秋のとある日。
「やられたぜ、真城くん」
「福田さん……お疲れ様でした」
その日は珍しい人が、仕事場に来ていた。
『KIYOSHI』を連載
そう、過去形になってしまった。
10月の連載会議で、残念ながら連載終了が決定し、先日最終回を描き終えたところらしい。
「お疲れ様です。わざわざすみません、来ていただいて」
「いいって。暇になっちまったし」
「人気が悪かったわけじゃないんですよね」
アンケートの順位的には、人気が落ちたとはいえ10位前後は取れており、打ち切られるような順位ではなかった。
「打ち切られるとは思ってなかったって程度だ。人気があったとは言えねえ。それに、ホッとしたぜ」
「ホッとした?」
「ヤンキートーナメントにテコ入れしても手応えなかったからな。次の連載を考えようかとしていたところで、これだ。見透かされたのかもしんねー」
「そういうのもあるんですか!?」
「雄二郎の話だから、嘘かもしんねーけど、『KIYOSHI』がピーク過ぎてたのは、間違いないしな」
「なるほど」
福田さんが前向きでホッとした。
福田さんが担当から聞いた話では、ピークが過ぎてこのままマンネリ化させて低迷させるよりも、仕切り直した方がいいって判断された結果らしい。
その言葉が事実なら、次の新連載で人気が出ることを期待しての打ち切りだ。
福田さんの評価は決して低くないことが分かる。
十分長期連載した作家だから当たり前だけど。
「で、どれだ?」
「これです」
連載が終わったばかりの福田さんに来てもらったのには、理由があった。
キッチンスペースまで連れて行く。
「この3箱です」
「すげえ量だな。八百屋かよ」
「中井さんがかなり気を使ってくれたみたいで……」
中身は、中井さんから届いた大量のリンゴだ。
それぞれ2段詰めで、ビッシリとリンゴが入っている。
明確に数えたわけじゃないけど、合計したら100は超えてそうだ。
僕の頑張った成果をみんなで食べて欲しいって手紙には入っていたけど、いくらなんでも多すぎる。
お礼に何を返したらいいのかが、悩ましくて困る。
「結構日持ちはするみたいですけど、僕達だけじゃ食べきれそうになくて」
中井さんからは、皆で食べて欲しいとしか言われてないけど、福田組で分けても余ると思う。
「……中井さんも頑張ってるんだな。とりあえず1個もらうぞ」
「どうぞ」
福田さんは、既に開いていたダンボールからリンゴを1玉取り出すと、水道で簡単に水洗いした。
ナイフか包丁を用意するまでもなく、表面の水洗いだけで、皮ごとかぶりつく。
ワイルドな食べ方だ。福田さんらしい。
シャリシャリとした咀嚼音だけで、リンゴのみずみずしさが伝わってくる。
「うめえじゃねえか」
「そうなんですよ。せっかくですし、ぜひ持って行ってください」
リンゴ農家だから当たり前だけど、普通に商品として売り出せるレベルだ。
買ったら1玉で数百円は取られそうなくらいに、甘さも抜群で美味しい。
福田さんは、あっという間に1玉食べ終えて、芯だけになったリンゴを捨てて手を洗う。
それから、考えるように、リンゴのダンボールを見た。
「……ふた箱もって行っていいか?」
「そんなに好きなんですか!?」
「違うって。新妻くんと平丸先生のところ。あと蒼樹嬢とオレで1箱を分ける。もう1箱は編集部に持って行ってやろうかと」
「それ、すっごく良いアイディアだと思います。お願いしてもいいですか」
「ちょうど、連載が終わって編集部に挨拶しとこうって思ってたし、ついでだ。気にすんな。中井さんが頑張ってる事も伝えた方がいいだろうしな」
「ありがとうございます」
パシリにするみたいで、申し訳ないけど、福田さんに任せよう。
動ける足があると、こういうときに便利だ。
