アイちゃんがゴローからさりなちゃんについて聞いてたらなーっていう妄想から書いたお話です。
ただただアイちゃんがさりなちゃんについて思いを馳せているだけです。
ちらっと出産描写あります。苦手な方はご注意ください。
痛い、痛い、ああ、私、ここで死ぬのかな……。
「星野さん、ゆっくり息してね。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
「は、はい……」
助産師さんの声で我に返る。私馬鹿だなぁ。こんなんで死んだりするわけない。私はこの子達を産まなきゃいけない。
けれど、やっぱり痛くてたまらない。どうしよう、何か、気を紛らわさなくちゃ。
そうだ、昨日、先生と喋ったこと。
あれを思い出してれば、この子達を無事に産むことができるかもしれない……。
「ねぇせんせー、昔さ、私のファンだった患者がいるって言ってたじゃん?その子今何してるの?会ってみたいなぁ」
特に意味を持ってした質問ではなかった。ただ、明日は出産予定日で、気分が昂っていて、人の事情に突っ込んだりすることも厭わない心持ちだったのだ。社長曰く「お前はいつでもノンデリ」らしいけど。
そんななんでもない質問だったのに、先生は黙り込んでしまった。何かまずいこと言ったかなと頭を働かせてみるけど、何にも行き当たらない。仕方ないので、先生が返事をするのを待つことした。
たっぷり十秒は待った頃だろうか。ようやく先生は口を開いた。
「その患者は」
閉じる。
また開く。
「もう亡くなってるんだ」
沈黙。
なんとなく、約十秒の待機の間になんだか嫌な予感はしたけれど、まさか死んでいるだなんて思わなかった。
「生きてたら、星野さんと同じ歳だったんだが、12歳で……」
死んだ、とは言わなかった。語尾を濁すようにうつむくと、何も言わなくなった。多分もう話は終わったと判断して、私も先生から視線を逸らし、窓の外に広がる星々を眺めた。
「その子、ここで死んだの?」
不意に気になって、訊ねてしまった。先生はあまりその子のことを深堀りされたくなかっただろうと、その時の私は気付けなかった。こういうところが原因で社長は私を「ノンデリ」と言うのだろうか。
「ああ。俺にこれをあげるっつってな」
先生は自分の胸元を指さした。見ると、それは私の顔がプリントされたキーホルダーだった。横に文字が書いてある。
『アイ無限恒久永遠推し!』
「これって……結構前のライブのやつだよね?割と古参だったんだ、その子」
「ああ。様子を見に行くたびに布教されたもんだよ」
困ったように、けれど懐かしそうな笑みを浮かべて、愛おしそうにそのキーホルダーを手に取る。その姿をじっと見つめながら、私も微笑んだ。
「もしかしたらその子、私の子供になってたりして」
「んなわけあるか」
速攻で否定されてしまった。
ムーっと頬を膨らませると、先生は困ったような笑顔のままため息をついた。その後、その視線は私の大きなお腹へと移る。優しい目をしていた。
「ま、もしそうなら、いくらかさりなちゃんの心も救われるのかな」
「サリナチャン?」
「ファンだった子の名前だよ」
柔らかだった視線が、急に悲しみを帯びたものに変わった。
「君のライブ映像をいつも見てて、『私もアイドルになりたい』なんて言ってた。けど長くないのは分かりきったことだったから、『生まれ変わったら〜』とか『来世は〜』みたいな話の方が多かったな」
「んじゃやっぱり私の子供にーー……」
「だからそれはない」
今度は食い気味に否定された。そこまで頑なにならなくていいのに、なんて考える。
人は死ぬと星になる、という話を聞いたことがある。けれどその「さりなちゃん」みたいな大ファンが、星なんていう遠すぎる場所から見るだけで満足、と思うだろうか。今の所私に出会えている人達への嫉妬によるノロイみたいなものはないし、やっぱり生まれ変わって私の子供になれたから満足しているのではないか。というような自論を訴えかけたところ、
「辻褄が合ってるのか合ってないのかよく分からない話だな」
とフクザツそーな顔をされた。多分あんまり言いたいことは伝わってないと思う。
先生が帰ったあと、私は会ったことのない「さりなちゃん」のことを考えた。
もしも、死後の世界とか輪廻転生とか、そういうものがあるのなら、さりなちゃんにはやっぱり、私の子供になっててほしい。それなら、愛が分からない私でも、愛される事はできるから。けど、ずっと一緒に過ごすことで、私の素を知って、幻滅されちゃうかもしれない。それは嫌だ。なら、できるだけ我が子の前でも笑って過ごしていよう。誰かの生まれ変わりとかじゃなくても、辛気臭い母親なんて嫌だろうしね。
