「サイコー明日……いや、今日付き合ってくんない?」
「なんだよ、夜中に……何時?」
「7時に谷草駅で」
「……分かった。用件がそれだけなら寝るから、後で起こして」
珍しいシュージンからの誘いで、その日は始まった。
53話 蒼樹さんに癒されたい
「ほい、Suica。チャージ済みだから、これで行くぞ」
「いや、どこに」
「港浦さん家。今日1日港浦さんを尾行する」
シュージンは、犯罪チックな宣言をすると改札の中へと入っていった。
僕も渡されたICカードを使って続く。
そのまま満員電車に乗り込む。
普段出歩くことが少ないので、かなりきつい。
「で、なんのために尾行するんだ?」
「次の作品のネタ探し?」
「……港浦さんを尾行する意味があると思うか?」
「…………」
「なんかいえよ」
よりにもよって港浦さんか。
尾行しても面白みが無さそうな人選だ。
ネタ探しで誰かを尾行する。万が一ばれても、迷惑にならないであろう人を選んだ感じか。
あれ? ってことは、その条件ならもしかして僕が尾行されていた可能性もあるんじゃね。
見吉との関係は切ったので、やましい事はないはずだけど、加藤さんとのアレコレとか知られちゃマズイものは、まだ残っている。
港浦さんって人選はどうかと思うけど、僕を尾行するよりも正解だ。
「ここの103号室」
「かなり年季入ってるな……」
年始のハガキを頼りに特定した住所は、古ぼけたアパートだった。
しばらく、港浦さんが出てくるまで待機だ。
駅近くのディスカウントショップで買った帽子とマスクで変装した。
「交代でコンビニとか行こうぜ」
「だな」
それにしてもシュージン。
尾行するならするって、先に言ってよ。
結構寒いんだけど。
自分だけマフラーしやがって。
コンビニってマフラー売ってたっけ。
最悪ディスカウントショップまで戻ろう。
◇◇◇
「新婚生活どう?」
「普通……つーか、思ったより変化してない」
「そんなもん?」
「今は連載会議の話作りで頭いっぱいだし、始まったら始まったで連載で頭いっぱいになりそう」
張り込みを開始して4時間が経過した。
最初は、新作に関する話がメインだったけど、だんだん話す事が無くなっていって、プライベートな話題へと移った。
「朝・晩一緒に食べるようになったけど、連載中は仕事場でそんな感じだったじゃん」
「言われてみれば……」
「夜中までネタ考えてるから香耶ちゃん先に寝てるし、寝顔を見るようになったくらい?」
「そんな……そっか」
見吉って、シュージンに寝顔を見せてなかったのかよ。
見飽きるって程じゃないけど、珍しくもない程度には見てたぞ。
あ、でも寝顔を見るって事は同じベッドで寝てるのか。
自分で話題振っといてアレだけど、ちょっと胸が痛い。
「サイコーは亜豆と変わらず?」
「早く連載したい。連載中は毎週感想メールがもらえたけど、それも無くなったし」
「話題なんでもいいから、連絡しろよ」
「恥ずかしいじゃん」
亜豆とのやり取りは、頻度に結構波があったりする。
話題が無ければ、数週間空く事もザラだ。
毎週話題があった頃がなつかしい。
亜豆さんから何でもいいから連絡が欲しい。
だからといって『真城君、ずるい』って言われても困るけど。
結婚したらみんなでご飯を約束して許してもらった。
「あ、出てきた」
「ようやく尾行開始だな」
昼過ぎになって、港浦さんがアパートから出てきた。
気づかれないように距離を取りつつ、その跡を追う。
港浦さんは、僕達が来た道を引き返すように、駅へと向かった。
距離を取ったまま改札を抜ける。
「集英社だろうな」
「たぶんそうだろ」
案の定、向かった先は集英社だった。
僕達も何度か出入りしてるので、見知った駅に降りた時点で分かった。
「……出てくるの待ち?」
「だな」
「面白みゼロじゃん」
港浦さんの職場だから仕方ないけど、ここまで尾行した価値はないに等しい。
家から仕事場までを見守っただけだ。
何のネタにもならない。
寒空の中で、また何時間も待たないといけないんだろうか。
乗り掛かった舟だ。最後まで頑張ろう。
「あ、高浜さんだ」
