それでは本編。すっかり言い忘れましたが、これはクリスマスをテーマに描いたお話です。
「そっか、じゃあね」
瑞月の返答を聞き届けた小西先輩は軽やかに駆け出した。予兆なく起こる木枯らしのごとく、あっという間に姿が見えなくなる。対する瑞月は木立のように突っ立って、陽介は散らされた葉を思わせる力の抜け様でうずくまった。
「結局なにがしたかったんだ……あの人は」
「あの人はほんともー、わざわざ本人を目の前にして、あんなこと言うかよ。ホント世話焼きっていうか……」
陽介は膝に顔を埋めているが、隠れなかった耳が赤く染まっている。指摘するのも野暮だと、瑞月は何も言わなかった。しかし、瑞月が何かしないと陽介は動きそうにない。
「それでは先輩に指摘された通りにしよう」
「へ?何が?」
「『無理してないかよく見てやって』」
瑞月は膝を折って、うずくまる陽介と顔を突き合せた。片手に持っていた紙袋を瑞月は眼前に突き付ける。白く、シンプルな紙袋には楕円形の金シールがリボン付きで貼られている。
「メリークリスマス。年末年始、怒濤の連勤にのぞむ花村に細ささやかなプレゼントだ」
「はっ!? なに? どんなサプライズだよっ。つか、先輩の言葉全然カンケーなくね!?」
「驚きすぎて大声を出すでない喉を痛める」
陽介は目玉が飛び出んばかりに紙袋を凝視している。驚いたままに大口を開けて固まっているので、せっかくのきれいな顔が台無しだ。人体の神秘さえ感じて、瑞月は声もなく感動する。
「パーティーグッズのやかましい黄色い鳥みたいな顔はやめて、受け取るか受け取れないか決めてくれ。チキンなら鳴くくらいできるだろう」
「ガーガーチキンな!? チキンは今頃、おいしく出荷されてるから鳴くに鳴けねぇんだよ! つか俺はチキンじゃねぇ! 本物のチキンはジュネスでどうぞお買い上げください!!」
「もう買わせてもらった。それから、私はチキン相手に贈り物をする趣味はない。それで、受け取るのか? 受け取らないのか? 貰わない場合はこちらで処分させてもらう」
「……受け取ります。あんがと……」
「結構。ちなみに借りた漫画は、アクションが面白かった」
陽介は荒れた両手で紙袋を丁寧に受け取る。寒さのせいか、陽介の手が震えていたので、冷たい手を掴んで、瑞月は校内へと陽介を誘導した。踊り場にいるのは2人だけだ。教室に戻ろうと階段に足をかけた瑞月に、「あのさ」と陽介が呼びかける。
「ホントはこういうの、家で開けるのがいいんだろうけど、ここで開けていいか?」
「……いいとも。使用方法も私から答えられるしな」
陽介は嬉しそうに頷くと、封となっているシールまで傷つけないようにゆっくりと紙袋を開いた。中から出てきたのは、なめらかな布地の手袋。防寒具としては生地が薄いそれを、陽介はキョトンと要領を得ない様子で見つめている。
「これって……」
「絹手袋だ。保湿効果が高いから、寝るときに着用すると手荒れの改善につながる。洗濯が手洗いしかできないのが、少し面倒だがな」
「絹!? 絹って、あの!? なんつー高級品を……」
「いや、それほど高価でもない。学生でも手にできる代物だが」
ギョッとする陽介に答えた瑞月は、あかぎれとさかむけができた陽介の手に視線を落とす。
陽介はアルバイトで手をよく使うせいか、大気が乾燥している今の時期はさかむけが多かった。ハンドクリームを塗っても、クルクルとよく働く陽介の手には馴染まず、すぐに剥がれてしまうのだ。
瑞月は、様々なものを与えてくれる陽介の手を好ましく思っている。だから、傷ついてほしくないし、傷がついたとしてもきちんと直るように、何かしたかった。
大きめのサイズを2組用意したので、交互に使える。値段もスキンケア用に絞れば値段は張らない。小西先輩の言う『無理してないかよく見てやった』結果のプレゼントであった。
「……サンキュな。なんか、すげー嬉しい」
そういって、陽介は震える声で微笑む。先ほどガーガーチキン顔をお披露目したとは思えない、花がほころぶような繊細な笑みだ。瑞月はその、温かい色が幾重にも重ねられた陽介の笑顔を見ると、胸のあたりがほわりと温かくなる。
「……手荒れといえども、やはり怪我には変わらない。大事にすることだ」
「あ! でもこーいうプレゼントのことは今度から事前に言っとけよ。クリスマスプレゼントっていうのは交換するものなんだから」
宣戦布告を突き付けるように、陽介は瑞月に人差し指を向けた。瑞月は口元に手を当てて思案する。
「サンタさんからの贈り物だと考えておけばいい。今年、頑張った花村へのプレゼントだ」
「自分からサンタ宣言するやつがあるかよ……」
「それがここにいるのだな。出自の分からんプレゼントに不審がられたら元も子もないだろう。私のお
「まさかのサンタサラリーマン!?」
驚いた陽介が身体を反らす。その様子が賑やかで、瑞月は無意識に緩んだ頬を覆い隠す。わなわなと身体を震わせ、何かを決意したのか、わっと宣言する。
「くっそ、覚えとけよっ。だったら年末にジュネスの委託サンタがお前に逆襲してやるっ!」
「その言い方だと仇討ちになってしまうが花村。それに、私にサンタさんは来ないよ。もう
意味深な瑞月の言葉に、陽介は口を開きかけた。しかし、午後の授業を知らせる予鈴が鳴る。弾かれたように2人は勢いよく階段を駆け下りていく。
だが突然、陽介が階段に躓いた。
「ダッ!?」
「──ッ!」
間一髪、瑞月がとっさに腕を掴んだ。転倒はせず、無事に陽介は立て直す。
瀬名瑞月にとって、大切な友人だ。ちょっとドジだけれど、善良で優しい。ずっと、そばにいられたのなら、瑞月は柄にもなく願う。だが──
──お前のような罪人が、誰かと寄り添いあうなんて、許されると思っているの?
