「あの、次回は真城さんの仕事場に、お邪魔してもいいですか?」
「僕は大丈夫ですけど。資料も揃ってますし」
「では、お願いします。いつも重たいものを運んでいただくのは、申し訳ないですので」
3回目の勉強会。
2回目からは、教えるのに必要な資料をカバンに詰め込んで、持ち込んでいた。
本がかさばるので、画材と一緒に持ち運ぶのはちょっとしんどい。
肩に食い込むようなカバンを持ち歩く事が、蒼樹さんに不憫に思われたみたいだ。
という事で、次の勉強会は仕事場になった。
◇◇◇
「うーん。面白いけど、ちょっと設定が凝りすぎじゃね?」
「そうなんだよなー。でも、他との違いを出そうと思ったら」
「見吉はどうだった?」
三人の中で一番一般人に感覚が近い、見吉に振ってみる。
「秋人さんには悪いけど、よく分かんなくて頭痛くなった」
「ダメじゃん」
やっぱり、設定が複雑過ぎるみたいだ。
「いや、でも、香耶ちゃんを基準にするのは……」
シュージンが、何気にひどいことを言いだした。
気持ちは分かる。基準にするには、見吉は頭がちょっとよろしくない。
「ジャンプを読みなれている読者なら大丈夫だと思うけど、分かりにくいってのは遠ざける要因になるし、できれば見吉に通じる設定がいいと思う」
「……サルでも分かるマンガか」
「誰が猿よ、誰が」
結婚を意識してか、シュージンは見吉を香耶ちゃん呼びするようになり、見吉はシュージンを秋人さん呼びするようになった。
ちょっとした変化だけど、二人の仲が近づいて、僕との距離は離れてしまったように感じてしまう。
慣れたらこういう感情も消えるのかな。
「『TRAP』は、探偵が犯人を騙す話。ワンフレーズで説明できたじゃん。シュージンなら、シンプルなアイデアから話を展開させて、広げる事ができるはず」
「すっげー苦労したけどな」
「それは、すまん」
でも、言っている事は嘘じゃない。
『TRAP』の話は面白かった。探偵ものとして本格的な『明智五助』には、劣っていたかもしれないけど、相手がちょっと悪過ぎただけだ。
僕が倒れて読者離れが起きなければ、もっと戦えていたと思う。
マンガを見る目がある高浜さんも、どうして人気が落ちたのか分からないって言ってくれるくらいに、作品の質は維持できていたはずだ。
ああじゃないこうじゃない、と次回作の構想を練っているとチャイムが鳴った。
「誰だろう」
「あたし、見てくる」
見吉が玄関へ向かった。
「真城ー、秋人さーん。荷物が届いてるー」
見吉に呼ばれてシュージンと向かうと、ダンボール箱が4つ届いていた。
「う……」
シュージンが頭を抱える。
服部さんからのミステリーの資料で、部屋が埋まった事を思い出したんだと思う。
「港浦さんからだって」
「中身なんだろ」
「嫌な予感しかしないんだけど」
とりあえず、室内に運んでダンボールを開封した。
僕の開けたダンボールは、ギャグギャグギャグ。ギャグマンガのオンパレードだ。
「こっちは、笑いに関する本だ」
「つーか、仕事場にある本と被ってるのも多いし……」
おじさんはギャグマンガ家だっただけあり、ギャグマンガの本は充実している。
有名どころは揃っていると言っていいくらいだ。
つまり、ダブりまくりだ。この本どうしようか。
「あ、でも、付箋貼ってあるみたい」
中を開いた見吉が大量に張られた付箋に気づいた。
僕も一冊開いてみると、ギャグについての解説が載っていた。
解説どころか、参考資料まで記載されている。
ここまではまだいい。
「このギャグは好きとか嫌いとか、すっげーーどうでもいいーーー」
「おー、サイコーが叫ぶのって珍しいな」
「真城も大声出す事ってあるんだ」
港浦さん自体の存在がギャグになってどうする。
ダメだ。やっぱり、港浦さんを頼っていたらおかしくなる。
「…………見吉、持って帰らないか?」
「いらない」
「シュージン、新居にマンガがないと寂しいだろ」
「仕事場の方を持ち帰っていいなら」
「おじさんのはダメ」
付箋付きマンガは、呪われたアイテム扱いだった。
「はあ……」
「ギャグが好きってのは伝わったけど、困った人だよな」
「せめて送る前に確認して欲しかった」
「あと服部さんの6箱に負けてるし」
「付箋とかつけてるのは、港浦さんの勝ちだ」
「トリックとか香耶ちゃんにまとめてもらったっけ」
「そうよ。大変だったんだから」
「あの時は本当に」
「「ありがとうございました」」
シュージンと二人で立ち上がって、見吉に深々と頭を下げる。
「ちょ、ちょっとやめてよ。そんなつもりで言ったんじゃ」
「で、どうするこれ?」
「とりあえず仕事場に置いておくしかないんじゃないか」
すぐに切り替えて、呪いのアイテムをどうするのかの話に戻した。
「あんた達ねー」
「シュージン、見吉を怒らせるなよ」
「今のは、サイコーがやらせただろ」
「そこに並びなさい。今から一発ずつ殴るから」
