Lotus in the mud   作:十志 佐都

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 閲覧ありがとうございます。そして、「ど、どうした!?」とびっくりするほど、閲覧数とお気に入り登録者さまが増えました。まさかの140人越え。ありがたやありがたや。(人´∀`)♪

 それでは本編。お昼が終わったら、楽しいレクリエーション。


Winter always turns to spring. ③

 花見弁当が詰められていた重箱は、すっかり空になってしまった。残るは瑞月が作ったというデザートの盛り合わせくらいだ。だが、お腹いっぱいになった陽介たちには食べるに苦しい。結果、食休みをとることとなった。

 

 だが、ただお腹が空くのを待つのも寂しいものだ。すると食休みをとったのち、元気印の千枝がここぞとばかりに飛びはねた。

 

「いよっし!! じゅーぶん休んだから、皆で身体動かして遊ぼ! デザート食べるにもお腹すかしとかないとね!」

「肉の段、5割平らげたっつーのによくそんな動けるな……」

「千枝はお肉大好きだから……」

「私は嬉しいがな。自分の料理を友達に気に入ってもらえるというのはとても嬉しい」

 

 陽介の小言と雪子のフォローに構わず、瑞月に向けて千枝は屈託なく笑った。そして彼女は持ってきた荷物からあるものを取り出す。細身のラケットに、羽根のついたシャトル。よほど運動に無関心でなければ何かは明白。バドミントンの道具である。

 

「へー、里中、お前ってカンフーだけじゃねぇんだな」

「ふふん、スポーツは何でもできんのよ。毎年、体力測定で表彰されてるもん」

「へぇ、さすがジャ──」

「さすがじゃないか千枝さん、日頃から身体を動かしている成果だな」

「えっへへへへへ」

 

 照れる千枝を尻目に、瑞月が隣の陽介を目で制す。肉食獣の『ジャガー』と言いそうになった陽介に、瑞月が機転を利かせたのだ。陽介はソッコーでオクチをチャックした。雪子はというと、バドミントンの道具たちに懐かしそうな目を向ける。

 

「バドミントンか……懐かしいね。千枝とよく家の裏山で遊んだっけ」

「え、天城もまさかの経験あんの?」

「うん。実家で卓球やってるし、似てるから千枝と遊んでたの。どっちも同じ打ち返す競技だし」

「……すげぇざっくりな分類」

「あ、でも雪子がバドできるのはホントだよ。瑞月ちゃんと花村は?」

 

 千枝の問いかけに、陽介は回想する。バドミントンは両親と遊んだ経験があるが──と、考えて年明けに瑞月と遊んだ日を思い出した。

 

「ま、最近羽子板やったからいけんだろ」

「羽子板? 珍しいね、花村。都会っ子なのにそんな古い遊びやるんだ」

「私もお正月にやったから、いけると思う」

「おりょ、瑞月ちゃんも? まさか……」

 

 千枝が疑わしげに2人を見つめる。千枝の問いに、陽介と瑞月は顔を見合わせる。そうしてふふっと、楽しい秘密を共有する同士で笑いあった。

 

 ◇◇◇

 

 バドミントンはラリーが続くのが楽しい。というので、勝負ごとにはせず気楽にラリーを続ける方針になった。ラケットが2本しかないので、順番も気楽にじゃんけんで決め、2人はバド、あとの2人はレジャーシートの上で休憩というパターンである。結果、まずは陽介と瑞月がバドの組に決定した。

 

「よっしゃ、瀬名! 全力でこいよ!」

「花村、ラリーを続けるルールだというのに全力を出してどうするんだ」

 

 などと呆れながらも、瑞月は羽根を扱うかのような軽やさでラケットを振る。気合い十分といったところだ。

 

「まぁ、そこまできみが言うのならちょっと意地悪な球を返してみようか?」

「はなむらー、ショボいプレーしたらアンタのいちご大福もらうかんねー!」

「理不尽! 人数分あるっつのになんちゅー横暴!」

「ふたりともがんばれ~!」

 

 言動は違えど、休憩スペース2人は楽しそうな目を向けているので、悪い気はしない。瑞月を見れば、彼女も待ち遠しげにシャトルを弄ぶ。

 

