それでは本編。ゲームセンターに向かった2人。
都会にいた頃は、仲のいいクラスメイトたちと共に遊んだゲーセン。しかし、八十稲羽に越して来てからはすっかりご無沙汰になっていた。刺激的な光を放つモニターに、懐かしささえ覚えて陽介はため息をこぼす。
「へぇ、結構、種類あんだな。カーレースゲーに、ガンシューティング、リズムゲーとかもあんじゃん」
「どの機械もまぶしいな。こういう場所には初めて入るから、何というか、圧巻だ」
「やっぱな。瀬名ってゲームはどれくらいやるわけ?」
「未経験だ。こうしたモニターを使うものはやったことがない」
首を横に振る瑞月に「デジタルゲームな」と陽介は教え込む。もう少し詳しく聞いたところ、瑞月のゲーム経験はトランプ・すごろく・オセロなど、アナログゲームで止まっていた。とんだ箱入り娘である。だが、彼女は好奇心が強かった。
ゆえに初めて見る、所狭しと並んだゲーム装置へと、瑞月は物珍しそうに顔を近づけている。
手近にあったゲーム機のモニターに触れて閃光が飛び散る様子に、瑞月は「わっ」と片手を引っ込める。その機械に陽介は見覚えがあった。
「あ、俺コレ知ってる。リズムに合わせてボタン叩くやつなんだけど、タイミングあったときのエフェクトがむっちゃ派手で爽快なんだよ」
「叩く? 楽器のドラムみたいにするのか? リズムを取って?」
「そそ、まぁあれと違って、手だけでバチは使わないけど。イヤなっついわー。俺の得意曲まだあったりするんかな?」
「やってみればいいのではないか?」
「それもそうだな。じゃ、俺の華麗なプレイに見とれるなよ!」
「花村、それは死亡フラグというヤツではないか?」
瑞月のツッコミなど何のその。陽介は慣れた様子でモニターを操作し、持ち前の曲を検索した。結果、ヒット。陽介の記憶では音符となるノートが単純な曲であったはずだ。難易度をスタンダードに設定し、スタートボタンをタッチする。頭に譜面を思い浮かべて、陽介はモニター上を飛んでくるノートに備える。が──
「えっ、えっ! ちょっ、ノート見直されたの!? ウソだろ、うわわわ!!」
──陽介が知らないうちに難易度の調整がされたらしい。陽介の記憶を裏切って譜面がかなり複雑になっていた。反射神経をフルで活用して必死にノートを拾っていく。
結果は──クリア。しかし、不合格となるギリギリだ。短時間の曲だったというのに、身体を駆使したせいか、息が切れている。
「や、やったぜ。なんとか、クリア」
「おお、すごかったぞ花村。自分でハードルをあげたせいで若干形無しではあるが」
「うるせーー!! 譜面が変わってるなんて知らなかったんだよ! なんとかクリアしたんだからセーフだろうがっ」
軽く手を叩く瑞月が図星を突いた。陽介は息を切らして休憩用のベンチに座る。大口をたたいてショボい結果というのがなんとも情けなかった。
「しかし、よくあんなに勢いよく流れてくる光? 花火? を捌けたな。私には難しそうだ」
「ノートな……。音符のかわりにリズムとるやつ。瀬名もやってみるか?」
というわけで、息も切れ切れな陽介に変わり、瑞月はゲーム機の前に立つ。難易度はいちばん易しいもので、選曲は『魔女探偵 ラブリーン』の主題歌。
「まさかの幼児向け番組」
「
そうして瑞月が構え、軽快なメロディが流れ始める。
────数分後。
「……瀬名、お前は頑張ったよ」
「言うな、花村……! ちょっと自分でもショックを受けているんだ。傷口に塩を塗らないでくれ……!」
瑞月の結果、それはそれは惨憺たるものだった。
難易度イージーにもかかわらず、ノートをとるタイミングが致命的にずれているのは当たり前。タイミングがあったとしても間違ったボタンを押す、手が絡まり合って動かなくなるなど、端から見ると滑稽な動きを連発した。それを、同じ曲で2回も。難易度イージーであるにも関わらず、である。当然スコアがとれずクリアできなかった。
陽介はあまりの悲惨さに目をつぶり、ある意味奇跡的なスコアをたたき出した本人は絶望している。
「お前、めちゃくちゃリズムゲー苦手じゃねーか。運動神経がこんがらがってたぞ」
「た、たまたま、このゲームが苦手だったのかもしれない! 他のゲームには適性があるかもしれないだろうっ。そうだ、向こうの車を扱うゲームをやってみようじゃないか!」
「あ、ちょっ、待てって、瀬名!」
そのまま2人はいくつかジャンルの違うゲームをやったが、すべてにおいて瑞月は見事に討ち死にした。
