あれから三日。
模倣犯が現れた影響は、想定以上に大きかった。
自分の作った話が事件を引き起こしてしまっことに、シュージンが苦しんでいる。
ずっと家に籠っているらしい。しばらく顔を見ていない。
不幸中の幸いなのが、今週分の話が出来上がった後だったことだ。
来週以降どうなるのか先行きが見えないけど、とりあえず今週の原稿をあげてしまおう。
「…………」
今日からアシスタントが入ってくれている。
でも、仕事場の空気が重い。
あれだけ大々的に報道されたわけで、全員知っているみたいだ。
先週までは、絶好調で和気藹々としていた分だけ落差がひどい。
「僕は許せませんよ。『PCP』は、そんなマンガじゃないのに」
「そうですね。マンガはフィクションだというのが分かっていない」
「高木先生は、大丈夫なんでしょうか」
耐えきれなくなったのか、ムードメーカーの折原くんが不満の声を上げた。
それに便乗するように、他のアシ達が続く。
こういうとき、どうすればいいんだろうか。
「ありがとうございます。『PCP』は、そんなマンガじゃありません。僕は自信を持っています」
「ですよね」
『PCP』が犯罪助長マンガだって?
ふざけるなっていうのが僕の気持ちだ。
絶対にそんなマンガじゃない。これだけは自信を持っていえる。
「ただ、マンガを読んだ全ての人がそう思ってくれるのかどうかは分かりません。読者の受け取り方を強制することもできないとも思っています」
「そんな……」
服部さんに聞くまでは知らなかったけど、実際に悪戯が増えたとか、助長するなってクレームも前から入ったりしていたらしい。
そういうつもりはないし、だったらもっと直接的な犯罪者が出てくるマンガはどうなるんだって言いたい。でも、『PCP』の持っているリアルさがそういう声を大きくしているって言われてしまうと、反論するのも難しい。
そして、僕達側から「たかがマンガに影響されるなんて」とか言うことはできない。
僕達は命を削ってマンガを描いている。
その情熱は、誰かに影響を与えるパワーがあるはずだ。
マンガが誰にも届かないようなただの娯楽だったら、僕達はここまで頑張れていないし、おじさんだって死ななかったはずだ。
良い方向に影響が出ることもあれば、悪い方向に影響が出ることもある。
今回は、悪い方向に出てしまい、それが特に大きくなってしまった。
「悪く言う人もいます。でも、『PCP』を楽しみにしてくれている読者はもっと多いと信じています。僕達にできることは、シュージンが作った話をできるだけ良いマンガに仕上げることです。今週もよろしくお願いします」
どうにかまとめることができただろうか。
そこからは、作業に集中して何とか今日の仕事を終えることができた。
こういうときに、仕事場に見吉が居てくれないのが痛い。
見吉は、しばらく仕事場への出入りを止めて、シュージンに専念してもらっている。
その分、僕の食事事情とか仕事場の空気が犠牲になっているけど、今はシュージンの方が大事だ。
どうにか乗り越えて欲しいけど、どうなってしまうんだろうか。
「……コンビニにご飯買いに行かないと」
◇◇◇
「真城くん、大丈夫か?」
翌日、福田さんから電話が掛かってきた。
嘘をつくのは簡単だけど、隠し通すのは難しいので、素直に話すことにした。
「僕は大丈夫ですが、シュージンの方がちょっと」
「そっか。話を作ってる側の方がきついよな」
「でも、シュージンなら乗り越えてくれると思います。福田さんが心配していたって伝えておきます」
「何か力になれることがあれば言ってくれ」
自分たちで乗り越えるしかないことだ。
申し出はありがたいけど、頼めることは──1つだけ聞いてみるか。
「『KIYOSHI』は、暴力を助長するみたいな声はなかったんですか?」
「どうだろうな。あったかもしれねーけど、俺は聞いてない」
そりゃそうか。担当の耳に入ったとしても、わざわざマンガ家に伝えたりはしないだろう。僕達もこんな出来事が起きなければ、服部さんから聞くことはなかったはずだ。
