今回はオリ主と小西先輩のお話。互いに過去に何かあった人たち。
予期せぬ来訪者──小西早紀 通称”小西先輩”は、何を思ったか、瑞月のいる方へと歩を進めた。
瑞月はレジャーシートから立ち上がり、待ち人を待つかのごとく、爪先を小西先輩へと向ける。風が吹いて、瑞月が身につけた丈の長いマウンテンパーカーがなびく。純白のそれは騎士が纏う鎧にも似て、相手を威圧する効果がある。
にもかかわらず、小西先輩の足取りは変わらなかった。どころか、当初の驚きを切り替えて、人好するさっぱりとした微笑みを浮かべて瑞月に近づいてくる。
瑞月は察する。彼女は瑞月を目的として屋上を訪れたのだと。
「お久しぶりです、小西先輩。あなたが屋上にいらっしゃるなんて珍しいですね」
ならば、と瑞月は問いかける。瑞月は回りくどい行動が好きではない。ゆえに、単刀直入、目的と繋げやすい質問を投げかけてみる。小西先輩は驚いた様子で目蓋を上下した。続いて、申し訳なさそうに目を細めて、苦笑いを形づくる。
「お久しぶりだね、瀬名さん。というか、私の名前覚えててくれたんだ」
「小さい高校ですからね。一度お話した人の名前は覚えるようにしています。なにかご縁がある場合もありますから」
「相変わらず真面目だねー。私としては忘れて欲しかったんだけど」
「別に悪いことばかりではありませんでしたから。小西先輩のおかげで焼き菓子の美味しい洋菓子店を発見できましたし」
「あらそ。私のオススメはシュークリームなんだけどなー」
「それ以外も美味しい、ということです」
なら良かった。と小西先輩はくすくす笑う。儚げな外見とは裏腹な、芯がしっかりとした笑顔。その笑顔が彼女の本質をよく表していると、瑞月は短い付き合いで知っていた。
***
瑞月が小西先輩と知り合ったのは、そう昔の話ではない。学校がもうすぐ夏休みに入るくらいの時期だった。
放課後、瑞月が帰ろうと教室を出た瞬間に、『あの』と紙袋を持った誰かに呼び止められたのだ。
『あなたが瀬名さん? ちょっと時間、いいかな?』
それこそが、小西早紀先輩だった。儚げな外見とは裏腹に、人の良さそうな、しかし頼りなさを感じさせない笑顔が印象的だったのを瑞月は覚えている。
『承知しました。では場所を変えましょうか』
断る理由もなかった瑞月は、彼女の要求に応じた。ただ、どこか落ち着かない様子でまばたきを繰り返している彼女に、瑞月以外には打ち明けにくい話題と推察。ゆえに、瑞月が移動を提案したところ、小西先輩は肩を下ろして『ありがとう』と言った。
『ごめんねいきなり。私、小西早紀って言うの。実家は『コニシ酒店』っていうんだけど……』
瑞月が案内した教室にて、小西先輩は開口一番に謝罪した。瑞月もそれだけですべてを察した。
小西先輩と会う前の日、瑞月は『コニシ酒店』の前にて店の店主──小西先輩の父親──に侮蔑的な発言を受けたのだ。
瑞月と彼に面識はなかった。しかも瑞月は『コニシ酒店』の自動販売機を利用しようとしただけだ。難癖をつけられる行動などとっていない、まったくの無実である。
ならばなぜ、彼は瑞月に食ってかかったか。理由は瑞月の義母・
水奈子は異国の血を引く料理研究家だ。持ち前の知識を生かして、地元飲食店の支援や食品の流通も生業としている彼女は、『コニシ酒店』にも仕事を持ちかけにいったのだ。なんでも、八十稲羽の銘酒”森蘭丸”を製造する酒蔵とのコネクションを持つために、縁のある『コニシ酒店』に取引を持ちかけに行ったのだとか。
しかし、先方は『自分の販路を奪われる』と早合点したらしい。しかも、水奈子が外国の血を引いている、母親とはいえ年若い(ように見えるだけの)水奈子を最初からよく思っていなかったらしく、水奈子を門前払いにしたと、彼の的はずれな罵倒から瑞月は知った。
『酒の味すら分からんガイジンの娘が、俺の店周りをうろつくな』
そんな主張を、『コニシ酒店』の店主は瑞月にぶつけたように思う。
だから、瑞月は冷徹に言い返した。
『そうですか。ですが、あなたの卸し先に、私の母が協力しているお店があるとの事実を忘れないで頂きましょう』
瑞月とて、罵倒を黙ってやり過ごすだけの忍耐力は持ち合わせている。だが、『コニシ酒店』の店主は、瑞月を通じて義母である水奈子をコケにしたのだ。
