模倣犯騒動から半年が経過して冬になった。
騒動には困ったけど、嬉しい誤算もあった。
シュージンの話作り待ちで、作画時間が削られてしまった。その分だけ待機中に練習したり、いつもより短期間で描き上げたりした結果、作画スピードをアップさせる事に成功していた。
1年以上連載を続けて慣れたのもあるけど、最近は金曜日ではなく木曜日には余裕を持って上がるようになってきている。
時間に余裕が作れるようになったので、車の教習所に通って、無事に運転免許証を取得することができた。
去年は取ろうかな、だけで考えて終わっていたのを思えば、大きな進歩だ。
なお、オートマ限定だ。
某読切漫画みたいに、急に隕石が落ちてきてマニュアル限定の古代ロボットに乗って戦うみたいなことは起きないと思いたい。
とはいえ、まだ車は持っていないし、買う予定もないのでこのままだとペーパードライバー一直線だ。
定期的に、実家の車を借りて、運転の練習でもしとかないとやばそう。
実家との往復の足として車を考えたけど、ただでさえ運動不足になりがちな職業だけに、自転車通勤をしばらく続けたいと思う。
マンガ家って職業は自営業で、地味に身分証明がめんどくさかったので、運転免許を手に入れてそれが楽になったのが一番の収穫かもしれない。
シュージンは大学生だから学生証で問題なかったけど、僕にとっては結構切実な問題だった。
僕の身の上話は、こんなところだ。
シュージンが復活してからは、順調に上位争いを続けている。
福田組プラス高浜さんを加えた連載状況は、こんな感じだ。
『CROW』 常に3位以内をキープ。
『ロードレーサーギリ』 常に5位以内をキープ。
『PCP』 5位前後をキープ。
『+Natural』 7位前後をキープ。
『正義のミカタ』 一桁をキープしつつ、解決編は5位前後に食い込む。
『青葉の頃』 一桁と二桁を行ったり来たり。
『ラッコ11号』 打ち切り決定。
『+Natural』が、連載開始当初と比べたらやや勢いが落ちつつある。
そして、それ以上に落ちてしまったのが『ラッコ11号』だ。
アニメが終了して、ブーストも消えた結果か、露骨に人気が下がってしまったらしい。
福田さんの元でアシをしている中井さんを含めて、ようやく福田組の全員が揃ったと思いきや、その状態は半年も続かなかった。
それだけジャンプで連載を続ける事が過酷なんだろうけど、ちょっと寂しい。
リリカと平丸さんの仲は、初顔合わせと、それとは別でお茶会が2回開かれたらしい。
半年で3回しか会っていないのは少ないと思うけど、僕は人の事を言える立場じゃない。それに、連載中はどうしても忙しいので、連載が終わったこれから増えていくのかもしれない。
リリカが言うには「変で、面白い人」っていう認識らしいので、上手くいくことを願うばかりだ。
平丸さんからは「真城氏。あんなに可愛い子を紹介してくれてありがとう」とお礼を言われたので、互いに悪くは思っていないようだ。
……なんだよ、真城氏って今まで亜城木くんか、真城くんだったのに。
それだけ感謝しているという表れなんだろうか。
連載が終わったのに、あまり悲壮感を感じない平丸さんだった。
むしろ本人はこれで休めるって喜んでる節があるから怖い。
もう一度連載する気はあるんだろうか。吉田さんの操縦術に注目したい。
一方で人気よりも動きがあったのが一人。
「ドラマ化おめでとうございます」
「ありがとうございます。初めてのことでよく分かっていませんけど」
蒼樹さんだ。
『青葉の頃』が実写ドラマ化されることが決まった。
放送は来年の夏が予定されている。
「担当の人はなんて言ってるんですか?」
「プロに任せましょうって」
「なるほど……」
マンガと実写化はややこしい関係だ。
アニメ以上に当たりはずれが激しい印象がある。
となると原作側でコントロールしたくなるのが心情だけど、そんな時間もなければ、マンガと実写の勝手の違いなんて分からない。
というので、担当の言う通り、プロに任せるというのは正しいと思う。
「プロに任せて、完全にノータッチがいいのかもしれません」
「ノータッチですか?」
「一切かかわらない、気にしない」
「私の作品なんですが……」
「それでもです。ありきたりな表現ですが、嫁に出したと思いましょう」
それが妥当かどうかは分からないけど、中途半端が一番怖い。
作品は、自分の子供だ。でも、手放すしかないときがある。
シュージンは、ドラマCDも小説も手掛けていたけど、あれは亜城木夢叶が二人組で余裕があるからこそできた部分が大きい。
少なくとも僕一人なら無理だったと思う。
仮に僕が一人だったら、完全犯罪がイマイチだったり、キャラクターがちょっと違う感じの作品が世に生み出されたわけだけど、それを気にしていたらダメージを受けてしまう。
自分の中でなかったくらいの勢いでスルーするのも自己防衛だ。
もしくは、いっそのこと断る。
いや、ダメか。亜豆さんにドラマCD版のヒロインをやってもらえたのは最高だったし、断ったりとかはできない。
難しい問題に悩まされたのかもしれない。
シュージンが居てくれて助かった。
本当にシュージンには感謝だ。
「分かりました。やってみます」
何もしないという選択を生真面目にやるという蒼樹さんがちょっとおかしかった。
そして、声が可愛かった*1。
まあ、真面目な話はこんなもんでいいか。
そろそろ本題に入ろう。
今日は週に一度のお楽しみ。蒼樹さんとのアレの日である。
回数をこなした成果か、最近の蒼樹さんは艶めかしさが増しており、否が応でも盛り上がってしまう。
押されることも多くなってきたので、今日こそは主導権を取り返したい。
気合を入れて、蒼樹さんと向き合う。
「蒼樹さん」