「なんか気合入ってるなぁ。どうしたんだろう」
「連載終わったから、一度挨拶に行くって言ってたけど」
怖い顔をした高浜さんが、集英社の中へと入っていった。
挨拶というより討ち入りしそうな勢いだ。
事件とか起きませんように。
「服部さんが出てきた」
「外で打ち合わせかな」
「服部さんの方が、気にならね?」
「正直、俺も気になるけど、今日は港浦さんな」
服部さんは、飄々としたところがあるから、普段の生活が見えてこない。
あとをつけるのなら、服部さんの方が絶対面白かったと思う。
港浦さんとか、どうせお笑いの劇場とかに通って終わりになりそう。
女性とデートするようなサプライズが欲しい。
それが見れたら今日一日収穫があったって言えると思うのに。
◇◇◇
「港浦さんが出てきた」
「ようやくか。もう夕方だぞ」
昼からずっと集英社を見張っている。
顔を知っている人の出入りとかはあったけど、ほとんど虚無の時間だ。
高浜さんがかなり肩を落として出てきたのだけ気になるけど、何か嫌な事でもあったんだろうか。
あとで連絡してみよう。
「牛丼のチェーン店」
「さすがに狭いから店内は無理だな」
港浦さんが向かった先は、キン肉マンでおなじみの牛丼屋だった。
何を食べたのかまではチェックできなかったけど、たぶん牛丼だと思う。
早いし安いし美味しい。僕もよく利用するし、牛丼がダメだと言うつもりはまったくない。
でも、尾行中に食べられるとちょっと寂しい。
この何とも言えない感情。
女性が「初デートで牛丼はちょっと」って言うアレに近いのかも。
「僕達は港浦さんとデートしている」
「サイコー、何言ってんだ」
「すまん、なんかおかしくなってきた」
「次、行こうぜ、次」
15分もかからずに出てきた港浦さんの姿を追う。
このまま家に帰るとかありませんように。
「劇場か」
「劇場だな」
港浦さんがお笑い劇場にでも通っているんじゃないかっていう予想は、半分当たった。
劇場というのは当たりだった。
問題は──
「大人の劇場って僕達入れるのか?」
「18歳以上なら大丈夫らしい。行くぞ」
18歳未満禁止の文字を確認したシュージンが入店を促す。
「行くのかよ」
「ここまで来たんだから、行かないとなんのために尾行していたのか分からなくなる」
「見吉に言いつけるぞ」
「おい、それは反則だろ。マンガのための取材だって……言うなよ、頼むから」
港浦さんの弱みじゃなくてシュージンの弱みを握ってどうする。
こうなったら共犯者になるしかないか。
「行くか。財布が怖いけど」
「多めに下ろしておいたから大丈夫だと思う。行こう」
やけに乗り気なシュージンが目の前にいた。
「シュージン、楽しみにしてないか?」
「そんな事はない。作品のための取材だ。劇場を取材しに来た」
「港浦さんの尾行だろ」
「そうだった。港浦さんの尾行で、劇場の取材だ」
こういうのも社会経験か。
シュージンがひどかったら見吉に言ってやろう。
そう決意して、港浦さんに続いて店内へと突入した。
◇◇◇
「どうする?」
「俺達は何も見なかった。それでよくね?」
「だな……」
おっかなびっくりといった感じで、ショーを一通り鑑賞して出てきた。
詳細は省くけど、なかなか刺激的な中身だったとだけ言っておこう。
僕達は、ノンアルコールのドリンクを飲むだけで、追加のサービスとかはノータッチだった。
入場料とドリンク代だけだと思ったよりも安く済んだなって思ったくらいだ。
ショー自体は、いい経験になったと思う。
港浦さんが最前列で踊り子にチップを渡したりして、うひゃうひゃ騒いでいたのを見なかったことにすれば。
いや、まだ、それはいい。
問題は、終盤の縛り縛られの時間だ。
その時間は、劇場側が用意した踊り子やプロだけではなく、有料サービスで観客もステージの上に上がる事ができた。
結果、何が起きたのか。
ステージ上で女性に縛られて喜ぶ担当という見たくもないものを見てしまったわけだ。
「今日の事は忘れよう」
「今日は何も見なかった」
僕とシュージンの意見は一致して、港浦さんを尾行したという記憶は抹消される事になった。
何も起きなかったよ。