(性欲が)増しろ最高のバクマン   作:チームメイト

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憧れと現実

 僕がギャグをやりたくない理由。

 

「僕が一番憧れていたマンガ家が誰か、分かりますか?」

 

 それを説明するには、誰に憧れていたのかを知ってもらうのが早い。

 

「サイコーが憧れているマンガ家……あしたのジョーの梶原一騎先生」

「それは、好きな原作者」

 

 シュージンには当てて欲しかったけど、外すのか。

 好きなマンガを知っているのが、余計な情報になってしまったのかもしれない。

 

「鳥山明先生。いや、真城くんの絵柄的に大友克洋先生とかか?」

「違います」

 

 港浦さんは、僕の作風から予想したみたいだけど、外れだ。

 参考にさせてもらったのは間違いない。でも、一番憧れたマンガ家ではない。

 

「真城くん……もしかして、川口たろう先生か?」

「……正解です。僕はおじさん、川口たろうに憧れてマンガ家になりたいって思いました」

 

 僕のおじさん、川口たろう先生。

 この仕事場の前の持ち主で、ギャグマンガ家としてジャンプでアニメ化作品を連載したこともあった。

 

「僕がここに遊びに行くと、おじさんはいつも原稿を描いていました。その椅子に座っていたおじさんしかイメージできないくらいに、ずっと原稿を描いていました」

 

 今でも目をつぶれば、あの頃の思い出が脳裏に浮かぶ。

 タバコの煙や、コーヒーの湯気をまとったおじさんの姿だ。

 

「時には冗談を言ったりしながら、時には苦しそうにヒーヒー言いながら、おじさんはずっと原稿を描いていました。僕は、その姿がカッコいいと思って、憧れてマンガ家になりたいって夢を見ました」

 

 おじさんが亡くなるまでは、ずっとマンガ家になりたかった。

 絵を描きまくっていた。

 今読むとくだらないけど、いろんな設定も考えていたっけ。

 その中から『TRAP』がうまれたことを思えば、無駄じゃなかったけど。

 

「僕が世界で一番憧れたマンガ家は、ギャグマンガ家の川口たろう先生です」

 

 これだけは、自信を持って言える。

 おじさんが好きだったし、おじさんのマンガが好きだった。

 

「真城くん。だったらギャグマンガを描いてみてもいいんじゃないか」

「見てもらいたいものがあります。ついてきてください」

 

 港浦さんの質問に答えずに、僕は立ち上がって移動する。

 そのまま仕事机の裏にあるクローゼットを開けた。

 

 所狭しと積み上げられたダンボールが、おじさんが死んだときから変わらず残されている。

 定期的に見吉が整理してくれているので、ホコリなどは舞わなかった。

 

 圧倒的な物量に、港浦さんと服部さんが息を飲む音が聞こえた。

 

「このダンボールは?」

「川口たろうの作品たちです」

「……こんなに大量に?」

「ほとんどネームまでですけどね。よっと……」

 

 ネームと書かれたダンボールと原稿と書かれた段ボールから一つずつ棚から降ろす。

 床に置く際に、鈍い音が響いた。

 

「こっちが原稿でこっちがネーム。全部こんな感じです」

「すごいなー、お宝の山じゃないか。お、これは『超ヒーロー伝説』の7巻の話だ」

 

 ギャグマンガ好きを公言する港浦さんが目を輝かしているけど、見て欲しいのは中身じゃなくて量だ。

 

「シュージン。確か前に資料をまとめてたよな?」

「ん、ああ……どれを見たのか分かるようにってのと、紛失しないようにまとめた奴があったはず……どこだったっけ」

 

 シュージンが棚を漁りだす。

 几帳面なシュージンがまとめた資料ノートはすぐに出てきた。

 

「あった。これだ」

「貸して」

 

 シュージンからノートを受け取る。

 

「資料スペース側のクローゼットも同じような感じです。ネームが入ったダンボールが62箱。原稿が入ったダンボールが21箱。他にも資料とか、ネームまでいたらなかったネタノートなどが入ったダンボールがあります」

 

 それぞれのダンボールに何が入っていたのかを地味にまとめていったものだ。

 っていっても、中身が描いてあるのはシュージンが中身をチェックしたものだけで、全てのダンボールの詳細が描いてあるわけじゃない。

 

「ネームのダンボールにはひと箱あたり、20本前後のネームが入ってますので、単純計算で1200本以上のネームです」

「1200……」

「これは全部採用されなかったネームです。採用されたネームは、原稿と一緒に原稿側のダンボールに入ってましたので」

 

 おじさんは、20年近くマンガを描いていた。

 そのうち連載していた期間は、半分にも満たない。

 残りはずっとネームを描き続けてきた結果が、この大量のボツネームの山だ。

 長く見積もって15年だとしても、1200本描くには毎年80本。

 一週間で1本描いても足りない計算になる。

 

「アニメ化作品まで生み出した川口たろう先生でさえ、大半のネームは原稿まで進まず、ボツを食らって終わっています。ギャグマンガはそれだけ厳しい世界なんです」

「…………」

「おじさんは、笑い話として話してくれましたけど『三日徹夜したらいいネタをひらめいた時があって、それから毎週三日徹夜してみたけど、全然ダメで原稿落としそうでヤバかった』『冬場に暖房止めて全裸になってみたけど、何も浮かばなくて風邪を引いただけで終わった』『面白いネームが閃いたはずなのに、翌日見たらつまらなくて泣きたくなった』『早く面白いネーム描いてくださいって言ってくる担当を殴ったら面白いと思って実行しそうになった』とか」

 

