11月9日 放課後
以外にも、千枝と雪子の願いは早く叶う運びとなった。放課後のまだ日が昇る屋上にて、瑞月の前には千枝と雪子の2人が並ぶ。
陽介は1人と2人の間に立って、対峙する3人を緊張した面持ちで見比べる。瀬名はクラスにいるときの凪いだ表情。雪子と千枝は少し緊張して肩が張っている。
「こんにちは。知っていると思うが、同じクラスの瀬名瑞月だ」
「知ってる知ってる。あたし、里中千枝ね。こっちは友達の天城雪子」
「天城です。瀬名さんのお母さんには、いつもお世話になってます。だからずっと、話してみたいと思ってたの」
応じる瑞月の声音は、陽介と初対面のそれより温かい。元気印の千枝は勢いよく手を振って隣の雪子を示す。雪子は慣れた様子で優雅に頭を下げた。
瑞月の表情は、クラスで見せるそれより柔和なものだ。瑞月は2人に友好的に接しようとしている。
「ありがとう、天城さん。母も、天城屋旅館の板前さんたちは探求心が強くて気が引き締まると言っていたよ。2人とも、文化祭のときは協力ありがとう」
「なんの! 裏方仕事ずっと頑張ってたって、他のクラス委員から聞いたよ。お互い様だよ」
社交的で人懐こい千枝はグイグイと瑞月に迫る。勢いに押された瑞月がわずかに目を泳がせた。瑞月が千枝のペースに飲まれる前に、陽介がすかさずフォローに入る。
「瀬名、立ち話も難じゃねーの? レジャーシート持ってきてんだろ」
「……ああ、そうだ、長く話すなら、座った方がいいだろう」
「あ、あたしジュース持ってきたよ!」
「私も、旅館からお菓子持ってきたの、良かったら食べよう」
瑞月がレジャーシートを持ち出すと、「手伝う手伝う!」と千枝らが飛びつく。せっかくなので、4人で端を持って広げていると、陽介に向って瑞月がこっそりと親指を立てた。陽介も、にんまりと親指を立て返してみせると、瑞月がかすかに目端を下げた。
いつかの昼休み、瑞月と陽介が寝っ転がったレジャーシートは4人が座るには申し分ない大きさであった。雪子が持参したお菓子を中心に四方に各人が座り込む。瑞月は受け取ったジュースを固く握っていた。対人経験が少ない彼女は、やはり緊張しているらしい。
「いやー、こんな女子だらけのお茶会に参加できるとは、俺にもついに春が来ちゃったかなー」
「何いってんのさ。これは瀬名さんとの懇談会でしょ」
「うん。花村くんは静かにしてね。わたしたち、瀬名さんと話したいから」
「ちょっとお二方辛辣すねぇ!? はぁ、振られちまったよー」
「そうそ。あたしらは瀬名さんと話したいんだから、花村はちょっと静かにしてて」
ゆえに、陽介は場を盛り立てるためのムードメーカーに徹する。大げさに肩をすくめながら、陽介は瑞月に微笑んだ。千枝と雪子は大丈夫だと、メッセージを込めて。ジュースを握る瑞月の手が緩んだ。どうやら緊張がほどけたらしい。千枝と雪子もお互いに顔を見合わせ、頷いた。
「ああ、私に答えられることであれば、答えるよ。里中さん、天城さん」
「はいはい! じゃ、あたしから!」
「お、はじめは里中かー。お手柔らかにな」
「はい花村は静かに。あんたと違って変なコト聞くわけじゃないから。 瀬名さんって、剣道でもやってる?」
「なぜ、剣道なんだ?」
「瀬名さんの口調ってなんか武士みたいだからさ、ずっと気になってたんだよね。なんか武道みたいなのやってんのかなって」
確かに瑞月の堅苦しい口調は、千枝の言う通り武士らしい。成熟しすぎていてとっつきにくく、好まれて使われるものではなかった。瑞月がどうして独特な口調で喋るのかはたしかに疑問だ。
「………口調は生来のもので、特段由来は思いつかないな。剣道の経験はないが、合気道なら嗜んでいる」
へぇと、瑞月の答えに一同は感嘆を漏らす。瀬名の凛とした姿勢の良さの秘密が明らかとなった。続けざまに千枝が問う。
