物心ついた時から1人で過ごしている事が多かった。家では使用人のさやさんと過ごしたり家族と過ごす時もあったが、小学校・中学校共に友人と呼べる方は出来なかった。
「これはなんですか?」
「ええっ葉月さん、これ知らないの!?」
「知らない人この時代にいるんだ〜」
子供と言うのは残酷だ。良くも悪くも素直で思ったことを言ってしまうため小さい時はこう言う事がよくあった。今はあまり思わないが当時は悲しい思いをした気がする。高校は母親が設立した新設校の結ヶ丘に入学した。
「これ凄くない!?」
「うわ、ヤバイね!」
「めっちゃいいじゃん!」
入学して1週間と経っていないのにクラスの中ではいくつかグループが出来ていた。同じ中学校同士だったグループや部活動での交流があって高校で再会したりと皆早くも友人を作ったりしている。
(高校でも友人は出来そうにありませんね)
自分以外は周りの人と話している。無視されてる訳では無いが少し距離を感じてしまう。考えても友人が出来る訳では無い。現実に向き合い次の授業の準備をする。
「みんなー!次の時間視聴覚室でやるみたいだから移動してね!」
日直の方が教室全体に聞こえる声でそう言う。言われてから移動のためにクラスメイト達がゾロゾロと教室から出ていく。
『ドサッ』
私も後に続いて出ようとしたが、机の上から筆箱を落として中の物が散らばってしまった。
(私とした事が……)
急いで落ちたものを拾っていく。先程まで騒がしかった教室は静けさで満ちていた。拾っていると目の前に影が出来た。
「これ、葉月さんの?」
「え、…ありがとうございます。」
差し出されたのは私が落とした筆記用具だった。お礼を言い受け取る時、一瞬彼女の手に触れる。少し冷たく柔らかい手だった。
「どうかした?」
「い、いえ!拾って頂きありがとうございます」
我に返り手を離した。彼女も私も他の落としたものを拾い終え教室を出て視聴覚室に向かって歩き出す。
「せっかくだし葉月さん!一緒に行こ!」
「えっ?」
人懐っこい笑みを浮かべる彼女に言われて驚いてしまった。
「嫌ならいいんだけど…」
「い、いえ!お誘いありがとうございます」
「じゃあ視聴覚室にレッツゴー!!」
元気いっぱいの彼女の横に並んで歩いていく。私達の間に会話は無いが不思議と居心地が良かった。真っ白な髪の毛に赤い目が目を引く彼女……
「…嵐さん」
「ん?どうかした?」
私と千砂都さんの始まりはごくごく普通の日常の何も無い所から……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「お、恋ちゃん!遊びに来てくれたの?」
「ええ、忙しい様でしたら帰りますが…」
「ぜんっぜん大丈夫!!」
千砂都さんのバイト先のたこ焼き屋から香るソースの匂いが胃袋を刺激する。あれから半年が経って私を取り巻く環境が目まぐるしく変わっていった。学校の事、家の事も良い方に向かっているのが未だに信じられない。
「恋ちゃんの為に完璧なまる!作ってあげるね!」
「ふふ、楽しみにしてます」
学校帰りに寄り道をして買い食いなどしてみたかったことが出来ている。今回だけじゃなくて一昨日はかのんさんとカフェ巡り、昨日はクゥクゥさんとスクールアイドルのLIVE鑑賞、明後日はすみれさんともお出かけの予定が入っている。
「恋ちゃん、ニヤニヤしてるけど大丈夫?」
「ニ、ニヤニヤなどしてません!」
からかう様な笑みを浮かべながら千砂都さんは焼いたばかりのたこ焼きを目の前に差し出してきた。
「わあ!美味しそうです!!」
「へへっ!過去一のまるだよ!」
そのまま私の前に座り始めた千砂都さんに少し驚く。
「千砂都さん、バイトは大丈夫なのですか?」
「ん?店長さんが休憩してきなってほら!」