 ネームに関する笑い話は、たくさん聞かせてくれた。

 その頃は笑って聞いていたけど、今は笑えない。

 特に最後のは笑えない。おじさんに殴られる編集長とか怖すぎる。

 

「ストーリーマンガは、もちろんその週の引きとかを考えないといけませんけど、その週のオチが無くても成立します。でも、ギャグマンガはダメなんです。毎週オチが必要なんです。思いつかなくても逃げられません。翌週への宿題にはできません」

 

 それも、読者に新鮮さを提供しようと思ったら毎週新しいネタを考え続けなければならない。

 

「ギャグマンガに必要なのは、発想なんです。シュージンの武器は、発想ではありません。思考から生まれるものです。もちろん、計算から笑いを作る事も出来ると思います。シュージンなら器用にこなせるのかもしれない。最初のうちは上手くいくこともあると思います。でも、僕はそれがずっと続くとは思えません。どこかで、理屈を超えた発想を生み出せないと、ギャグマンガ家にはなれないんです」

「…………」

「それでも浮かばなかったらどうするのか。浮かぶまでひたすらに思いつくものを描き続けるしかないんです。この大量のネームはおじさんが命を削って、描き続けた成果なんです」

 

 くだらないネタから、なんでこれがダメだったんだろうってネタまで、質としてはかなりばらつきがある。

 それでも、描いているうちに何か降りてくるんじゃないかって粘り続けた結果がこのダンボールには詰まっている。

 おじさんは結局連載作家としてではなく、無職として死んでしまった。

 

「そのおじさんをずっと近くで見てきた僕には、ギャグマンガは描けません。憧れていたおじさんでもこれだけ苦労していたんです。おじさん程の才能がない僕にできるとは到底思えません」

 

 おじさんに憧れていた僕は、当然のようにギャグマンガを描いていた時期もある。

 おじさんは、僕の絵を褒めてくれたけど、話に笑ってくれることは一度もなかった。

 

 いや、そこは甥っ子が頑張ったんだから笑っとけよって今なら思うけども、それはギャグマンガ家としての川口たろう先生のプライドだったんだと思う。

 

「これは僕の感情だけの問題かもしれませんが、僕にはギャグマンガを描くことができません」

 

 おじさんを尊敬し過ぎなのかもしれない。

 ギャグマンガでおじさんを超えることこそがおじさんの気持ちに応えることになるのかもしれない。

 おじさんの分野で戦えないというのは、逃げだと自分でも思う。

 それでも、僕にはおじさんより面白いギャグマンガが描ける自信がなかった。

 

「川口たろう先生か……真城くんの気持ちは分かった。ありがとう。もうギャグマンガを描けとは言わない」

「いえ、ワガママを通してもらってすみません」

「サイコー、もっと早く言えよ。言ってくれれば俺だってギャグを描くのもいいかもとか言わなかったのに」

 

 いや、恥ずかしいだろ。

 おじさんの事を尊敬してるから無理ですって。

 

 港浦さんが本音を出してくれたからこそ言えた事だ。自分から言うつもりはなかった。

 

 亜城木夢叶はギャグを描かない。

 その事だけ決まって、ダンボールを片付けて元のソファーへと戻った。

 

「次の連載会議はどうする?」

「シュージン、あのネーム」

「とりあえず、1話だけ描いてみたんですが……」

 

 港浦さんの意見を封じるために用意したネーム『君は僕から奪われた』を見てもらった。

 ついでに、服部さんにも見てもらう。

 

「青春寄りにするのか、エグい方向に向かうのかはまだ決めていませんが、親友の婚約者を奪うために動く主人公という路線で行こうかと」

「これは……どうなんだ。僕には判断つかないが」

 

 港浦さんには、上手くやりたい事が伝わらなかったみたいだ。

 たしかに、設定だけ見たらなんだそれってなるかもしれない。

 

「いや、亜城木夢叶向きだ。これでいいと思う」

「服部先輩」

「すまない。口を挟む気はなかったんだが、言わせてもらってもいいか」

「ぜひ、お願いします」

 

 服部さんの感想はぜひ聞きたかった。

 望むところだ。

 

「君達にはシリアスの方が向いている。でも設定が凝り過ぎるのが欠点だった。この話なら、シンプルな設定でシリアスな方向に向かえるのがいい」

「はい。設定はシンプルにっていうのを意識しました」

 

 意識していたところが評価されるのは嬉しい。

 

「そして、これならシリアスな笑いができると思う」

「シリアスな笑い? シリアスなら笑いは必要ないと思いますが」

「真城くんの言う通りだ。ボケさせる必要はない。でも、キャラクターがボケているシーンでもないのに笑ってしまう。そういうことってないか?」

 

 ボケていないのに笑ってしまう。

 すぐに平丸さんのラッコ11号が脳裏に浮かんだ。

 

 あれは、ボケているのか真面目に描いているのかが分からないけど、真剣なシーンでもどこか笑ってしまう。

 

「シリアスな笑い。それを計算で生み出せるとしたら、君達だと思っている。僕にできるアドバイスはここまでだ。担当は港浦だ。どうするのかは、港浦と話し合って決めて欲しい」

「服部さん、アドバイスありがとうございました」

「シリアスな笑い、取り組んでみます」

 

 服部さんのアドバイスだ。

 それも今の僕達に向いていると思う。

 ギャグマンガを描こうとは思わないけど、笑いを取り組むというのは、港浦さんの意見でもあるはずだ。

 

「おいおい、君達の担当は僕だぞ」

「港浦さんを笑わせてみせます」

「言ったなー、楽しみにしている」

 

『君は僕から奪われた』で10月の連載会議を突破する。

 僕達の次の目標が決まった。

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