服部さんとの打ち合わせは、概ね上手くいった。
シュージンと練り上げたネームは、服部さんを面白いと唸らせるだけのもので、高校在学中に連載したいという想いをぶつけることに成功した。
ただし、在学中に連載に持ち込むには、条件が出された。
1、金未来杯で結果を出す事
2、2週間に1度ペン入れまで済ませた19ページのマンガを服部さんに渡す
連載の予行練習みたいなもんだ。
正直言えば、かなり厳しい条件だ。
けど、高校に通いながら連載を持つとなると、たぶん、それ以上の密度で原稿を仕上げていかなければいけない。
これくらいはクリアしないと、両立なんて無理なんだと思う。
ただ、考えてみてほしい。
元々、半年で用意したネームが8本とネーム未満のネタ出しが3つだ。
単純に計算すれば、26週間で8本+アルファのネームを作った事になる。
つまり、1本あたりに3週間以上かかっている計算だ。
もちろん、半年間の前半は、主人公以外のキャラクターを考えたり、世界観を作ったりとかがあったわけで、後半になればなるほどペースは上がったので、そう単純なものではないけど。
ネタ出し3つ分の貯金も上手く使わないと、到底達成できそうにないペースだ。
2週間に1本のペン入れは、当然、事前に服部さんにネームを見てもらって、許可が下りたものでなければならない。
連載作家なら担当の方から顔を出してくれるけど、今の僕達にそんな好待遇が与えられるわけもなく、2週間に1度集英社に足を運ばなければならないのも、地味に大きなロスとなる。
頭の痛い問題だった。
というわけで、2年に上がるのと同時に修羅場がスタートしていた。
学校から仕事場に直帰して、夜までマンガを描く。
家に帰って飯・風呂を済ませて、朝方までマンガを描く。
朝になってから軽く寝て、登校して、授業中にガッツリ寝る。
マンガを描けない授業中が貴重な睡眠時間になりつつある。
堂々と寝ているせいか、注意すらされなくなってきた。
木曜日だけは、家でしっかり寝て、金曜と土曜は仕事場に泊まる。
シュージンも泊っているので、交互に仮眠を取りつつも、週末は描けるだけ描きまくる。
ご飯を買いに行く時間すら惜しんで、仕事場に籠っている。
ネームが完成している1話の原稿のペン入れだけなら1週間あれば、なんとかなることが分かった。
ただ、次回のネームの清書、金未来杯のネームとその原稿を平行させるのが厳しい。原稿と原稿の合間に金未来杯を進めているけど、このペースで間に合うのかが不安だ。
余裕なんか一切ない。
結局、作業に追われて没頭するしかなかった。
食事は、ネームに詰まったシュージンが気分転換に買いに行ったり、見吉が買ってきてくれたりだ。
見吉が仲間になってくれて、本当によかったと思う。
「真城、あんたしっかり食べなさいよ。食事でおにぎり1個は、あたしが許さないから」
「分かってるって……」
小うるさいのが、うざいけど。
見吉は、おかんか。
亜豆からも、あんまり無理し過ぎないように、体調管理を頼まれているらしい。
つまり、体調を崩したらすぐに亜豆に連絡がいくシステムだ。
亜豆に心配させないためにも、体調管理も大事だな。
ちょっと体調を崩したら、それだけで破綻して、間に合わなくなるスケジュールだし。
月曜日は、隔週で服部さんの元へと通い、その回のペン入れした原稿を渡し、次回のネームをチェックしてもらう。
その前日の日曜日は、毎回大荒れだ。遅れているときは、金曜日の晩からほとんど眠らずに、原稿につきっきりというありさまだった。
夕方までかかって、何とか、明日持って行くものを用意することができた。
やりきった。燃え尽きた感がある。
「終わったーーって、あれ? シュージンは?」
「高木は、ネーム終わったから家帰って寝るって。分かったって言ってたのに、全然分かってないじゃない」
「ごめん……半分寝ぼけてたのかも」
「で、どうするの?」
「スッキリしたい」
「正直でよろしい」
とりあえず、今回分の原稿とネームは終わった。
頭も心も性欲もスッキリしよう。
明日からはまた地獄の日々が始まるんだから。
「見吉」
「真城」
「「バクマン(手)」」
たまに、こんな日があったりするから、見吉が仲間になってくれて、本当にありがたい。
◇◇◇
6月20日 月曜日。
