打ち合せ当日。
やらかした港浦さんを迎え入れるために扉を開けると、想像通りの青ざめた顔の港浦さんと想定外の服部さんがいた。
「すまないが、僕も邪魔させてもらう」
「ど、どうぞ……」
とりあえず、中へと案内する。
事前に打ち合わせの事を伝えていたので、見吉はいない。
慌てて1つ飲み物を足して、テーブルに置いた。
「どうして、服部さんが?」
「その前に謝らせて欲しい。俺が悪かった」
疑問点を解消する前に、港浦さんがソファーの前に進み出て土下座を始めた。
これも予想通りだったけど、服部さんが気になってそれどころじゃない。
「やめてください。もういいです」
「そうですよ。それでは話ができません」
「しかし……」
再び、港浦さんが頭を下げようとする。
どうやったら止まるんだ、この人。
「港浦、そこまでにしとけ」
「はい」
困っていると服部さんが止めてくれた。
港浦さんがソファーに座りなおして、ようやく話ができそうだ。
「それで、どうして服部さんがここに」
「話は港浦から聞いた。君達の担当は港浦だ。僕が関わるべきではないと思ったんだが……君達のことだ。コンビを解消するのなら他誌で描くとか言い出しかねない」
う……
担当を長くしていただけあって、僕達の行動はお見通しか。
服部さんの鋭い指摘に、思わず固まってしまった。
「そうなのか、真城くん、高木くん」
港浦さんは初耳だったらしく、前に身を乗り出す勢いでたずねてくる。
「……えっと、それは」
「最悪そうなることもあると覚悟は決めていました」
シュージンは、ぼかそうとしたけど、隠す必要はない。
最後の手段なので、実行する可能性は低いが、考えていたことは事実だ。
「何を言っているんだ」
「港浦、落ちつくんだ。僕は君達に意見を言える立場じゃないが、僕の気持ちとしてはジャンプでやって欲しいと思っている」
「服部さん……」
「それは忘れないで欲しい」
「……はい」
わざわざ来てくれた服部さんの言葉は、素直に受け止めることができた。
もちろん、仕事だから言っている部分もあると思うけど、僕達のことを考えてくれているのが伝わった。
「僕も君達にはジャンプしかないと思っている」
同じような言葉でも港浦さんの言葉は、どう受け止めていいのか分からなかった。
直接かかわる担当ということもあり、港浦さんが自分のために言っているように聞こえてしまう。
「それで、僕がここに来た理由だ。話を聞く限りだが、売り言葉に買い言葉でこじらせた部分があるんじゃないか」
「それは……」
指摘されている通り、ヒートアップした結果だと思う。
だからといって、言っていい言葉に限度もあるけど。
「そういうときは、誰か第三者がいた方がいいと判断した。最初に言っておくが、僕は君達の会話に口を挟むつもりはない。行き過ぎたら止めるつもりだし、必要なら説明もするが、基本的には聞いているだけだと思って欲しい。あとは、港浦と話し合ってくれ」
「……分かりました」
「そういうことですね」
港浦さんが泣きついたのか、自主的な判断なのかは分からないけど、第三者の立場で傍観してくれるみたいだ。
港浦さんも服部さんの前ではそこまで暴走はしないだろう。
これなら、落ち着いて話ができるのかもしれない。
状況は整理された。
飲み物で喉を潤して、少し間を取ってから話し合いをスタートさせる。
「この前のことは、とりあえずおいておきます。謝罪はこれ以上はやめてください」
港浦さんが再び謝り出しかねないので、話を進めるために機先を制する。
「そ、そうか。それならまずは赤マルの速報からだ。おめでとう、1位だった」
「……ありがとうございます」
「なんだ。もっと嬉しそうにしろ」
おいておくって言っておいてあれだけど、そこまで切り替えができるわけがない。
リアクションに困っていると、港浦さんが喜べと促してきた。
前回のことがなかったら、もっと喜べたと思う。
今は、そこまで喜ぶ気にはなれなかった。
「まだ速報ですから」
「いや、よほどのことがなければ本ちゃんも一位だ。それくらい2位以下と差がついている。服部先輩、ここから逆転される事ってないですよね」
「ああ。まずないと言っていい。おめでとう、よくやったな」
「ありがとうございます」
服部さんにも言われて、ようやく実感が湧いてきた。
勝てると思っていたけど、実際に結果として出てくれると嬉しい。
「『TRAP』終盤の盛り上がりからの読切の流れが読者に受けたんだと思う。読切を加えた単行本の発売が10月で正式に決まった。詳しいスケジュールは、来週には伝えられると思うが、表紙のデザインとか進めておいてくれると助かる」
「ありがとうございます」
「……分かりました」
あ、シュージンの頭が印税モードに入ってる。
最終巻の部数ってどうなるんだろう。
意識してなかったけど、読切の評判がよかったのなら、最終巻の部数にも影響するのかもしれない。
アンケート様様だ。一位ありがとう。
表紙のデザインは女忍者でいこう。
