(性欲が)増しろ最高のバクマン   作:チームメイト

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第60話 特別な日

「あの、真城さんは、岩瀬さんから挨拶されましたか?」

「言われてみれば、されなかったような……」

 

 始まる前に自分達から絡みに行ったが、直接言葉を交わす事はなかったはずだ。

 新年会中はずっと、人混みの中にいた岩瀬には近づいていない。

 

 シュージンの元彼女なだけで、僕とはほぼ無関係だからそんなもんだと思う。

 元彼女でいいのかすら怪しいけど。

 

「…………」

「どうかしましたか?」

「いえ。岩瀬さんは、思ったよりも子供なのかもしれませんね」

 

 見た目は大人。でも、中身は子供。

 どっかの名探偵の逆バージョンか。

 

「僕達は中学の同級生ですから、省かれただけかもしれませんよ」

「私も元から知人ですのでいいんですが、福田さんや平丸さんもされなかったと、うかがいました」

「……なるほど」

 

 僕達は1年目の新年会で、挨拶回りに追われていた。

 岩瀬が愛嬌を振りまく姿は想像できないけど、無難に挨拶くらいはした方がよかったのかも。

 

 どちらかといえば僕も岩瀬側の人間で、シュージンが居なかったら上手くこなせたか分からないので、非難できるような立場じゃない。

 ただ、蒼樹さんは大学の先輩らしいので、気になったのかもしれない。

 

 岩瀬の事を話しているうちに、仕事場までついた。

 

「ありがとうございました」

「私は何もしてませんから。仕事を頑張りましょう」

「はい」

 

 部屋の前で一言二言交わし、互いの部屋へと向かった。

 

「…………」

 

 それは、ふとした瞬間に訪れた。

 しまった。失敗したと思う。

 

 仕事場のドアに手をかけたところで、気づいてしまった。

 部屋の電気が消えたままだという事実に。

 

 今まで誰も居なかったんだから当たり前だ。

 気にするような事ではない。

 でも、意識してしまうとその感情から逃れる事は困難だった。

 

 僕は呆然とドアに手をかけたまま、立ち尽くしてしまう。

 

「どうしました? カギでもなくしましたか?」

「あ、いえ……なんでもありません」

 

 蒼樹さんの一言で我にかえった。

 自分の部屋の前で立ったままボーっとしていたら不審者だ。

 

 なんとか身体を動かして、カギを開けた。

 大丈夫なはず。なんでもないのだから。

 

「では……」

 

 逃げるように暗い仕事場の中へと身体をいれた。

 資料スペース側は、窓から光が入らない。

 今の僕の心情を表すような暗さだった。

 

 ダメだ。このままだと気分がまいってしまう。

 闇にとらわれそうだ。

 

「……暖房くらいつけたままにしとけばよかった」

 

 暗さだけではなく、容赦ない寒さも僕の心に影を落とした。

 さっきまで明るいパーティーに参加していた分だけ、落差がひどい。

 

 手探りでまずは部屋の灯りをつける。

 

「…………」

 

 闇が消えて、大きく息を吐いた。

 

 部屋の中へと足を踏み込んで、リモコンでエアコンを操作する。

 独特の起動時の大きな音が響いた。

 

 これでしばらくすれば、寒さも消えるはずだ。

 温かくなれば、今抱えている辛さも消えてくれるはず。

 

「……仕事しよう」

 

 無理やりにでも感情を押さえつけて、作業机へと向かう。

 スケジュールは順調だ。

 でも、クオリティーを少しでも高めるためには、時間を幾らかけてもいい。

 

 小河さんが抜けた分、アシだけでは背景が弱くなっている。

 僕も出来るだけ描かないと。

 

 昼間に作業していたページと向き合う。

 右手の震えをなんとか抑え込んだ。

 

「…………」

 

 どうにか、原稿と向き合い、線を引こうとする。

 

「あっ……」

 

 視界がにじんだと思った瞬間に、慌てて袖で目をぬぐった。

 

 間一髪、セーフ。

 原稿を濡らさずに済んだ。 

 