こうやって見吉をからかうのは、楽しい。
こういう時間が、いつまでも続けばいいのに。
「それじゃ、俺はもう一回ネタ出し考えてみる」
見吉から逃げるように、ダンボール箱から本を何冊か抜いて、シュージンは帰り支度を始めた。
「持って帰るのか?」
「ギャグメインにする気はないけど、笑いは取り入れたいし、今は何でも参考にしたい」
「そっか。今回のも複雑過ぎるだけで、話自体は面白かったから、期待してる」
「任せとけって。俺は帰るけど、香耶ちゃんはどうする?」
「まだ掃除が中途半端だから残る。これも片付けないとだし」
港浦さんから荷物が届いたおかげで、スペースを作らなければならない。
見吉が手伝ってくれるのは、助かる。
「それじゃ、またネタができたら連絡する」
「ああ、待ってる」
「秋人さん、明日は買い物だから忘れないでよ」
「分かってるって」
シュージンが帰った後で、見吉と手分けしてスペースを作り、港浦さんから届いたダンボールを整理した。
奥に仕舞い込まずに、一応すぐに取り出せる場所だ。
基本的にシュージンに任せて、気が向いたら読もう。
見吉が掃除に入ったので、僕も絵の勉強に入る。
明日は、いよいよ蒼樹さんが来る日だ。
何を教えるのか考えておかないと。
◇◇◇
「真城ー。最近大人しくない?」
「掃除の邪魔しちゃ悪いと思って」
「もう終わったし」
いや、今日は念入りに頼む。明日蒼樹さんが来るんだから。
蒼樹さんを迎え入れるための掃除を見吉にさせるのってどうなんだろう。
見吉が好きでやってくれているんだから、たぶんセーフだ。
「最近、あんまり来れなくなってるし、もっと掃除した方が」
「そうじゃなくて……なによ、あんた。あたしに飽きたわけ?」
「飽きたって?」
「……手を出さないのかって言ってんの」
直球できたか。
シュージンと見吉の結婚が決まってからは、避けていたので、もう2ヵ月近く見吉とはしていない。
「見吉のことは好きだし。見吉のおっぱいを飽きるなんて、絶対ない」
「あたしの価値は、おっぱいだけ……」
「でも、シュージンと見吉は結婚するんだから、けじめはつけないとダメだろ」
「さんざん親友の彼女に手を出しておいて、今さらけじめって」
ごもっともだ。でも、僕の中で譲れないラインがある。
「あんた、それでいいわけ?」
「よくはないけど」
「じゃあ」
「さすがに、人妻には手を出せないって」
どこかで線引きしないと、ずっとズルズルいってしまうだろう。
結婚した人には、手を出さない。
これを僕の中での、最低限のルールにしよう。
さようなら、亜豆ママ。
いや、人妻はダメで亜豆ママが浮かぶって、その時点でアウトだろ。
おじさんの思い人なのに、ごめんなさい。
「加藤さんがいるから、あたしは用済みってわけ」
「……それはある」
「最低」
「性欲なんだからどうしようもないだろ。見吉が結婚するなら手を出せない。加藤さんに抜いてもらう。これでシュージンとハッピーエンドじゃん」
「人のことさんざん仕込んでおきながら、捨てるんだ」
「仕込むって何だよ」
「……真城とするの気持ちよかったって事。言わせないで、バカ」
「いてえ……殴るなよ」
いつの間にか見吉を僕仕様に染めていたみたいだ。
でも、そのうちシュージン色に塗り替えられていくんだろう。
悲しいけどこれ、現実なのよね。
「でも、分かった。人妻には手を出さないって言うなら、真城を尊重する」
「……悪い」
尊重されたらされたで、しないで欲しいって思ってしまうのはワガママか。
僕が言いだして、見吉が同意した。
これでもう、見吉を抱くことはない。
「それじゃ、しよっか」
「は? お前、今さっき尊重するって言ったばっかじゃねえか」
「人妻には手を出さないんでしょ。あたしはまだ
「だもんって……そんな屁理屈な」
「屁理屈でもなんでもないし、事実でしょ」
見吉の指摘通り、まだ婚姻届けは出していない。
来週発売の赤マルの結果待ちなので、あと1ヵ月くらいは猶予がある。
ほぼ婚約状態だけど、未婚と言えば未婚だ。
「……ま、いっか。分かった。脱げよ」
「うっわー。急に偉そう」
「溜まってるんだから、覚悟して」
突っぱねることも出来たけど、見吉にしては頭を使った理屈だ。
そこを評価して、考えを改めるか。
結婚したら終わりっていう同意は取れたし。
取りたくなかったけど。
「見吉」
「真城」
「「バクマン(顔、顔、顔、顔)!!!!」」
シュージンに染められる前に、俺の色に染めてやったぜ。
「真城、やり過ぎ」
「うるせー。結婚したら終わりだからな」
「分かってるって。結婚するまでだかんね」
それまで何回できるんだろうか。
やるって決めたからには、とことんやってやる。
「真城、チューしよ」
「まだ臭うから嫌だ」
「誰のせいよ」
無理やりキスされてしまった。
このキスもきっと、思い出。