Lotus in the mud   作:十志 佐都

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 自分で書きだしておいて何ですが、女の子を水濡れにする出会いって中々ないと思っております。


協力要請

 10月12日 月曜日 放課後

 

 文化祭の模擬店の設営と、当日の接客を担当してほしいと瑞月は言った。

 

 放課後の空き教室にて、陽介は瑞月から説明を受けている。陽介が謝罪に利用した昼休みでは、説明の時間足りなくなってしまったからだ。瑞月は他から椅子を借りて、自席に座った陽介と向き合っていた。

 

 10月30・31日は陽介たちが通う八十神(やそがみ)高校にて文化祭が執り行われる日だ。それを取仕切る文化祭実行委員が各クラスに2人ずついるのだが、陽介のクラスでは、瑞月がその1人だという。

 

「私たちのクラスは、地元農家の要請に合わせて飲食店をやるんだ。『いなば食堂』というのだが」

 

 メニューの考案や保健所への要請など、面倒事は済ませてしまったとのこと。あとは会場の設営、チラシの作成、促販グッズの作成と当日の業務を残すばかりらしい。

 

「といっても、チラシもあとは写真を入れるだけだし、会場のレイアウトも用意している。大筋は整えたので、あとは細々(こまごま)とした業務と当日の仕事が残るばかりだ」

「段取りいいっすね……。つか、そこまで出来てんなら俺はナニすりゃいいんだ?」

「模擬店の設営にて、クラスメイトたちのまとめ役をお願いしたい」

 

 瑞月はまっすぐに陽介を見据える。泥をかけたという相手にも嫌悪を示さず、きっぱりと頼み込む口調に自然と陽介の背が伸びた。

 瑞月は不思議だ。共にいると、どうしてか気が引き締まるような心地がする。

 ぱちりと1つ瞬きをすると、彼女は理由を子細に述べた。

 

「準備期間は人、資材の流れが複雑だ。その他にも、会計業務、文化祭実行委員の本部とのやり取り、調理衛生の管理などと多忙でね……。私ともう一人では手が足りなくなりそうだったから、クラス全体を見てくれる人が欲しかったんだ。どうだろうか?」

 

 瑞月の問いに陽介はしばらく思案し、頷いた。

 別段、陽介の人脈が広いというわけではない。しかし、クラスの人気者である人物──女子に人気な一条や、交友関係の広い千枝、男子たちに友人の多い長瀬など──と友人であった。彼らを橋渡しとして陽介が動けば、まとめ役の件はどうにかなりそうだ。

 

「そーゆーことならやれるぜ。 てか、瀬名さんって学校行事とか積極的にやるタイプだったんか」

 

 瑞月がクラス内で誰かといる場面を、一つとして陽介は知らない。授業が終わると、どこかへ忽然と消えてしまう不思議な同級生。彼女の表情は常に凪いでいて、どんな表情を見せるのかすら知らなかった。

 

「積極的にではないがな……。もともと、推薦で務めている役だ」

 

 そう呟いた瑞月いわく──地元の農家との共同の出し物を請け負ったクラス担任が瑞月に実行委員の役を持ち掛けてきたらしい。文化祭は、2学期の中間テストの後に行われる。ゆえに成績不振ではなく、ある程度余裕のある生徒に文化祭実行委員の仕事が回ってきたそうだ。

 

 それにしたって一匹狼な瑞月ならすげなく断りそうなものだが、どうして引き受けたのだろうか。もしや、と天城から聞いた話を陽介は思い出す。

 

「それって、瀬名さんのお袋さんの関係だから? その、料理研究家だっていう」

「………よく知っているな。担任も農家の方のこぼれ話で知ったというのに」

「あっ、やっ、グーゼン天城から聞いたんだよ……」

「天城さんか……なるほど、彼女は『天城屋旅館(あまぎやりょかん)』のお嬢さんだったな。母も仕事で良くしてもらっている。……っと、話が逸れたな。そうだ。母が地元の農産物に詳しい人間であるから、私に声がかかったんだ」

 

 瑞月は陽介を見つめる。その瞳には静かな──だが意思の強さが現れた鋭い光が宿っている。

 

「断る理由もなかったのでね。母の名前を出されては仕方ない。任された以上はやるとも」

 

 瀬名は断言する。話しているうちに、陽介は瑞月に抱いていたイメージが変わっていく。瑞月は、陽介の質問に対して正直に答えてくれていた。容姿の冷たさが先行する彼女だが、話してみると受け答えは真摯だ。

 

「なんか……口調は堅いけど、思ってたより瀬名さんって話しやすいかも」

「花村くん、先ほどから君の中で、私はどんなイメージなんだ?」

「もっと、とっつきにくいイメージ。クラスにいっつもいねーし、すぐどっか行くだろ」

「ふむ……、とっつきにくいか」

 

 陽介の言葉に、瑞月は額を指先で押さえる。何かに悩んで数秒後、口を開く。

 

「……確かに、クラスメイトとは目的がない限り話さないからな。1人で過ごすのが好きなんだ」

 

 こともなげに、瑞月は応えた。陽介とは違って、一人が好きな人種らしい。もう少し話を広げようと、陽介は質問を投げてみる。

 

「普段、1人で昼休みとかどっか行ってるだろ。何してんの?」

「空き教室か屋上にて昼寝をしているが」

「昼寝!? そんなきちっとした格好しているのに」

「寝相は静かな方だと思う。真昼の日差しの中、熱ければ木陰の下、雨音を聞きながら、眠るのは気持ちがいいのだが……」

 

 陽介はさらに衝撃を受けた。目の前の凛とした少女が、自堕落に教室で眠っている様を想像する。凛とした外見とは裏腹な、怠惰な内面のギャップに陽介はつい笑ってしまった。

 

