「こんにちは」
「こんにちは」
「…………」
「…………」
挨拶を交わしたものの、その後が続かない。
どこかお嬢様っぽい雰囲気が、亜豆に似ている気がする。
おっとりしているようで譲らないところは譲らないのも、亜豆と同じだ。
そして声がカワイイ*1のも、声優の亜豆と同じだ。
しまった。何を話したらいいのかが、分からない。
何か話すきっかけを探そう。
「…………」
「あ。これは、動物のスケッチです。動物を描くのが苦手で、どうにか克服したくて手が空いてるうちに、上達させようかと」
蒼樹さんの視線が、スケッチブックに向いている事に気づいて、何をしていたかの説明をする。
不審人物だと思われないように、首からぶら下げたパスもアピール。
「あの、連載お疲れ様でした」
「蒼樹さんの方こそ。新年会で挨拶できませんでしたけど、連載お疲れ様でした」
かなり遅くなったけど、蒼樹さんには言えていなかった。
「終わったばかりなのに、もう次に向かっているんですね」
「シュージン……原作担当の高木の構想待ちの間に、できる事はしておきたくて。僕が高木の足を引っ張りたくないですから」
「……足を引っ張る」
「足を引っ張るって言ったら、大げさですけど……高木の作った話に、満足のいく絵を載せたいんです」
「亜城木先生の絵は素敵だと思います」
「あの……できれば、真城でお願いしてもいいですか?」
今の状況は、蒼樹さんみたいな美人に画材を抱えた不審な男が付きまとっているように、見えなくもない。
周囲から視線を感じているのは、気のせいじゃないと思う。
考え過ぎだと思うけど、亜城木みたいな特徴的な名前は身バレが怖い。
「すみません。真城先生」
「先生もつけなくて大丈夫ですよ」
年上の女性に先生呼びされるのは、むずがゆいものがある。
加藤さんからも呼ばれることあるけど、アシスタントと先生の関係だから、そこは諦めた。
「あんまり自慢できない話なんですけど、最終回近くで高木の原作に、僕の絵が追いつけなかったんです」
「追いつけなかった?」
「見せ場だったんですけど未熟で、描けなくて……結局、アシスタントに入ってもらっていた中井さんに描いてもらうことになりました」
「中井さんがアシスタントを?」
そういう情報も回っていないのか。
そりゃ、中井さんが凹みまくるわけだ。
そういえば、ジャンプで描かないって言ってたらしいけど、どうなってるんだろう。
同時期にデビューした仲間だし、一緒に頑張ってくれた方が嬉しいけど。
「はい。助けてもらったんですが、僕としては悔しくて……ヘビのシーンなんですけど、分かりますか?」
「あのシーン。すごく迫力がありました」
すぐに、どのシーンかピンときたらしい。
やっぱり、中井さんの絵は読者に伝わっている。
任せてよかったと思う反面、それが僕の描いた絵じゃないのが悔しい。
「読んでいただけてたんですね。中井さんには、完敗です。どうしたらいいのか、分からなくなったくらいに」
「真城さんでも、悩む事があるんですね」
「悩んでばかりですよ。って僕でもって?」
ジャンプはまだ読んでくれていたのか。
「私も話作りに行き詰っていて……」
「話作り……少女マンガですか?」
「いえ、もう一度だけジャンプで頑張ってみようかと」
「ええっ!? ジャンプで描かれるんですか」
「はい。担当の方に進められて……」
中井さんが聞いたら大喜びだ。
って前なら思ったけど、今はどうなんだろう。加藤さんにデレデレの中井さんだと断るかもしれない。アシスタントをどうにかしたい高浜さんが可哀相な話だ。
「でも、少年誌だから男の子視点からと言われて、それが難しくて」
「なるほど」
『ハイドア』は、メルヘン・ファンタジーの話で主人公の思考が独特でも違和感なかったけど、男の子らしい思考を持たせるのが苦手なのかもしれない。
蒼樹さん、見るからに高嶺の花っぽいし、男性とのかかわりは意外と少ないのかも。
「…………」
せっかくここで会えたのも、何かの縁か。
福田組の仲間だし、中井さんを借りてしまった恩もある。
