「真城ー、あんた最近どこ行ってんのよ」
「ん?」
「いつ来ても居ないじゃないの」
港浦さんとの打ち合わせの日。
久しぶりに仕事場でのんびりしていると、掃除中の見吉に捕まった。
最近は、動物園に通い詰めている事もあり、仕事場にいる方が稀になっている。
連載中は、ほぼここに住んでいたので、見吉がいつ来てもここに居た事を思えば、居ないのは変かもしれない。
「ああ。言ってなかったっけ。動物園」
「動物園? 真城、動物好きだったっけ?」
「別に、好きでも嫌いでもないけど」
動物に対する感情を表現するなら、苦手だ。
飼われている分にはいいけど、野良犬とかは怖い。
ヘビが描けなかったせいで、苦手意識が増した気がする。
「じゃあ、何しに行くのよ」
「スケッチ。『TRAP』のときに、納得のいく動物が描けなかったから、練習中」
他にも蒼樹さんと会ったり会わなかったりしてるけど、そっちが主目的じゃないから言わなくてもいいか。
「へーー。あたしも行きたい」
「いや、来るなよ」
「なによ。意地悪しなくたっていいじゃん」
「そうじゃなくて……ずっとスケッチしてて動かないから、暇だと思う」
見吉は、どちらかといえば、じっとしていられないタイプだ。
一緒に行っても退屈させるだけだと思う。
しばらくしたら、一人で動物園を回っている姿が想像できる。
それを楽しめるのならいいけど、見吉の場合は違う。
誰かと何かをするのが好きな子なので、一人で動物園を回っても、あまり楽しめないだろう。
「へーきへーき。真城が絵を描いてるのを見てるのが好きだし」
ああ。そういえば、そんな事言ってたっけ。
「動物園なんだから、動物を見ろよ」
「いいでしょ。たまには、真城ともデートしたいし」
「いや、まずいだろ。そういうのは、シュージンとやれよ。見吉はシュージンの彼女なんだから」
ちょっとだけ心が惹かれたけど、諦めるしかない。
誰かに見つかったら言い訳できない。
「じゃあ、真城はあたしともうエッチしないんだ」
「それは、するけど」
「都合良すぎ」
「うるせー」
それはそれ、これはこれだ。
シュージンが来るまでは、まだ時間がある。
加藤さんに手を出したりしてたけど、ずっと動物園に通いっぱなしだったから、溜まっている。
ここらへんでスッキリした方が、スケッチに集中できそうだ。
よし、やるか。
「見吉」
「真城」
「「バクマン(バクマン)!!!」」
動物園で見てしまったけど、ウサギの腰振りって凄い。
それには勝てる気がしないけど、頑張ってみた。
ちょっと、腰が痛い。
◇◇◇
シュージンと合流して集英社に向かった。
連載中は、港浦さんに仕事場まで足を運んでもらっていた。
残念ながら、連載が終わってしまったので、その特権は消滅だ。
僕達が動かなければならない。
めんどくさいけど、仕方ない。
「真城くん、高木くん。編集部から『TRAP』でもう一度って意見が出てるんだが、どうだ?」
打合せが始まってすぐに、面食らうような話が出てきた。
「はい?」
「連載終了したばかりですよ」
最終話が載って、まだ2週間も経っていない。
それに『TRAP』は、打ち切られて終わったマンガだ。
これがヒット作なら話は別になる。
期間を置いて続編を展開とかする事もあるけど、それには該当しないはずだ。
「最後はアンケートもとれていたし、反響も大きい。打切りは、早計だったんじゃないかって声が上がった」
「そんな無茶苦茶な」
「過去にもライジングインパクトがあった。終わってすぐに復活して長期連載となった例があるんだ。無茶じゃない」
いや、無茶だろ。
そういうマンガがあったって言われても、例外中の例外みたいな話じゃん。
そんなアーサー王伝説みたいな作品を持ち出されても困る。
『TRAP』を再びって声は嬉しいけど、受けることはできない。
「無理ですよ。あれは、終わるのが決まってたからこその出来ですから」
「シュージンの言うとおりです。復活しても、またすぐ打ち切られて終わりますよ」
悔しいけど、それが実力だ。
今の僕達じゃ、正面から『明智五助』と戦う事はできなかった。
伏線回収しまくったり、中井さんをアシで使ったり、やれる事は全部やった。
ブーストを使い倒してようやく出た人気を維持できるとは思えない。
「そうか。もったいないと思うが、終わらせたのはこっちだ。無理に連載しろ、とは言えない」
安堵の息を吐く。
なんとか、連載再開とはならずに済むみたいだ。
「で……だ。君達が乗り気じゃないのなら、無理にとは言わないが、読切ならどうだろうか?」
「読切……ですか?」
「夏の赤マルの巻頭カラーを探している。『TRAP』なら安心して任せられる」
赤マルの巻頭カラー。
嬉しいけど、せっかく綺麗に終わらせた『TRAP』をもう一度か。
連載よりは、やりようがありそうけど、どうなんだろう。
「『TRAP』以外じゃダメなんですか?」
「問題ないと思うが、すまん。上に聞いてみないと答えられない」
なるほど。
実績のある『TRAP』なら無条件で巻頭カラー。
それ以外の作品だと、作品次第って事か。
「巻頭カラーに『TRAP』をって話が出ているのは、もう一つ理由がある。真城くんが入院中に描いた原稿があっただろ」
「ありましたね」
