(性欲が)増しろ最高のバクマン   作:チームメイト

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勉強会SP

 いよいよ、蒼樹さんが仕事場に来る日になった。

 準備は万全。

 と、言いたいところだったけど。

 

「それじゃ、秋人さんと買い物行ってくるから」

「行ってらー」

 

 結局、見吉と二人で仕事場に泊まってしまった。

 久しぶりだからって盛り上がり過ぎた。

 仮眠はとったけど、寝不足だし、部屋の空気が淀んでいる。

 寝起きの一発が余計だった。

『誰がサルよ』って、昨日、見吉がシュージンに怒ってたけど、猿は僕だったっていうオチ。

 

 空気清浄機を動かしながら、窓も全開にして全力で換気だ。

 

 というか、見吉はなんであんなにぴんぴんしてるんだ。

 3時間くらいしか寝てないはずなのに。

 

 よし、気合を入れて蒼樹さんを迎えに行こう。

 

 重い身体を引きずって、待ち合わせの駅まで向かった。

 この身体の重さがちょっと懐かしい。連載中はこんな感じだったっけ。

 

「真城さん、おはようございます」

 

 10分前に駅に着くと、既に蒼樹さんがいた。

 夏らしいラフな格好が眩しい。

 服装の好みが亜豆と似ていると思う。どこかお嬢様っぽい。

 画材道具を入れた大きめの荷物がどこか不釣り合いだ。

 

「おはようございます。ごめんなさい、待たせてしまいましたか」

「さっきの電車でしたので、大丈夫ですよ」

 

 しまった。電車の時間くらい調べておくんだった。

 まだ時間には余裕があると思って、油断していた。

 

 電車のタイミング的に、10分以上早く来るしかなかったみたいだ。

 一応次の電車でもギリギリ間に合うみたいだけど、蒼樹さんがそんなギリギリの選択肢を取らないか。

 

「荷物、持ちます」

「あ……ありがとうございます」

 

 詫びも兼ねて、少し強引に荷物を受け取る。

 

「では、仕事場に案内します」

「はい」

 

 幸先が悪い、勉強会のスタートとなった。

 

 

「ここですか?」

「はい。どうぞ」

 

 カギを開けて仕事場の中に蒼樹さんを案内する。

 

「すごい……これ全部真城さんが?」

 

 作業スペースまでの間にある資料スペースで、蒼樹さんが驚きの声を上げた。

 別に隠してることじゃないからいいか。

 

「いえ。元々この仕事場は、僕のおじさんが使っていたもので、ほとんどおじさんが集めたものです」

「フィギュアとかもたくさんありますね」

「おじさんは、ヒーローマンガを描いていたので。興味があるなら自由に見ていただいて構いませんよ」

「……あとで時間があれば、じっくり見させてください」

「休憩時間にでもどうぞ」

 

 資料スペースを抜けて作業スペースに入る。

 蒼樹さんは興味深そうに、キョロキョロと室内を見回している。

 僕は、淀んだ空気がどこかへ消えた事にほっとしていた。

 

「仕事場ってこんな感じなんですね」

「中井さんの仕事場には?」

「行ったことありませんよ」

 

 どうやらここが蒼樹さんが初めて見る、マンガ家の仕事場になったみたいだ。

 

「これで最低限というか、狭い方だと思います」

「これで狭い方ですか」

「多い人はアシスタントを4人5人と雇いますので、もっと広い部屋を使っているかと」

 

 こだわって使っているけど、あくまでもギャグマンガ家だったおじさんの仕事場だ。

 おじさんは、アシスタントが少なかったので問題なかったけど、ストーリー漫画を描くには、少し狭い方だと思う。

 実際に、新妻エイジの部屋はもっと広かった。

 床に原稿を広げてもスペースに余裕があったくらいだ。

 

 換気のために、開いたままだった窓を閉じていき、冷房をつけた。

 これで涼しくなるはずだ。

 

「……もし私が作画もするなら、自分の部屋でできればって考えてたんですけど、甘かったかもしれません」

「仕事場が必要なら、契約時に配慮してくれたりするみたいですよ」

「そうなんですね」

「あと、一応シュージン用に打ち合わせ場所も入れてですので、それがどうにかなるなら、もう少し狭くても大丈夫だと思います」

 