「……ようやく緊張が解けてきたな。どうだ、とっつきやすくなっただろうか。私も人並みの趣味はあるから、怖いばかりの人間ではないだろう」

 

 氷のように固まっていた表情がほどけて、人間らしい表情が初めて露わになった。笑顔とまでは言わないが、相手に好感を抱かせるような穏やかな表情。

 

「瀬名さんも、表情変わるんだな。いっつも無表情ってか、クチビル真一文字に結んだ表情しか知らなかったから、なんかすげー新鮮」

「人間だからね。話せば表情くらい動く」

 

 瑞月は無理やり手のひらで口角を押し上げた。柔らかそうな頬が歪むが、唇の曲がり方がぎこちない。本人は笑おうとしているのに、表情が全く反応しないギャップがおかしくて、陽介は破顔する。

 

「いや、変わってねーし。作り笑顔ヘタかっ! って……あっ」

「うん。だいぶ喋り方が砕けてきたな。そちらの方が私も話しやすい」

 

 思わずノリで突っ込んでしまった口元を陽介は抑える。しかし、瑞月は別段気を悪くした様子はない。むしろ、素を見せた陽介を肯定するように頷く。

 

「え、あ、お、怒んねーの? 瀬名さん、こういうノリとか嫌がりそうだけど」

「何を怒る必要がある? 自転車の件は、怒る必要があったから怒っただけだ。ああでも言わないと、君がまた危険な運転をすると判断した。君の喋り方についても、不快とは思わない。むしろ話しやすくなって私としては気が楽だ」

 

 瑞月は首を傾げた。屋上で初めて会ったときよりも、感情を示す動作が多くなっていた。瑞月は表情が変わりにくいが、それを補って動作でコミュニケーションを取ろうとしている。つまり、瑞月は陽介と対話する意思は持っているのだ。

 

「つまり、瀬名さんは俺と話したい……。シティーボーイな俺の魅力に惹かれちゃったッ!?」

「シティーボーイの魅力うんぬんは脇に置いておくとして、協力する相手に身を固くされては困る。文化祭の手伝いとして誘ったのは私だ。スムーズに会話できるように努める」

「あぁ、サイですか……」

 

 本当に脇に置くジェスチャーまで込まれて、舞い上がりかけた陽介の心までもが掠め取られた。なるほど、瑞月が陽介と雑談を続けていた理由は、陽介の緊張を解きほぐすため──お互いのコミュニケーションを円滑にするためだったのだ。

 

 瑞月は、陽介に協力者以上の関心を抱いていない。

 

 興味を置いていた相手から、好意を示されたと早まった判断で動いた陽介は肩を落とす。意気消沈した陽介に、瑞月はふたたび頭を傾けた。

 

「どうして落胆している。文化祭が終わるまでの仲だというのに」

 

 瑞月の発言に、陽介はバネのように顔を引き上げた。

 

「は? 瀬名さん、それはどういう……」

「元々、君は自転車の一件を清算したいというから、私の手伝いを引き受けたのだろう? つまり、文化祭の終わりと共に協力関係がなくなるのも、成り行きとしては当然だ」

 

 事務的な口調で話し続ける瑞月からは何の感情も読み取れない。

 

 陽介は段々と瑞月の人となりが掴めてきた。確かに瀬名瑞月は、闇雲に人を撥ねつける冷たい人間ではない。

 しかし、積極的に人と仲良くする人間でもない。極めてドライな人間だ。それにしても、極端に人間らしさの感じられない瑞月の口調に、陽介は落胆混じりに呟く。

 

「なんか瀬名さんってすげークールだよな……。こう、スパッとしてるところとか」

「一人が好きな人種だからな、私は。それに、この関係はきみにとっても益があると思うが。加害者であるきみは文化祭以降、私と関わる必要がなくなるのだから。事故に関しても全く気負う必要がなくなる」

「う……」

 

 痛いところを突かれて、陽介は口ごもった。

 

 事故に関しても全く気負う必要がなくなる────発言の裏を返せば、瑞月は事故で負った責任以上の働きや交流を陽介には求めていないということ。

 

 元はといえば、その責任というのも、陽介の自己満足で言い出したモノだ。陽介と瑞月の関係は、陽介のワガママによって始まっている。本来ならば、はねつけてもいいそれを瑞月は受け入れていた。

 つまり、事故の件について陽介を咎めない方針と、陽介は期限付きの関係を覆せる立場ではないのだと、暗に瑞月は示唆している。

 

 今さらだが、情に流されやすい自身とドライな瑞月とはとんでもなく相性が悪いのではないかと、陽介は内心頭を抱えた。

 

 だが、そんな陽介の胸中など、瑞月は毛頭気にかけるつもりはないらしい。正面で暗い顔をする陽介などいざ知らず、瑞月はいつの間にか携帯を取り出していた。ポチポチと、キーを淀みなく操作し、彼女は陽介へと携帯を差し向ける。

 

「花村くん、メールアドレスを交換しないか。私の手伝いにあたって、何か疑問があったら答えられるようにしておきたい」

「あ、あぁ、そうだな。分かった……」

 

 美人とアドレスを交換する機会がめぐって来たというのに、陽介の心は踊らなかった。携帯のフレームはぶつかりそうに近いというのに、陽介と瑞月の心の距離ははるかに遠い。

 

「それでは、花村くん。文化祭が終わるまでよろしく頼む」

「あ……うん。こっちも、引き受けたからには頑張っから」

「そうしてくれると、私も助かる。よろしく頼む」

 

 陽介の返事を聞き届けた瑞月は、一礼の後、すみやかに借りた席を戻して教室をひとり後にした。後には、陽介だけがぽつねんと教室に残されるばかりだった。

 




 お読みいただき、ありがとうございました。
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