ならば瑞月も黙っているわけにはいかない。しかも、『コニシ酒店』の店主のような暴言を簡単に吐く輩は、無抵抗の意味を履き違えて、ありもしない流言を吹聴しかねない。
そうなれば、瑞月を養ってくれている瀬名の家に、義母である水奈子に、まだ幼い妹の佳菜に、実害が及びかねない。瀬名家の人々を守るためならば、瑞月は不届き者の唇に針を刺し、縫い止める行動も厭わなかった。
ゆえに瑞月は、大変不本意だが、料理研究家である義母・水奈子の威を借りた。
『コニシ酒店』の店主いわく『誇りある酒屋』らしいが、瑞月にとっては何の変哲もない個人商店だ。せいぜい、コネのある酒蔵の銘酒を取り扱っているだけ。
だが八十稲羽の住民および飲食店は銘酒よりも、流通が安定して馴染みのある安あがりなビールや日本酒を優先する実情を、母の仕事を垣間見た瑞月は知っていた。それを『コニシ酒店』より安く取り扱う酒屋の存在も。
つまり、酒に関して流通の替えに関して『コニシ酒店』の代わりなど、いくらでもあるのだ。
対して水奈子は、料理の知識を生かして飲食店をマネジメントする仕事をしている。料理に関してアドバイスができる人材というのは八十稲羽で母くらいのもので、彼女は実績も上げて、各所の信頼も厚い。
要するに、替えの利かない人材だ。加えて、彼女は流通にもある程度コネを持っている。信頼のおける水奈子が酒の仕入れ先に口を出せば──替えの利く酒屋と替えの利かないコーチ──売り上げを重視する飲食店がどちらの意見を重視するかなど、火を見るより明らかだった(水奈子は私利私欲のために職権を濫用する人間ではないが)。
瑞月の脅しじみた言葉に、『コニシ酒店』の店主はみるみる青ざめた。瑞月は彼を振り返らず、彼の望み通りに『コニシ酒店』を後にした。ことの顛末を、瑞月は水奈子に報告した。さすがに身内に敵意を向ける人間の存在を黙っている訳にはいかなかった。
次の日、瑞月の目の前には『コニシ酒店』店主の娘である小西先輩が現れた。何をしようとしているかは明白だった。
『……先輩が非を被ることではないでしょう。これはあなたの親御さんの問題です』
ゆえに、瑞月は人気のない教室にて、小西先輩に告げた。過ちを犯したのは小西先輩の父親である『コニシ酒店』の店主だ。彼の過ちは彼のもの。娘である小西先輩にはなんの関係もない。だから、彼女が謝る必要などないのだ。
したがって、瑞月は遠回しに小西先輩の退室を促した。
『ううん。あるわ』
しかし、彼女は引かなかった。
『私だって、大なり小なりあの店に関わっているもの。あの店は家族のものだから、それなら家族がやってしまった過ちは、私にだって責任がいくはずよ』
小西先輩は人受けのいい笑顔を消した。そして真剣そのものの表情で、瑞月を真正面から見据える。人の言いなりになっていては手に入らない、強い光を宿した瞳に、瑞月は目を見張った。
『だからこれ、謝罪の代わりに受け取ってほしいの。親からではなくて、私から親が瀬名さんに迷惑をかけてしまったことへの謝罪』
小西先輩は持っていた紙袋を両手で差し出した。シワや汚れのない真新しい紙袋を瑞月へと突きだしながら、小西先輩は後輩である瑞月に向かって頭を下げた。
『父があなたと、あなたのお母さんをバカにするようなことを言って、本当にごめんなさい。本当は父から直接謝るべきだろうけど、これでどうかお願いします』
『顔を上げてください。小西先輩』
謝意を聞き終えるや否や、瑞月は強い口調で訴える。おずおずと顔をあげた小西先輩から、丁寧に菓子折りの入っているであろう紙袋を受け取る。
『小西先輩のお気持ちはしっかり受けとりました。あなたの謝罪をもって、あなたの父親が私にかけた言葉の謝罪とさせていただきます。母にもあなたの父親から謝罪を受けたと、そう伝えておきましょう』
滑らかではないが誠意のこもった小西先輩の謝罪に、瑞月は感心した。ゆえに菓子折りを受け取ったのである。小西先輩は一瞬、驚きに目を丸くする。その後で、肩のこわばりを一気に解いた。
まるで重い荷を下ろしたあとのように安堵した小西先輩に、瀬名家の長女である瑞月は親近感を覚えた。
