今年の新年会は、つつがなく終わった。
連載終了が決まった平丸さんも、まだ最終回掲載前ということで参加だ。
平丸さんがどうなることかと思ったけど、仕事が終わることがかなり前向きだったらしい。
解放感からか自由度が増していて、うん、いろいろとすごかったとだけ。
シュージンは平丸さんと一緒に二次会まで参加だ。
去年は模倣犯騒動で何かと大変だっただけに、今日くらいはゆっくり楽しんできて欲しい。
見吉に怒られない範囲で終わることを願いたい。
僕は遠慮して大人しく仕事場に戻って、仕事の続きだ。
見吉との日ではなくなってしまったけど、さすがにもう寂しくて泣いたりはしなかった。
◇◇◇
2月のある日。
明日は朝から雪が降るらしい。大人しく仕事場に泊まることに決めて、一人で原稿を描いていると、加藤さんが押しかけてきた。
手には何やら紙の束を抱えている。
「できました」
「BL本なら受け付けませんよ」
「失礼ですよ。私をなんだと思ってるんですか」
ぷんすかって効果音がつきそうな古い怒り方をする加藤さん。
去年の加藤さんのセリフを聞かせてあげたいけど、それで余計な方向に火がつくのが怖いからやめておこう。
「今の私にできる精一杯を描いてみました」
「読んでみます」
正月休みを使ったりしながら、アシスタントの合間をぬってマンガを描いてきたらしい。
自分でアドバイスしておいてアレだけど、まさか本当に描いてくるとは。
加藤さんのガッツに驚かされつつ、原稿に目を通していく。
タイトルは、『マンガ家だって大変だ』か。
この時点で嫌な予感がしたけど、乗り掛かった船だ。とりあえず最後まで読んでみるか。
「……面白い」
「本当ですか。では、出版社に持ち込みを」
「ってできるわけないでしょう!」
思わず声を荒げてしまった。
話の内容としては、中堅マンガ家のアシスタントである主人公が仕事中に起きる様々なできごとに、ツッコミを入れていくものだ。
分類としては、エッセイマンガになるのかもしれない。
アシスタントの経験を活かして、マンガ家あるあるから、そんなことあったなぁっていう実際のトラブルを面白おかしく取り上げており、笑える仕上がりになっている。
が、それだけではない。
「原作と作画のコンビで、作画担当が原作担当と付き合っている彼女とストレス発散のためにやっている、とかダメでしょう」
「そんなー。本当は原作と作画でストレス発散だったんですよ。真城さんがダメだっていうからそういう形にしたのに」
「たしかに、却下って言いましたけど」
シュージンと僕が合体されても困る。
だからといって事実を描いてどうする。
こんな特級呪物を誕生させるな。シュージンの目に入ったらどうするつもりだ。
「それだけじゃ飽き足らずに、アシスタントやマンガ家仲間やアシスタントの友人の未成年に手を出すって、ただの鬼畜じゃないですか」
「自覚なかったんですか?」
「未成年に手を出したのは、あんたのせいでしょうが」
当時未成年のリリカに手を出したのは、本当に反省事項だ。
これは、加藤さんが悪い。
無実とは言わないまでも、知っていたら絶対に手を出したりはしなかった。
人妻と未成年は、ダメ、絶対。
「その原稿、シュレッダーか焼却かどっちがいいですか?」
「さらっと抹消しようとしないでくださいよ」
「それはこの世にあってはいけないものです」
「どんな扱いなんですか。普通に持ち帰りますよ。誰にも見せられませんけど」
原稿用紙をどうにか処分したかったけど、加藤さんに抱きしめるように持たれてしまうと奪うことはできなかった。
「はじめて描いたマンガなんですよ」
「そう言われると処分は諦めますけど」
ふと、ふたつの地球をはじめて描き上げた日のことを思い出してしまった。
マンガ家としての第一歩が始まるんだってワクワクしたっけ。
今読み返したら、全然ダメだと分かるけど、当時はこれ以上のものは描けないってくらいに自信作だった。
加藤さんのマンガは危険ではあるけど、処分するのは可哀そうか。
まあ、加藤さんなら迂闊にうっかりとかはしないだろう。そこは信用できる。
「それで、マンガを描いてみてどうでした?」
「そうですね。やっぱり私はマンガ家には向いてないと思います」
「……ネタはアレですけど、僕はこの作品面白いと思いますよ」
僕の自爆ネタだってところを無視すれば、十分よくできたマンガだ。
フリからオチまでが丁寧に描かれていて、加藤さんの性格が出ている。
アシ歴が長いだけあって、絵にバラツキがなくまとまっているのもいい。
ネタがアレなだけで面白かった。
本当にアレなだけで。
「何を描こうかって考えたときに、私は実際に経験したことしか書けないって分かったんです。だからこういうネタに走るしかありませんでした」
「…………」
「マンガ家ってどこかで0から1を生み出せないとダメなんだと思います」
「経験したことだけを描いてもいいと思いますよ。事実を面白おかしく描けるのも才能です」
「いやー、私の経験したことってアレなことばかりですから」
