あの日から数ヶ月経って私と可可の関係は進展も何も無く過ごしていた。特別に二人で遊びに行くとかもなく、毎日練習の日々。新しく入ってきてくれた後輩達の面倒をみたりと忙しい日々を送っていた。
「お疲れ様!今日はここまで!」
千砂都の声で今日の練習が終わりを告げる。みんなの緊張がふっと緩む。
タオルで額の汗を拭きながら、私はチラリと可可を見る。後輩である米女メイとスクールアイドルの話をしているみたいだ。
「メーメー!昨日の動画見ましたか!」
「送ってくれた動画だろ?バッチリ見たぜ!」
スクールアイドル好きの2人の会話は私にはマニア過ぎて分からないが少し羨ましくも思ってしまう。私は水を一口飲んで、また可可の声に耳を澄ます。
彼女の声は、後輩と話しているときのほうが軽やかに聞こえる。
……なんでそんな風に感じるのか、自分でもよくわからない。
「……私、何やってるんだろ」
小さく呟いたその声は、きっと誰にも聞こえていない。
――そう思っていた。
「すみれちゃん、どうしたの?」
ふいに背後から聞こえた声に、私はびくりと肩を揺らす。
振り返ると、そこにはペットボトルを片手にしたかのんが立っていた。髪が少しだけ濡れていて、練習後の熱気がまだそのまま残っているようだった。
「な、なによ……。別に、何でもないわよ」
「そっか。ならいいけど」
そう言いながらも、かのんは私の隣に腰を下ろした。私と並ぶように座ると、しばらく黙ったまま空を見上げる。
何かを無理に聞こうとするでもなく、ただ静かに、そこにいてくれるだけ。
……ずるいな
「……可可って、最近メイとよく話してるでしょ」
自分でも、どうしてそんなことを言い出したのか分からなかった。でも、口に出した瞬間、胸の奥が少し軽くなった気がした。
かのんはうん、と静かに頷いた。
「なんか、楽しそうにしてるのを見ると……その、別にいいのよ?後輩と仲良くするのは当然だし、スクールアイドルの話も私は分かんないし……」
「……でも、ちょっと寂しい?」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。
かのんの横顔は、何も責めていなかった。むしろ、全部分かってるよって顔で、優しく微笑んでいた。かのんのこういう所にドキっとしてしまう自分はひょとしてチョロいのかな?
「かのんお姉ちゃんは全部お見通ってわけ?」
そう誤魔化すように言う。かのんは少しだけ首をかしげて、笑った。
「ふふっ、どうかな? でも、すみれちゃんのことはずっと見てきたからね」
「な、なによそれ……ちょっとキモいってば……」
そう言いながらも、耳が熱くなっていくのが自分でも分かる。
「でも、そうやって誰かを気にしちゃうってことは、それだけ大事に思ってるってことじゃない?」
かのんは少し遠くを見つめたまま続けた。
「ねえ、すみれちゃん。私たち、あとどれくらい一緒にいられるんだろうね」
「……え?」
「時間って、思ってるよりずっと早く過ぎちゃうよ。だから、好きな人に好きって思ってるうちに伝えたほうがいい。……私は、そう思ってる」
かのんの横顔は、さっきまでの優しさとは少し違う、大人びた静けさを帯びていた。
「湿っぽい話になっちゃった」
そう言って、かのんは笑っていたがいつもと違うぎこちない笑顔だった。
「……そうね、湿っぽいっていうか……」
バッと私はかのんの頬を掴んだ。
ぎこちないその笑顔、見逃すほど私は甘くない。
「……あんた、昨日のドラマ観たわね?」
「なんの事かな?お嬢さん……」
「絶対観たでしょ。あの展開、セリフ丸パクリだったわよ。良いシーンだったものね?言いたくて仕方なかったんでしょ」
「ち、ちがうもんっ。たまたま似てただけ!」
「はいはい、たまたまね〜」
私はふっと頬を離して、息をつく。
「かのんとは真面目な話は出来なさそうね」
「酷い!私の気持ち弄んだの!?」
「人聞きの悪い事を言うのはこの口か〜?」
そう言いながら私を揶揄うかのんは、なんだか楽しそうだった。
……いや、楽しそうどころか、絶対に確信犯。
私も楽しいと感じてしまっているのが悔しくて、顔に出ないようにしながら――また、かのんの頬をむにーっと引っ張る。
「まあ……ありがとうね。ちょっとは軽くなったわ」
「ほえ? 体重が?」
「あ、ん、た、ねぇ!!」
ぐいっとさらに引っ張ってやると、「イテテ!」と笑いながら身をよじった。
「まったく……こっちはちょっと真面目に言ったのに」
「ごめんごめん。でもすみれちゃんはそっちの方がらしくて良いよ?」
「……ふん」
私はぷいっと顔をそらしたけど、内心ではその言葉がちょっと嬉しかった。
さっきまで、あんなに胸が重かったのに。
不思議と、少しだけ前に進める気がしていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
可可先輩とのスクールアイドルトークに熱が入り無我夢中で語っていたが途中から可可先輩の反応が無くなっていった。先輩の目線の先にはかのん先輩とすみれ先輩がじゃれ合っていた。
「先輩、、、可可先輩!!」
「ど、どうしましたメーメー!」