 テーブルを挟んでソファーが向き合っている小スペース。

 原作と作画が別で、同じ仕事場を使っているのであった方が助かるけど、絶対に必要な場所ではないし、別の部屋でも問題ない。

 ここの場合、資料スペースと作業スペースしかないため、作業スペースに全部集まってるだけだ。

 

「とりあえず、始めましょうか。今日はキャラクターで」

「はい。よろしくお願いします」

 

 三つ並んだアシの机の二つを使って、並んで座り、今日の勉強会をスタートした。

 

 

   ◇◇◇

 

 

「今日はここまでにしましょうか」

 

 小休止や、食事休憩を挟みながら、10時間くらい没頭していた。

 日没が遅いこの時期だけど、もう外は真っ暗だ。

 

 そろそろ切り上げないと、蒼樹さんの帰りが心配になる。

 帰り支度を始めるかと思いきや、蒼樹さんは持ってきた荷物に何度か視線を送った。

 どうしたんだろうか。サプライズプレゼントでも入ってるとか。

 いや、ないか。

 

「あの……仕事場にアシスタントの方が泊まる事もあるって本当ですか?」

「そうですね。忙しいときは僕も泊りますし、駅が遠い人とかは泊まっていく事もありますよ」

 

 駅が遠くても中井さんの泊りは、却下したけど。

 エイジのところであったみたいに、夜中に泣かれても困る。

 

「では、私も泊めていただこうかと準備をしてきたんですけど……」

「え!?」

「明日もお願いしてますし、今は絵に時間を掛けたいので」

 

 荷物が重いと思ったら、画材だけじゃなかったみたいだ。

 

 移動時間ももったいないというのは分かる。

 僕も一番忙しかったころは、集英社まで往復する時間が嫌いだった。

 

 今が伸び盛りで描いていて楽しいのも、見ていたら伝わってくるので、一分一秒を惜しんで描きたい時期なんだろう。

 

「女性のアシもいらっしゃったって聞きましたけど、その方も泊った事あるんですよね?」

「それは……まあ」

 

 加藤さんは何度も泊った事あるけど、あれは加藤さんだから泊っていっただけで、普通は泊まらない。

 でも、それを説明すると僕と加藤さんのセフレという複雑な関係を説明しないといけないわけで、蒼樹さんに説明なんかできるわけがなく。

 仕事のために泊まっていったと、説明するしかない。

 

「では、お願いします」

「分かりました。では、もう少し頑張りましょうか」

「はい」

 

 蒼樹さんがやる気なら、それを応援するべきだな。

 最悪、僕が自転車で家に帰ればいいだけだし。

 

 こうして、勉強会の延長戦をスタートした。

 

 

   ◇◇◇

 

 

「男性と女性の場合、重心が違いますので、そこをもう少し意識できればよくなると思います」

「重心ですか?」

「女性よりも高く、前側に重心があるって意識すれば、ポーズも決まりますよ」

 

 一言で言えば、前かがみ。

 そこまで行かなくても前に重心をかけるのが、男性キャラのコツだ。

 

 逆に、女性キャラは引かせる。

 後ろに重心をとれば、それっぽくなり男性キャラとのバランスもとれる。

 

「『青葉の頃』みたいな日常モノの場合、平坦なポーズになりやすいので、結構見せ方が難しいですが……」

 

 リアリティーをどこまで追求するのか問題だ。

 現代を舞台にした恋愛マンガの場合、リアリティーを追求したくなるものの、それだと見ていて退屈なものになってしまう。

 

「感情表現は、極端に出すくらいで丁度よくなるかと。例えば、怒った時は」

 

 いくつかのポーズを描いてみる。

 ぷんぷん、と握りこぶしの両手を顔の前で、右、左と下げるポーズ。

 ぷい、とそっぽを向くポーズ。

 人差し指を立てて「メ」と叱るポーズ。これはイメージは蒼樹さんだ。

 

「現実だと、こんなポーズとかあまり見ないですけど、マンガだとこれくらいわかりやすいポーズをとらせた方がいいんです」

「それだと浮きませんか?」

「冷静に見ると変ですけど、これくらいやらないとメリハリが利かないんですよ。少女マンガ的な表現になりますけど、引き止めたり、詰め寄るために、壁ドンとか普通はしませんし」

