「ダージリンです」
「ありがとうございます」
蒼樹さんが紅茶をいれてくれたので、ありがたくいただく。
カワイイ声*1で言われたけど、ダージリンって、紅茶の種類なんだろうか。リプ〇ンしか知らない。
いや、カップのブランドかもしれない。エルメスとかと似たような奴だ。
『有田焼ですか?』
『ダージリンです』
うん、たぶん違和感がない会話だ。
意味を聞いてみたいけど、無知をさらけ出すのは恥ずかしい。後で調べておこう。
肝心の味は、たぶん、美味しいと思う。
香りはいいなって思うものの、正直よく分からなかった。
リ〇トンのパックの奴と比べたら甘さが足りない。
砂糖とかドバっていれたら美味しくなりそう。
でも、蒼樹さんの前でそんな品のなさそうなことはできなかった。
蒼樹さんがそのまま飲んでるし。
「落ち着きます」
「よかった……」
数少ないボキャブラリーでも、なんとか会話が成立している。
口数が少ないせいで、静かだ。
二人っきりの空間であることを嫌でも意識させられて緊張する。
「週刊連載って大変ですね。1話にここまで掛かるとは思いませんでした」
「1話はページ数も多いですし、カラーもありますから。描いてるうちにペースは上がると思いますよ」
「だといいんですが……」
蒼樹さんの方から話題を振ってもらえた。
週刊連載に不安を抱えているみたいだ。
あまり、弱いところはアシスタントの前では見せられないから、こういうタイミングで外に漏らしたのだろう。
気休めにしかならないけど、慣れれば大抵のことはどうにかなる。
「ただ、単行本作業だけは注意してください。忘れていると大変な目に遭いますから」
「『ハイドア』の時は、セリフを直す程度でした」
「どこまでやるのかは、作者に任せられていますけど、絵の修正からおまけページから凝ろうとすると一週間休みたいくらいです」
「大変なんですね……」
「スケジュールに組み込めればいいんですけど、連載に追われて後回しになるとなかなか」
実体験として、苦い思い出の方が多い。
単行本が売れないと生活が苦しいので、頑張りたいところだ。
お金を払ってくれる読者へのサービスは大事。
「真城さんは、次の連載会議はどうなんですか?」
「自信あります。シュージンが面白い話を考えてくれたので……キャラデザに苦戦してますが、連載会議には関係ありませんし」
「では、連載が決まったら同じ雑誌で勝負ですね。ライバルなんておこがましいですけど」
「そんなことありません。先に連載を決めたのは蒼樹さんですし、追いかけさせてもらいます」
手伝わせてもらった1話は、文句なしで面白かった。
赤マルの読切版からパワーアップしている。
ジャンルが被らないので、票にどう影響するのかは読めないけど、有力なライバルだと思う。
「…………」
「…………」
しまった。
肯定も否定もしにくい返しだったのかもしれない。
会話が終わってしまった。
気まずい。
これを飲み終わったら帰ろう。
一息は、つけたと思う。
蒼樹さんのいれてくれた貴重な紅茶を、ゆっくりと味わう。
最後の一滴まで堪能して空になった。
「あの……」
ご馳走様でしたと言いかけたところで、蒼樹さんから声が掛かる。
「…………」
「…………」
「……どうかしましたか?」
次の言葉を待ってみたけど、続きがこないので僕の方から促した。
蒼樹さんは、しばし迷った後で、ようやく口を開く。
「見吉さんから聞きました。関係を終わらせたと」
その話か。
見吉と蒼樹さんって全然違うタイプだけど、いい友達になったんだと思う。
よほど親しい関係じゃなければ、話したりはしないだろう。
見吉は元々亜豆の親友だし、蒼樹さんみたいなタイプは慣れっ子かもしれないけど。
「けじめって言うのも変ですけど、シュージンと結婚しましたからね。って、そういう話をするなら、そもそも恋人がいる相手に手を出してる時点で、アウトだったんでしょうけど」
アウトかセーフかでいうなら元からアウトだから、今さら取り繕っても仕方ないんだろうけど、一定の線引きは必要だと思う。
汚れと言われようが、人妻と未成年には手を出さない。
それが僕のポリシーだ。既に守れていないけど。リリカが悪いよ、リリカが。