その後、瑞月は小西先輩経由で謝罪と菓子折りを受け取ったと、水奈子に偽りなく報告した。
後日、水奈子と『コニシ酒店』の店主は話し合いの場を設けたらしい。
結果、両家は暴言について一切口外しない条件と引き換えに、水奈子が指定する酒蔵へのアポイトメントの要求など、水奈子にとって利益のある要求──『コニシ酒店』は腰が重いものも含む──をいくつか通し、事件は終幕を迎えたのである。
(家のこともあるから、お互いにもう会わないと思っていたのだがなぁ……)
予感とは当てにならないものだ。と瑞月は心の中で独りごちる。小西先輩はというと、瑞月には注目せず、彼女の奥にあるレジャーシートと荷物に目を向けている。
「瀬名さんはこんなところで何してたの?」
「休憩です。教室だとうるさいので、こうやって屋上で過ごしています」
「ふーん、なんかそういう、一人がダイジョブな感じ、瀬名さんらしいね」
「そうおっしゃる小西先輩はなぜこちらに?」
「うーん、散歩かな。天気がいいから出てみようかなーなんて」
建前だな。と瑞月は思う。小西先輩にとって、瑞月はそれほど親しくない相手だ。むしろ、会いたくないすらあり得るだろう。収束したとはいえ、家を巻き込んだ諍いの相手であり、彼女に非はないのに謝らなければいけなかった相手。それが瑞月なのだから。
ちなみに、瑞月としては小西先輩に悪感情はない。むしろ、家族が起こした問題に対して頭を下げた度胸と行動に移るまでの迷いの無さには舌を巻いた。家の長女という立場では、共感もしている。つまり、瑞月にとって小西先輩は悪い人間ではなかった。
だが、自分が相手を悪く思っていない=相手も自分をよく思っている。という等式は必ずしも成立しないのである。悪感情を抱いている場合も十分にある。しかも、小西先輩と瑞月の複雑な関わりを加味すれば、その可能性は十分にあり得た。
必要がなければ、話したくすらないだろう。
逆を言えば、瑞月と話す必要があったから話しかけざるを得なかったとも言える。
ゆえに瑞月は、小西先輩を警戒していた。
「散歩ならば、校庭もおすすめしますよ。風が吹くと葉が擦れる音がして癒されます」
「……瀬名さんって、なんかお年寄りっぽいね。葉が擦れる音って……」
「そうですね。友人からもよく言われます。いかがですか」
「うーん、私はいいかなぁ。今の時期は寒いし」
「それなら、こちらだって寒いでしょうに。ますますどうしていらしたんです?」
瑞月の疑問に、小西先輩は唇に人差し指を当てて考え始めた。間をおかずに、小西先輩は瑞月に笑いかける。彼女のつぶらな瞳には、どこかいたずらっぽい輝きがあった。
「バイト先の後輩がね、ここが好きなんだって」
「後輩、ですか?」
「うん。ここにいると空がすごく広く見えて、悩んでることとか全部忘れられるって言ってた。それに、気楽に話せる友達がいて楽しいって」
瑞月は言葉を忘れる。同時に、意識せずに深く息を吐き出した。小西先輩にとって、バイト先の後輩で、昼休みの屋上に友達を持つ人物なんて、一人しかいない。
「瀬名さん、1年の『花村』って男子生徒、知ってる? そいつ、私の後輩なの」
「知ってるもなにも、友人ですが。『花村陽介』でしょう」
小西先輩が、一瞬驚いたように目を見開く。しかしすぐ、納得したように微笑を浮かべた。
「そっかー。花ちゃんの友達って瀬名さんだったんだ。ちょっと驚いたけど、以外と相性いいかもね。どっちもいい子だし、面倒見いいしね」
「相性?」
「一緒にいる相性。瀬名さんって揺るぎない感じだからさ。お人好しで、イロイロふらついたりして、苦労多いアイツと一緒にいたらちょうどいいかなって」
「……花村に、何かあったんですか?」
思わず、瑞月の声が険を帯びたものになる。突如として纏う空気を変えた瑞月に、小西先輩がたじろいだ。しかし、瑞月にとっては陽介と比べる間でもなく些細な事だ。
お読みいただき、ありがとうございました。
小西先輩って、書くの難しいですよね。作中で情報が少ないうえ、ぼんやりとしたものしかないので人物像が雲みたいに掴めない……。
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