尻描写について、徐々にだけど理解してきた。
露骨に尻をアップさせるポーズとかで描写しても、アンケートにはつながらない。
むしろ、アンケートが落ちる傾向が出てきていた。
あくまでも、日常の何気ない一瞬の中に答えがあった。
普通に三人で話している時の一コマこそ尻チャンスだ。
そういうコマで、さりげなく尻描写を盛ってあげれば、アンケートに反映される。
狙いすぎない程度に狙う。
バランスは難しいけど、こういうのは感覚として身につけていくしかなさそうだ。
あんまりやり過ぎても飽きられるので、アンケートを取りたいここぞってタイミングで、さりげなく尻を盛る。
難しいチャレンジだけど、やっていくしかないと思う。
ただ、尻描写で一つだけ予想外の反響があった。
尻回で『PCP』がアンケートを取れた回は、福田さんの『KIYOSHI』のアンケートが落ちている。
『KIYOSHI』といえば、圧倒的な男性票に支えられたこれぞ男のマンガって感じの作風で、特にパンチラ描写に定評がある。
見せ方、構図、書き込み具合。パンチラのバイブルと言っていいほどの力の入れようで、僕もかなり参考にさせてもらったくらいだ。
そのパンチラ界の帝王から、僕達の尻描写が票を奪ってしまっているみたいだ。
ジャンプ読者が求めるものが、パンチラから尻へと移行してしまった。
パンツじゃないスパッツだからこそ描ける曲線美が読者に伝わったらしい。
こうなると蒼樹さんも苦戦しそうだけど、あちらは爽やか路線なので、どちらかといえば日常の中に尻を盛ろうとする僕達寄りだ。
僕の弟子だけある。
師匠と弟子の関係が、こんなところで好影響として出てくるとは、予想外にも程がある。
さて、今週はどうしようか。
シュージンに渡された文章のネーム化に、頭を悩ましていたタイミングで、その事件は起こった。
「サイコー縛ってくれないか」
「OK。その縄をしまおうか、シュージン」
『PCP』も軌道に乗って、新しいアシスタント体制も固まり、スケジュールに余裕が出てきていていた。
単行本作業も意識して調整していたので順調だ。
週刊連載は、何かとトラブルが起きがちだけど、ずっとトラブルが起き続けるわけではない。
久しぶりに忙しくも穏やかな日々を過ごしている。
と、思いきやこれかよ。
シュージン。自分からトラブルを持ち込むのは、やめろ。
あと、仕事場に縄を持ち込むのは、もっとやめろ。
「どうしても縛って欲しいんだって」
「怖えよ」
圧がすごい。
そこまで必死になって縛って欲しいって懇願するなよ。
「頼む。サイコーにしか頼めないし」
「なんでだよ。別に、俺じゃなくて香耶ちゃんに頼めばいいだろ」
特殊プレイは、男友達ではなくパートナーに頼むのが筋だと思う。
僕もシュージンのパートナーと言えるのかもしれないが、僕が担当しているのは作画だ。絵師であって縄師じゃない。
「香耶ちゃんに頼んだら、血まで止められそうじゃね?」
「それは、否定しにくいけど……」
「サイコーなら任せられる。サイコーにやって欲しい」
シュージンの信頼が重い。
何がそこまでシュージンを縛りに向かわせるのか。
気になるけど、聞いたら引き返せなくなりそうなので、スルー一択だ。
「店にでも行って来いよ」
「香耶ちゃんに殴られる」
「本望だろ」
プロに縛られて、嫁に殴られる。
縛られたい願望のシュージンからしたら、ご褒美になりそう。
「ごめん。縛られたいのは分かったけど、シュージンを縛るのは無理だ。僕には荷が重すぎる」
「……は? 縛られたいって、サイコー……なんか誤解してないか?」
「大丈夫、シュージンのことは理解しているつもりだ」
シュージンはドMで縛られたい。
これほど相方のことを理解している親友は中々いないと思う。
願望は理解できないけど。
「絶対誤解してるだろ。縛られたいんじゃなくて、縛って欲しい。縛られた状態で放置されてみたいだけだから」
「想像以上じゃん」
そこまでは理解できていなかった。
ダメだ。これからシュージンとどう接すればいいのかが分からない。
「今度、ドジって両手を後ろで縛られたまま過ごす回ってのをやってみたいんだ。実際にやるとどんな影響が出るのか試さないと、リアリティーでないだろ」
「最初からそう言えよ」
『PCP』のためかよ。
それだったら協力することも──したくは、ないけど。
これまでずっと、作戦が成功して勝つってパターンで定着しているので、たまには失敗する回を描きたいらしい。
いざってときのために、拘束する術を身につけようと練習している三人。
紐がこんがらがって、ほどけなるという失敗回だ。
縛られたまま過ごすと、どんなトラブルが起きるのかを身をもって体験したいみたいだ。
確かにそれだと店で縛ってもらうのは無理か。
不自由なままで日常生活を過ごす事が目的なのに、店からどうやって帰れと。
店の外に出た時点で社会的にアウトだと思う。
でも、事情は分かったけど、シュージンはMじゃね? って疑惑は晴れていない気がする。
ダメだ。深く考えるのは、やめよう。
こういうのはめんどくさいから、さっさとやってしまうか。