「冗談だ。楽しんでいこうか」

 

 爪先を陽介へと向け、シャトルを打ち込む。そうして花束でも投げるようにシャトルが打ち出された。

 

 ────陽介と瑞月のラリーは長く続いた。正月に羽根突きで遊んでいたこともあって、互いに打ち方のクセを知っていたからかもしれない。でもそれ以上に────

 

「瀬名! ほらっ、よと!」

「了解っ、だ! 花村」

 

 たかくたかくシャトルが跳ぶ。羽の白が太陽の光で輝いた。あはっと、陽介は屈託なく笑った。脚を、体幹を、腕を、すべてを駆使して続けるラリーはこんなにも楽しい。瑞月もハツラツと笑った。

自分を受け止めてくれる相手がいてくれるからだ。

 

 ◇◇◇

 

 ラリーが続いた結果、陽介の苺大福は千枝の毒牙から難を逃れた。千枝は少し悔しそうにしながらも「ふーん、すごいじゃん」と口の端を上向きに認めてくれた。

 

「よしっ、じゃあ次はアタシと瑞月ちゃんの番ね」

「あぁ、よろしく。千枝さん」

「ほい、里中。ラケットあんがとな。名ラリー、期待してっぞ?」

「ほいサンキュ花村。じゃあ行くよー!!」

 

 屈伸したのち、千枝は瑞月の元へ向かっていった。入れ違いに陽介はレジャーシートに膝をたてて座りこむ。隣では、雪子がデザートをつまんでいたらしい。膝上の懐紙に、食べかけの饅頭が置いてある。

 

「よーすっ、天城。俺のスーパープレイ見てたか?」

「お疲れ花村くん。ラリーすごく続いてたね」

「おっ、天高くうち上がるシャトルのように天城越え華麗に達成。ってか?」

「ううん。『天城越え』が何かは知らないけど、それはないよ」

「意味知らなくてもちゃんと打ち落としてきたよ……」

 

 ばっさりと、雪子は陽介の軽口を叩き切る。ガックリと、陽介はわざとらしく肩を下ろした。ダメージはそれほどない。半年も交流していれば付き合いの型というものができてくる。陽介が軽薄に振るまい、雪子がそれをかわす。ありふれた表面上の交流。

 

「でも、少し羨ましいとは……思ったかな」

「え、なにを」

 

 けれど今日は少し違った。物静かな雪子が心のうちを吐き出すなんて珍しい事態に、陽介は戸惑う。彼女は膝の上の、桜の塩漬けが乗った饅頭に目を向けた。

 

「瑞月ちゃんと花村くん、さっきのラリーすごくイキイキしてた」

「え……そりゃあ……前にああいう羽根突きみたいなので遊んだことあったし」

「ううん。それだけじゃないよ」

 

 そういって、彼女は陽介が運んできた、瑞月が用意してきたほうじ茶を撫でた。

 

「並びあってて、お互いが歩幅を合わせていて、羨ましいなぁ……って」

 

 雪子が顔を上げる。そうして、親友と遊んでいる瑞月へ目を向けた。ピョンピョンと若鹿のように跳び跳ねる千枝に、彼女は申し訳なさそうな、羨ましそうな、それでいて焦っているような、複雑な目を向ける。

 

「わたしはまだ……全然だから」

「『まだ』……?」

 

 陽介は違和感を覚える。雪子は──本人が気がついているかは知らないが──雪子は親友の千枝に頼りがちな一面がある。以前の雪子ならば、『まだ』なんて目標があるような、千枝に追いつこうとするような言葉は使わなかっただろう。

 

「あ、ううん。なんでもない」

 

 はっとした様子で、雪子は口許を覆った。そうして、瑞月と千枝のラリーに目を向け始める。どうやらこれ以上聞き出すのは陽介の仲では無理そうだ。「ふぅん。ま、がんばれよ」と陽介も当たり障りのない応答を返す。

 

(そういえば……)

 

 陽介は回想する。12月の終業式も間近だった、ある朝について。学校に早く登校する瑞月と雪子が何やらチラシを手に話し込んでいたのだ。偶然覗きこんだソレには『アルバイト募集』とか、『────資格講座』書いてあった気がする。

 