カーレースでは逆走を決めた上で車体を大破させ、ガンシューティングでは、画面に目眩を決めモンスターに不覚をとられた。最後には、格ゲーでは同じコマンドしか選択できず一律の動きを繰り返すマシーンとなってCPUに撃破された。
あまりの珍プレイの連続に、陽介は「なんでそうなる!?」と心の中で叫んでしまった。
正直、才能すら感じるほど壊滅的に、瑞月はデジタルゲームがヘタクソだった。そして、格闘ゲームで撃破された瑞月はというと、震える手でコントローラを握っている。
「ゲ、ゲームとはとても難しいものなのだな。花村はよく、これで遊べる……」
「いや、お前がヘタ過ぎんだよ。俺だってそこまでやりこんでないからな。むしろお前のソレは才能だ」
「うぅ、どのゲームも手も足も出なかった……。もう無料チケットが終わってしまった……お手上げ侍だ……」
惨敗を喫した瑞月は口をへの字に曲げている。リズムゲーを2回、3種類のゲームを一回ずつプレイしたので、5回あった瑞月の無料チケットは空になってしまった。
瑞月の悔しそうな表情に、陽介は居たたまれなさを覚える。せっかく、楽しい休日だったのに、ゲームに惨敗して苦い思いで終わらせてしまうのは、あまりにも忍びない。
(なんとかできないか……? あ……)
不意に、陽介は気がついた。なんの幸いか、陽介の手元にはもう一枚無料チケットがある。先程の瑞月と違い、リズムゲームを1回で済ませたゆえに残ったものだ。
(なんか、なんか、ないか!? 技術がなくても出来て、必ず結果が出るゲーム。────って、あ!)
視線をさまよわせると、あるゲーム機が目に留まった。起死回生のチャンスは得た。陽介は明るく、傷心気味の瑞月に話しかける。
「瀬名……あれならお前もできんじゃね?」
陽介が示したのはキャンディの積まれたベンディングマシン——言ってしまえば当たりつきの自動販売機である。ボタンを押すと1から9までの数字がランダムで表示されるルーレットが始まり、数の大きさに応じて景品が貰えるという代物だ。プレイヤーの技術は必要ではなく、完全に運が関わってくるゲーム。そして、多かれ少なかれ景品は絶対に貰える。
陽介は無料チケットを店員に提示し、ベンディングマシンを起動させた。ルーレットがランダムに数字を表示して輝く。そうして、意気消沈気味の瑞月に陽介は近づいた。
「瀬名、こっち来てやってみ? このゲームなら絶対お前もできるからさ」
「あ……いや、でも私は」
「もうゲーム始まってんぞ。あと、俺こういう運が関わるゲームはあんま強くないんだよ。やっても大抵残念賞しかとれねぇんだよなぁ。つーわけでお前に任せる」
「はっ!?」
「ほれ、お客さん集まって来るぞー。お前がやらなきゃ押す人いないんだけどなぁ」
陽介は両手をあげ『お手上げ侍』のポーズをとる。手は出さないという意志表示だ。瑞月は観念したかのようにトボトボと立ち上がり、ベンディングマシンの前に立った。恐る恐る、彼女はルーレットのボタンを押す。
結果は——8、大当たりだ。ドサドサドサッ! と景品のキャンディが取り出し口に落ちてくる。陽介は破顔して、ベンディングマシンと、棒立ちになった瑞月のもとに駆け寄った。
「よっしゃ、やったじゃねーか瀬名! 大当たりだぞ。コレがほんとの『終わりよければすべてよし』ってヤツだな!」
「と、取れた。ルーレット回しただけだけれど……」
陽介ははしゃいでキャンディを取りにかかる。瑞月はおずおずとその様子を覗き込んだ。取り出し口から現れたキャンディを手のひらに載せて、陽介は瑞月の眼前に突き出す。山盛りのキャンディと、からりと笑った陽介を交互に見つめて、瑞月は控えめに微笑んだ。
◇◇◇
時間はしっかりと過ぎていた。ベンディングマシンとの一戦を終えた2人は電車へと駆けこむ。行きの電車と比べると、帰りの電車はずいぶんと空いている。夕暮れが窓を突き抜ける車内の中、2人は空席に隣り合って腰かけた。
充実した休日を過ごした後の、心地よい疲れが陽介の身体を占めている。それは瑞月も同じらしく、凛と張った背中が発する空気は、どこか柔らかいものになっていた。
「なぁ、花村」
おもむろに、瑞月が口を開いた。
「今日は、本当に楽しかった。映画も観たのも、ゲームセンターで大騒ぎしたのも、初めての経験で……とても楽しくて充実した休日だったよ。ありがとう」