「わぁ、合気道してるんだ! 瀬名さんなら似合いそう。じゃあ、特訓とかもしてる?」
「「特訓?」」
合気道なら、稽古ではないだろうか? と陽介は首を傾げた。隣の瑞月も同じ反応だ。ブフッとどこかから、噴き出す音が聞こえた。千枝の隣に座った雪子が何かをこらえるように、口と腹を抑えている。
「あ、天城さん。どうしたんだ。具合でも悪いのか?」
「あ、ち、違うの。せ、瀬名さんと花村くん。首傾げるタイミング一緒だったから、フフッ……」
「いま、どっかに笑う要素があったんか? 里中」
「あーうん。雪子のツボは私でもわかんないから、気にしないで」
身を乗り出す瑞月を雪子は手で制した。ちょっと待って、と呼吸を整えた雪子が気を取り直して口を開いた。
「特訓って、我流のカンフーの事でしょう。千枝、カンフーマニアでね、蹴り技が得意なの。いくつか型も作ってて、蹴り飛ばした缶が思いっきり凹んだりするんだよ」
「ちょ、雪子!? 会って間もない子に何ぶっちゃけてんの!」
千枝が雪子の曝露に飛び上がる。多分、初対面の人間にあまりにお転婆な趣味を知られて恥ずかしいのだろう。蹴り技の餌食になった過去がある陽介はまったく動揺しないけれど(むしろどうして高威力の足技を扱えるのか納得がいった)、対面したばかりの瑞月はどう思うのか。
「缶を凹ませるほどか。なかなか、鍛錬を積んでいる結果だ。だから里中さんは文化祭でも疲れ知らずで活躍していたのだな」
「ほぁ!?」
斜め上の賛辞を瑞月が言い放った。しかも真剣な面持ちで。お転婆すぎる千枝に動じた様子もない。予想だにしない爆弾に「あ、ありがとう」と千枝が鎮まる。会話が止まる。この流れは良くない。
「瀬名ってば、女子を一言で黙らせるなんて罪作りだな」
「花村。酷いことばを、私は里中さんにかけてはいないが。溌剌とした声で客引きしていたことも、細かい装飾を手伝ってくれたのも事実ではないか」
「びゃーーーーー!! 話題、話題変えようっ、瀬名さんは休みの日とか何してんの?」
予期せぬ褒め殺しにあった千枝が、何とか話題を絞り出す。頭から湯気を噴き出さんばかりに千枝は、真っ赤っかだ。質問を振られた瑞月は、一口ジュースを含んでから応じる。
「ひ……」
『昼寝』と言いかけたのを陽介は目で制した。千枝と雪子があからさまに話題を広げにくい話題である。別のものはないのかと、陽介はテレキネシスを試みる勢いで念じた。
「……ヒランヤキャベツなど、家庭菜園の手伝いを」
陽介が放った無言の要求を、瑞月は受け取ったらしい。たしかに、昼寝よりは話題を広げやすい趣味だ。しかし、昼寝といい、家庭菜園といい、瑞月は年寄りじみた趣味嗜好をしている。
「家庭菜園って……外見に似合わず、お前じじくさいなぁ」
「花村。家庭菜園は良い趣味だと思うのだが。野菜は収穫すれば食べられるうえに、作物が日に日に育つのは見ていて楽しい」
「こら花村。女の子に『じじくさい』とか言わない!」
「私もちょっと驚いちゃった。けど、納得。 瀬名さん、文化祭でお野菜を取りに行ったじゃない。お母さんだって、料理研究家でしょう。育てていても不思議じゃないよね」
そういえば、と陽介は文化祭の準備期間を思い出した。納品不足の野菜を取りに爆走した瑞月について。農家の畑にて野菜の取る手際は、プロと言っても過言ではなかった。
『じじくさい』と言われても瑞月はどこ吹く風だ。千枝に向けていた膝を、瑞月は雪子へと向けた。瑞月はしっかりと彼女と向きあって軽く頭を下げる。
「天城さん、あの時は本当にありがとう。お礼の品も受け取ってもらえて良かった」
「あ、うん。実家のコネみたいなもので、私は連絡しただけだけど」
「連絡を取って交渉してくれたのは、他でもない天城さんだ。天城さんが取引先に事情を説明して頼み込んでくれたから、野菜の受け取りがスムーズにできた上、当日お客様に満足のいく品物を提供できた。だから謙遜しないでおくれ」
