Lotus in the mud   作:十志 佐都

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 閲覧ありがとうございます。高評価、お気に入り、ならびにご感想をいただきまして嬉しさで涙ぐみました。( ;∀;)

 さて、それでは本編。今回はなんと、オリ主の秘密が明らかに……?


彼女の秘密 前編

11月21日  日曜日 14:00頃

 

 山道を駆け下り、花村陽介はマウンテンバイクに飛び乗る。

ペダルを蹴り、一気に速度を上げて田園風景を駆け抜ける。目指すは八十稲羽商店街の辰姫(たつひめ)神社——陽介の友達が待っている場所。

 

 懸命に酸素を送り込んでいるせいか、脈動する心臓がいたい。自転車を降りたのなら、全身の筋肉が悲鳴をあげて倒れるだろう。けれど、そうしなければいけない理由があった。

 

 友だちに、瀬名に謝らないと。その一心が、陽介を爆速で突き動かしている。友達——瀬名瑞月とケンカになったキッカケは、陽介が何気なく口にした些細なものだった。

 けれど、言葉は些細なものであるなしに関わらず、ときにはデッドボールとなって、相手を傷つけてしまう。

 

 息せき切って、陽介は辰姫神社に到着する。マウンテンバイクを茂みに寄りかからせて、石段に足をかけた。ひきつった足にも構わず、陽介は断崖に思える階段を駆け上がる。

 

「瀬名……! ど、こだ……?」

 

 鳥居をくぐり、陽介は友達の名前を呼ぶ。返答はない。だがそれも仕方がないかもしれなかった。ヒュウヒュウと息の根が混じる声はかすれ、蚊が鳴いているかのようにか細い。酷使した身体は限界だった。酸欠でガンガンする頭によって、視界は霞み耳も遠い。

 

 ぐらりと身体が傾くが、気合でなんとか耐える。瀬名に謝るまで、陽介は倒れるわけにいかないのだ。しかし——。

 

「コンッ!」

「ぐ、あっ————!」

 

 ——謎の鳴き声と共に、陽介は何者かに突き飛ばされた。なにか柔らかく、太いふさふさの鞭で背中を突き飛ばされる衝撃に耐えきれず、陽介は前方にむかって倒れていく。

 

 身体を打ち付けて、ケガをするかもしれない。けれど、もうどうしようもない、疲労困憊の諦観から、陽介は目を閉じた。眠るなら、瀬名に謝ってからにしたかったなという後悔が倒れていく身体に、重くのしかかる。

 

 だが、陽介が地面に打ち付けられることはなかった。

 

「————花村!」

 

 切羽詰まった誰かが、陽介を呼ぶ。そして、崩れて堅い石畳に打ち付けられるはずだった陽介の身体は、何か心地のいいものに包まれた。

 心が静まる良い香りも、人肌の温かさも、毛糸に似て柔らかな感触も、すべてが陽介を安心させてくれる。誰かが、倒れるはずだった陽介を支えてくれたのだ。何とかお礼をと、陽介は口を開こうと試みる。

 

 「ご、めん……」

 

 無意識に、謝罪の言葉が飛び出した。とにかく謝らなければいけない気がしたのだ。何に謝らなければいけないのかは、ぼやけた思考では分からなかったけれど。

 

 陽介自身、何に謝っているのか分からない。なのに、背中に回された何か——手だろうか——が、ポン、ポンと心地よいリズムで陽介を労る。もういいよと、あなたを許すよと、伝えるみたいに。

 

 その温かな触れ方に、陽介は心底安心して

 眠るように、気絶した。

 

 ***

 

「瑞月ちゃんはね、養子なんです」

 

 ————時は遡り、『喫茶 La Pause(ラ・ポーズ)』にて。

 

 瑞月の母親——瀬名水奈子(みなこ)は、短く言葉を区切る。ようし、と陽介は使いなれない言葉を茫然と繰り返した。フィクションでしか聞いたことのない単語には現実味がない。

 

 水奈子はカップを取り上げて、まるで口の中にとりついた雑味をリセットするために、中身の紅茶を口へ流し込こむ。

 

 養子。両親との血縁関係はないが、法的に実子の扱いを受ける子供だ。血のつながりのない子供。そこまでは陽介でも分かるが、話が大きすぎて陽介はどう答えればいいのか分からない。

 

「ごめんなさい。いきなりこんなことを言われても、困ってしまいますよね」

 

