今回は少し短め。
小西先輩とジュネスで再会して、数日後のことだ。
その日、陽介は職場の厄介な八高生アルバイターに絡まれていた。要件はよく覚えていない。シフトの変更とかで『ジュネス店長の息子』である陽介に詰め寄ってきたのだったか。
だが、当の陽介だってただのアルバイトだ。シフト変更の権限なんてないし、日程的に無理があった。
それを説明したのだが、思い通りにならないアルバイターは八つ当たりのごとく怒りだしたのだ。
『店長の息子のくせに』と、アルバイターは吐き捨てた。
ぐっと、刺々しい理不尽を陽介は飲み込もうとした。そのとき、小西先輩が割って入ったのだ。
『そこまで。アンタこんなところで長話していいの? 休憩終わっちゃうよ』
『急がないといけないなら、チーフに相談したほうがいいよ。今出てない人たちにも声かけてシフト変わってくれる人、見つけてくれるかもしれないでしょ』
『そのためには、ちゃんとチーフに働いてるとこ見せなきゃね。ほら、行った行った』
突っかかっていたアルバイターを、小西先輩は穏やかに遠ざけてくれた。面倒に巻き込んだというのに、彼女は愚痴を言わなかった。 それどころか、お礼を言おうとした陽介に、彼女は親しみやすく、朗らかに、笑いかけた。
『親は親、キミはキミでしょ。店長には店長のやることがあるし、花ちゃんには花ちゃんのやることがある。花ちゃんはそれをキチンとこなしてるんだから、クヨクヨすんなよ?』
その言葉を聞いた瞬間、陽介はすっと身体が軽くなった気がした。身体にきつく巻き付いた糸のような息苦しい束縛感から、ほんの少し解放されたように思えた。
────ああ、そうか。
陽介の中ですとんと答えが出た。陽介はどうしようもなく、小西先輩が好きなのだ。瑞月が示した陽介自身の立場とか、彼女の父親について考えたとしても、押し殺したくないと思ってしまうほどに。
面倒見が良くて、口は悪いけど優しくて、仕事へと真面目に取り組む小西早紀という女性が──陽介は心から好きなのだ。
まさか、友達とのケンカについて相談をしたら、小西先輩が好きだとはっきり気が付くなんて思わなかった。
「ところで花ちゃんって、ケンカした友達のコト、気になってるの?」
「は?」
今しがた、捨てられない恋心を自覚した陽介など知らない様子で、小西先輩は興味津々に尋ねてきた。
◇◇◇
休憩を終えた陽介は、引きつづき品出し作業に勤しんでいた。今日の持ち場は調味料売り場。脇に逸れそうになる思考を必死により戻し、目の前にある商品の陳列に集中する。頭の中が混乱したままバイトに突入するハメになったのは、すべて休憩を一緒に取っていた小西先輩のせいであった。
『だって花ちゃん、そのお友達について話すときすごく真剣なんだもん。しかも女の子なんでしょ。やっぱり気になってるのかなって』
(いやいやいやいや! 俺が気になってるのは目の前にいる小西先輩であって、瀬名のことは、瀬名は──────あれ?)