そう言って、瑞月は陽介に向かって柔らかく微笑む。陽介は照れて、瑞月から視線をそらした。だが、瑞月が楽しかったといっているのに感想を返さないのは野暮だ。だから、いっそう声を弾ませて告げる。
「俺も、楽しかったぜ。映画も思った以上に楽しかったしな! ……あと、以外に瀬名のガキっぽいトコが見れて面白かったかも」
「なっ!?」
瑞月が絶句して固まる。その隙に陽介はゲームセンターの戦利品であるキャンディをサイドバックから取り出して、瑞月の膝の上に差し出した。
「さっきのゲーセンでとったヤツな。5本はお前の取り分。チケット出した分、3本は俺がもらうわ」
「配当が逆だろう!? 貰えるとしても、私が3本で、花村が5本だ。私はボタンを押しただけなのだから」
「いいから貰っとけ! 初挑戦のゲームに果敢に挑戦したで賞! それと……」
「それと……なんだ?」
「……これからも俺と遊んでくれよって賄賂」
少しのためらいを経てから告げると、瑞月が息を飲んだ。だが、構うことなく、言葉を途切れさせないように陽介は続ける。
「技術とかが必要なゲームは苦手かもしれないけど、運が関わるヤツなら強いのかもよ? だからまた、別のもやってみようぜ。他のだって今はド下手だけど、練習すれば上手くなるかもしれないし……」
「……ド下手は余計だ」
「そうだな、こっから上手くなるかも知れねーからな」
キャンディを見つめていた瑞月が、にわかに陽介へと注目する。まるで思わぬプレゼントを貰った子供みたいに、瑞月は素直に驚きと喜びをあらわにした。
「それにさ、映画だってまた一緒に見よーぜ。それ以外にも、色んなコトして遊ぼう。俺といるときは、肩肘張らなくて全然いいからさ!」
とびきり明るく、陽介は瑞月へと笑いかける。
陽介は今日、瑞月の隠れた一面を知ることができて嬉しかった。映画にはしゃぐ様子も、苦手なゲームに悔しがって口をへの字の曲げた負けず嫌いなところも、何より────初めての出来事に目を輝かせる好奇心旺盛な一面も。
どれもが、瑞月が家族以外、陽介だけに見せてくれたものだ。いや、もしかすると家族にだって見せたことは無いのかもしれない。陽介だけが知っている、八十稲羽の何にも囚われない、瑞月の隠された一面。
陽介と向き合った瑞月が笑う。それはまた、陽介が知らなかった瑞月の表情だった。
彼女の笑顔は、いつもの凛とした冷たさはなく、澄んだ紺碧の瞳をあどけなくを細めて、暗がりを照らす夕日に似つかわしい、無垢な温かさで笑う。
陽介の力であらわになった、瑞月の好ましい、無垢な笑顔。
それを見た瞬間、陽介はふっと身体が軽くなるように感じた。瑞月と共にいる間は、楽しくて、どこまでも行けそうなほどに軽かった。けれど、今の感覚はそれよりももっと強い。まるで空を飛べるような、しかし心細さなんてない、たしかな翼を得たような感覚。
(ああ、きっと……)
テスト勉強の疲れも、八十稲羽のしがらみも、陽介が内側に抱える無力ささえも、
瑞月の笑顔が、いっとき忘れさせてくれたのだ。
(肩肘を張るな。なんて、俺はお前に言ったけど……)
本当に、肩肘から力を抜くことができたのは、きっと陽介の方だった。
「そうだな。私もまた、花村と出掛けたい」
だから、と 瑞月は受け渡されたキャンディをひとつ摘まむ。そうして、陽介の掌にころりと置いた。きょとんとする陽介にむかって、彼女は澄んだ瞳で笑った。
「私からも、賄賂だ。これからも遊んでくれという、な」
きゅうと、陽介の胸が切なく締まる。思わずにやけそうな頬を必死にこらえた。同時に、4本に増えた──うち1本は瑞月からもらった──キャンディを落とさないように握りしめる。
「お、おう。そだな。俺もまた、なんか面白い映画あったらチェックしとくわ、アハハハ」
「今のは笑うところなのか?」
キャンディの受け渡しを終えて、陽介はくるりと瑞月から背を向ける。瑞月は不思議がっていたが、陽介が「疲れたから、寝る」というとそっとしておいてくれた。目を閉じると、心地よいまどろみが陽介に降りかかる。
(今度もまた、遊びに誘ってみようかな……。沖奈でも、どこでもいいから)
心を許せる瑞月のとなりで、そんなことを考える。
意識が遠くなっても、胸の中にじんわりした温さを抱きながら陽介は人心地の眠りについた。
お読みいただき、ありがとうございました。これにて沖奈お出かけ編、終幕となります。
お楽しみいただけたなら幸いです。
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