都内某所、一等地に存在するホテル。
陸上競技の運動場にも勝る広さの会場にて、年齢、性別もバラバラな男女数十人が佇んでいた。
彼らが眺めるのは会場中央、今回のために設立されたお立ち台に上がる一組の男女だ。
男はやせ型で長身、アジア系の顔立ちではあるが銀の長髪を揺らしている。
膝下まで届くトレンチコートを靡かせ、腕を組んで立つその姿は、まるで創作物のスパイや暗殺者を彷彿とさせる、怪しい魅力に満ちていた。
鋭い流れ目や顔に入れている黄色いラインのタトゥーも相まって、鋭い印象を覚えた。
女は白を基調とした学生服を着た少女だった。
少し茶色寄りの短髪、スカートから見える日焼け後の残る足、ニコニコした目元から溌剌とした印象を覚える。
胸元や臀部の膨らみは今だ薄いが、健康的な魅力を持っていた。
どこまでも対極な印象を覚える2人だが、その左腕に装着した機械だけが共通していた。
男女はそれぞれ向かい合うと一度お辞儀を交わし、背を向けあって歩き出す。
数十メートルは離れたところで両者足を止め、今度は向かい合うように互いを見据えた。
会場の空気に緊張が走る。
数秒の沈黙の後、どちらともなくカードの束を取り出し、機械の中心にセットした。
男の方が声を上げる。
「今ここに、
続けて女が負けじと声を張る。
「互いの【幻想】、どちらがより強固なモノか!」
「「いざ、
互いに左手の機械からカードを6枚引いた。
「これが【幻想戦線】……ッ!」
目の前で行われる、騎士やドラゴンが剣を、牙を向けあうその光景。
イッチ、と呼ばれる人物が提供した
彼はベンチャー企業を立ち上げ、会社が軌道に乗れば権利を売却して新たな事業を始める実業家として著名な人物である。
ある日、自宅のPCで株式の価格を確認していた際、突然脳内に掲示板が出現した。
いやそれ以外に表現のしようがないのだが、本当に突然、まるでWebブラウザで掲示板サイトを開くように、脳内に掲示板が出現したのだ。
驚きつつも興味本位で掲示板にアクセスした結果分かったのが、【転生者】と呼ばれる存在だった。
彼は親兄弟にも伝えてないが、【前世の記憶】を持っている。
若くして実業家として活躍できたのも、その記憶からどんな業種・サービスがウケるのか、ある程度知っていたからだ。
掲示板を確認するに、どうやら【転生者】は自分だけではないらしい。
自分だけの特別感、みたいなモノを抱いていた彼は少し残念に思ったが、そこまで引きずることはなかった。
その時点ではすでに金に困るような生活を送っていないこと、実業家として著名になっていたことで承認欲求が満たされていたからだ。
尤も、イッチの説明を受けた時点で、そんな余裕は吹き飛んだが。
当初、この世界がTCGを題材としたアニメの世界と聞いても、深刻に考えていなかった。
が、詳細を聞く度に顔を青ざめるようになった。
彼にとってはTCGは玩具の域を出ないモノであったが、それが数千万~数億で取引される?
商談や株式の売買、契約の締結がTCGの強さで左右される?
TCG世界では洗脳、会社の乗っ取り、世界の崩壊など容易く発生する?
まさにTCGが全て言わんばかりの内容である。
いくら商業のためとは言え、カードゲームごときでそこまで影響がある世界観を構築するか。
彼が端的に思ったことは「創作物なら面白いが、その世界で生活するにはイカれてやがる」だ。
そして、今後起きるであろう理不尽に対抗する力を得るため、講習会に参加することにした。
今後この世界は、TCGの遊戯経験がない、もしくは初心者というだけで、地位や名声が容易く奪われる可能性がある。
【前世】ですらTCGを遊んだことの無い彼にとって、護身のため、参加は急務だったのである。
指定された会場に訪れると、同じく【転生者】であろう人間が集まっていた。
事前に掲示板で、イッチが設立する組織の仲間になる者たちと知らされていたからだろうか、年齢も性別もバラバラな数十人の集団であるが、皆友好的に会話を交わしていた。
どうやら彼と同様に【前世】でTCGを遊んだ経験が無い者も居るようであった。
ある種の仲間が居ることに安堵しつつ、歓談していると、会場にアナウンスが響いた。
「これから【幻想戦線】の講習会を始めます。まず、TCGの遊戯経験が無い方は第二会場にお集まりください」
どこからか現れたスタッフの誘導に従い、10人程度が第二会場に移動を開始する。
着いた先は、椅子とテーブルが規則正しく並ぶ講義室のような部屋であった。
スタッフに促されて席の1つに着席する。
しばらく待っていると、どの席からも見える位置にホワイトボードが運ばれてきた。
「いやはや、皆さまお揃いで。待たせてしまって申し訳ない」
『よくわかるTCG初心者講座』
そう、ホワイトボードに黒マジックで記載した人物は我々の方に振り向いた。
「まずは自己紹介。この度、講習会を主催するイッチと申します」
よろしくやでー。と、どう聞いても関西圏のイントネーションには聞こえない綺麗な標準語で、白衣を着た女は述べた。