 涙がこぼれないように、目に袖を当てたまま身体を起こして上を向いた。

 

「…………」

 

 なにをやっているんだろう、僕は。

 自分が情けない。

 

 こんな状態では作画ができそうになかった。

 僕の価値なんか作画しかないのに。

 

 寂しいからできませんとか、話にならないと思う。

 

 おじさんは10年以上も、孤独と戦っていた。

 死ぬまで戦い続けていた。

 

 僕は、1日でこの有様だ。

 おじさんに合わせる顔が無い。

 

「ん?」

 

 孤独に打ちひしがれていると仕事場のドアが開いた。

 

「まさか……」

 

 信じられなかった。

 思考がまとまらないまま入口の方へと視線を送る。

 

 にじんだ視界の先から現れたのは──

 

「真城さん」

 

 蒼樹さんだった。

 

「違う──」

 

 思わず声が出てしまった。

 来て欲しかったのは、蒼樹さんじゃない。

 この場に来て欲しかったのは──

 

「私で、ごめんなさい」

 

 蒼樹さんの表情が曇る。

 僕の身勝手が蒼樹さんを悲しませてしまった。

 心配して部屋に入ってきたら、違う呼ばわりだ。

 そりゃショックを受けると思う。

 

「いえ、違うって言ったのが違って……」

 

 俯いて蒼樹さんから視線を逸らしつつ、どうにか取り繕おうとするけど、言葉が上手く出てこない。

 思考と感情の整理が追いつかない。

 僕が言葉に詰まっていると、蒼樹さんがゆっくり近づいてきて、僕の肩を両手で掴んだ。

 嫌でもその存在を強く意識させられた。

 顔を上げると視線同士が重なり合った。

 

「ゆっくりで大丈夫ですから。真城さんが、何に悲しんでいるのかをお話聞かせてもらえますか」

「…………はい」

 

 蒼樹さんの真剣な表情に、肩を掴まれた手に、僕は逃げ場を無くして降伏するしかなかった。

 いや、違うか。

 ただ、話を聞いてもらいたかったんだと思う。

 僕と見吉と新年会の話を。

 

 

   ◇◇◇

 

 

「……意識してなかったんですけど、僕の中で大事になっていたみたいで」

 

 上手く説明できたのか自信はないけど、どうにかこうにか伝える事はできたと思う。

 話としては、そう難しいものではない。

 ジャンプの新年会イコール見吉との特別な日に、いつの間にか定着していたみたいだ。

 2年前の新年会で、シュージンに悪いからしないって拒否られていた初めてのキスを見吉と行った。

 1年前の新年会で、僕が見吉の忠告を聞かずに倒れるまで無理してケンカ状態だったのを、許してもらって仲直りのバクマンをした。

 

 どちらも新年会が終わって、仕事場に帰ると見吉が待っていてくれた。

 1年目はたまたまその日が新年会だっただけかもしれない。

 でも、2年目は見吉は意識してその日を選んで待っていてくれたはずだ。

 

 でも、今日は仕事場の電気が暗いままだった。

 それだけの話だ。

 

 僕がここまでショックを受けるとは、自分でも想定外だった。

 見吉はシュージンと結婚したんだから、シュージンの帰りを待つのが当たり前だ。

 僕の帰りを待つわけなんかない。

 

 その事を理解して納得もしていたのに、改めて見吉がシュージンと結婚して遠い人となってしまった事を実感してしまった。

 

 あとは感情を抑えきれなくなって、止まらなくなった。

 僕の弱さが全てだと思う。

 

「…………」

「…………」

 

 一切口を挟まずに、蒼樹さんは僕の拙い説明を最後まで聞いてくれた。

 反応がないのが怖い。

 

 勝手に嫉妬して勝手に悲しんで勝手に落ち込む。

 情けないにも程がある。

 

 体感だと数分の沈黙があって、ようやく蒼樹さんが口を開いた。

 

「真城さんは、それでどうしたいんですか?」

「え?」

「寂しいのは伝わりました。そこから真城さんは何を望むのか」

「何をって……」

 