それを良い笑顔で言われても困る。
オタサーの姫でサークル内の人間関係をぐちゃぐちゃにしたり、ハプニングバーに通ったり、どこかでSMの技能を習得したりか。
みこ〇り半劇場なら向いてるんじゃないか。
という言葉は飲みこもう。たぶん誉め言葉にならない。
「でも、描いてみてスッキリしました。私に出来ることと出来ないことが分かっただけでも、挑戦してみてよかったです」
「それならいいんですが……」
「私は、アシスタントとして頑張ります」
「そうしてくれるとマンガ家としては助かります。加藤さんほど頼りになるアシスタントは、なかなかいませんからね」
そういえば、リリカが前に進んでいるのに、このままでいいのかってのが発端だっけ。
加藤さんが前向きになれたのなら、特級呪物にも意味はあったのかもしれない。
「そんな、私なんてアシとして全然ですよ。中井さんとか小河さんとかと比べたら」
「その二人はたしかに実力は抜きんでてると思いますが、僕は加藤さんもアシスタントとして負けていないと思いますよ」
「え?」
加藤さんは、自分のすばらしさをよく分かっていないらしい。
ここはしっかり説明しておこう。
「加藤さんの漫画に対する責任感。週刊連載をするうえで、それに助けられる部分は大きいんです」
「責任感ですか」
「毎週決まったペースで漫画が仕上がるのなら、小河さんの方が上だと思います。でも、週刊連載は、そんなに上手く回りません。加藤さんの描いたこのマンガに描かれているように、色んなトラブルとの戦いになります」
「…………」
「ペン入れが一日遅れて、土曜に上がる予定が日曜までかかるようになったとき、加藤さんはどうしますか?」
「それは、日曜日にもアシに入りますよ」
「そこです。小河さんは、漫画に対してさめているというか仕事は仕事だって割り切っています。家庭持ちというのもあって、家庭よりも仕事を優先してくれることはありません。予定が遅れたマンガ家が悪いので、そこを責めることもできません」
小河さんといえば、良くも悪くもプロフェッショナルだ。
決められた時間内では最大限の力を発揮してくれるが、時間外労働は頼みにくい。
多少は融通を利かせてくれるけど、あまり無茶はさせられない人だ。
「中井さんは中井さんで女性関係に弱くて波が出ますので、あてにしてしまうと高浜さんみたいになりかねません」
中井さんが仕事場を放棄したのは、加藤さんが当事者として知ることだ。
ただ、今現在アシをしている福田さんのところは女性アシスタントがいないはずだ。
それを抜きにしても、福田さんなら中井さんをどうにかコントロールできるのかもしれない。
僕が中井さんを頼ったのは、『TRAP』が終わる末期の一定期間だからどうにかなったけど、継続して中井さんをアシとして使おうとは思わない。
「加藤さんは、仕事を任せれば、時間に縛られることなく、波を出すこともなく安定して力を発揮してくれます。そういうアシスタントが一人いてくれるだけで心強いですよ」
それが加藤さんに対する本音の評価だ。
蒼樹さんのチーフアシじゃなければ、復帰してもらいたいくらいだった。
「それって、独身だしプライベートが充実してないから便利ってことですよね」
「…………」
気づかなくていいところに、気づかなくても。
「否定してくださいよー」
「加藤さんは最高に便利なアシスタントです」
「ぜんぜん嬉しくありませんよ」
そりゃそうだ。
「でも、信頼してくれてるってのは分かりました。だから、便利なアシスタントらしく便利に使われますよ」
そう口にすると加藤さんは僕の衣服を脱がしにかかる。
本人がその気なら、便利に使わせてもらおう。
「加藤さん」
「真城さん」
「「バクマン(バクマン)!!!」」
加藤さんは最高のアシスタントだ。
◇◇◇
4月に入って、蒼樹さんの『青葉の頃』のドラマがいよいよスタートする日となった。
その1話の放送を蒼樹さんの部屋で二人で見る。
中井さんがモチーフのデブ体育教師をイケメンアイドルが演じていて、吹き出しそうになった。
非モテが必死だからよかったのに、イケメンにしてしまうと台無しだ。
とはいえ、全体の出来としては、原作通りとは言わないものの原作の良さを活かした作品として仕上がっていたと思う。
本当に、なぜデブだったキャラをアイドルが演じているんだってところだけがもったいない感じだ。
まあ、この出来なら原作者の蒼樹さんもホッとしたと思う。
エンディング画面から蒼樹さんに視線を移すと、真剣な表情で何かを考えていた。
どうしたんだろうか。ドラマの出来は悪くなかったと思うのに。
僕の方からドラマの感想を伝えるのをやめて、蒼樹さんの反応を待つ。
エンディングも終わり、コマーシャルに入ったところで蒼樹さんは画面を消した。
「真城さん」
「はい」
「1話を見て、踏ん切りがつきました」
「え?」
「青葉の頃の連載を終わらせたいと思います」
そして、4月の連載会議で『青葉の頃』の終了が決まった。