「僕でよければ、手伝いましょうか?」
「で、でも、真城さんにそんなことをしていただく理由が」
「連載が終わって、しばらく時間がありますし。蒼樹さんがジャンプで頑張ろうとしているのなら、応援しますよ。って言っても相談に乗るくらいしかできませんので、どこまで力になれるのかは」
「本当ですか? 相談に乗ってもらえるだけでも助かります」
僕も正直助かる部分は、ある。
シュージンみたいに大学に通っていたら違ったけど、僕のように連載してないマンガ家なんてただの無職と変わらない。
誰かの役に立てるだけでも、気持ちとして少し楽になる。
「今、お時間大丈夫ですか? 立ち話もアレですので、場所を移した方が……」
「そうですね。よろしくお願いします」
外に出ようかと思ったけど、二人で出歩く勇気もなく、動物園内の飲食コーナーへと移った。
相変わらずの動物園価格だったけど、蒼樹さんとのお茶だったらいくらでも出せる。
「真城さんと高木さんは、長いんですか?」
夫婦の馴れ初めみたいな事を聞かれてしまった。
「中3の夏からですので、もうすぐ丸4年ですね」
「……最初から二人で?」
「僕は、昔はマンガ家になりたいって思っていたんですけど、事情があって離れていたんです。それを高木……すみません、普段の呼び方でシュージンって言いますね。シュージンが声を掛けてくれて、夢ができて一緒にやる事になった感じです」
協力するのなら、ずっとよそよそしいのも失礼か。
シュージンで通させてもらおう。
最初は、サイコーって呼ばれることに対する嫌がらせ半分だったけど、今じゃすっかりシュージン呼びが定着してしまった。
シュージンがいなかったら、おじさんの件でマンガ家になろうとは思っていなかったはずだ。亜豆と結婚するという約束もなかった。
シュージンには、感謝しても感謝しきれない。
「真城さんは、一人でやろうとは思わなかったんですか?」
「一度だけ、コンビを解消して一人でやろうとした事はあるんですが、話作りはシュージンに叶わないってのを実感して終わったんですよ。いい作品を作るのなら、コイツとしかいないなって」
「素敵です。親友なんですね」
「改めて言われると照れますけどね……」
僕は、シュージンの親友。
見吉は、シュージンの彼女。
つまり、親友の彼女は、僕のセフレ。
これが亜城木夢叶だ。
改めてまとめると、ひどい関係でしかない。
「お二人とも信頼しあっているんですね」
蒼樹さんの尊敬の入った視線が痛い。
信頼し合っていると言える関係なんだろうか。
グサグサと心に刃が刺さってきている。
「シュージンがどう思っているかは分かりませんけど、僕はシュージンの事を信頼してますね」
「羨ましいです」
僕の精神力は、もうゼロに近い。
「蒼樹さんは、どうだったんですか?」
深く突っ込むのもどうかと思っていたけど、話題を蒼樹さんに向けよう。
「その……中井さんの絵は信頼していました」
絵は、か。
「私の描いて欲しい話と、中井さんの描きたい話がズレていったように感じてしまって、連載終盤は上手くいっていなかったと反省しています」
「ズレていったとは?」
「テコ入れって言うんでしょうか。話を守りたい私と、連載を続けたい中井さんって感じで」
「なるほど……」
これは、どちらが正しいという話じゃないからややこしい。
蒼樹さんの言う事も分かるし、中井さんの言う事も分かる。
これが一人で描いてたら、自分で決められるから話は早い。
原作と作画が分かれていて、意見が割れたら、そりゃ上手く回らないか。
「『TRAP』は綺麗な終わり方してましたけど、真城さん達は揉めなかったんですか?」
「どうなんですかね。ああいう終わらせ方にしようって提案したのは僕で、シュージンも納得してくれた感じです。でも、何が何でも連載を続けたいって気持ちが無かったかどうかまでは、僕には分かりません」
最終的には上手くいったこともあって、シュージンも満足のいく終わらせ方になったと思う。そこに自信があるが、決定した時点でどうだったのかまでは、分からない。