反論しようとする意志に反し、何かがつっかえるように喉は動かなかった。瑞月についてただの友達だと、陽介自身が納得して口にすることができなかった。友達という言葉では、瑞月との関係を収めることができないような気がした。そして、陽介の脳内に新たな疑問が浮上したのである。
(俺、瀬名のことが好きなのかな? 女子として)
考えて、陽介は首をぶんぶんと勢いよく横に振る。立ち上がって、陳列が終わった商品の箱をメコリと叩き潰した。ありえない、そんなことがあってほしくない。同時に違う異性を2人好きになるなんて。
(えーと、冷静に、冷静になれよ俺。ビークールビークール。瀬名のことは好きじゃない。その証拠を探していこう)
ぎゅるると、陽介の脳内で記憶のフィルムが倍速再生される。
陽介が瑞月を水浸しにした最悪の出会いが、2人の縁の始まりだった。絶交されても仕方がないというのに、あろうことか瑞月は陽介の蛮行を許し、陽介との友人関係を継続している。陽介が手伝いを申し出た文化祭以来、瑞月とは長く時間を共にしていた。けれど、退屈だと思ったことは一度もない。
性格だって、陽介を叱ったりと厳しい面もあるけれど、それも結局相手を考えている優しい一面からくるものが多い。
自転車で転がした泥まみれの陽介を救護したファーストコンタクト以降、瑞月は何かと陽介を助けてくれる。責任感が強く、毅然と自分の意見を言える意志の強さは尊敬できるし、かと思えば人付き合いが苦手だったり、テレビ見ない世間知らずな一面もあるし、近づけばいい匂いするし──。
そこまで考えて、陽介は気が付いた。
──俺、割と瀬名のコト好きじゃね? と。
陽介はフリーズする。そして、考えるのをやめた。彼は機械的に手を動かし、脇に控えた商品という商品を無感情に並べていく。真剣に考えれば考えるほど、陽介が瑞月に抱いた感情が純粋な友愛なのか、不純な異性愛なのか分からなくなってきた。
だというのに、表面的に停止した思考の下では、論議が戦争のごとく激化している。いっそ、誰かが瀬名に向ける感情に名前を付けてくれればいいのに、陽介がげんなりし始めた、そのときだった。
「────あ、陽介おにいちゃん!」
聞き覚えのある、人懐こく愛らしい声が聞こえてきた。反射的に陽介の名が呼ばれた方向に振り向くと、若草色の大きな瞳がキラキラと輝いて陽介を捉えている。陽介は驚き、若草色の少女にむかって眉を大きく開いた。
「え、
瑞月の妹、佳菜だ。陽介に名前を呼ばれると、嬉しそうに頷いてくれる。彼女は何かを引っ張って、グイグイと陽介のいる場所まで歩いてこようとした。彼女が引っ張っているもの——その正体が商品棚から現れたとき、陽介はびっくりした。
「佳菜ちゃん? そんなに急いでどうしたんですか? あら、店員さん? もしかして──」
佳菜は、佳菜とそっくりな顔立ちの成人女性を引っ張ってきた。佳菜が大人に成長したのなら、こうなるだろうというほどに女性は佳菜と似ている。だが、活発な佳菜とは違い、穏やかで落ち着いた光が若草色の瞳には宿っていた。よく見れば、髪も佳菜よりもずっと深みがかった栗色だ。森のような包容力を感じさせる女性であった。
もしやと、陽介は姿勢を正す。そして、佳菜は陽介のエプロンを掴んで、謎の女性に陽介を無邪気な笑顔で紹介した。
「お母さん! この人が陽介おにいちゃん! このまえ、佳菜とおねえちゃんにジュースごちそうしてくれたの!」
「ども、花村陽介です」
「まぁ」
謎の女性──佳菜と瑞月の母である女性は、驚いた風に口元を押さえた。陽介は即座に腰を折った。そして、ニコニコと屈託なく笑う佳菜と、瑞月とケンカしたばかりで気まずくひきつった頬を隠す形で頭を下げた陽介を前に、彼女は沈黙する。
「花村くん、顔を上げてくれませんか」
陽介が顔を上げると、瑞月の母はほっとしたように笑う。ふわりと空気があたたかくなるような、柔和な笑みだ。友好的な態度に緊張がほぐれた陽介を確認して、彼女は穏やかに告げる。
「瀬名
優雅な所作で、彼女──瀬名水奈子は陽介にむかって一礼した。膝元まで覆い隠した柔らかな布地のフレアパンツが楚々と揺れる。伸びた背筋と、品のにじむ動作が瑞月とオーバーラップした。外見は全く共通点が見いだせないけれど、間違いなく水奈子は瑞月の母だった。
「ところで花村くん、明日、お時間ありますか? 瑞月ちゃんについて少々伺いたいのですが」
「────え?」
前触れのない水奈子の発言に、陽介は再び身体を固めた。対する水奈子はニコニコとした柔和な笑みをまったく崩していなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。恋愛ものといえば、親への挨拶イベントは必須と考えている作者です。