少しさかのぼって春。
アニメは『Natural』に先を越されたけど、『PCP』にも、いい話があった。
ドラマCDとノベライズだ。
もちろん、ヒロイン役は亜豆を指名した。
無事、作家の意向を優先してもらえて、ヒロインは亜豆に決まった。
完全なコネだけど、元々亜豆をイメージしたキャラクターだ。亜豆に演じてもらうのが一番合うと思う。
『Natural』のヒロインを断らせた分のお詫びとしては、ぜんぜん足りていない。
それでも、亜豆に返せるものができたのが嬉しかった。
なにより、ドラマCDで演じたキャストはアニメ化した際に有力な候補になる。
これが僕達の夢にとって、かなり大きい。
もうすぐ夢が叶うんじゃないか。そんなところまで来ていた。
次に、ジャンプの話。
4月の連載会議で大きな動きがあった。
高浜さんの『正義のミカタ』と福田さんの『ロードレーサーGIRI(以下。GIRI)』が連載会議で通った。
元アシスタントで、『PCP』初期を支えてくれた高浜さんだ。
連載が決まった事が、素直に嬉しい。
『BBケンイチ』で、跳ねずに打ち切りになった分も頑張って欲しい。
できれば、『PCP』のライバルにならない程度でお願いしたい。
そして、福田さんだ。
『KIYOSHI』が終わってから、半年も経っていない異例の新連載だ。
2月にジャンプに載った読切が1位を獲っていたとはいえ、編集部が相当期待しているのが分かる。
『KIYOSHI』の終了は前向きな終了だったことを、示す結果となった。
有力なライバルが、パワーアップして帰ってきた。
ドラマCDで浮かれていたら、すぐに抜かれそうだ。
この勢いでアニメ化まで行けるように、一層気合を入れて頑張ろう。
最後にリリカの話。
平丸さんの担当編集の吉田さんが仕事場に来て、リリカとの面接があった。
見吉直伝の肉じゃがと豚汁で勝負し、無事に面接をパスだ。
今は、どのタイミングで平丸さんと会わせるのがベストか、吉田さんがタイミングをはかっている状態らしい。
できるだけ原稿を描かせたくて引っ張るみたいだ。
グッズ売り上げでウハウハと浮かれている平丸さんだ。これ以上、調子に乗らせたくないという事情があった。
吉田さんらしいといえばらしいけど、リリカは宙ぶらりんだ。
というので、しばらくリリカは現状維持のまま、亜城木夢叶の仕事場通いを続ける事になった。
性欲処理的には嬉しいけど、これでいいんだろうかって気持ちが半分って感じだ。
リリカからドラマCDに出たいって頼まれたけど、まだ事務所に所属すらしていないリリカだ。
さすがにプッシュするわけにもいかず、却下で終わった。
リリカからのおねだり相手も、そのうち僕じゃなくて平丸さんになるはず。
最後のおねだりなら何とか叶えても……いや、甘やかさなくていっか。
◇◇◇
「サイコー」
「おう」
久しぶりに家から仕事場に向かっていると、背後から声が掛かった。
「珍しいな、仕事場に向かう途中で会うって」
「ほとんど泊ってるからな」
最近は、仕事場に住んでいるような状態が続いている。
一週間のうち、5日は仕事場に泊まり、1日だけ家に帰っているような感じだ。
なお、残りの1日はお隣の蒼樹さんの家に泊まっていたりする。ありがたい話。
というので、通勤というのがほぼなく、シュージンと会ったのは奇跡に近い。
「少しのんびりしていくか?」
「だな。暑くもなく寒くもないし、過ごしやすくなったな」
途中でコンビニによって、仕事場近くの公園に入った。
別に、シュージンと話すのは仕事場でもいいんだけど、久しぶりに外であったんだからせっかくだ。
作画にもだいぶ余裕があるし、たまにはいいと思う。
「最近どうだ?」
「なんだよ、急に」
「聞くタイミングってありそうでないじゃん」
「それはまあ……」
質問が大雑把過ぎて、何について答えたらいいのかが難しい。
「順調じゃね? ドラマCD化したし、亜豆がヒロインやるし」
仕事は順調。それに引っ張られて夢も叶いそうになっている。
こうして、時間を作れる程度には作画に余裕もできている。
『TRAP』を死にそうになりながら描いていたのが、今じゃ考えられないくらいだ。あの頃は高校に通いながらっていうのが、きつかった。
「……何か怖いんだよなぁ」
「何が」