「あ……えと、そうだね。……ありがとう」
今度は雪子が押し黙り、瑞月から顔をそむけた。心なしか、耳まで朱に染まっている気がする。視線を逸らされた瑞月は、若干方眉を下げて陽介に助けを求めた。“私は何かしただろうか”と紺碧の瞳が不安げに揺れている。
「お前さ、相手を照れさせてる自覚ある?」
「なぜ照れる? 事実を言ったまでなのだが」
陽介はため息をついた。どうやら、瑞月の褒め殺しは自覚なく行われたものらしい。
◇◇◇
その後、瑞月は多弁になった2人に質問攻めにされ、ときに2人を照れさせながら、4人の懇談会は下校時間を過ぎて、4人が一緒に帰るまで続いた。分かれ道にさしかかった千枝が名残惜しいと声をあげる。
「話してみたけど、瀬名さんってフツーに喋れる子じゃん。あーーもーー、今まで声かけなくて損した」
「瀬名さん、明日から学校で会ったら、挨拶したり、話しかけたりしてもいい?」
「挨拶なら……、ただ、昼休みは過ごしたい場所があるから応対はできない」
雪子の問いかけに、瑞月は頷いて応じた。夕日に照らされた瑞月の横顔は穏やかだ。クラスで見せる氷じみた雰囲気はない。雪子と千枝は溌剌はつらつと笑って、元気に手を振りながら、分かれ道に踏み出した。
「じゃあねーー!! 2人とも」
「気を付けてね」
仲良し2人組に手を振り返して、陽介と瑞月は下校を再開した。自宅が同じ方向にあるので、自然と同じ帰り道をたどる。チチチと、愛用のマウンテンバイクを引きながら車道側を歩く陽介は、瑞月と歩幅を合わせて問いかけた。
「な、イイ奴らだったろ?」
「そうだな。気持ちのいい人たちだった。それから、新鮮だった。同級生の女子と談笑したのは初めてだったから」
「新鮮って。中学のころとか、話す機会あったろ?」
「なかった。私はあの2人と別の中学出身だ。それに——」
瑞月は何かを言いかけた。しかし、続きは言葉にならず、ゆっくりと、彼女はかむろを振る。
「いや、何もない。気にしないでほしい」
はっきりと、瑞月は話を打ち切った。そのまま続いたのなら、中学での彼女について思い出を語っていたかもしれない。しかし、瑞月は語らなかった。
瑞月は中学生の思い出を——そもそも、陽介と出会う前の瑞月について語ろうとはしなかった。それらしい話題が持ち上がると、彼女は別の話題に逸らしてしまうのだ。ゆえに、陽介は瑞月の過去を知らない。
陽介は疑問に思った。彼女はどんな過去を経てきたんだろうかと。だが、本人が口にせず取りやめた話題を掘り返せるほど、陽介は瑞月と親しくはない。だから、瑞月に乗じる。
「そっか。まぁ、同級生と話したこと少ないワリに、スムーズに話せてたじゃん」
「それは……花村や里中さん、天城さんが気を使ってくれていたし」
瑞月が言いよどむ。しばらく目線をさまよわせ、彼女は歩みを止めた。彼女は口元を抑える。まるで、これから話そうとする言葉が、自分でも信じられないといった風に。
「……私自身、皆の話を聞くのが楽しかったから?」
釈然としない様子で、瑞月は答えた。彼女の声は今まで陽介が聴いてきた、凛とした響きとは違う。微かに柔らかい、というより未熟なふわふわとした響きが混じっていた。
陽介からしても、瑞月が戸惑っているのは明らかだ。しかし、なぜ2人と話しただけで、瑞月は混乱しているのか。
「瀬名、なんでそんなお前自身が戸惑ってんの?」
「……人と話すことで、こんなに浮き立った気持ちになるなんて、私自身が信じられない気持ちなんだ」
パチパチと瑞月は、瞼を上下する。幼い仕草が、陽介には意外だった。凛として動じない印象が強い彼女であっても、対人関係においては未熟な感情を見せる姿は、彼女が陽介と同じ高校生である事実を浮き上がらせる。