「あ、今日はごめんなさい」
が、空振りに終わった。
◇◇◇
「で、何があったんですか?」
「少しは興味を示してくださいよ」
加藤さんが非難めいた目で見てくるが、知ったこった。
不満があるのはむしろこっちの方だと言いたい。
というのも、いざ蒼樹さんに手を出そうとしたところで振られてしまったのは、加藤さんのせいだからだ。
蒼樹さんのところでチーフアシスタントを務めている加藤さんがどうにも何か悩んでいるらしい。だから、相談に乗って欲しいと頼まれて今に至る。
興味がないわけではないけど、女帝である加藤さんの悩みに踏み込むのはちょっと怖い。
蒼樹さんに振られた恨み込みで、引いたスタンスになってしまうのは仕方ないと思う。
「といわれても、加藤さんの悩みとか想像できないですし」
これは本音だ。
加藤さんが悩む内容に心当たりがない。
分かりやすく意思表示を示すように溜息をついてから、加藤さんは語り始めた。
「実は……」
「実は?」
「生理が来ないんです」
「おめでとうございます。夫となる方と仲良くしてください」
「真城さん以外としてませんよ」
僕としかしていないというのは半信半疑だ。
「で、冗談はおいておいてどうしたんですか」
「冗談じゃないです」
「加藤さんのことは信用してますから」
性に関しては安心安全任せてオッケーの加藤さんだ。
その点は誰よりも信用できる。
具体的には、ダイの大冒険のバランの強さ並の信用度だ。
はあって溜息をつかれてしまったが、溜息をつきたいのはこっちだと思う。
諦めたらしくようやく加藤さんは本題に入った。もちろん妊娠は冗談だった。
「実は、リリカが初仕事が貰えそうなんです。名前もないモブみたいですけど」
「おめでとうございます。って別にいいことじゃないですか」
今は声優事務所の養成所に通っているはずで、オーディションとかも受け始めているとは聞いていた。
その中の1つで仕事が決まったらしい。
「そうなんです。いいことなんですよ」
「それが悩みなんですか?」
「性格が悪いとか思わないでくださいね」
いや、今更でしょ。性格が悪いの含めて加藤さんの個性なんだから。
「リリカは見吉さんから免許皆伝をもらって、平丸さんとの仲も進んで、声優としての夢も歩き出してます。それに比べて私はこのままでいいのかなって」
「…………」
「リリカが上手くいっているのは嬉しいんです。でも、私は置いて行かれてるって気持ちもあって……言葉にするのが難しいんですけど」
「いえ、大丈夫です。伝わってます」
なるほど。
あれだけリリカのことを可愛がっていた加藤さんだ。
そんなリリカがいざ自分の手を離れて独り立ちしそうになると、感情を持て余しているのかもしれない。
「加藤さんはどうしたいんですか?」
「リリカの応援がしたいです」
「いえ、リリカのことを抜きにして……加藤さんはどうして漫画家のアシスタントになったんですか?」
この質問から始めないとダメだろう。
「それは、昔からマンガが好きで、でも自分で描くほどの才能はなくて、それでもマンガに関わりたくて、アシスタントとしてでも関わることができたら、と」
「そこなんですよね」
「え?」
「アシになった当時の加藤さんがどうだったのかは分かりません。でも、今の加藤さんならマンガを描けると思いますよ」
「…………」
もともと発想が豊かで面白い人だ。
絵の技術に拙い部分があったものの、小河さん中井さんとスーパーアシ2人の下で働くことによって、順調に技術を伸ばしている。
今では蒼樹さんの漫画に欠かせないチーフアシスタントだ。
「リリカに置いて行かれるって思うのなら、加藤さんも一歩踏み出してみるしかないんじゃないですか」
「私がマンガを」
「描ける力がないって最初から諦めるのは、もったいないと思いますよ」
「…………」
加藤さんは自分の両手を見つめている。
ペンだこのついた漫画家の手だ。
その手は、どれだけ絵を描いてきたのかを示している。
やっていることはアシスタントだったとしても絵を描いてきたことに代わりはない。
「何か描きたい題材とかないんですか?」
「あるといえばあるんですけど」
「それならそれを描いてみたら良いと思います」
「本当にいいんですか?」
「受ける受けないは別にしても、描くだけなら自由に描いていいと思いますよ」
それがマンガの良いところだと思う。
好きなものを表現できる。
もちろん連載したいとかあるなら別だけど、最初に描くのなら好きな題材で自由に描けばいいはずだ。
「分かりました。私の描きたいマンガは、尊敬する亜城木先生です。描いてもいいですか?」
僕達みたいなマンガを描きたいのか。
それは、ハードルが高い気がする。
シュージンがあっての亜城木夢叶で、僕一人じゃ描けないし。
シュージン並に話を作る才能が加藤さんにあるのかどうか。
でも、挑戦するだけでも前向きになるのなら、応援しよう。
そもそも許可が必要なものじゃないしな。
「分かりました。頑張ってください」
「本当ですか!? ありがとうございます。真城さんが責めで高木さんを受けにします」
「え!?」
「亜城木先生のマンガ、ずっと描きたいって思ってたんですよ。頑張ります」
亜城木先生のマンガってそういうこと!?
ずっと思っていたとか、ぞっとするような発言は、やめてくれ。
「応援できるか、却下だ却下」
「そ、そんなー描きたいものを描けばいいって言ったじゃないですか」
「生モノは、本人にバレないところでやってください」
「いけずです」
自分出演の生モノを描いてみましたって渡されてもリアクションを取れる自信がない。
加藤さんはやっぱり、加藤さんだ。
ずっとアシスタントで頑張って欲しい。
こんな感じで1年が過ぎ去っていった。