中井さん作画のままでいくしかない。
泣く泣くスルーして次のページへ。
「シュージンの話が決まるまで、俺もやりたいことあるし、ゆっくりでいいぞ」
「やりたいことって?」
「宿題」
時間があるときじゃないと、できない事がある。
シュージンが大学でいろいろ学ぶ間に、僕は僕で頑張ろう。
「よし、修正作業終わり。そっちは?」
「わりい、このイラスト頼む」
「最終回でキャラ紹介かよ」
「ネタバレとか気にせずネタ出しできるからいいじゃん」
作画の修正作業が終わった。
おまけページは、主要キャラの紹介だったので、各キャラの描きおろしイラストを描く。
設定だけして使えなかったネタとかを公開するみたいだ。
打ち切られた無念さを読者に伝えておくのも有りなんだろう。
「あとは、セリフ回りをチェックしたら終わりか」
「6巻目となると慣れてきたな」
「だな」
1巻、2巻の頃は、1週間の休みを丸々使ってたっけ。
成長を実感することができた。
連載は苦しかったけど、この経験は絶対にプラスになるはずだ。
こんな感じで最終巻を描き終えてから、あっという間に、2週間が過ぎて行った。
◇◇◇
2週間後。
「真城さん。お久しぶりです。なんてことをしてくれたんですか」
「久しぶりですって、どうしたんですか、急に」
『TRAP』の連載が終わってから初めて、加藤さんが仕事場に遊びに来た。
来て早々に責められたけど、身に覚えがない。
「『TRAP』ですよ。なんで最終回に2位とか取るんですか」
「いや、加藤さん含めてみんなが頑張ってくれたおかげですし。結果が良かったんだから、いいじゃないですか」
最終回は、驚きの2位だった。
エイジの『CROW』は3位だったので、最終回にして初めてエイジの上に立つことができた。
最後にでっかい花火を打ち上げるという作戦は、大成功だ。
「問題大ありですよ」
「どうしたんですか?」
「よりにもよって、高浜さんの連載開始回じゃないですか。高浜さんは、6位に終わって、職場の空気が最悪です。淀んでますよ」
「それは……ごめんなさい」
『TRAP』の最終回が載ったジャンプの巻頭カラーは、高浜さんの『BBケンイチ』だった。
ジャンプの場合、連載終了と入れ替えで新連載が始まる。
新連載は、2~3本連続で始まるので、連載を開始するマンガと終了するマンガが同時に載る事は、当たり前に起こる。
たまたま、僕達がそれに当たってしまっただけだ。
「『さすがは、亜城木先生。僕の目標です……』なんて言ってましたけど、かなり落ち込んでましたよ。読切は2位でしたからね」
初回は、巻頭カラーの上にページ数も多い。
これで6位は、スタートダッシュに失敗だ。
せめて、3位は欲しい。
読切が2位だっただけに、1位も狙っていたはずだ。
高浜さんのマンガは、僕達の影響を受けているので票を割った可能性は高い。
邪魔してしまったかもしれない。
「『TRAP』がなければ、5位です。5位と6位じゃ印象がだいぶ違いますよ」
「人気マンガとの境界線な感じはするかも」
そこまで差があるわけじゃないのに、5位だと目指せ1位。
6位だと目指せ上位くらいの感覚の差がある。
「最終回に、私と中井さんが関わってるのもあって、いたたまれませんよ」
「……高浜さんの事は応援してますので、これから上げていってください」
「それなんですよ。私、頑張れそうにありません」
すごいことを言いだした。
まあ、メインで頑張るのは高浜さんだ。
アシスタントは、それを支えてくれれば、十分だけど。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと言い難いんですけど……」
「そこは、はっきり言いましょうよ」
今さら、何を言い淀む事があるんだろう。
「中井さんが、うざいんです」
「オブラートに包んでください」
本当にはっきり、言いやがった。
「大変なんですよ。中井さんの絵は尊敬してますけど、中井さんには全然興味がないのに、ベラベラベラベラ、ここはキャバクラかって感じで」
「高浜さんのところでも、そんな感じなんだ」
「まだ真城さんのところだと、真城さんがストレス解消に手伝ってくれたし、終わるってことが決まってたので、我慢できましたけど……高浜さんは、イライラしながらも見て見ぬ振りって感じですし」
「イライラはしてるんだ」
「ヘッドホンで、音楽シャカシャカです。ここで働いてた時よりも音量あがってますよ、あれ」
ここですら音漏れするボリュームだったのに、あれ以上って。
それは、相当ストレス溜まってるんじゃないか。
