あれから、間界野昂次の正体が人気ミュージシャンってことが判明したり、それに対抗して福田組(福田、亜城木夢叶、中井さん達)で編集部に乗りこんだり、ネームを見せ合って刺激を受けたりしつつ、金未来杯の原稿を仕上げた。
服部さんも褒めてくれたので、良いものが描けたと思う。
金未来杯のエントリーが決定した時点で、2週間に1度の原稿はストップとなったので、だいぶスケジュールは緩和されていた。
これなら、2週間に1度の原稿を描いてる時に、並行して金未来杯の原稿に取り掛からなくても間に合ったくらいだ。
修羅場を経験できたことが良かった、と前向きに考えたらいっか。
これで賽は投げられた。あとは、結果を待つだけだ。
8月上旬、福田さんの原稿が載ったジャンプが発売された。
「福田さんのアンケートどうだったんだろう?」
「聞けば教えてくれるかもしれないけど、俺達は俺達にできることやろうぜ」
「連載用ネームか。なんかこう宙ぶらりんだと、気になって集中できねー」
気持ちは分かる。
でも、金未来杯で結果が出れば、次は連載会議が待っている。
そこに少しでもいい連載用ネームを提出できるように、時間をかけて練り込まないと。
金未来杯がゴールじゃない。むしろ、獲ってからスタートと言えるくらいだ。
お盆休みを挟んで2週間後。
ついに、僕達の作品がジャンプに載った。
こうして紙面で読めるのは、何回載っても嬉しい。
亜豆からも面白かったってメールが来たから、間違くなく傑作だ。
「絶対1位だよコレ」
「亜豆はその辺お世辞とか言わなそうだしな」
「アンケートハガキも出してくれたって」
「へー、そういう事しなさそうなのに、意外だな」
「高木ー、ミホだって愛する真城のために、ちょっとでも応援したいに決まってるでしょ」
「す、すまん、それもそっか」
亜豆がジャンプを読んでアンケートを出す姿は、確かにちょっと想像できないな。
アンケートを出しちゃった、しか書いてないけど、僕達の『TRAP』に入れてくれたんだろうか。これで亜豆のアンケートが僕達が3位でワンピースが1位とかだったら泣けるけど。
さ、さすがの亜豆もそんな厳しい事しないよな。
確認するまでもない。変なことを聞いて、亜豆を怒らせるのは、やめておこう。
8月26日 金曜日(4日後)
速報の結果は良かったって聞いていたけど、本ちゃんはどうか。
仕事場で3人で待っているとシュージンの電話が鳴った。
「本ちゃんも変わりなしだって」
「イェーーーイ」
見吉とハイタッチして盛り上がる。
速報の時点で、連載ネームを完璧にしようって言われていたので、やることは変わらないけど、気合はさらに入った。
他の作品の結果も気になるところだけど、今は連載用ネームに集中しよう。
読切が良かったのなら、読切版を活かすべきだ。
この読切から2話に繋がるような引きを整えよう。
◇◇◇
9月19日 月曜日
金未来杯の結果連絡日。
見吉、シュージンと3人で仕事場で連絡待ちをしていた。
ライバル達の作品は、こんな感じだ。
福田さんの『KIYOSHIナイト』
熱いシーンは熱く、笑えるシーンは笑える、少年マンガらしい少年マンガだ。
絵の上手さで負けている気はなしないけど、迫力では劣っていると思う。
自分の欠点を長所にかえて、荒々しさがプラスに働いている。
金未来杯だと言われても驚かない作品だ。
蒼樹・中井組の『hide out door』
中井さんがどんだけ時間をかけたんだっていうくらいの画力に圧倒された。
蒼樹さんの描くファンタジーの世界観をこれでもか、と表現しきった傑作だった。
絵だけでも票を取るんじゃないかって思わせる凄さで、正直、勝てたのかどうか分からない。
間界野昂次の『カラフジカル』
これ、編集は読んでGOサイン出したんだろうか。
自分に酔ってて伝わらないって見吉に見抜かれてる時点で、アウトだと思う。
怖いのはアーティスト時代のファンによる組織票だけど、組織票だけで覆る事はないと思いたい。
ライバルは、キヨシかハイドアだな。
今日ばかりは、連載ネームを練るのを休んで、大人しく結果待ちをしている。
やがて、シュージンの電話が鳴った。
「金未来杯ゲット」
「やったーーーーっ!!」
史上初の福田さんのキヨシとの同時受賞らしいけど、受賞は受賞だ。
価値が下がるような事はない。
亜豆にメールしよう。
返事はやい。
って、シュージンの番号を教えてってなんでだろう。
シュージンの番号を返すとすぐにシュージンの電話が鳴り、相手に気づいたシュージンが慌ててベランダに出ていった。
「なによ、あれ」
「なんなんだろうな」
見吉と顔を見合わせる。
亜豆がシュージンに電話をかけるのは、まだ分かる。
けど、聞かれないようにベランダに出る理由ってなんだ。
もしかして、僕と見吉みたいに亜豆とシュージンが!?