僕も車の免許でも取りに行こうかな。
今は、連載も順調で、スピードアップもできている。教習所に通う時間程度なら何とかひねり出せるかもしれない。
あと、蒼樹さんが隣に住んでいることは言わない方がいいか。
大学は休学状態らしいけど、前のマンションってどうしてるんだっけ。後で確認しておかないと。
ほとんど使ってないマンションに届いても意味がないし、隣に届けさせたりしたら、福田さんを怒らせてしまう。
「長居するのも、連載作家の邪魔になるし、持って行くぜ」
「すみません、ありがとうございます」
「いいって。すぐにジャンプに戻ってくるから、連載続けて待ってろよ」
「はい」
「今度は、真城くんの尻に負けねえ作品用意してくるからな」
「…………」
返答しにくい。
尻に負けたって認識してるんだ。
それだと『PCP』が尻マンガみたいじゃん。
尻に力入れてるから、誇っていいんだろうけど、誇りにくいって。
さすがに福田さん一人では、ダンボール2箱を一度には持てず、僕も手伝ってバイクの荷台に積み上げた。
結構な重量だけど、二人乗りできるバイクなので、問題ないみたいだ。
福田さんを見送って仕事場に戻る。
「……高浜さんにも来てもらおうか」
連絡を入れてみよう。
もしかしたら、高浜さんにも届いているかもしれないけど、アシスタントをすっぽかした手前、中井さんの性格からその可能性は低い。
僕がかわりに謝る義理はない。
でも、迷惑をかけたお詫びに、リンゴを持って行ってもらおう。
こんな感じで、中井さんからもらったお届け物は皆で美味しく食べることになった。
今回は、蒼樹さんにも、中井さんから届いた事を伝えた上で食べてもらった。
特に何も言わなかったので、内心どう思っていたのかは分からない。
けど、5玉受け取ってくれたので、悪いものではなかったと思いたい。
◇◇◇
12月中旬。
亜城木夢叶にとって、とても大きな出来事があった。
二度目の担当替えだ。
『TRAP』を連載開始するまでは、服部さん。
連載を開始してからは、港浦さんに担当してもらっていた。
が、ここに来て初代担当と言える服部さんが担当返り咲きとなった。
港浦さんと一緒に服部さんが挨拶に来た。
僕達としては、港浦さんの手前、表立って喜ばなかったけど、大歓迎だ。
これでより万全の態勢で新妻エイジを追いかける事ができる。
「あー……突然で、こんな感じだが、またよろしく……頼む」
「はい。よろしくお願いします」
今日のところは簡単な挨拶だけで、服部さんは帰って行った。
互いの引き継ぎなどがあり、服部さんが担当として話を作っていくのは、再来週分からだ。
来週分までは、残った港浦さんと完成させなければならない。
というので、打ち合わせに入ったけど、打ち合わせ自体はあっさりと終わり、すぐに担当変更に話題が移った。
「秋名くんって、君達の同級生だったな。どんな人か教えてくれないか?」
これまでは、服部さんが岩瀬を担当。港浦さんが僕達を担当していた。
これからは、服部さんが僕達を、港浦さんが岩瀬を担当する。
担当者を交換する形だ。
たまたま岩瀬と僕達に接点があったのもあり、できるだけ情報を集めたいのは理解できる。
「どんな人って言われても……シュージン任せた」
「俺かよ」
「僕はほとんど接点無かったし」
「それはそうかもしれないけど……」
僕には提供できるような情報が無かった。
中学時代にシュージンに振られたとか、シュージンが結婚したらシュージンを振ったとか、プライベート過ぎる情報なら出せるけど、そんなことを港浦さんが知っても意味がない。
むしろ、下手に港浦さんに話すと「高木くんを振ったんだって、やるなぁ」とか空気読まずに岩瀬に話題に出して嫌われそうで怖い。
というので、シュージンに丸投げした。