(なにか、やりたいコトとか欲しいモンでもできたんかな)

 

 つれづれと陽介は推察する。陽介は雪子とそれほど親しくはないが──それでも、いい変化のように陽介は思えた。前までの彼女は──旅館の跡取り娘だという立場もあってか──なにかを諦めたような、言ってしまえば、瑞月と出会うまえの陽介に似た沈んだ気配があったから。

 

 きっと雪子も変わりつつあるのだ。

 

 パワフルな千枝によって、シャトルが天高く打ち上がる。舞い落ちる桜の雨を突き抜けて、たかくたかく飛翔したそれを、雪子はどこか眩しそうに見つめていた。

 

 ◇◇◇

 

「ねぇ花村」

「ん、どしたよ里中。まさか……このデザートは俺のモンだからやんねーよ!?」

「ちーがうっつの!  たくっ、どうしてアンタはアタシが話すと食べ物の話に直結するのさ!」

 

 千枝と瑞月、雪子と陽介のラリーが終了し、今度は雪子と瑞月が打ち合う運びとなった。現在休憩所にいるのは、千枝と陽介だ。

 2人はイチゴソースのかかったプリン似たまっしろいデザート(パンナコッタとの名前らしい)。運動終わりの身体に、イチゴソースの甘酸っぱさと牛乳のまろやかな風味を活かした甘味が沁みていく。

 

 あらぬ疑いに千枝は んもーっ! とスプーンを握りしめる。牛かよ。と陽介はいつもの様子でからかった。誰がよっ! と反論すると、千枝は一転して表情を神妙なものに変える。

 

「──ってふざけて訊いてんじゃないのよ。花村とするにしてはマジメな話」

「失敬だな。それじゃまるで俺がまったくマジメな話しない人間みたいなんだが?」

「『事実だが?』」

「……イヤ瀬名のマネしてんだろうけどゼンッゼン似てないからな?」

「それそれ。あたしが訊きたかったのは瑞月ちゃんのコトよ」

 

 ヘタなものまねに気を悪くした陽介にも臆さずに、千枝はくりっと大きな瞳で陽介を見据える。そうして、芝居がかった動きで陽介を指さした。

 

「アンタって瑞月ちゃん好きなの?」

「ブッ────!」 

「うわちょっ、ナニしてんのよきたなッ!?」

 

 突発的に、パンナコッタを吹き出した。ビャァッ! と、拒絶全開で千枝は陽介を怒鳴りつける。レジャーシートにかからなかったのは救いだが、確認する余裕もなく、陽介は口許を乱暴にぬぐって言い返す。

 

「里中テメーなんてコトしやがる!? 俺の、おれのパンナコッタがぁぁぁぁ……!」

「なんでアタシのせいなワケ!? 自分で吹き出したんじゃん!」

「オメーがヘンなコト訊きやがるからだろうがッ!?」

 

 アイスクリームを無残に床へと落としたような絶望感に頭を抱える陽介を、自業自得だろっ! と千枝がなじる。それから、猛禽類のように鋭く陽介を睨み付けた。

 

「つーか……アンタそれでウマイこと話題逸らそうって魂胆じゃないわよね」

「ギクッ」

「恋愛ハンターの千枝ちゃんから逃れられると思うなよ。……で、どうなの? 好きなの? 付き合ってるの?」

 

 なんだ恋愛ハンターって。と陽介がツッコむヒマもなく、千枝は千枚通しのような眼光を光らせる。その目に陽介は押し黙った。彼女があらわにしているのは真剣さだけではない。普段は勝ち気そうに開かれた眉が、心配そうに寄せられている。

 どうやら宣言どおり、真面目な質問のようだ。陽介は観念した。

 

「…………好きだよ。──────”親友”として」

 

 ポツリとこぼした答えに、千枝が意外だと言いたげに目を丸くする。それから、納得いかないと示すように眉をしかめた。

 

「あんた……それホントに言ってる?」

「ホントだよ。マジの大マジ。そもそも俺、瀬名とは別で好きな人いるし」

「ウソ」

「ウソじゃねぇよ」

「ウソだよ」

「お前な────」

 