 

 現代舞台マンガのマンガ的表現の極致が壁ドンだと思う。

 あんなことを現実でやっている奴を見た事がない。

 実際にやっていたら、浮きまくると思う。

 あんなものをされて喜ぶ女子なんていないはずだ。

 

「……壁ドンは、少し憧れます」

「え!?」

「少し、少しですよ。されてみたいじゃないですか」

 

 壁ドンされたい女子がいた。

 いるのか。

 

「してみましょうか?」

「え!?」

 

 蒼樹さんが目を見開いて驚いている。

 あれ? されてみたいっていうから提案してみたんだけど、外した。

 

 これはあれだ。

 壁ドンはイケメンに限るっていうヤツか。

 しまった。滑ったかもしれない。こっからどうすれば──ジャンプで使えそうなシチュエーションは、何かあったかな。

 壁ドン、壁ドン……

 

 ドーンって気合を入れてる海賊王しか浮かばねー。

 

「いいんですか?」

「え……僕でよければ」

「で、では……お願いします」

 

 ジャンプの知識に頼ることなく突破できた。

 こんなパターンもあるのか。

 

 仕事場の壁際に蒼樹さんを立たせる。

 

「…………」

「…………」

 

 こういう場合って右手と左手どっちがいいんだろうか。

 蒼樹さんが俯いている姿から緊張が伝わってきて、こっちまで手が震えそうだ。

 

 よし、覚悟を決めよう。

 

「蒼樹さん」

「真城さん」

 

「「壁ドン!!!」」

 

 蒼樹さんの頬近くに掌を置くように、勢いよく壁を叩いた。

 あれ? 思ったよりも遠い。

 

 手を突っ張ってるせいで、あまり追いつめた感じはしない。

 

「こうかな……」

「あっ……」

 

 改めて今度は、肘を壁にくっつけるようにして叩き直す。

 

 肘を曲げることで、前かがみ気味になり、10センチほどある二人の身長差も埋まった。

 吐息が触れ合いそうな距離。

 でも、蒼樹さんが俯いているせいで、蒼樹さんの吐息を感じる事はない。

 

「蒼樹さん……」

 

 空いた手で蒼樹さんの顎へと触れて、俯いている状態から自分の方へと向けさせる。

 壁ドンからのアゴクイ。

 これが少女マンガの黄金コンボだ。

 

「…………」

「…………」

 

 至近距離で目と目が合う。

 一瞬、驚いた後で、蒼樹さんは目をつぶった。

 

 この後ってどうすればいいんだ。

 って何を悩んでいる。

 蒼樹さんは身を任せている。だったらやる事は一つじゃん。

 

 壁ドン、アゴクイの次だ。

 

「いいんですね」

「……はい」

 

 念の為に確認すると同意も取れたので、これで障害はクリアされた。

 ゆっくりと蒼樹さんの唇に僕の唇を重ねていく。

 

 後は流れだ。

 

「蒼樹さん」

「真城さん」

 

「「バクマン(バクマン)!!」」

 

 

 絵の勉強会に続いて、夜の勉強会も僕のリードで実施された。

 

 蒼樹さんは、初めてだった。

 見吉で経験済みなので、自分でいうのもなんだけど、上手くできたと思う。

 

 

「あの、真城さん……」

「どうしました……」

 

 壁ドンならぬ、床ドンでのピロートークだ。

 

「私達、お付き合いをしているって事でいいんですよね」

 

 キスをして、バクマンをして、このままお泊りだ。

 完全にカップルのそれだった。

 

 ただ一つの問題を除けばだけど。

 

 そういえば、シュージンと見吉の恋は説明したけど、僕と亜豆の事は一切教えてなかったっけ。

 蒼樹さん、僕に恋人がいるのに積極的だなって思ってたけど、フリーだと思われてたんだ。

 

「あの、僕、付き合っている人が別にいますので」

 

 パシっと鈍い音が響く。

 遅れて頬に痛みが走った。

 

「──最低です」

 

 うん、僕もそう思う。

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