「連載決まったばっかなのに、悪いな」
「ごめんね、真城」
「いや、元から決まってたんだからゆっくりして来いよ」
新婚旅行に出かける当日まで、わざわざ仕事場に顔を出したシュージンと見吉を背中を押すようにして追い出した。
本来なら、正月休みを利用する予定だった新婚旅行だ。
実際は、10月の連載会議に落ちたので、連載開始前の旅行になっていた。
既に1話のネームはできている。あとはこれを原稿にしていくだけだ。
連載が始まるのは2月なので、原作側はだいぶスケジュールに余裕がある。
ゆっくりして来てほしい。
っていっても、1泊2日だから明後日には職場復帰だ。
つかの間の休息にしかならない。
せめて、仕事の事ことは忘れて、楽しんでほしい。
僕は、しっかりと原稿を進めておこう。
アシスタントは、高浜さんが復帰してくれるようになった。
もう一人、手塚賞で佳作をとった人を港浦さんが捕まえてくれていた。
アシが入るのは、年明けからだ。それまでに出来るだけ原稿を進めておきたい。
ただ、キャラデザがまだ納得いくものが、仕上がっていない。
3人のうちの2人は完成済みだ。
亜豆をモデルにしたヒロインと、ちょっとワイルドな感じな相方だ。
あとは優等生の主人公をどうするのか。
シュージン達が帰ってくる日までが、デッドラインだ。
それまでにどうかしよう。
ちなみに、エイジが二作描くことについては、新年会で顔を合わせる機会があるので、その時にという事で落ち着いた。
気持ちよく新年会に行けるように、原稿をどうにかしないと。
◇◇◇
「どうしよう。思いつかない」
いや、嘆いている場合じゃない。
うーん、いくつかパターンを描いてみたけど、どれもパッとしない。
何か新しい発想が必要だ。
ここで向き合っていても、新しいアイディアは厳しそうだ。
「一回、外出してみるか」
いい時間だし、気分転換がてら、外食してみよう。
身支度を整えていると、チャイムが鳴った。
こんな年末に来客って誰だろう。
「来ちゃいました」
「こんにちは、真城さん」
この仕事場に、連絡なしで急に来る人なんか限られた人しかいない。
加藤さんと北見さんだった。
「いなかったらどうするつもりだったんですか」
「真城さんがいない事ってあるんですか?」
ぐ……加藤さんの返しを否定できない。
ほとんど仕事場に引き籠っているのは、事実だ。
「僕だって買い物とか食事くらい行きますよ」
「30分くらいなら待ちますよ」
「それくらい待ちます」
出かけて30分というのも、ばれている。
こうなってくると仕事場にいてよかったのかもしれない。
30分も女性二人を部屋の前で立たせるとか、まずい。
蒼樹さんに見られたら面倒な事になりそうだ。
「それで、どうしたんですか?」
「二日間見吉さんが旅行に行くって聞きましたので、サポートに来ました。これ色々買ってきました」
大きいバッグの他に手にしていたビニール袋には、支援物資が入っているらしい。
ちょうど食事に行くところだったので、気分転換を抜きにすれば、ありがたい。
「ありがとうございます。それで、本音は?」
「リリカが明日が誕生日ですので、真城さんにもお祝いをいただこうかと」
「12時過ぎたら合法JKです」
なんだよ、合法JKって。意味は分かるけど不穏なワードだ。
どんなお祝いを想定しているんだ。
「泊まる気ですか?」
「仕事の邪魔はしませんので、お願いします」
「大人しくしてます」
「それならまあ……」
切羽詰まって追い込まれていたら、とてもじゃないがそんな余裕はない。
でも、今は違う。どちらかといえば、アイディア待ちだ。
一人で煮詰まっていたのは事実なので、環境に変化をつける意味でも、受け入れることにした。
「では、食事の準備を」
「お願いします──って、何脱いでるんですか!?」
加藤さんとリリカは、食事の準備と言いながらなぜか脱ぎ始めた。
「食事の準備の定番ですから」
「まさか……」
「真城先生も、こういうの好きですよね」
リリカが大きなバッグから取り出したのは、エプロンだ。
食事の準備だからエプロン。
でも、脱ぐ。
つまり、そういう事か。
「仕事の邪魔をしないと」
「邪魔はしませんから、リリカ準備しましょう」
「はーい。あ、真城先生は、靴下のアリとナシ、どっちが好きですか?」
「加藤さんだけアリでお願いします」
「両方楽しむつもりですね」
いや、せっかくだから作画の参考にしたいだけだ。
そう。すべてはマンガのため。マンガのためだから。
なお、裸エプロン(片方はソックス着用)に着替えた二人がやったのは、電子レンジでお弁当を温めるだけだった。