「ええっと……俺もそんなに知ってるわけじゃないんですが」
僕よりも接点があると言っても、シュージンもそれほどあったわけじゃない。
「とりあえず、勉強がめちゃくちゃできます」
頭がいいとは言わないあたり、シュージンの本音かもしれない。
「あとは、エリート意識が高いというか、自分に厳しく、仕事はしっかりとこなすはずですので、そのあたりは心配しなくていいかと」
「それは安心できる」
「反面、自分だけではなく周囲にも厳しい……かもしれません。僕なら担当したくありません」
「怖いこと言わないでくれよ」
「いやー……覚悟しておいた方がいいかと」
岩瀬の相手は大変だと、シュージンは身に染みて語っていた。
岩瀬は、シュージンが好きだった。
シュージンの次に服部さんを好きになった。
これは、どちらも優秀な人だったからだ。
優秀な人が好き。逆に言えば、無能な人は嫌いとなる。
そこまで極端には、ならないはずだ。でも、僕と同じ高校に行くと宣言したシュージンに『さようなら』と言うような女子だった。
あながち間違っていないと思う。
一緒に仕事とか考えたくもない。
港浦さんと岩瀬とか絶対に相性が悪い。
「今までありがとうございました」
「こっちこそ。これからはライバルだ。真城くん達も面白いマンガを頼む。『Natural』で負けないからな」
「はい」
こうして、ギャグマンガと縛られるのが好きな担当は、僕達から離れていった。
しかし、このタイミングで担当変更って何があったんだろうか。
唐突に起きるとは聞いていたけど、探りを入れた感じだと、福田組では、僕達以外は変わっていないらしい。
高浜さんに電話して、担当変更の話をしたら、メチャクチャ羨ましがられた。
高浜さんも色々溜まっているみたいだ。
12月の連載会議に落ちたって言ってたし、港浦さんが担当で不安なのかもしれない。
寝耳に水っぽい港浦さんの反応と、申し訳なさそうな服部さん。
そこから導き出せる原因は、なんだろうか。
「担当変更は、服部さんが原因なのかもしれない」
「そんな事あるのか?」
「いや、勝手な想像だけど……岩瀬って服部さんに惚れてるんだよな?」
「はっきり宣言された」
考えられる原因は、それしか思い浮かばなかった。
「それが服部さんにとって重荷になったんじゃ……岩瀬って重いだろ」
「ああ……重いっちゃ、重いかも」
岩瀬は、好きだったシュージンを追いかけてジャンプの原作者になった。
それ程までに、岩瀬の恋の原動力はすさまじいものがある。
その岩瀬から、好き好き攻勢を受け続けるというのは、服部さんにとっては負担だっただろう。音を上げたとしてもおかしくはない。
服部さんが岩瀬から離れるために、担当が変更になった。
僕達はそれに巻き込まれただけだ。
そう考えると、服部さんが申し訳なさそうにしていたのも納得できる。
というので、言うべきことは一つだ。
「香耶ちゃん」
「どしたの?」
キッチン側に引っ込んでいた見吉が顔を出した。
「愛してる」
「ちょ、サイコー、夫の目の前で何言ってんだよ」
「シュージンも愛してる」
「真城、頭おかしくなった?」
「どうしたんだ。サイコー……」
「いや、シュージンと香耶ちゃんが結婚した結果が、回り回って服部さんが担当になったって凄くね?」
「言われてみれば……」
考えが正しければ、シュージンと見吉が結婚した結果、岩瀬のターゲットが服部さんに移った。それに服部さんが耐えられなくなって、担当変更で僕達の担当になった。
つまり、岩瀬とシュージンの結婚のおかげで、服部さんが戻ってきた形だ。
巻き込まれただけの港浦さんには申し訳ないけど、僕達にとっては最善の結果だ。
結婚に感謝するしかない。
それにしても、世の中、何が影響するのか分からない。