「どうして票が取れたんだと思う?」
「それは……さっき港浦さんが言った通り『TRAP』終盤で作れたいい流れからの読切だったから」
「巻頭カラーだったのも大きいと思います」
作品の出来には自信があった。
ライバルになりそうな『青葉の頃』や『トゥルーヒューマン』にあった欠点がなかったし、巻頭カラーだ。1位を獲る自信があった。
「僕もそう思う。ただ、それだけじゃないはずだ」
港浦さんは他にも要素があったと言いたいみたいだ。
圧倒的一位だったって言われたら、そこまでずば抜けていたのかどうか。
僕達の気づいていない要素があったんだろうか。
「まだ速報だからはっきりとしたことは言えんが、この読切は、幅広い層に受けたんだと思う。そうじゃなければ、これだけの票は取れない。その答えは、本ちゃんで出る」
速報は、投票結果だけ。
本ちゃん時に、アンケートに答えた人の年齢とか性別とかのデータも取るんだっけ。あんまりどの層が入れてくれているかとか意識してなかったので、ちょっと自信がない。
幅広い層からの票が取れたから、ずば抜けた結果になった。
言われてみれば単純だけど、その理由はどこにあるんだろう。
「僕は結果をみて亜城木夢叶にギャグを描いて欲しいと思った。描けって言うつもりはない。あくまでも願いだ。ギャグじゃなくても笑いを貪欲に取りにいって欲しい」
「それは……」
港浦さんの意見は、変わらずか。
命令しなくなっただけ、マシになったけど、僕達に笑いを取らせようとする。
「真城くん。まずは、港浦の話を最後まで聞いてみよう」
「はい、すみません」
反射的に拒否しようとしたのを服部さんに止められた。
まずは、港浦さんの主張を聞いてみるか。
「『TRAP』は、投票してくれる層の年齢層が高かった。だが、この読切は違った。どこで差がついたのか」
「…………」
「僕は笑いにあると思う。この読切は、読みやすくて笑いが取れている。そう思わないか?」
「……そうですね。『TRAP』が、重めの話だったので、本編とは違う番外編だってことを強調するために、あえて軽めのノリを意識しました」
シュージンの言っていることは、本当だ。
ドジっ子忍者とまで言うほど崩してないけど、本編と比べたら女忍者に隙を多く作って、キャラクターに親しみが持ちやすいようにした。
それに合わせて、意識してトーンの数を減らして紙面を軽くしている。
アシスタント抜きで仕上げないといけなかったら、減らしたって側面もあるけど。
抜き目的で呼んだ加藤さんに、結局手伝ってもらったし。
「前にも伝えたが、冒頭のこのセリフとかすごくいい『長期任務に失敗したばかりなのに、もう次の任務って……人使いが荒いー。人手不足どうにかしろー』キャラの境遇を嘆いているようで、ファンが読めば、打ち切られた作品の読切を描いてることへの愚痴になってる」
メタ的な笑いだ。
「この読切で思ったんだ。高木くんには笑いを取れるセンスがあるし、真城くんの絵も読者受けを狙える。それを使わない手はないんじゃないかって」
「…………」
「僕はギャグマンガが好きだ。それは事実だ」
港浦さんが立ち上がって想いを叫んだ。
「だが、それを抜きにしても今のジャンプにはギャグマンガが足りていないと思っている。君達ならその穴を埋められる。そう思えたから、やって欲しかった。僕の好みだけで言っているわけじゃない」
「……港浦さん」
「服部先輩。読者の年齢層が上がっていることは、問題視されてますよね」
「……問題視という程ではないが、年齢層が上がっている事に危機感を抱く人もいるくらいか」
「ギャグなら
低年齢層を強みにするか。
「どうだろうか?」
港浦さんは港浦さんなりに、僕達の事を考えて主張していたみたいだ。
それが分かっただけでも、今回の話し合いは収穫があったと言える。
半分くらいはギャグが好きだからな気がするけど。
高浜さんにも笑いを取れって迫ってるらしいし。
読者の年齢層が上がっている。だからこそ、低年齢層に受ける作品が評価される。
理屈としては、ありかもしれない。
でも、読者の年齢層が上がっているのなら、それに合わせたマンガを描くのが亜城木夢叶だと思う。
「港浦さんの気持ちは分かりました。それでも、ギャグだけは描けません」
「サイコー……」
「分かった。真城くんが無理なら残念だが、ギャグは諦めよう」
今回は、暴走せずに終わるみたいだ。
気落ちするように、港浦さんが腰を下ろす。
「真城くん。一つ聞いていいか」
「服部さん……どうぞ」
「真城くんは、必要以上にギャグを嫌がっているようにみえる。何か理由があるのなら、港浦に教えてやってくれないか」
「それは……」
シュージンは、ギャグを描くことに反対しなかった。
僕だけが、シュージンを押し切ってまで反対している。
服部さんには、隠しことをできないみたいだ。
港浦さんは思いのたけをすべて話してくれた。
ギャグを描くことに同意はできないけど、その気持ちには応えたい。
僕がギャグをやりたくない理由。それは──