「順調過ぎね? 今まで色々あったじゃん。それだけに、な」
「何かあった方がいいのかよ」
「ない方がいいに決まってる。でも、何かありそうで怖いって話」
シュージンが言おうとすることは分かった。
夢が遠かった頃は、前を見て突き進むだけでよかった。
色んな壁や障害が出てきたけど、それを突破するだけで済んだ。
今、夢に手が届くところまで来ている。
ゴールが見えてきた分だけ、このまま最後まで行けるのかが不安になる。
今までやってきたことが正しかったのか、間違っていたのか。
その答えが出てしまうような怖さ。
順調に来ているんだ。悪い状況じゃないはず。
「シュージンが言うと本当になりそうだから、やめてくれ」
「だな。悪い。変なこと言った。それに、全部が順調ってわけじゃないしな」
「何かあったのか?」
「ドラマCD。脚本もらったけど、キャラはいいけど肝心の完全犯罪が」
「ひどい?」
「うーん。これを『PCP』として出したくないくらいに。直していいか、服部さんに相談しようと思う」
ドラマCDに関しては、僕はノータッチだ。
話を作るのはシュージンの領分なので、僕が口を出すことではないと思っている。
僕が口を出すと亜豆が演じる舞の見せ場が欲しくなりそうだし、そこは我慢しよう。
「直すって、そんな余裕あるのか?」
「アイディアがどんどん出てきてるからいける。発想は原案そのまま使うから、ストックを減らすわけじゃないし」
それなら問題ないか。
シュージンがいけるっていうなら信じるだけだ。
「……ノベライズの方は?」
「……こっちは、完全犯罪はいいけど、キャラが描けていない」
「直す?」
「服部さんに相談しようと思う」
全然、順調に来てねえじゃん。
シュージンの負担がめちゃくちゃじゃねえか。
というか、ドラマCDの脚本書いた人と小説を担当した人でタッグを組めよ。
それで解決しそうだけど、そう簡単にはいかないんだろうか。
何がどうすれ違ったのか、キャラが描けていない完全犯罪もひどい合成物が出てくる可能性もあるからダメか。
「ここで、ゆっくりしてて大丈夫か?」
「動くのは、服部さんに相談してからだから、それまでなら」
頑張れ、シュージン。
応援だけしている。
話作りが遅れるかもしれないから、そこだけカバーできるように心構えだけしておこう。
関連商品を出すというのも、一筋縄ではいかないのだった。
◇◇◇
翌週。
「素晴らしい出来だ。ドラマCDも、小説も、次の話もどれも甲乙つけがたい」
「ありがとうございます」
どうなることかと思ったけど、シュージンは見事にやり切った。
見吉に聞いた話では、ほとんど寝ていないらしい。
僕ならまだしも、シュージンの目の下に隈ができているのは珍しい。
「高木くん。だいぶ無茶したんじゃないか」
「大丈夫です。今のいい感じの流れを僕が止めるわけにはいきませんから」
「ここまで急がなくても余裕は」
「いえ。これをそのままってわけじゃないでしょうし、より良いものを作るには、早めにあげた方がいいはずです」
「必要な挿絵が決まれば、僕も動けます」
ドラマCDで、僕の出番はなかったけど小説はそういうわけにはいかない。
表紙や挿絵は僕が担当だ。
話に時間が掛かれば、話と並行して大体のイメージで描くことになるらしい。
話の予定が変わったりすれば、挿絵と話が一致しなくなったりしてしまう。
今回は、シュージンが頑張ってくれたおかげで、シーンに合う挿絵を描くことができそうだ。
「すごいやる気だな。マンガ以外はノータッチっていうマンガ家もいるのに」
「『PCP』は僕達の作品ですから」
「できるだけクオリティをあげて、面白さを多くの人に伝えたいんです。アニメ化を目指してますから」
シュージンは、はっきりとアニメ化と口にしてくれた。
僕は、口に出す事ができなかった。
夢としての想いが強すぎて、迂闊なことを言えなくなってしまっている。
だから、その分だけシュージンの言葉に大きく頷く。
これで、僕たちの熱意は服部さんに伝わったはずだ。
「…………」
「…………」
「…………」
服部さんは、僕達の熱を受けて、黙ってしまった。
いつもの服部さんなら、背中を押してくれるはずだ。
おかしい。何か変なことを言っただろうか。
考え込むように30秒ほど無言が続いた後で、ようやく服部さんが口を開いた。