「新しいアシが見つかれば、変えたいみたいですけどね」
「凄腕のアシは、なかなか見つからないんじゃ」
「小河さんがよかったって、中井さんが居ない所で私にだけぼやくんですよ。どうせ、私は使えないアシですけど、私に言われてもって感じじゃないですか」
「加藤さんの丁寧な仕事には、助けられました」
これは本当の話。
全員がスーパーアシである必要はない。
信用して任せられるというのも、大事な要素だ。
加藤さんはその点、立派なアシスタントだと思う。連載中にどんどん腕をあげていたし。
「中井さんは、原作が決まったらやめるんじゃないですか」
「原作って決まるんですか。探してるようには見えませんけど」
「連載経験者ですから、それは……」
「とりあえず、真城さんは、私のストレス発散に付き合ってください」
「それは、望むところですので、いいですけど」
加藤さんは、たまに暴走するからな。
迂闊に言質は、取らせたくない。
「今度、見吉さんも呼んで3Pしましょう」
「ほんと、オブラートに包んで」
見吉は、高木と仲良く毎日大学に通っている。
ここにも顔を出しているけど、連載中みたいに入り浸っているわけではなく、この2週間で手を出したのは2回だけだ。
「あ、高木さんもいれて4Pでもいいですよ」
「それは、勘弁してください」
亜城木夢叶は二人で一人だけど、男女関係に関しては別だ。
シュージンに知られたら、すべてが破綻する。
加藤さんは、複数人も好きらしい。
オタサーの姫だけあって、慣れているのかもしれない。
いや、どんなだよ。オタサーの姫。
「よく誤魔化せてますね」
「別に、誤魔化しているわけじゃないし」
秘密にしているだけだ。
あんまり、ツッコまれても困る。
よし、話を終わらせよう。
「加藤さん」
「真城さん」
「「バクマン(バクマン)!!!」」
相当ストレスが溜まっていたらしく、お泊まりで一晩中相手をする事になった。
なんとか勝利を掴みたかったが、相手が強すぎた。
徹夜明けで、高浜さんの仕事場に向かう加藤さんには、今後も勝てそうにない。
いつか勝てる日がくるんだろうか。
◇◇◇
「……はい、ありがとうございます」
あっさりと許可が下りた。電話を切って、ほっと胸を撫でおろす。
これで大手を振って勉強する事ができる。
荷物を抱えて、電車に乗った。
向かう先は、動物園だ。
動物のスケッチをしていいのか電話してみたら、あっさりと許可が下りた。
受付で言えば、首からぶら下げるパスが貰えた。
これをつけておけば、自由にスケッチしてもいいらしい。
「思ったより種類が多い……これは、時間掛かりそう」
シュージンの話がいつできるか次第だけど、しばらくは毎日通うか。
コンプリートは無理でも、主要動物は網羅したいところだ。
『TRAP』の残した宿題。これだけは、次の連載開始までに終わらせたい。
動物に強くなる。中井さんに負けたヘビみたいな事は、二度と経験したくない。
そのためには、実物を見て描くのがベストのはずだ。
まずは、リベンジも兼ねてヘビの展示スペースへと向かう。
スケッチブックを開いて、じっくりと動きを観察する。
「なるほど。ここがこう動いてこうなってるっと」
こうして、直接ヘビを見てるとよく分かる。
動きが単純なようで複雑だ。
なんとなくニョロニョロ動くだけじゃない。そりゃ、僕の描いたヘビは、表面をなぞるだけになるわけだ。
とりあえず、3,4カットは模写してみよう。
考えるのは、それからでいい。
◇◇◇
「コンビニでなんか買っとけばよかった」
別にお金に困ってないけど、動物園価格の食事はあまり食べる気がしない。
まあ、昼食くらい抜けばいいか。
見吉が聞いたら怒りそうだけど、今はしっかり寝れてるし、そこまで食事にこだわらなくても大丈夫なはず。
これはフラグじゃない。今は健康体だ。
あんまりヘビばっかり描いてるのも気が滅入るから、気分転換に猿を描こう。
結局、描くってのは変わらないけど、気分は変わる。
「もうちょっと、じっとしてて欲しい」
猿山へ向かったのはいいものの、モデルが動き過ぎる。
絵を描くには、あまり向いてないかもしれない。
お願いしても猿がじっとしてくれるわけがない。
どうにかなる範囲か。
動きを止めるのは諦めて、スケッチブックに鉛筆を走らせていく。
「亜城木先生?」
「え?」
30分ほど猿の絵と格闘していると、背後から声が掛かった。
この声は──
「蒼樹さん」
振り返ると、中井さんの原作を担当していた蒼樹先生がいた。
美人で、そして振り返らなくても分かったくらいに、声がカワイイ*1。