──一瞬、陽介の腕を掴んだ拍子に、瑞月の内側から呪詛が響く。低く地を這う幼い声に弾かれて、陽介から性急に手を離した。
(私は”忌み子”だ)
瑞月はぐっと唇を引き結ぶ。誰に言えるはずもない──だが、ひとりで抱えるには重すぎる、忌まわしい過去の叫びを封じ込める。
(本当は、君と並び立つ資格なんてないのに)
瑞月はかつて罪を犯した。八十稲羽に来るよりも昔に。
幾多の罪を重ねた誰かたちの、歪な罪を背負わざる得ない、生まれながらの”忌み子”だった。それにふさわしい罪人に──×××になった。
(────罪人は、檻の中で孤独に罪を悔い改めるという)
だから、罪人である瑞月も、本当は誰の手も取らずにひとりで生きねばならなくて、
善良な陽介の隣にいるなんて、到底、許されないことだった。
「なぁ、瀬名」
瑞月は振り向く。あまりにも優しい声で、陽介が瑞月を呼んだから。声にたがわず、優しい──まるで春の日差しを思わせる無垢な微笑を、陽介は瑞月へと向けた。
「やっぱり、サンタは来るよ。お前のところにさ。別に年とかそういうの関係なくて────頑張った人たちにご褒美を堂々と振り撒くサンタがいても、俺はいいと思う」
────お前みたいに、さ。
瑞月が贈ったプレゼントを、大事そうに陽介は抱え直す。瑞月が彼に贈ったのは何の変哲もない手袋だ。
それなのに、繊細な装飾が施されたブローチでも入っているような手つきで、陽介は紙袋を丁重に抱きしめる。
心から嬉しそうな陽介の笑顔は、紛れもなく瑞月がもたらしたものだ。
その事実に、瑞月の心がただ震える。
(────私のすべては”償い”のために)
瑞月は、一人で死ぬと決めている。
みずからの、かつて背負った罪ゆえに。
葬送の花もなく、冥福への旅路に臨のぞむための旅装束もなく、何もない棺のなかに、罪への祈りと”忌み子”である身一つを納めて、暗い土くれのなかに孤独に葬られようと。
(────けれど)
瑞月がそばにいて、笑ってくれる人がいる。あなたがいて嬉しいのだと。
罪人である瑞月にとって、それはたしかに”救い”だった。
きっとと、瑞月は思う。あまりにも寂しい棺のなかに、宝石のような輝きを持った陽介との思い出を抱いて逝けるのは、きっと素敵だと。
いつか別れるその日まで、瑞月のもの寂しい『平穏』のなかに、優しい陽介がいる。
それは、罪人である瑞月にとって何よりも善いことなのだろう。
──もとより、罪を背負ったこの身は、孤独に死ぬと定められている。どうせ終わる時間なのだから、暗闇の中のほのかな
瑞月の問いかけに、幼い呪詛は沈黙する。もう何も聞こえない。陽介と瑞月は教室に戻って、移動先の教室へと一目散に駆けていった。同タイミングで転がり込んだ瑞月と陽介を、クラスメイトは物珍しそうに眺めていた。
────その後の年末。季節外れのサンタ帽を被った男の子が、瀬名家にクリスマスプレゼントを届けにきたという。
お読みいただき、ありがとうございました。なにやら不穏な事情を抱えるオリ主……。そして、陽介サンタはいったい何を届けたのでしょうね。
ちなみにオリ主、雪子ちゃんにはリラックス効果のあるハーブティの詰め合わせを、千枝ちゃんには肉のお菓子詰め合わせをプレゼントしたそう。