指を刺された方を見ると綺麗な女性がたこ焼きを焼いていた。見ていると目が合いこちらに手を振ってくれたので思わず振り返した。
「それとこれも店長さんから」
前に出されたのはストローが付いた紙コップだった。
「いいのですか?」
「大丈夫大丈夫!」
「では、有難くいただきます!」
「どーぞ!!」
たこ焼きの上のかつお節がユラユラと揺れていてソースやマヨネーズの香りが食欲をそそる。学校帰りの寄り道は慣れてはいるが今だにソワソワしてしまう。刺さっている2本の串を箸の持ち方で食べていく。口に入れた途端ソースの味が広がるがそれと同時に熱々のトロッとした中身も出てきた。
「…はっはふ」
「熱いよね〜」
熱を冷ます為に先程頂いた飲み物を流し込む。
「ンッッッ!?!?!?」
「恋ちゃん!?」
飲み物を口に入れた瞬間、今まで経験した事のない強烈な甘みとシュワシュワとした刺激が口いっぱいに広がる。
「この甘くて刺激的なものは一体なんなんですか!?」
「、、、ちょっと待ってね」
千砂都さんは持っていた自分の飲み物を飲むと少し罰の悪い顔をした。
「ごめん!恋ちゃんに渡す飲み物こっちだった!!」
スっと千砂都さんが持っていた紙コップと私の紙コップを交換していく。
「私のはコーラだったんだけど恋ちゃんは飲んだこと無かった?」
「それがコーラだったんですね!」
「そうだよ!昔から好きなんだ!」
小さい口でチューっと勢いよくコーラを飲んでいく千砂都さんは小動物みたいで可愛らしい。
「あ、間接キスだね」
「え、、、、、」
あっけらかんと千砂都さんが言い放つ言葉に固まる。言われるまで気付かなかったが千砂都さんが飲んでいるコーラは先程まで私が飲んでいて、今私が持っている物は千砂都さんが飲んだもの、、、
「飲まないの?」
「あっえ、の、飲みますよ!?」
飲むと言ったものの意識せずにはいられない。高校生になってから同年代の子が経験すること──たとえば、こういう気持ちに、私は慣れていない。
「……変なのです、私」
ぽつりと、思わず口からこぼれてしまった言葉に、千砂都さんがきょとんと目を丸くする。
「ん? どうしたの?」
「い、いえ! なんでもありません!」
慌てて否定するけれど、きっともう顔は真っ赤になっている。さっきの“あれ”のせいで、胸がずっと落ち着かない。
「ふふっ。恋ちゃんって、ほんと真面目だよね」
そう言って笑う彼女の声は、ソースの匂いと一緒に、少しだけ胸に染み込むようだった。
……ああ、これはいけない。
私は、また一つ、新しい感情を知ってしまった気がする。
「千砂都ちゃん〜、そろそろおねがーい!」
店の奥から、女性の声が飛んでくる。店の前に列ができ始めていた。
「はーい! じゃあ恋ちゃん、今日はこの辺で解散かな?」
「え、ええ。美味しいたこ焼きをありがとうございました」
「また来てね!」
ひらひらと手を振る千砂都さんに軽く会釈して、私は店を出た。
空は茜色で、街は放課後の喧騒に包まれている。
制服のまま歩く帰り道。だけど、今日の私は少しだけ違っていた。
心が、踊っている。
気がつけば、自然と鼻歌がこぼれていた。
足もリズムを刻むように、軽やかなステップを踏んでいる。
ふと、千砂都さんの方を振り返る。
バイトに集中しているのか、私の様子には気づいていない。
ほんの少しだけ、寂しさが胸をかすめる。
……でも、不思議と嫌ではない。
彼女がいてくれる、それだけでいい。
彼女と過ごせる時間がある、それが何よりうれしい。
また明日も、会えるだろうか。
そう思うだけで、また胸が少しだけあたたかくなった。
会う約束をしたわけでもないのに、明日も、千砂都さんに会える――それだけで、足取りはどんどん軽くなる。
少しだけ頬に触れる風すら、今日はくすぐったくて、心地よかった。
この気持ちはまだ名前がついていないけれど、
それでも今、確かに私の中で何かが――変わり始めている。