 水奈子は申し訳なさそうに頬に手を添えて、陽介を見ている。我に返って、陽介はアワアワと両手を振った。単に黙っていては、不機嫌と誤解されても仕方がない。

 

「いえ、水奈子さんが謝ることじゃないですよ! 俺の方がだんまりしちゃってすみません。…………その、つまり……瑞月さんとは、血が繋がってないってコトですよね?」

 

 そうじゃないだろうと、陽介は舌を固めた。散々考えたというのに、一番デリケートな部分を逆撫でるデリカシーの無さを嘆いた。首筋をだらだらと冷汗が伝う。

 だが、水奈子は動じなかった。まるで、陽介の受け答えを想定していたかのようだ。

 

「はい。生まれは別で、私たちが瑞月ちゃんを育てています。私と瑞月ちゃん、顔は全然似ていないでしょう」

 

 たしかに、瑞月と水奈子は似ていない。黒髪に碧眼、栗色の髪に若草の瞳、はては輪郭の形まで、親子だというのに容姿の共通点は見いだせなかった。

 

「てっきり俺、瑞月さんはお父さんに似ているのかって思ってました。佳菜ちゃんは水奈子さんとそっくりですよね」

 

「佳菜ちゃんは私が直接授かった子ですので。それから、瑞月ちゃんは私の夫とも似ていませんよ。夫は髪も瞳も、チョコレートのように深いブラウンですから」

 

 陽介は佳菜と初めて会った日を思い出した。迷子になった佳菜を助けて、フードコートで瑞月と一緒に話した日。姉妹なのに佳菜と瑞月が似ていない理由について、生みの親がまったく違えば説明がつく。加えて、瑞月は父親について尋ねようとした陽介を遮った動機も。

 

『……私と似ていないことは気にしないでくれ』

 

 瑞月はあのとき、珍しく歯切れの悪い口調だった。きっと、養子に結び付く話題を避けようとしたのだろう。話す必要がなければ、話さないほうがいい事実だ。ましてや、血のつながりがないなんて、幼い妹の前で話すものではない。

 

「……全然、知りませんでした。迷子になった佳菜ちゃん相手に、すごく心配してて、いいお姉ちゃんだなって」

 

 妹の将来に備えて、学童保育のアルバイトをしているほどだ。陽介は一人っ子だから、兄弟というものを知らない。門外漢な陽介の目で見ても、瑞月は『理想の姉』そのものだった。飾りのない誉め言葉が、陽介の口をつく。

 

「ありがとうございます」

 

 だが、水奈子は複雑な面持ちで陽介の言葉を受け止めた。自身の子供を褒められた嬉しさを、やるせなさと悔しさ——そして何よりも、寂しさが上回っている。

 どうして、水奈子は自分の庇護下にある子供を語るうえで、まるで手の届かないものを語るような、寂しそうな声音で話すのか。

 

「そうですね。瑞月ちゃんは佳菜ちゃんにとって、とてもいいお姉さんです。身内びいきにしても、本当に手のかからない子で——だからこそ私は、いつも心配しています。

 

 手がかからないということは、一人で何でも背負ってしまうということですから」

 

 水奈子は痛ましい様子で、眉を下げる。陽介はハッとした。親離れとか、子離れとか、そういうものよりもずっと深く積み重なった寂しさとやるせなさが、水奈子の中には横たわっている。

 

 『背負ってしまう』と聞いて、陽介は文化祭での瑞月を思い出した。山のようなパンフを一人で作ろうとしたり、手に余るゴミを誰も知らないうちに運ぼうとしていた瑞月。誰かの手を借りればいいのに、彼女はそうしなかった。

 

「もしかして、瑞月さんがあんま誰かを頼らないのと関係あるんですか……?」

 

 ふと、湧き上がった疑問を陽介は口にする。水奈子はひとつ悲しそうに頷く。そして、言葉を選びながら話し始めた。

 

 瑞月が瀬名家に引き取られたのは、8歳の頃だったという。瑞月はもともと、水奈子の恩師にあたる人物の孫なのだそうだ。訳あって、彼女は生みの親から引き離されたらしい。

 

「養育する人物が、その義務を放棄したそうです」

 

 淡々と水奈子は告げた。しかし、彼女の膝に置かれた拳は固く握られていた。瑞月の生みの親について、語られた内容は短い。にもかかわらず、含まれた事実は重いものだった。陽介は、友の知られざる出生に言葉をなくす。