「君達が燃えているのは伝わった」
「「はい」」
「落ち着いて聞いて欲しい」
あれ? 何か雲行きが怪しく。
「言いにくいんだが『PCP』のアニメ化は、できない」
服部さんが口にした言葉。
それは、僕達にとって青天の霹靂だった。
「なんでですか!? 人気作はアニメ化。これがジャンプの王道ですよね」
衝撃を受け止め切れていない僕の代わりに、またもシュージンが動いてくれた。
相手が石沢なら殴っている勢いで服部さんに迫る。
「アニメ化は集英社だけでは決められない。スポンサーがつかないと無理だ」
「『PCP』は人気作です。他の作品にはついて、『PCP』にはつかないなんて信じられません。ドラマCDや、小説は人気があるから出るんじゃないんですか」
「シュージン、落ちつけって」
「でも、サイコー。アニメ化できないとかそんなのないだろ」
「服部さんの話をまずは聞こう。スポンサーがつかないことに理由があるんですか?」
シュージンが熱くなってくれた分だけ、僕は心を落ち着かせることができた。
どうにか再稼働を果たし、シュージンの腕を引っ張るようにして、前かがみになっていたのを正した。
「『PCP』は、リアルさが売りだ。子供がマネしかねない。今まで伝えていなかったが、実際に犯罪や悪戯を勧めるようなマンガはやめろという苦情が多く入っている」
「…………」
「…………」
知らなかったけど、そういう声が起きてもおかしくはないと思う。
それだけ、シュージンの考える話がよくできていて面白い。
「集英社がコントロールできる範囲なら、そういう苦情を受け入れることができる。もちろん、そういうマンガじゃない。そのつもりで世に送り出しているが、理解できない人から言われるのは仕方ないと思っている」
最終的には、マネする方が悪い。
これに尽きると思うけど、それだけじゃ世の中は回っていない。
「集英社はそれでいい。ただ、スポンサーにとっては、わざわざお金を出してマイナスに捉える人が出てくるというのは、大きなデメリットになる。『PCP』がアニメ化するのは、かなり厳しいと言わざるを得ない」
「そんな……」
「…………」
服部さんの説明は、僕達にとってかなりショックな話だった。
でも、言われてしまえば、納得するしかないようなものだ。
『PCP』の作風が、スポンサー受けが悪いから、アニメ化できない。
話は分かった。でも、だからと言ってどうすればいいんだろう。
シュージンが方向性を変えるって言い出したけど、僕も服部さんも反対した。
アニメ化するのが夢だけど、アニメ化のために『PCP』を犠牲にするのは違うはずだ。
でも、『PCP』を今の路線で続ける限り、アニメ化はできない。
どうすればいいんだろうか。
急に先行きが真っ暗になってしまった。
「…………」
「…………」
服部さんが帰った後も、しばらく言葉が出なかった。
夢が近づいているという実感があっただけに、一気に遠ざかったのが痛い。
このままじっとしていちゃダメだ。
次の話を描かないと。
分かっているけど、なかなか動き出すことができなかった。
シュージンも同じ気持ちみたいだ。
二人で黙ったまま、時間だけが経過していく。
「真城、大変」
「香耶ちゃん。今、大事な話し合い中」
「話してなかったじゃない。いいからテレビつけて、テレビ」
服部さんとの打ち合わせ中というので、隣の蒼樹さんのところに料理を作りに行っていた見吉が慌てて仕事場に飛び込んできた。
シュージンが静止するのを無視して、テレビをつける。
いったい何があったって言うんだろう。
『実は「少年ジャンプ」にこういうマンガがありまして』
見吉がチャンネルを回して、さくらテレビに合わせる。
夕方のニュースで、キャスターが『PCP』を紹介していた。
「え!?」
「なんだこれ」
戸惑うしかない。
『今回の事件は、このマンガを模倣したのではないかと……』
「はっ?」
「嘘……だろ」
こんな事ってあるんだろうか。
『PCP』で行った完全犯罪を模倣した犯罪が、実際にリアルでも起きてしまった。
『PCP』はアニメ化できない。
30分前に聞いた言葉が、現実であることを嫌でも知らしめてくる。
かつてない逆風が、僕達に襲い掛かってきていた。
シュージン、なんてフラグを立てやがった。