(性欲が)増しろ最高のバクマン   作:チームメイト

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引っ越し

「……すみません、お付き合いしてもらって」

「いいえ、僕も中井さんとは話したかったので」

 

 中井さんが田舎に帰る当日。

 蒼樹さんと一緒に、中井さんのアパートまで足を運んでいた。

 

「行きましょうか」

「いえ、私はここで出てくるまで待ちます」

「え?」

「一言お礼を言いたいだけで、話までは……」

 

 蒼樹さんが新連載が決まって忙しい時期なのに、わざわざ足を運んだのは『ハイドア』のお礼を言いたいとの事だった。

 中井さんに感謝している部分もある。

 でも、許せないところは許せない。

 だから、話はしたくないみたいだ。

 

 仕方ないので僕だけ階段を上って、中井さんの部屋へと向かった。

 

「中井さん」

「真城くん……」

 

 既に引っ越しの荷造りは終わっているらしく、部屋の中はスッキリしていた。

 直接運ぶと思われる大きなカバンと中井さんの姿だけだ。

 どうやらギリギリ間に合ったらしい。

 

「僕の田舎は秋田で、米やリンゴを作っている。僕の後始末をさせてしまってすまない。罪滅ぼしじゃないけど、落ち着いたら送らせて欲しい」

「そんな事が聞きたくて来たんじゃありません。帰らないでください」

 

 結局、港浦さんからも頼み込まれた事もあり、中井さんの代わりに高浜さんを最終回まで手伝う事になってしまった。

 あと3週間、週3でアシスタントだ。

 次の連載会議は12月下旬とまだ先とはいえ、シュージンを手伝えないのは痛い。

 

「僕も絵だけなんです。作画だけでやっていけるって中井さんが教えてくださいよ。夢を諦めないでください」

 

 悔しいけど、作画担当として中井さんには、まだ負けている。

 上の存在がいてくれる。だからこそ追いつきたいと思うし、頑張れる。

 

 中井さんには、僕の先を走っていて欲しかった。

 

「『TRAP』に関わらせてくれてありがとう。自分の作品じゃないけど、あの館を描いたのは、僕のマンガ家人生にとって誇りになったよ。僕の作画人生のすべてを出しきれたと思う。そうだな、いいはなむけになった」

「そんなつもりで頼んだんじゃありません」

 

 僕では能力が足りなかったから、中井さんに頼んだ。

 中井さんを完全燃焼させるためなんかじゃない。

 

「誇りにするなら『ハイドア』です。あの絵は僕には描けません」

「……誇りにしたかった。でも、その作品を汚したのは、僕自身だ。マンガ家として成功する事より、原作者の蒼樹さんをものにすることを考えてしまった。そんな汚れた奴が描いたマンガなんか誇りにできるわけがない」

「中井さん……」

 

 中井さんが汚れたマンガ家っていうなら、僕はどうなるんだろう。

 蒼樹さんから汚れ先生って呼ばれていたのは、記憶に新しい。

 

「真城くん。君は僕とは違って絵だけじゃないだろ。彼女がいるって言ってたじゃないか……彼女がいる。羨ましい。高木くんと見吉さんは眩しかった」

 

 僕には、亜豆がいる。

 でも、シュージンと見吉を眩しく思っていたのは、中井さんと同じだ。

 そこは変わらない。

 

 嫉妬して、見吉に甘えて、乱れて……僕と中井さんに違いがあるとすれば、僕には見吉がいて、甘えさせてくれた。それだけだ。

 

「僕と中井さんは変わりませんよ」

 

 その見吉も、シュージンと結婚してしまった。

 亜城木夢叶の仲間として一緒にやっていくけど、見吉に甘えることは、もうできない。

 

「違うさ。君は、絵で女性をものにしようなんてしない。そうだろ」

 

 中井さんの信頼が痛い。

 絵を教えることで蒼樹さんと親しくなったとか言えない。

 

「アシスタント仲間に迫ってフラれたりもしない」

 

 中井さんの信頼が痛い(2回目)。

 加藤さんに手を出して、現在進行形で関係を持っているとか言えない。

 

 僕と中井さんにあったのは、ちょっとした差だと思う。

 その神様のイタズラのような違いで、中井さんはマンガ家になる夢を諦めて実家に帰る。

 

 胸にくるものがあった。

 

「それじゃあ、元気で」

「中井さん」

 

 僕には、それ以上何も言えなかった。

 言う資格がなかった。

 

 部屋から出て、二人で階段を下りる。

 

「蒼樹さん」

 

 中井さんが蒼樹さんの存在に気づいた。

 でも、二人共目を合わせようとしない。

 それが、今の中井さんと蒼樹さんの距離だった。

 

「『ハイドア』の時、ありがとう」

「いろいろ迷惑おかけしました」

 

 僅かな言葉を交わして、二人がすれ違う。

 僕は蒼樹さんの位置で足を止めて、一緒に中井さんの背中を見送る。

 

 と、ここで中井さんの前でバイクが止まった。

 

「中井さん」

「……福田くん」

「中井さんにはいろいろ世話になった。駅まで送ってやるから乗れ」

「……いや、僕は歩くから」

「いいから乗れっつってんだろ」

 

 福田さんが強引に、ヘルメットを中井さんの頭に被せる。

 エイジの所でずっと一緒にアシスタントをしていた二人だ。

 

 変人のエイジを支えた二人には、二人にしか分からない絆がある。

 福田さんは福田さんで、中井さんに対して思うところがあるんだろう。

 

 そのまま二人乗りをして、バイクは去っていった。

 

「……中井さん」

「帰りましょうか」

「はい」

 