 

「必要な手続きを経て、瑞月ちゃんは八十稲羽に越してきてもらって、私たちの家族になりました」

「てことは……瑞月さんは全然、ココの生まれじゃない?」

「ええ。元々は別の土地で生まれて、そちらで生活していました」

 

 つまり、かつての瑞月は陽介と同じく転校生だったということだ。共通点を見つけた嬉しさよりも、陽介は嫌な予感を覚えた。教室で、ぽつねんと席に着いている瑞月が頭をよぎる。

 

 閉塞的な八十稲羽の土地で、外から来た瑞月はどんな扱いを受けていたのか。

 

 千枝と雪子と会わせるために説得を試みたとき、『よこしまな好奇心』と言っていた瑞月が、何を思い出していたかも。

 

 彼女はずっと、遠巻きにいる人々から、好奇の視線を向けられていたのだ。

 それこそ、陽介と出会った八十神高校の制服に袖を通す前から。

 

 陽介は茫然とする。家族と共に移住してきた陽介と違って、生みの親に捨てられた瑞月は、たった一人で排他的な八十稲羽に来た。まだ、親の後ろで守られる年頃だったのに。

 

「私と容姿の違いが明らかだったので、やはり物申す方たちはいます。養子だという事実を明かしてもなお、です。あの子は、周りと比べて目立つ容姿をしているから、なおさら。────それでも、瑞月ちゃんは弱音を吐いたことはありませんでした」

「ずっと、耐えてたんですか?」

 

 陽介が問う。ある程度広い視野と世間を渡り歩く術を身に着けた陽介でさえ、八十稲羽の閉鎖的な環境は心に来るものがある。幼心の瑞月には、もっと過酷なものだったはずだ。

 

「耐えたというよりも、立ち向かいました。私たち──ひいては、佳菜ちゃんのために」

 

 水奈子が遠い目で笑った。己の無力を嘆くかのように、若草色の瞳には不甲斐なさと遣る瀬無さが浮かんでいる。

 

「瑞月ちゃんが10歳のころ、佳菜ちゃんが生まれて、瑞月ちゃんは変わりました。それまでは、どこか無気力だったけれど、貪欲に知識を求め始めました。合気道を始めたのもその頃です」

 

 水奈子が瞳をまたたく。その中心に見えるのは、佳菜とよく似た若草色の瞳だ。異質な色という点では、瑞月とも似ている。

 

「佳菜ちゃんも、瑞月ちゃんも、他人とは大きく外れた容姿の持ち主です。そして、瑞月ちゃんは佳菜ちゃんを守りたかったのだと思います。姉である瑞月ちゃんの世評が好ましければ、妹である佳菜ちゃんもその恩恵を受けられますから」

 

 水奈子の告白に、陽介は胸が締め付けられた。幼いころから今の今まで瑞月が弱音を吐かない理由が陽介には痛いほど分かってしまった。

 

(すっげえ似てんじゃんか、俺ら……)

 

 陽介と瑞月は、境遇が似ている。八十稲羽の外部から来た異邦人で、悪い噂が立ちやすいレッテル持ちで、家族という守りたいものを背負っていた。

 だからだろう。水濡れになった件を陽介に口止めしてまで伝えなかったのも。余計な心配を、家族にさせたくなかったのだ。

 たとえ自分が、泥にまみれようとも。

 

 『何でも『持っている』ように見える人間は、自分が大切にする『何か』を守るために、何かを『持たざる得なくなった』人なんだ』

 

『……瀬名はいいよ。根っこから、この町の人間でさ。それに、なんでも持ってて頼もしくて。そんな何の苦労もねーやつに、俺のことなんて分かるわけがねぇよ……』

 

 父の──陽一の言葉が、瑞月に投げつけてしまった心無い言葉と共によみがえる。陽介は、瑞月が羨ましかった。陽介が望んでも手にできないような、凛として動じない強さを生まれ持っていたから。

 

(けど、そうじゃなかったんだな)

 

 生みの親から捨てられ、ワタで包んだ筵で刺すような好奇の視線に苛まれ、それでも親しい人間を守ろうと藻掻いた。

 理不尽に容赦なく打ちすえられるような過酷な逆境であってもなお、折れない信念を礎にして打ち立てられた強さだったのだ。

 




 お読みいただき、ありがとうございました。明日に続きます。
 
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