いや、ないか。そんな関係だったらわざわざ僕から連絡先を聞かなくても、連絡先の交換くらい済ませているだろう。
単に想定外の相手からの電話に、シュージンが動転しただけか。
「あはは」
シュージンの大笑いが室内まで響いてきた。
「盛り上がってる!?」
「大丈夫だって……たぶん」
大丈夫だよな。これは変なフラグではない。
我慢しきれなくなった見吉が、シュージンから携帯を奪った。
そして、2人で直接話せと僕に携帯を回してきた。
え!? 亜豆と話せって、急に言われても心の準備ってものが……。
久しぶりの会話。
互いに励まし合って終わった。
嬉しいけど、嬉しすぎてダメになる。やっぱり、亜豆との電話は封印しよう。
◇◇◇
「真城、おめでとう」
「さっき、さんざん聞いた。なんだよ、改めて」
10分前まで、見吉のおごりで、見吉の用意した鍋料理による祝勝会が行われていた。
なんと、しゃぶしゃぶだ。
わざわざスーパーではなく肉屋まで買いに行って用意したという肉は、とても美味しかった。こういうときに遠慮しないシュージンが特に食いまくっていた。
値段は聞かなかったけど、たぶんひと月のお小遣いくらいは、飛んでそうだ。
受賞できなかったときは、残念会にするつもりだったらしい。
それだとせっかくの肉も箸が進まなかったと思う。受賞してよかった。
「うん、でも真城が頑張ってたの、知ってるし」
「シュージンも頑張ってたじゃん」
そのシュージンは、食べ過ぎでダウンした。
仕事場のトイレをずっと占拠するのも悪いから、と言って帰って行った。
一緒に帰る事が多い見吉も、そんなシュージンに送らせるわけにもいかず、祝勝会の後片付けをしてから帰る、と別行動となっていた。
「そうだけど、負担が大きかったのは真城だと思ってる」
「そんな事ないって、話を作るのは作るので、大変だし」
「誰があんたの体調管理してると思ってるのよ」
「……それ言われたら、白旗を上げるしかないけど」
後半は楽になったけど、2週間に1本の原稿と並行していた時は、見吉が居なかったら危なかったと思う。
無理やりにでも食べる事を強要されて、助かった。
「なのに、ミホは真城じゃなくて高木にお礼言ってるし」
「亜豆もずっとシュージンにお礼言うタイミング探してみたいだから、仕方ないって」
「そうだけど……せめて先に真城に電話してからでしょ」
って言われても、僕と亜豆の関係は気軽に電話する関係じゃないからな。
メールでおめでとうって言われただけで満足した。
それに、僕も亜豆が役を取ったときも、メールだけで済ませてるからお互い様だ。
「だから、真城の事は、あたしが労わってあげる」
「え?」
「今日は最後まで、しよ。受賞のご褒美って事で」
それってそういう事だよな。
見吉は恥ずかしそうに、服に手をかけている。
女子から誘いを受けて、これで断ったら男じゃないな。
前はそういう関係じゃないからって拒否られた。
金未来杯の本ちゃんがよかったのを聞いて、シュージンは一息ついた感じで浮かれてたし、たぶんその時に経験したんだろう。
処女じゃないなら問題ないはず。
すまん、親友。これからシュージンの彼女を抱く。
「あ、でもチューは、なしだから」
「……わかった」
やる事やっといてキスの有無ってそこまで大事なんだろうか。
見吉がダメっていうのなら、なしでいいから問題ない。
「見吉」
「真城」
「「バクマン(バクマン)!!!」」
◇◇◇
「って、シュージンとやってたんじゃないのかよ」
見吉は、初めてだった。
「やってないし」
「手を出しておいてアレだけど、よかったのか?」
「いいからしたんでしょ。真城が気にする事ないじゃん」
「でも……」
さすがに、シュージンに申し訳ない気がしてきた。
いや、やってる時点で仮に経験者だったとしても、どうかと思うけど。
賢者タイムになると、どれだけ自分が最低かが分かる。
「でも、とかそんなのないから、大丈夫だし」
「見吉が割り切ってるならいいけど……最初くらいは好きな奴ととか」
「だから、大丈夫だって言ってるの。初めてだから好きな人とした」
「は?」
「何回も言わせないでよ。初めてだから好きな人としたって言ってんの」
初めてだから好きな人とした。
その言葉から導かれる答えは1つだけ。
「そうか。僕は高木だったのか、勘違いしてたって、んなわけあるかー」
「真城のノリツッコミ、初めて見たけど下手くそじゃん」
「うるせー、それだけ動揺してるんだよ」
見吉は、初体験を僕とした。
見吉は、初体験を好きな人とした。
つまり、僕=好きな人
「え!? ええええええーーー!? いや、見吉が好きなのはシュージンだろ」
「高木の事も好きだけど、真城の事も好き」
「そんなめちゃくちゃな」
「好きな人が1人だけって誰が決めたわけ」
「でも、見吉はシュージンの彼女だろ」
「その彼女に『抜いて欲しい』みたいな素っ頓狂なお願いしたの誰よ」
「申し訳ございません」