なんのためにエプロンをつけた。
抗議に一発バクマンを決めたいところだったけど、まだ日付は変わっていない。
加藤さんは合法だが、リリカは違法状態だ。
加藤さんだけで終わらせる自信がないので、我慢するしかなかった。
くそ、なんのためにエプロンをつけた。
僕は、悔しさを嚙みしめながら、弁当を味わった。
なんて日だ。
◇◇◇
日付変更が近づいてきた。
二人は、押しかけて来たお詫びじゃないけど、リクエストを聞いてくれた。
二人とも制服姿だ。
リリカはさすが現役だけあって似合っていた。
問題は、加藤さんだ。
「加藤さんが制服だと犯罪臭が」
「真城さん。何か言いましたか?」
「なんでもありません」
どこかお店の匂いがする。
20代半ばになって、高校時代の服を引っ張り出して着ていたら、違和感が出てくるのも仕方ないと思う。
それはいいとして。
「僕がリクエストしたのは体操服なんですが」
「ごめんなさい。私が制服しか持ち合わせがなくて、合わせたらこうなりました」
「2回戦は着替えます。他にもナース服を用意しました」
どうやら至れり尽くせりの状況みたいだ。
って、2回戦は確定かよ。
制服を着た二人に一発ずつやるとすれば、実質的には3回戦になる。
まあ、いいか。今夜は楽しもう。
「加藤さん、リリカ」
「真城さん」
「真城先生」
リリカの誕生日に向けて、カウントダウンがスタートした。
制服姿で現役JKに先生って呼ばれるとグッと来るものがある。
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
「「バクマン(合法)!!!」
これが合法JKリリカが誕生した瞬間だった。
おめでとう。
◇◇◇
明け方になってようやく狂乱の宴が終わった。
リリカは疲れ果てて寝てしまっている。
今の姿はナース服だ。
さっきまでバクマンしていたわけで、これはあれなんじゃないか。
ナースエンジェルリリカS〇X
エンジェルがどこから出たのかは知らない。
「リリカは、寝ちゃいましたか?」
「みたいです」
飲み物を取りに行っていた加藤さんが、リリカの様子に気付いた。
「真城さん、ありがとうございました。思い出に残る誕生日になったと思います」
起こさないようにそっと毛布をかけながら、加藤さんがお礼を言った。
そりゃそうだ。
でも、いい思い出だったらいいんだけど、下手すれば黒歴史一直線な気がする。
相手から望んだ事なので、僕は責任を取る気は、一切ないけど。
「リリカのことを可愛がっているんですね」
「そうですね。妹みたいに思っていて、ほっとけない感じです。真城さんにはご迷惑をお掛けしてますが」
「まあ……役得な部分もありますので、別にいいんですけど」
ちょっとタイミングは考えて欲しいけど、今はギリギリ多忙になる前って感じだ。
加藤さんも恐らくそれを承知で狙っていたと思うので、怒るようなことではない。
「どうしても、今日はお願いしたくて」
「どうしてですか?」
「リリカの身の上話になりますけど、いいですか?」
「……どうぞ」
聞いたら引き返せなくなりそうだ。
でも、ここまで聞いてスルーもできない。
「女子高生が誕生日を人の家で迎えるってどう思いますか?」
言われてみればどうなんだって気もするけど、自分の周りの女子高生なんて見吉くらいしかいなかった。
「見吉とかはそんな感じだった気がします」
「……真城さんの場合は、そうかもしれませんね」
加藤さんが呆れるように溜息をつく。
悪かったな。
「友達と一緒に迎えたりとか彼氏と一緒に迎えたりとかもあるんでしょうけど、私はずっと家で迎えてました」
「目覚める前の加藤さんか」
「そういう意味じゃなくて……話が進まないじゃないですか」
加藤さんは大学デビューのはずだ。
ということは、高校時代はこんな加藤さんでも大人しかったのか。
うーん、想像できない。
「リリカは、あまり家とか学校で上手くいっていない子なんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。そこそこの良いところのお嬢様なんで、お金には不自由してないんですけど、それだけです。家族からの愛情とかはあまり与えられず……お兄さんが優秀らしくて両親の期待はそっちに集まったみたいで」
「なるほど……」
ちょっと浮世離れしてる感じがあるのは、いいところのお嬢様だからって言われたら納得できるかも。
「真城さんは制服みてもピンと来なかったみたいですけど、お嬢様学校なんですよ」