 福田さんには、助けられたのかもしれない。

 夢破れた中井さんが、歩く背中を見送るのは辛かった。

 あの大きな身体が小さく見えてしまった。

 

 それがバイクでの退場になって、格好がついたように思う。

 

 いつかまたどこかで、マンガを描いて欲しい。

 そう願わずには、いられなかった。

 

 

   ◇◇◇

 

 

 10月末日。

 

 中井さんが去ってから2週間が過ぎた。

 

 どうにか、高浜さんのところでのアシスタントにも慣れてきた。

 中井さんの後釜というのもあって、質を落とさないために必死だ。

 

 というか、加藤さんとの二人体制は正直きつい。

 二人で回せていたのは、中井さんがスーパーアシスタントだったからで、僕と加藤さんの二人だと、いつも予定していた時間をオーバーだ。

 今日も終電間際まで粘って、何とか原稿を仕上げることができた。

 

 いらない残業代を高浜さんに負担させているようで、心苦しさがあるけど、こればっかりは仕方ない。

 

「あれ? 加藤さんは、谷草じゃないですよね」

「……これから仕事場ですよね。ご一緒します」

 

 仕事場の最寄り駅で降りると、加藤さんまでついて来た。

 

「今のが終電じゃ」

「はい。ですので、お泊りしますね」

 

 終電を逃しても何も問題ないらしい。

 つまり、そういうことだ。

 

 三日連続アシに入って、疲れていたのでこの辺りでスッキリするのも有りか。

 加藤さんを連れだって仕事場まで向かう。

 

「そういえば、加藤さんの今後の予定は?」

「高浜さんの連載が終わったらですか? 一応、ありがたいことに、アシスタントのお誘いを受けてるんですが……」

 

 何かを言い淀んでいる。

 

「あまり乗り気じゃないんですか?」

「探しているのがチーフアシスタントみたいで、私にはまだ荷が重そうで」

「加藤さんなら大丈夫ですよ。自信持ってください」

「……真城さんがそう言うなら」

 

 高浜さんのところで仕事をして分かったけど、加藤さんとアシスタントをするのは、やりやすかった。

 アシとして必要なことは、一通り身についているので、あとは指示を出せるのかどうかだ。

 

 加藤さんは、年齢という武器があるからきっと大丈夫。

 

「今、失礼な事考えませんでした?」

「いえ、何も……」

 

 そして、この周囲に対する鋭さがあれば、やっていけるだろう。

 

「希望を言わせてもらうのなら、真城先生のところでお世話になるのが一番だったんですからね」

「連載会議に落ちてごめんなさい」

「本当ですよ。高浜さんも次の連載会議まで粘ってくれればいいのに」

「それ、絶対に高浜さんに言っちゃダメだから」

 

 タイミングが悪かったか。

 理想を言えば、高浜さんが終わるタイミングで僕達の連載が始まる。

 これなら加藤さんは、僕達の連載にシームレスで参加することができた。

 

 次の連載会議で絶対に受かる自信があるのなら、待っててもらうこともできるけど、前回は企画自体がボツだ。次で受かるから待っててとは、とてもいえない。

 

「もし、チーフで苦労したら、真城さんに励ましてもらってもいいですか?」

「それはいいけど、連載が始まったらなかなかタイミングが……」

「なんとかします」

 

 なんとかするってどうするんだろう。

『TRAP』の頃は、加藤さんがアシスタントだったから、原稿が終わった後で一発できたけど、違う作家のアシスタントだと難しいと思う。

 

 加藤さんなら、なんとかしてしまいそうな怖さがある。

 まあ、加藤さん側が合わせてくれるっていうなら、別にいいか。

 

 とりあえず先の予定よりも、目の前の加藤さんだ。

 

「中井さんごめんなさい」

「始める前に萎えるようなこと言わないでくださいよ」

「いや、一応……」

 

 加藤さんは、中井さんに厳し過ぎないか。

 僕も無神経だったけど。

 

 あれだけ、中井さんが去った事を悲しく思っていたのに、中井さんが手に入れられなかった加藤さんを抱く。

 申し訳ない反面、燃えてきた。

 

 うん、やっぱり僕はクズだ。

 

「加藤さん」

「真城さん」

 

「「バクマン(バクマン)!!!」」

 

 

 この日は、出し尽くすまで燃えたのだった。

 

 

   ◇◇◇

 

 

「真城さん、そろそろ起きてください」

「んん……今何時?」

「11時過ぎです。そろそろ時間ですから」

 

 時間って何がだ。

 外が騒がしい気がする。

 

 加藤さんに促されるままにシャワーを浴びて、身だしなみを整えた。

 

「行きましょう」

「どこに?」

「すぐそこです」

 

 コンビニかどこかだろうか。

 財布だけポケットに入れて、仕事場の外に出る。

 

「非常階段?」

「違います」

 

 エレベーターとは反対側に向かって歩き出した加藤さん。

 何がしたいのか分からずについていくと、すぐに立ち止まった。

 

 僕達の仕事場の隣だ。

 加藤さんがチャイムを押した。僕達の仕事場と同じ音が鳴り響く。

 

「っていたずらは、まずいって」

「いえ、挨拶ですよ」

「挨拶?」

 

 誰に?

 つうか、この部屋ってどんな人が住んでたっけ。

 ほとんど接点のない隣人に頭が混乱だ。

 

「はーい」

 

 すぐに中から返事があった。

 あれ? 今のかわいい声*1は──

 

「こんにちは、真城さん」

「こんにちは蒼樹さんって、え? ええーーーー」

「今日からお隣ですね、よろしくお願いします」

 

 ジャンプの新しい連載作家、蒼樹紅が隣人になった。

*1
CV:川澄綾子 代表作:灼眼のシャナ 吉田一美

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