「後ろを向いて」
「おう」
シュージンから縄を受け取ると、手の甲を重ねるようにして手首の位置で縛り上げた。指は自由に動くし、血も止めていない。
「終わり、と」
「おお……動かせねえ」
が、手首を捻ったりはできない程度には、きつく縛っている。
身体が柔らかければ可動域も広がるけど、シュージンは硬い方らしい。
ほとんど背中にくっついたままそこから動かせないみたいだ。
結構、いい仕事をしたと思う。
「……サイコー、慣れてね?」
「……気のせいだろ」
いい仕事をし過ぎたのかもしれない。
全部加藤さんが悪い。
元々リリカとはコスバクマンをする関係だった。
尻描写のために、より過激なコスバクマン(写真付き)をする関係に進化した。
そんな僕達二人を見た
『どうせなら、縛ってみませんか?』
という一言にのせられたせいで、すっかり縛り上手になってしまっただけだ。
伝授してくれたのは、加藤さんだ。
加藤さんは、一人亀甲縛りができる腕前だった。
そんな縄マスターから教われば、元々手先の器用さには自信がある。
僕も縄マスターになるのは、必然だったのかもしれない。
つまり、全部加藤さんが悪い(2回目)。
なお、今回の話のオチ。
シュージンは、縛られて過ごしている最中に色々な発見をした。
そして、フェチなら満足間違いなしのリアリティーの高い原作を作り上げるという快挙を達成していた。
ただ、残念ながら「君達なー。ジャンプは、少年誌だぞ」という港浦さんの真っ当な指摘により、却下されて終わったという話。
そりゃ、当然そうなる。
港浦さんが真っ当で良か──
「──縛られるのは好きだが、これはダメだ」
港浦さん!?
◇◇◇
「サイコー、テレビ観てるか?」
「観てねえよ」
「『笑っていいかも』つけて」
「なんだよ、急にって、おい……」
シュージンから急に電話が掛かってきた。
用件だけで電話は切られてしまった。
なんだよ、急に。
縛ってくれっていきなり言われるよりは、百倍マシだけど。
言われたとおりに、チャンネルを回すと声優が出ていた。
南波かな。亜豆のデビュー作である聖ビ女メンバーで、亜豆とは仲が良かったらしく何度か名前を聞いていたので、僕でも知っている。
国民的番組である『笑っていいかも』に出ているあたり、今一番勢いがある声優かもしれない。
シュージンは、これが見せたかったのか。
見吉が、亜豆が出ている雑誌とかを集めている影響で、シュージンの方が声優には詳しかったりする。
南波さんの事で、僕が知っているのはせいぜい、エイジの『CROW』でヒロイン役をやっていたくらいだ。
『ではお友達を』
『尊敬してるマンガ家の新妻エイジ先生を』
「は!?」
ちょうどエイジの作品に出ていた事を思い出していたら、画面からもエイジの名前が出てきて驚きの声を上げてしまった。
エイジが『笑っていいかも』に出る!?
自分の事じゃないのに、それだけで緊張してしまった。
『モシモシギューー、ウッシウシ』
が、エイジはいつも通りのようだ。
ちょっとだけ安心する。
『明日ですか? 原稿描いてますケド。ライバルの亜城木夢叶先生に負けられません。用件はそれだけですか? シュピーン、さようならー』
「切りやがったーーーー!?」
エイジ、いくらなんでも、いつも通り過ぎるだろ。
そりゃ、原稿を描くのが仕事だし、原稿に終わりなんてものはない。
2本連載しているんだから、僕以上に忙しいはずだ。
だからといって『笑っていいかも』を断るのか!?
『先生は忙しかったみたいですね』
『あははは……』
番組がすごい空気になっている。
っていうか、こういう番組って事前に根回しとかしとくもんじゃないのか。
お友達を紹介するって趣旨からしたら、根回しがない方がリアルだろうけど、失敗したら悲惨だ。
また一つ新妻エイジ伝説として、語り継がれるような出来事だった。
仕切り直して、南波さんは、同じ声優の大月奈々観に繋げて番組は終わった。
大月奈々観も確か、聖ビジュアル女学院のメンバーだったはずだ。
亜豆からは名前を聞いた覚えがないので、親しくないんだと思う。
南波さんと大月さんの仲はしらないけど、電話を繋げた感じはぎこちなかったので、そこまで親しくなさそうだ。
でも、友達として繋ぐのは、亜豆ではなく大月さんだ。
これは、親しいかどうかではなく『笑っていいかも』に出演できるレベルなのかどうかでゲストを決めているからだと思う。
残念ながら、亜豆はまだ『笑っていいかも』に出演できるほど人気がない。
聖ビジュアル女学院は、新人に近い声優を集めていたはずで、似たようなスタートラインに亜豆もいた。
そこから数年が経ち、『笑っていいかも』に出演できる声優と、出演できない声優に区別されてしまっている。
亜豆も声優として順調に階段を上っていると思っていたけど、上には上がいるって見せつけられた気分だ。
声優の世界もマンガと同じように、厳しい世界なんだろう。
そんな世界で亜豆は戦っている。
僕も亜豆に負けないように、頑張ろう。
いつか亜豆がヒロイン役を勝ちとれるような声優になったときに、足を引っ張らないようにしないと。