「僕達の場合は、四六時中一緒にいたので、意思疎通に困らなかったってのが、大きかったのかもしれませんね」
高校の思い出は、常にシュージンと共にあるくらいだ。
意思疎通に困ることはなかった。
中井さんと蒼樹さんの場合は、電話や担当を通してのやりとりが基本で、直接会って二人で語り合うみたいなのは、ほとんどなかったらしい。
最初に会った時は、二人で打合せしてたけど、あれも担当に会う前の時間つぶしだったんだっけ。
「いいですね。私の場合、異性との意思疎通は、あまり得意じゃありませんので」
昔の僕なら、激しく同意していたところだ。
見吉や加藤さんのおかげで、それなりに場慣れすることができた。
何かきっかけさえあれば、こうして話す事はできる。
「今、こうして話せてますし、大丈夫だと思いますよ」
「……え……ほ、本当ですね。少し恥ずかしいですけど、真城さんは話しやすいのかも」
顔が赤くなって照れてるのが可愛いけど、こっちまで伝染してしまう。
冗談で誤魔化そう。
「僕と蒼樹さんのコンビなら上手く行ったかもしれませんね」
「……はい」
いや、はいじゃないでしょ。冗談だったのに、照れが、加速する。
「…………」
「…………」
深呼吸だ。落ち着こう。
残っていたコーヒーを飲み干して、間を取ってから口を開いた。
「実は、そういう話もあったんですよ」
「え?」
「さっき話した、シュージンとのコンビを解消していた時に、相田さんからストキンネーム部門の準キングの作画をやらないかって声をかけられまして」
「本当ですか!?」
「……悩んで、断っちゃいましたけど、受けてたら僕と蒼樹さんでコンビ結成してたんだと思います」
そういう未来があったかもしれないという話。
当時は今よりも人見知りだったし、蒼樹さんがこんな美人な女性だとも知らなかったしで、断るしかなかったけど、知っていたどうだったのか。
シュージン以外とのコンビは、やっぱりちょっと考えにくいか。
もったいない気持ちも強いけど。
「なんで断ったんですか」
「なんでって……いや、その、一人でやるつもりだったし、シュージンとの事もどうしようかと」
「真城さんが断らなければ、私が真城さんと組めたのに、断るなんてないです」
「それは……えっと……準キングとしか聞いてませんでしたので、蒼樹さんだって事も知らなくて」
「くす……冗談ですよ」
「……え」
「高木さんとしかコンビを組む気がないのは、伝わりますから大丈夫です」
蒼樹さんも、こういう冗談言うんだ。
もっとお堅い人だと思っていたけど、思ったよりも面白い人なのかもしれない。
「……そうですね。蒼樹さんがダメだってわけじゃないんですけど、僕にはシュージンが一番の相方です」
「お二人の仲には叶いそうにありませんね。ごちそうさまです」
僕とシュージンってどういう仲だと思われているんだろうか。
いいコンビだと思われているのならいいけど、それ以上の関係だと思われていたら困る。
「蒼樹さんも冗談とか口にするんですね。焦りましたよ。男は、美人に責められると弱いんですから」
「ごめんなさい」
「いえ、謝らなくても大丈夫ですけど」
たぶん、根が真面目な人なんだろう。
丁寧に頭を下げられてしまった。
「……あ。今みたいなやりとりが、いいんでしょうか?」
一瞬、どういう意味かと思ったけど、今こうして話している理由に思いいたって、何が言いたいのかが分かった。
「そうですね。ヒロインに責められて、主人公がアタフタと慌てるのは、定番だと思いますよ」
「ちょっと待ってください。メモをとります」
「はい」
実際のやりとりを真剣な顔でメモに取られるのは、めちゃくちゃ恥ずかしい。
そういう目的で話していたわけで、メモを取るのは構わない。
別にいいんだけど、蒼樹さんが真剣であればあるほど、恥ずかしさが倍増だ。
こういうのも一種のギャップ萌えなんだろうか。
こんな感じで思いのほか盛り上がってしまい、結局、閉園近くまで語り合ってしまった。