「……真城さんはそれでいいんですか?」
「シュージンも見吉も幸せそうですし、良かったと思ってます」
「それならいいんですが……お辛いのでは?」
うーん、答えにくい質問だ。
というか、僕の中でも整理がしきれていないから、答えようがない。
それを素直に伝えるしかないか。
「どうなんでしょうか。正直、まだよく分かっていない感じです。今は、新しい連載を勝ちとることで頭がいっぱいですし」
「加藤さんとの関係は?」
「それは、まあ……続いてますけど」
リリカのことは伏せておこう。
蒼樹さんに知られたらどうなってしまうかが分からない。
加藤さん経由で知られたら、諦めるしかない。
「そうですね……蒼樹さんは、最低って言うかもしれませんが、加藤さんが相手をしてくれている分だけ、助かっています。全部を失ったわけじゃありませんし、大丈夫なんだと思います」
「最低です……」
やっぱり言われてしまったか。
「なんて言いませんよ。真城さんが頑張っていることは知ってますから」
「蒼樹さん……」
「でも、亜豆さんと付き合っているんですから、ほどほどにしないとダメですよ」
「……そうですね。ほどほどにします」
ダメだ。なんとしてもリリカのことは隠し通さなければ。
せっかく蒼樹さんが、ほどほどまでなら見逃してくれているのに、未成年に手を出したとか知られたら、限界突破してしまう。
制服と体操服は、リリカが18歳を超えてからにしよう。
「紅茶、ごちそうさまでした」
「あ、はい。お粗末さまでした。カップはそのまま置いておいてください」
「僕もやらないといけないことが残ってますので、これで。蒼樹さんも2話の原稿頑張ってください」
「……はい。ありがとうございます」
まだ何か言いたそうな感じだったけど、まだキャラデザが固まっていないし、長居して蒼樹さんの邪魔をするわけにもいかない。
けっして、リリカとのことがばれないように逃げたわけではなく、仕事のためだ。
そそくさと、隣の仕事場へと戻り、連載会議に向けた作業を開始した。
あともう一息だ。頑張ろう。
◇◇◇
締切3日前。
「サイコー、大変だ」
仕事場でキャラデザをしていると、シュージンが駆け込んできた。
「岩瀬が連載会議に回るって」
「はい?」
「あいつもマンガ家になるとか言ってたけど、服部さんが担当についてて岩瀬の原作のマンガが12月の連載会議に」
「マジかよ」
夏に岩瀬とシュージンが蒼樹さんの取り次ぎで再開して、ひと悶着あったとは聞いてたけど、そこからの展開が急すぎる。
マンガと小説のどっちが上かって話をしたとか言ってたっけ。
そこから岩瀬がマンガ家を目指す方向にいくって、どんだけだよ。
「岩瀬の負けず嫌いもすげえな」
「いや、負けてられねーって。岩瀬が連載になって、俺達が落ちたら最悪じゃん」
「4年間何やってたんだって話になるな」
元々小説を書いていたとはいえ、マンガ家の原作を目指して半年も経っていないはずだ。岩瀬に負けてしまったら、中3から必死に頑張ってきた僕達の立場が無くなってしまう。
「サイコー、絶対に通るように、もう一回見直そうぜ」
「おう。最初から通して、気になるところは全部潰そう」
既に自信があるものに仕上がっていたので、あとはキャラデザだけだと思っていたけど、仕方ない。
もっとパワーアップできるところがないか、締切ギリギリまで粘ろう。
キャラデザは、後回しだ。
会議まで残り3日。
1日1話を使うつもりで、徹底的に読み込んで、コマやセリフの一つ一つをこれが最適なのかどうか、二人でチェックしていった。
ある意味、岩瀬のおかげでより万全の状態で連載会議に挑めるようになった。
シュージンがこれだけ燃えるって、やっぱりライバルの存在は大きいみたいだ。
シュージンとは良いライバル関係であって欲しい。
この時の僕は、知らなかった。
岩瀬が原作の作品が、僕にとっても最大のライバルになることを。
◇◇◇
連載会議当日。
僕達の作品『PCP』と岩瀬原作で作画
岩瀬の作画がよりにもよって、新妻エイジって……マジかよ。
こうなったら、新連載同士負けられない。
僕達の方が最高のコンビだって証明してやる。