母親といえば、さりなちゃんはお母さんのこと、どう思ってたんだろう。私はさっき先生から聞いた話を思い出す。
「彼女の両親は東京の人で、まるで捨てたも同然くらい遠いこの病院に入院させて、見舞いなんて滅多に来なかった。最期を看取ったのも、俺だ」
そんな親でも、さりなちゃんは愛したのだろうか。さりなちゃんの親と、私のお母さん、どちらが酷いですかと訊ねたら、世間はどう答えるのだろう。
暫く考えたあと、「やーめたっ」と大の字になる。
どっちが酷いとか関係ない、どっちも酷いんだから、私はどっちにもならない。可愛くて、明るくて、ステージで歌い、踊り、みんなを笑顔にする、自慢のお母さんになる。それで良い。
きっともうすぐ出産でセンチメンタル(社長にこの日のことを言ったら「なんかそれはセンチメンタルとは違うんじゃ……」って言われた。そうかな?)になってるんだ。早く寝て、起きて、それでお腹にいる我が子の顔を見よう。
目を閉じる直前、何かがキラッと光った気がした。
次の日のニュースで、それが流れ星だったと知った。
「さりな、ちゃん……」
痛みで朦朧としながら、私はその名を口にした。幾分か痛みが和らいだ、ような気がする。
けれどすぐ激痛が襲ってきて、一体これは何の責め苦だろうと思う。
誰のことも愛していないのに、「愛してる」なんて笑顔で歌ってる私への罰だろうか。ならば、この痛みを乗り切れば、私は愛を知り、嘘つきではなくなり、芯から「愛してる」と叫べるのだろうか。
分からない。分からないけれど、一つだけ、心に決めたことがある。
私は絶対、この子達を大切に育てる。
愛せなくとも、母性が湧かなくとも、大切に大切に、慈しんでみせる。「みせる」、なんて言ってる時点で、無理なのかな?
薄ぼんやりとした意識の中で、先生に見せられたさりなちゃんの写真を思い出す。髪の毛を失い、ニットを被った女の子。屈託のない笑顔。あの笑顔の持ち主が、死に際に何を思っていたのか、私に知るすべはない。
あの子が新たに生を受け、私の元にやって来ていたら。もしもそんなことが起きているなら、私は必ず、この子の母親として、生きる。もちろん、そんなこと起きないってことぐらいは、バカな私でも分かるけど。
それでも、なぜだか、願わずにいられないのだ。あの子の母になれたらと。
「星野さん、もう少しですよ! 頑張って!」
嬉しそうな声が聞こえる。もうすこし……?ああ、もう少し……。もうすぐ、我が子の顔を見られるんだ。
安堵やら喜びやら、いろんな感情が胸を包んでいく。
そして。
「「オギャアァァ、オンギャァァァァァ!」」
私は二つの産声を、確かに聴いた。
二人を産んで一時間もしないうちに、授乳をしてみることになった。
「どっちの子からあげます?」
訊ねられ、私は我が子の顔をジィっと見つめた。産んだ直後は皺くちゃのお猿さんみたいだった顔も、今は落ち着いて可愛らしい人間の赤ちゃんになっている。正直どっちがどっちか分からない。せめてどっちが男の子でどっちが女の子か知りたいので、そばにいた女の人に訊ねた。
「右が男の子で、左が女の子ですよ」
そう教えてもらったけれど、それが授乳をさせる順番を決めるのに役立つかと言われればそうではないと、答えてもらってから気づく。もう良いや、女の子からにしよう。そう決めて、女の子を抱き上げる。
二人ともずっと眠っていて、女の子は抱き上げられたことで目が覚めたようだった。女の子は目をゆっくり開き、周りをキョロキョロ見回したあと、私を見、そして、口を小さく開けた。その唇から、小さく「ぁ」と声が漏れる。
まるで自我を持った人間が驚いているみたいで、私は可笑しくて笑ってしまった。
「ふ、ふふっ、なぁにその顔〜。変なのー! あはははっ。かわいーねぇ、びっくりしたねぇー。でもお乳飲まなきゃ駄目だよぉ」
露わになった胸を近づけると、女の子は慌てたように吸い付いてきた。それが面白くて、またクスクス笑ってしまう。
さりちゃん、だったっけ? 私、赤ちゃん産んだんだよ。今はお星さま出てるから、そこからでも見えるのかな?さりちゃんはきっと、私が元気な赤ん坊産んだこと、喜んでくれるよね?生まれ変わってくれたらなーなんて思ったけど、なんだか、そうじゃなくても、私、この子達は私のこと、愛してくれるかもしれない。とっても可愛い子だもん。
もうすぐ夜が明けるね。でもまた夜が来れば私のこと見れるよね。先生もきっと、明日から支えてくれるよね。
私、頑張るよ。嘘がほんとになるように。この子達に、「愛してる」って、言えるように。
この星で、心の底から輝けるように。