 何かを望むなんて、考えてもいなかった。

 今さら、シュージンと見吉に別れて欲しいとかはない。

 上手くいって欲しいというのが本音だ。

 でも、寂しいものは寂しいというのから逃れられないだけ。

 望む事はない。

 

「特に何も……たぶん、今日が特別なだけで、我慢すればそれで……」

 

 明日になれば、この感情も消えてくれると思う。

 昨日までは問題なかったわけで、今日さえ乗り越えればそれで終わるはずだ。

 

「……一人で我慢しなくてもいいんですよ」

「え?」

「真城さんの中にあるもの。全部吐き出してください。私が、全部受け止めますから」

「……蒼樹さん」

「私では香耶さんの代わりにはなれませんし、亜豆さんの代わりにもなれません。それでも、真城さんを受け止めることくらいはできるはずです」

 

 誰かの代わりではなく蒼樹さんに受け止めてもらう。

 その好意に甘えてもいいんだろうか。

 

 僕は亜豆と付き合っている。

 それなのに他の女性に手を出している事を、蒼樹さんは嫌悪していたはずだ。

 

 蒼樹さんと亜豆との間で友情が芽生えている。

 僕が嫌われるだけなら、それでいい。

 それで、蒼樹さんが亜豆との関係に悩んでしまうんじゃないかってのが気がかりだった。

 

「僕は亜豆さんと付き合ってますよ」

「今、真城さんの目の前にいるのは、私です」

「それは……」

「いいんです。私も覚悟を決めましたから」

 

 真っ直ぐに目を見つめながらそんな事を言われてしまった。

 

「僕は、蒼樹さんとはお付き合いできません」

「分かってます。お友達として真城さんの辛さを、一部だけ背負います。その覚悟です」

 

 背負うのは辛さではない。

 亜豆に嘘を付き続ける事になる覚悟だろう。

 

 そこまで言われてしまったら、僕も覚悟を決めないと。

 蒼樹さんの優しさに、気持ちに、甘えよう。

 

「分かりました。蒼樹さんに全部吐き出します」

 

 これで新年会の呪縛は消える。

 新しい思い出で塗り替えられるはずだ。

 

「蒼樹さん」

「真城さん」

 

「「バクマン(バクマン)!!!」」

 

 

 こうして、蒼樹さんと新しい関係が始まった。

 

 

   ◇◇◇

 

 

 翌日。

 

「シュージン。見覚えがある顔をしてるけど……」

「因果応報よ」

「犯人は、香耶ちゃんか」

 

 紅葉頬のシュージンが復活していた。

 分かっていた事だけど、見吉にやられたらしい。

 

「新年会の後で、あの店に行ったんですって。何が取材よ。二回も行く必要ないでしょうが」

「ああ。なるほど」

 

 新年会であの後向かった店は、例の劇場だったみたいだ。

 

 港浦さんが尾行の日に大人の劇場に向かったのは、下見だったのかもしれない。

 面白い店と言われれば、面白い店だし、話が繋がった。

 

 だからって港浦さんが縛られる必要はなかったと思うけど。

 

「真城は、真っ直ぐ帰ったんでしょ」

「……まあ、仕事があったし」

 

 見吉に新年会当日の話を振られて、一瞬だけ言葉に詰まった。

 それでも、言葉を返す事ができたあたり、どうやら無事に乗り越えたみたいだ。

 

 蒼樹さん、ありがとう。

 

 見吉が離れた隙をついて、シュージンと男の会話に入る。

 

「で、どうしてバレたんだ。また名刺か?」

「同じ事はしないって、断った」

「じゃあ、なんでだよ」

「縄の痕で」

「おいっ」

「参加した中で最年少で断れなかったんだって」

 

 そりゃ、バレるに決まっている。

 どこで見られてしまったのか、考えると嫉妬で狂いそうになるからスルーしよう。

 

 断れなかったとか嘘っぽい。

 港浦さんが縛られてるのが羨ましかったんだろうか。

 シュージンのそんな一面は知りたくなかった。

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