「それに、マンガはマンガ、現実は現実だろ。マンガを理由にしようがなんだろうが殴る奴が悪い」
福田さんらしい、はっきりとした意見が今は心地よかった。
「新連載始まったばかりの忙しい時期にありがとうございます」
「万全の『PCP』と競いたいからな。頑張ってくれよ」
「それと……中井さんにもよろしく伝えてください」
「……やっぱ、気づいたか」
「1話読めば分かりましたよ。この背景は中井さんだなって」
福田さんの新連載の『GIRI』は、読切からかなりパワーアップしていた。
ロードレースの臨場感を描く上で大事な背景が、力強く描き込まれている。
すぐに中井さんが手伝っているのが分かった。
1話のアンケートは当然のように1位。来週の2話がどうなるかだ。
「真城くんに貰ったリンゴに住所書いてあったからな。押しかけてつれてきた」
「そんな人さらいじゃないですか」
そういえば、福田さんはダンボールごとリンゴを持って行ったんだっけ。
個人情報をはぎ取るのを忘れていた。
中井さんには申し訳ないけど、これでよかったと思いたい。
福田さんの職場は、男しかいないはずだ。
女性関係で失敗した中井さんがやり直す場所としては、ピッタリだと思う。
「下手すりゃ俺が描く主人公のマシンよりも、モブのマシンがかっこよくなるから困ってるんだ」
「全然ダメじゃないですか」
中井さんが本気を出してモブのマシンを描いたらそのモブが1位でフィニッシュしそう。
大御所の野球マンガ家が、ネームでは三振のつもりだったけど、あまりにもいい絵が描けたからホームランにした逸話みたいに。
でも、福田さんの気持ちは分かる。
中井さんにアシで参加してもらうとそういうジレンマと戦わなければならなくなる。アシの絵が上手すぎるのも困りものだ。
「2話も1位、3話も1位でぶっちぎっていくから、よろしく」
「負けませんって言えたらいいんですが、どうにか食らいつきますよ」
なにはともあれ、中井さんの現場復帰は、沈みがちだった中での嬉しい出来事だった。
ライバルは強くなっている。それなのに、僕達だけが足踏みしている。
不安を抱えつつ、食事を買いにコンビニまで向かった。
まさか、週一のリリカのご飯を楽しみにする日が来るとは思わなかった。
◇◇◇
結局、福田さんは3話までで1位、2位、3位となかなかの好スタートを切った。
一週遅れで始まった高浜さんは、1話目2位、2話目が5位と福田さんほどの結果は出せなかったけど、『BBケンイチ』と比べたら順調なスタートと言える。
それと比べると僕達は、6位、8位、9位と明らかに順位が落ちてしまった。
二桁が迫っている。
シュージンは、遅れたりしつつも何とか話を作っている。
でも、残念ながら騒動前のキレはなくなってしまっていた。
どことなく犯罪に繋がりかねないものは避けた、置きにいった話だ。
読者の目は確かで、しっかりとそれが順位に反映されてしまったと思う。
「真城ー、秋人さんがこのままだと……」
「無理やりにでも寝かしつけて。遅れても、こっちでカバーするから」
シュージンに、つきっきりになっている見吉からの電話が増えた。
最近は、ほとんど眠れずに話作りと向き合っているらしい。
僕も心配している。
でも、シュージンが弱音を僕に吐かない限り、僕からシュージンに何かを言う事はできない。
『TRAP』の時は、僕がぶっ倒れるまでワガママを通させてもらった。
シュージンが苦しみながらも、話を作り続けている限り、僕からストップをかけるなんてできない。
本音を言ってしまえば、シュージンが体調を崩すくらいなら『PCP』を休んでもいいとは思っている。
実際に、服部さんからそういう提案が出ていた。
でも、それをシュージンは蹴って話を考えている。
それなら、僕はそれに付き合うだけだ。
話が遅れるくらいなら、作画の方でカバーすればいい。
5日かけていたものを4日で描けば、話作りに使える日が1日増える。
『TRAP』の頃と比べれば、体調にも問題はない。
しばらくは、無茶だってできる。
「……せめて、アニメ化しないって聞かされる前だったら……」