いや、人とのかかわりを避けてきた分、陽介よりも対人方面は慣れていないのかもしれない。目的もなく集まるような、カジュアルな付き合いでは。先ほどの千枝たちとの談笑がいい例だ。
瑞月は「あまり人と関わりたくない」から、と人との付き合いを避けてきた。けれど、今、陽介の目の前にいる瑞月は目線を下にして黙っている。陽介を含めた3人との談笑が、彼女のスタンスを揺らがせてしまうほどに楽しかったのだろう。
陽介は腰をくの字に折る。そうして、未だに戸惑っているであろう瑞月に告げた。
「ならさ、無理に避けなくてもいいじゃん」
「え?」
瑞月が陽介に紺碧の瞳を向ける。迷子の子供にかけるような、安心させる声音を心がけて、陽介は言葉を続ける。
「お前も楽しかったんだろ。なら、わざわざ突っぱねる必要もない。相手の気持ちも、自分の気持ちもさ。天城も里中も、もう瀬名のこと、友達だと思ってるだろうからさ」
「そう……か?」
「そそ。だから、瀬名も堅くなんなって。あいつらはお前をよく思ってくれてんだから、俺と話すときみたいに気楽にすりゃいーのよ」
ニッと頬を吊り上げて、陽介は笑ってみせる。瑞月が2人の、そして瑞月自身の気持ちに、素直になれるよう願いを込めて。
ふっと微かに息を吐いて、瑞月は口元に当てていた手のひらを外した。短い瞬きののち、瑞月はおずおずと声を出す。
「…………話しかけられたら、答えるようにはする。ありがとう」
瑞月の答えに、陽介は相好を崩す。言い方は濁しているが、瑞月は千枝と雪子を友達だと認めたのだ。内心ではガッツポーズを取りたいほどに嬉しい。
陽介は瑞月に与えられてばかりだった。楽しい文化祭の思い出も、自分が心地よいと思える屋上も、瑞月がいてくれたから見つけられたものだ。
与えられるばかりだった陽介が、人との関りに頑なだった瑞月の心をほぐせた。瑞月に影響をもたらせたのが嬉しい。
「はっはーん。なんなら、親睦を深めるついでに昼休み2人を屋上に誘ってみるかー?」
「いや。それはしない。昼休みは静かに過ごしたいし。あまり人が増えても困る」
テンションが上がっている陽介に反し、瑞月はいつものように素っ気ない。どうやら依然として、瑞月は昼休みの気ままな時間を維持する心づもりらしい。瑞月にとって、昼休みの時間は特別のようだ。
はたと、陽介は気づく。瑞月にとって昼休みは特別な時間だ。なのに、陽介がそばにいることは、許している。
「なぁ、瀬名」
「ん?」
陽介は歩き出す瑞月にむかって呼びかけた。ポリポリと頬を掻き、陽介は瑞月に問う。陽介が抱いた質問は、もしかすると自惚れかもしれない。しかし、問わずにはいられなかった。
「その、さ……俺ってけっこー、お前に信頼されてる?」
彼女はくるりと陽介に背中を向ける。問いかけは小さなものではなかった。瑞月にも聞こえていたはずだ。わりと勇気を振り絞っただけに、スルーされるとやはり陽介は悲しい。
「君が——」
しかし、陽介の落胆は覆される。数歩進むと、凛とした響きが陽介の鼓膜を揺らした。
「君が熱心に説得しなければ、私は里中さんと天城さんに会わなかった」
陽介はぽかんと口を開く。瑞月は少し俯いてから、再び歩き始めた。歩調は速く、立ち止まる陽介を置いていかんばかりだ。慌てて、陽介は瑞月の後を追いかける。
「あ、ちょっと待て瀬名! 暗いんだから、一人で行くんじゃねー!」
「暗いから、早く帰ろうとしているのだろう? ほら、花村。もう日が暮れている。急がないと」
暗さで遠くにいるように思えたが、先を歩く瑞月に、陽介はすぐ追いついた。案外、瑞月との距離は開いていなかったらしい。
マウンテンバイクを引きずったまま、陽介は瑞月の隣に並ぶ。瑞月と共に帰る時間を少しでも増やしたくて。
互いに、普段より少し近づいた肩の距離に気が付かないまま、瑞月と陽介は帰路を辿る。
お読みいただき、ありがとうございました。千枝ちゃん雪子ちゃんと交友ができたオリ主です。よかったね。