5回目の原稿と次回のネームの納品をしに、集英社まで足を運ぶ。
今回は、本当にやばかった。
原稿が完成したのは、今日の朝。登校時間ギリギリだった。
金曜日からの寝ずの3徹だ。太陽が黄色く見える。
金未来杯のエントリーが決定して、気力が充実していたおかげで乗り切れたが、2週間後は大丈夫だろうか。
エントリーする以上、金未来杯の原稿もより良いものへと仕上げなければならない。これからは、2週間に1度に加えて、その締切も迫ってくる。
不安しかないけど、やるしかないか。
授業中に寝たおかげで多少は体力を取り戻し、ふらつきながらも駅からの道をシュージンと歩く。
「えっ」
半分眠った状態で、ほとんどシュージンに自動操縦されてるような足取りだったけど、あるものが視界に入ってきて、一気に目が覚めた。
凄腕のアシスタントこと、中井さんだ。
中井さんだけならここまで驚かないけど、美人ともカワイイとも言える20代前半くらいの女性と一緒に居たら話は別だ。
中井さんに一体なにが起きた。
壺でも買わされてるんだろうか。だとしたら止めないと。
「春が来たみたいじゃん」
「それならいいけど、中井さんだからな。何かに巻き込まれてるとかじゃ」
「そ……そうか」
男女が2人でお茶。
ぱっと見るだけなら、シュージンの言う通りカップルに見えなくもないけど、不釣り合いで、バランスが取れていない。
せめて中井さんが連載作家なら、こういう事もあるのかもしれないけど、まだエイジのアシスタントを続けているはずだ。CROWを読む限り、中井さんが居なくなったとは、考えにくい。
エイジの場合は、自分で中井さん並の背景を描けるようになってても驚かないけど、いくらエイジでもまだ高校生。自分で背景まで描くような余裕はないはず。
と、騒いでいるのが見つかったのか、中井さんの方から声をかけてきて、同席する事となった。
打合せまでは、時間があるから問題ない。
「去年ストキンの準キングをとった蒼樹紅さん」
よかった。変な詐欺とかじゃなかった。
って、ストキンの準キングでずっと作画を探していた!?
聞き覚えのあるワードだ。
去年、シュージンと解散中に、コンビ解散したなら準キングが作画を探してるからやらないかって編集から声をかけられたっけ。
こんな綺麗な女性だったんだ。
早く言ってくれれば、コンビを組んだのに。
いや、僕にはシュージンと見吉が居る。この3人で良かったと思いたい。
「亜城木さんでしたか、私は「この世は金と知恵」いいと思いませんでした」
自己紹介をすると、いきなりぶった切られた。
それにしても、蒼樹さんは見た目通りの可愛らしい声*1だ。俗にいうヒロインボイスって奴だろうか。
この見た目でクールにぶった切る。ドSキャラか。
「…………」
中井さんと意外とお似合いなのかのもしれない。
打合せの時間が迫ってきたので、中井さん達とは別れた。
なお、コーヒーは自腹だった。
最近、コンビニ飯の出費が多いから地味に痛い。
そういうところだぞ、中井さん。
金未来杯のエントリー作品は、中井さんから聞くことができた。
福田さん、中井・蒼樹ペア、僕達、間界野昂次の4組で争うようだ。
福田さんの読切は、文句なく面白かった。
中井さんの絵の力は本物だ。これに原作がついて仕上げるとなると強敵になりそうだ。
間界野昂次は、正直、読切を読んでもシュール過ぎ、てイマイチ分からなかった。
金未来杯にエントリーされたって事は、光るものがあるんだろう。
「中井さん蒼樹さんに惚れてね?」
「ぞっこんに見えた」
「だよなー。あれで蒼樹さんと上手くコンビやっていけるのかな。言いなりじゃん」
「原作側がリードで問題ないと思う」
「……俺、あんまりリードできてる気がしないんだけど」
「……すまん」
確かに、話を考えるのはシュージンだけど、よりよくするためにアレコレと口を挟みまくってる。色々と迷惑をかけてるな。作品をよくするためだから、やめる気ないけど。僕の意見が絶対に採用されるってわけじゃないし。
話し合うのは、悪い事じゃないはずだ。
中井さんの場合は、中井さんは話を考えるのが得意ではないらしいので、任せてもいいと思うってだけで。
僕もコンビ解散中にネーム1本も描けなかったのは、まあそれはそれで。
自分の事を棚にあげる事もある。