結局、退院してからも毎週ペースで描き続けたので、掲載するタイミングがなくお蔵入りとなってしまった。
「金未来杯の読切と入院中の原稿。そこに赤マルの読切を加えれば、番外編としてコミックスで1冊出せそうなんだ。せっかくの原稿だ。眠らせとくのももったいないし、良い話じゃないか」
ページ数的にはちょうど、コミックス1冊分になるみたいだ。
ただ、あくまでも『TRAP』としてならという前提なので、それ以外の作品で赤マルに描くのなら、コミックス化は難しいらしい。
中身が『TRAP』だらけになるので、短編集として出すとしたら、確かに問題があると思う。
「単行本を出せるのなら嬉しいですけど」
「ちょっと考えさせてください。いつまでに答えればいいですか?」
「赤マルの巻頭カラーが決まるまでだから、いつまでとは言えん。一週間なら待てるが、それ以降は他の作家に決まったら無理だ」
「分かりました。できるだけ早く返事します」
お蔵入りになった原稿を活かしてくれようとするのは、嬉しい。
前向きに検討したいけど、あれ以上『TRAP』で描くことが、あるのかどうか。
やり切った作品で短編をって言われても、かなり難しい。
シュージンと二人で頭を悩ませる事になりそうだった。
「印税、印税、印税」
「シュージン、落ち着け」
単行本が出るって嬉しいけど、そこかよ。
頼むよ、シュージン。
◇◇◇
翌日
「こんにちはーーー」
明るい声で話しかけれて、ちょっとビックリした。
「こ、こんにちは。今日は、明るいですね」
「えっ、ごめんなさい。昨日は会えませんでしたので、真城さんを見つけたのが嬉しくて」
「蒼樹さんは、昨日も来てたんですね」
「はい」
しまった。特に約束をしているわけじゃないから、伝えるのを忘れていた。
ほぼ毎日動物園にいるので、わざわざ連絡を取り合ったりはしていない。
蒼樹さんがここに来て、僕を見つけたら話しかける感じでなんとなく成立していたのが、あだとなってしまった。
いつものように、飲食コーナーへ移動する。
「ごめんなさい。連絡しておけば、よかったですね。昨日は、打合せがあったので、来れなかったんですよ」
「いえ、打合わせだったんですね。次の連載ですか?」
「そっちはまだ何も決まってないんですけど、赤マルで読切って話になりまして」
「真城さんもですか? 私も今描いてる話で、赤マルを狙ってみましょうって担当の方に。同じですね」
同じなのが嬉しかったのか、蒼樹さんが僕の右手を両手で包み込むようにして掴んできた。
「蒼樹さん、手、手を掴んでます」
「ご、ごめんなさい。つい」
「いえ、大丈夫ですけど。蒼樹さんも可愛らしいところあるんですね」
「もう、何言ってるんですか」
顔を真っ赤にして照れているのがカワイイ。
そして、声もカワイイ*1。
こういう表情を見せてくれるようになったのも、親しくなれた証かもしれない。
それにしても蒼樹さんも赤マル狙いか。一緒に載ったら、強力なライバルになりそうだ。
「でも、僕達は赤マルに載るのかどうかは……」
「どうかしたんですか?」
「実は……」
簡単に事情を説明する。
「私なら断ります。『TRAP』の最終回、素晴らしかったです。あそこから次と言うのは、作品をダメにすると思います」
気持ちのいい、はっきりとした答えだった。
蒼樹さんならそうだろう。
作品のクオリティーが優先だ。
だからこそ、中井さんと揉めたりしたらしいし。
「ですよね。それでどうしようか、悩んでまして」
「……『TRAP』じゃないとダメなんですか?」
「『TRAP』の未収話があって、それと合わせて単行本にまとめたいみたいなので」
「でしたら、番外編と言うのはどうでしょうか?」
「番外編?」
意外な提案にそのまま聞き返す。
「あまり口を挟める立場じゃないですけど」
「いえ、アドバイスを頂けるのは助かります」
「女忍者のキャラクターが魅力的でしたので、彼女を主役にした話があったら、読んでみたいと思いました」
「……なるほど。その手があったか」
蒼樹さんの提案は、目から鱗が落ちるようなものだった。
主人公の話は、綺麗に終わった。
だから続きは描けないし、描きたくない。
でも、作品世界は続いているわけで、主人公を変えれば別だ。
ライバル的なキャラクターだった女忍者の話なら、番外編として『TRAP』の単行本に載ってもおかしくない。
「蒼樹さん、ありがとうございます。シュージンとの相談になりますけど、これでいけるかもしれません」
「そんな大げさです。一読者の思いつきですよ」
「いえ、連載マンガ家の意見です。参考になります」
蒼樹さんは謙遜するけど、元々原作担当だけあって流石の案だと思う。
早く、シュージンに相談したい気持ちでいっぱいだった。
「私も、相談してもいいでしょうか?」
「もちろんです」
素晴らしいアドバイスをくれた蒼樹さんには、感謝しかない。
こちらもできる限りの協力をしたい。
自信を持って力強く答えよう。
「その、真城さんは私の履いてる下着を見たいですか?」
「蒼樹さんの下着ですか? もちろん見たいです」
よし、これで頼りになる男性間違いなしって。
ん? 今、質問が変じゃなかった?
「え?」
「あ……」
僕は、下着が見たいと力説する変質者になってしまった。