そこを指摘されたら土下座するしかない。
全裸のまま床の上に正座して、そのまま頭を下げた。
「真城がそんなこと言いださなかったら、胸の奥底に鍵かけて封印したまま終わったのに」
巨乳の見吉が言うと、本当に封印されそうだ。
「でも、見吉が俺を? なんで?」
「真城さ。あたしが高木のどこが好きだと思う?」
「どこって……」
シュージンの魅力ってどこだ。
「顔がいい」
「それもある」
「頭がいい」
「それもある」
どうやらこの2つがメインじゃないらしい。
勉強を教えてくれる。これは頭がいいの範疇だろうし、あとはなんだ。
シュージンは、見てて面白い飽きないヤツだけど、それはモテるのとは違った面白さのはずだし。
「真城は、あたしが空手やってたの知ってるわよね?」
また急に話が変わったな。
赤マルで3位だった時に、そういう話題が出たはずだ。
シュージンがバトルマンガを学ぶために、見吉にボコられた。
まさか、ボコボコに殴るのが良かったとかなのか。
俺は、そういうのいらないんだけど。
全裸で土下座とか限りなくMっぽいけど。
「たしか全国まで行ったって……」
「うん。全国まで行ったんだけど、強い人がいっぱいいて、これは勝てないなってやめちゃったの」
「…………」
「あたしは、あたしなりに頑張ってたんだけど、壁にぶち当たってあっさりと逃げちゃったからさ。覚悟が全然なかったって言うか。だからね、夢に向かって頑張ってる人はすごいって思うし、かっこいいし、好きだなって思うわけ」
「シュージンがマンガ家に向けて頑張ってるところが好きって事か」
「うん。で、それは真城。あんたも一緒でしょ」
そういいながら見吉は僕を指さして、ニコッと微笑んだ。
正直、ドキドキした。
見吉にときめく日が来るとは思わなかった。
だめだ。少し冷静になろう。僕には亜豆がいるんだから。
見吉ってそういえば、やたら夢にこだわっていたっけ。
夢に向かって頑張る事は、見吉にとって大きな事なんだろう。
夢に向かって頑張っているシュージンが好きなら、一緒に頑張っている僕の事も同じように好きでも、おかしくないのかもしれない。
「金未来杯まで、高木もすっごい頑張ってたけど、真城はもっとっていうか、あんた食事とか睡眠とか忘れるくらいに無茶してたでしょ」
「見吉に無理やり食わされたから、食べてたし」
「あたしが言わなくても食べなさいよったく……それで、頑張ってる真城を見て、いいなって改めて思ったわけ」
「単に役割分担なだけで、僕の方がシュージンより頑張ったなんて事はないと思うけど」
話を作る方が、精神的にキツいはずだ。
絵を描く方は、肉体的に追い詰められる。
そこに、どっちが上とか下とかはない。2人で亜城木夢叶だ。
「それでも真城の努力は報われて欲しいって思ったの。そしたら受賞でしょ、めでたいじゃん。何かしなきゃじゃん。お肉用意したけど、高木が一番食べてたし」
「僕もお腹いっぱいまで食べたって、美味しかった。ありがとう」
「うん、見てた。だから、まあいっかって思ったんだけど……ミホが、高木に先にお祝いとお礼言いだしたでしょ? 真城も頑張ってたのにーって思ったら、真城にはあたしが真城が望んでる事してあげようって気になったの」
「亜豆と強引にでも電話で話せただけでもよかったのに」
僕一人だと亜豆と電話で話そうなんて無理だった。
一番したい事を見吉が強引に背中を押してくれて、それだけでも嬉しかった。
「なによ、あたしとはしたくなかったって言うわけ」
「いや、見吉とできて嬉しいです。見吉最高」
「よろしい。真城最高」
だからその名前弄りやめろって、振ったのは僕だけど。
「ともかく、あたしは声優になろうと頑張ってるミホも、マンガ家になろうと頑張ってるあんた達も好きなの。高木とは付き合ってるけど、真城はミホの彼氏だから付き合ったりはできない。だったら、せめて初めての相手くらいは真城になってもらおうって思っただけだから、真城は全然気にする必要ないからね。分かった?」
「……分かった」
分かったけど、めちゃくちゃな事を言っているような。
「で、そろそろもう1回いけそう?」
「は? 初めての相手になってもらうって話じゃなかったのか」
「1回したんだから、2回しても3回しても同じでしょ」
全然違うと思う。
でも、させてくれるっていうのなら、ツッコまない。
だって、僕もしたいから。
なお、既に回復済みだ。土下座状態で、身体にあたっていて、ちょっと気持ち悪い。
「ゴムはあと2個しかない」
「無くなったら買いに行けばいいでしょ、真城が」
「俺がかよ」
「当たり前でしょ」
まあ、そりゃそうか。
とりあえずあと2回はできる。3回目は2回目が終わってから考えよう。
「見吉」
「真城」
「「バクマン(バクマン)!!!」」
こうして、僕と見吉は超えてはいけないラインを越えてしまった。
おかわりした3個入りも使い切ってしまい、コンビニまで2回買いに行く羽目になったのは、ここだけの話だ。