「全然分かりませんでした」
可愛い制服で、デザインを参考にしたいなって感想しかなかった。
「放任主義で育てられたリリカが、しつけとかにうるさい学校に通っているせいで、学校でも浮いちゃって……それで居場所を探してハプニングバーに行ってみて、私と出会ったんです」
「行動力」
段階をいくつもすっ飛ばした感じがする。
その辺も浮世離れの賜物なんだろうか。
「それからは結構な頻度で、いろいろと遊んでいたんですけど」
「いろいろの中身の説明はしなくていいですから」
聞くのが怖い。
「ほら、私が真城さん一筋になったじゃないですか」
「知らねーよ」
「冷たいところも素敵です」
さぞ当たり前かのように素っ頓狂な事を語るな。
加藤さんを専属にした覚えは、これっぽっちもない。
リリカからぼろっと聞いてたけど、衝撃の事実だ。
「それで、あまり構ってあげられくなっていたので、リリカが拗ねちゃって」
「犬じゃないんですから」
「こうして、真城さんに紹介できて、リリカも幸せそうでよかったって思いますよ」
「たしかに、幸せそうに寝てますけど……」
こうして寝顔だけを見ていると18歳のあどけなさが出ていて可愛らしい感じだ。
性格が多少ぶっとんでいても、寝顔には出てこないらしい。
そして、リリカの寝顔を見ながら嬉しそうに微笑む加藤さんも、悔しいけど可愛いなって思ってしまった。
僕の視線に気づいた加藤さんの表情が引き締まる。
「あの、真城さん。迷惑ついでにお願いがあるんですが……」
「嫌な予感しかしませんが……」
「リリカをここで面倒を見てくれませんか?」
「それは……」
うーん、バクマン相手としては都合がいいけど、だからといってそれで仕事に支障をきたすようなら、本末転倒になる。
連載が決まっていない時期ならともかく、今は無理だ。
面倒を見る事はできない。
「土日のどちらかだけで構いません。給料も払わなくて大丈夫です。見吉さんのお手伝いをさせてもらえないでしょうか」
「見吉の手伝いですか?」
「今のままだと声優の専門学校に行っても浮いちゃうと思うんです。見吉さんから世間の事を学べれば、リリカも私に頼らなくても大丈夫になると思います」
見吉は、フランクにずけずけ言うタイプなので、付き合いやすいといえば付き合いやすい。リリカが見吉みたいになられても困るけど、浮世離れをなおすには、良い相手かもしれない。
「…………」
「タダでとは言いません。お願いを聞いてくれれば、私が仕事中以外は、いつどんな時でも真城さんが望むときに、つくすことを誓います」
「マジで!?」
「その食いつきは怖いんですが……私にできることならですよ」
まあ、食いついてみたはいいものの、小心者の僕が加藤さんに頼めることなんて限られている。
今の関係からそこまで変化はないだろう。
というか、僕にぞっこんらしいので、加藤さんの望むところなのかもしれない。
つまり、この契約は、リリカを押しつけられて、かつ、加藤さんを自由にできるという名目で押しつけられる契約だ。
「……見吉がいいって言えば」
どうしようか悩んだけど、面倒を見るのは見吉だ。
それなら見吉に判断してもらえばいいか。
あんまり、仕事場でやかましくされても困るけど、見吉なら大丈夫だ。
上手く邪魔にならないようにリリカの面倒をみてくれるっていう信頼がある。
毎日なら困るけど、週一で良いって言うのなら、受け入れる余地はある。
「ありがとうございます」
「まだ、決まったわけじゃ」
「さっそくどうします? ご奉仕した方がいいですか?」
「だから、まだ決まったわけじゃ……後ろで」
「準備してきます」
え? 準備って何!?
冗談だったんだけど。
加藤さんはカバンから何やらゴソゴソと取り出して、トイレへと消えていった。
しばらくたった後で、シャワーの音が聞こえて戻ってきた。
「お待たせしました」
覚悟を決めた表情の加藤さんが立っていた。
手にもつ何かがブルンブルン震えている。
言えない。今さら、冗談だったなんて言えない。
僕も覚悟を決めよう。
もう、たぶん手遅れだ。
「加藤さん」
「真城さん」
「「バクマン(後ろ)!!!」」
主人公には、完全犯罪モードを用意しよう。
その時はメガネをかけてモードチェンジ。携帯に多機能ストラップをつけて、それを補助アイテムとして活用すれば、特徴的になる。
変な所で天啓が降りてきて、主人公のキャラデザが固まったのだった。
たぶん、加藤さんがメガネをかけていたのと、多機能な大人のオモチャがゴチャゴチャしていたのが悪いと思う。