「それはこっちのセリフだ。いきなりボーッとしてすみれ先輩達の方見てるし」
「そ、そんな事ないデスよ、、、」
否定はするが弱々しい。さっきまであんなにスクールアイドルについて語っていたのに、2人の方に気がいってるようだ。
「メイ、先輩が困ってる」
「困らせてはないだろ。てかいつからそこに」
「私はメイのそばに居るのが正常」
「時と場合によるぞ、、、」
メイが眉をひそめると、四季はほんの少しだけ首を傾けた。
「メイの声が聞こえたから来ただけ。……それとも、来ちゃだめだっ
た?」
上目遣いでメイの服を摘む四季は計算などしていないあざとさで思わず顔が赤くなるのを感じた。
「……それは、まあ……いいけどさ」
四季から顔を背け少しだけ声が小さくなるメイは耳まで赤くなっていた。そんな2人にクゥクゥは問いかける。
「メーメーはシッキーの事どう思ってマスか?」
その無邪気な一言に、メイが「なっ……!」と声を詰まらせた。その隣では四季が当然とばかりに言う。
「私はメイの事大好き、、、メイは?」
「……ノーコメントで」
そう言いながらも、メイの耳は真っ赤だった。視線を合わせないようにそっぽを向くけど、四季は気にせず微笑んでいる。
「メイ、可愛い」
「うるせぇ!うるせぇ!」
頭を抱えるようにして怒鳴るメイの顔は、もう真っ赤だった。けれど四季は、その反応すらもどこか嬉しそうに見つめている。
「……こっち見るな」
「やだ。。メイの反応、全部可愛いから記録しないと」
そう言い自分のスマホを取り出そうとする四季。
「~~っ!! 記録するなっ!!」
思わず叫ぶと、近くにいた可可先輩が呟くように喋る。
「……でも、いいデスね。素直に言えるって」
ぽつりとこぼれた可可のその言葉に、四季がふと目を向ける。
「可可先輩も、素直に言いたいことあるの?」
「え……あ、そ、それは……」
視線がふらつく。少し遠く、すみれの姿を追うように。無意識のうちにそちらに向いていた。
「可可先輩?」
四季の問いかけに、ハッとした。
「あっ……い、いえ、なんでもないデス!」
取り繕うように笑うその表情は、どこか不自然だった。そして、それを見逃すほど四季も鈍くはない。
「素直になるのは悪い事じゃない」
「、、、シッキーは真っ直ぐすぎデス」
小さくそう呟いたクゥクゥは、どこか困ったように笑っていた。
その笑顔の奥にある戸惑いと、隠しきれない想いに、四季は静かに言葉を重ねる。
「でも、回り道するよりは良い」
「……え?」
「自分の気持ち、ちゃんと見るって。回り道しないための一歩だと思う」
まっすぐな瞳が、可可見つめていた。それが優しさなのか厳しさなのか、可可にはまだわからなかった。
「……シッキーは、自分の気持ちが正しいって感じマスか?」
「ううん。わからないこともある。でも、メイや先輩達と一緒だとそう思える」
四季の言葉は、まっすぐで、揺るがなかった。そのまなざしに、可可は自然と目をそらしたくなった。
「……私は、まだよくわかんないデス。これが“好き”なのか、“憧れ”なのか……それとも……」
ぽつり、ぽつりとこぼれる言葉は、自分でも整理できていない気持ちのかけら。でも、四季はそれを否定することなく、静かに頷いた。
「それでもいいと思う。時間がかかっても、ちゃんと見てるなら、きっと見えてくる」
「見えるデスか……?」
「うん。……私は、見えた」
その言葉に、可可は四季を見た。真剣な顔。その奥には、きっと“メイ”のことがあるのだろう。
胸の奥が、少しだけ、痛くなった。
「……シッキーは、強いデスね」
「違うよ。弱いから、ちゃんと見ようって思うんだと思う」
四季はそう言い微笑んだ。中々笑わない彼女に内心驚きつつ可可はすみれ達の方に顔を向ける。
「再老实一点吧」
中国語で呟く。四季は意味が分からないようで首を傾げていた。そんな背中を押してくれた後輩に宣言していく。
「クゥクゥもちゃんと見ていくデス!」
そのまますみれ達のいる方に駆けていった。その場に残された四季と真っ赤な顔がようやく納まったメイが残された。
しばらくの沈黙。
風がそっと髪を揺らしていく音だけが、耳に残る。
「……なんか、あの人らしくなかったな」
ぽつりと、メイがこぼすと。
「そうだね。でも、そういう時って、案外本当の顔かもしれない」
四季は、静かにそう答えた。
「……何それ。哲学?」
「違う。ただ、そう思っただけ」
私は目を細めて、四季の横顔を見た。いつもと変わらないようで、どこか少しだけ柔らかい表情。
「さっき、クゥクゥ先輩に言ってたよな。“回り道より早い”って」
「うん」
「……それ、自分にも言い聞かせてんの?」
ほんの少しだけ、からかうように。でも、四季は怒ったり否定したりしなかった。ただ、静かに頷いた。
「かもね」
「……ずるいな、四季ばっかり大人になって」
「そんなことないよ。メイも分かるよ」
「……っ」
胸の奥に、小さな波が立った。
でも、波の正体はまだ掴めないままで。私はほんの少しだけ、四季に背を向けて、そっと呟いた。
「……もうちょっと、ちゃんと考える。お前のこと」
それが、今の私にできる、精一杯だった。