結果として、ダブルパンチを食らってしまった。
タイミングが悪過ぎた。
今、このタイミングで『PCP』を終わらせることは絶対にできない。
アニメ化は大事だけど、それ以上に『PCP』も大事だからだ。
今、終わらせてしまうとアニメ化が無理だから終わらせたって思われかねない。
アニメ化するのは、僕達の夢だ。
アニメ化を目指して頑張ってきた。
でも、だからといって、アニメ化のためだけに連載してきたわけじゃない。
アニメ化しないって聞いた時はショックだったけど、『PCP』に対する気持ちが揺らいだわけじゃない。
終わらせて次の連載を狙う、みたいなのは嫌だ。
『PCP』も頑張る。そして、アニメ化もどうにかする。
それを次の目標にしたい。
今日もコンビニご飯を買いに行こう。
そろそろ全種類コンプリートができそうだ。新作が欲しくなる。
◇◇◇
「マジか……」
ギリギリの綱渡りをこなして、連載を続けていたけど、ここに来て第二の事件が起きてしまった。
しかも、前回の『PCP』の模倣は、あくまでも事件を報じた人達の予測でしかなかった。今回は、わざわざ『PCP』という名前まで残した犯罪だ。
これで、本当に犯人が『PCP』に影響されて事件を起こしたことが確定してしまった。
シュージンは、大丈夫だろうか。
「…………行こう」
じっとしていても、始まらない。
シュージンの話作りに口を出すつもりはなかったけど、ここまで来てしまったら動くしかない。
原稿を描く時間が減るけど、どうにでもなるはずだ。
仕事場を飛び出して、シュージンの家へと向かう。
「真城」
出迎えてくれた見吉は、涙目だった。
だいぶ見吉も弱っているみたいだ。胸が痛む。
でも、今は見吉の相手をしていられない。
「シュージンは?」
「ニュースを見た後、部屋にこもったまま出てこない。さっきまでずっと『くそー』って大声で何度も叫んでて、でも開けるなって言われてて、それで……」
今回の事件で一番悔しいのは、シュージンだ。
かなり追い込まれているみたいだ。
「今は?」
「……真城が来る少し前に、叫び声はしなくなったけど……」
「分かった。シュージンの部屋は奥で合ってる?」
「でも、開けるなって……」
「大丈夫。僕は開けるなって言われてないから」
『PCP』に影響を受けて、犯罪行為に手を染めたことを許せない。
『PCP』はそんなマンガじゃないし、PCPは、そんなことをしない。
マンガを読んで楽しむ人もいれば、こんなことをしでかす奴もいる。
じゃあ、影響を与えた僕達が悪いのか。
一切悪くないとまで言うつもりはない。
『PCP』が無ければ、起きなかった事件だと思う。
それでも、どれだけ影響を受けたとしても、最終的に悪いのは、実行に移してしまった奴だ。そうに決まっている。
より直接的な暴力を描いてきた福田さんが、背中を押してくれたのがありがたい。
そんな奴のために『PCP』を終わらせたりはしない。
『PCP』がどんなマンガなのかを、はっきり示すべきだ。
「シュージン」
「サイコー」
これが正解なのかは分からない。でも、今の僕に思いつくのはこれしかなかった。
「「模倣犯の話」」
「「!」」
二人の声がはっきりと重なった。
周波数がバッチリだ。
「今、書いてたところだ」
「シュージン」
シュージンの顔は、諦めた顔じゃなかった。
苦しんでいるだけじゃなかった。
怒っているけど、それ以上にやる気に満ち溢れた頼れるシュージンの顔だった。
「こんな犯罪者には負けねえ。読者にも犯罪者にも『PCP』がどんなマンガなのかを分からせてやる」
なんだ。僕のアドバイスなんて、いらなかったか。
シュージンは一人で、僕と同じ考えに辿り着いて、既に行動に移していた。
さすが、頼りになる相棒だ。
とんだ無駄足だったかもしれない。
でも、シュージンの顔が見れただけでも、ここに来た甲斐があったと思う。
もう大丈夫だ。安心した。
◇◇◇
模倣犯を扱ったこの回で、シュージンは復活を果たして、僕達は最前線の人気争いに復帰する事ができた。