 しつこい。と思わず強く抗議しようとして──陽介はやめた。千枝はまるで信頼している人間の不正を目撃したように、唇を噛み締めている。ふてくされたような、悲しいような、怒っているような声音で彼女は問う。

 

「だったら、なんでそんな……遠くの瑞月ちゃん見つめて、切なそうなカオしてんのよ……」

 

 そのとき、気がついてしまった。千枝は、陽介が封じようとした感情の正体について勘づいている。陽介が”憧れ”という箱で包み込んで、”友情”という鎖で封じた瑞月への想いについて。勘の鋭い彼女らしい。そして、正直を美徳とする彼女だ。陽介のやっていることを不可解に感じるのも当然だろう。

 短い息を、陽介は吐く。

 

「……だってさ、俺なんかじゃ釣り合わないだろ。あんないい子」

 

 そうして、諦感と共に吐き出した。陽介が瑞月への想いを封じた理由を。自嘲ぎみに、陽介は唇を歪める。同時に、遠くで雪子と遊ぶ”親友”を見つめた。

 

 風がいっとう強くなった。桜吹雪が吹き荒れて2組の間に白の壁を作り出す。花弁の波に遮られながらも、陽介は目を逸らさなかった。まるで、脳裏に焼きつけようとするかのように、陽介は瑞月を見つめている。

 

「あいつの進路なんだけどさ、県外だっていうんだよな。学費とかそういうのも考えて国公立か、奨学制度の手厚い私立も考えてるって」

「……」

 

 千枝が息を飲む。当然だ。この意味を理解できないほど彼女も子供ではないのだから。陽介は頬を持ち上げる。上手く笑えてるかな、なんて心の隅で思いながら。

 

「きっとアイツは俺とは違う道に行くんだろうなって。そのときさ、俺なんかが隣にいたら邪魔になるだろ」

 

 分かっていたことだ。それこそ、出会った最初から分かりきっていたことだった。

 

 花村陽介と瀬名瑞月は違うのだ。

 能力も、性格も、志す道も、何もかも。

 

 だから、きっといつか離れる日がくる。

 それでもいいと、陽介は思った。

 

 陽介にとって、瑞月は月のような人だった。彼女の優しさは、月が天から降り注ぐ安らかな光に似ている。

 あるいは、泥のなかに咲く蓮のように清らかな人。泥の中でも凛とした白で輝く蓮のような高潔さを彼女は持っている。

 

 どちらにせよ、美しい人だ。

 そんな瑞月に、陽介は焦がれた。

 

 けれど────

 

「アイツにはもっと……俺なんかより、ふさわしいヤツがいる。どこまでもまっすぐ進むあいつに」

 

 ────陽介は、どうしようもなく、凡人だった。

例えるのなら、白蓮と泥にまみれた人間だった。

 

 何度も自分を救ってくれる、まっすぐで、白い薄絹のような光を放つ優しさを持つ彼女が、大好きだ。

 けれど、陽介が触れれば、もがいてばかりでみっともない人間が、傍に、いたのなら、

 きっと、彼女の足を止めてしまう。彼女が行けるはずの、輝くような未来を閉ざしてしまう。

 

「だから俺は、”親友”でいいんだ。そうやって俺はアイツの力になりたいんだよ」

 

 ずっとずっと手を取るのではなくて。

 遠くから眺めているような関係が。たとえ見失ってしまったとしても。

 

 桜が舞っていた。雨のような、雪のような桜が。

 幾万の花弁が壁のように、緞帳のように、陽介と、瑞月を白で別つ。

 それでも、焦がれるように、脳裏に焼きつけるように、陽介はずっと、瑞月を見ていた。

 

「それで、いいの?」

 

 千枝が問う。その声はどこか心配しているようだった。

 

「……いいんだよ」

 

 振り返らず、陽介は答えた。

 千枝は、なにも言わない。だたただ、陽介が握りしめた拳を憂いを帯びた目で見つめている。

 

「アンタは────」

 

 ザアァッと風が吹き抜ける。

 桜が舞う。やわらかな白の波がうねった。強くなった風のなか、瑞月たちが避難してくる。

 たおやかに靡く黒髪と、宝石のように澄んだ碧の瞳は、はかない白に埋もれることなく鮮烈だ。

 花の嵐のなか、垣間見えた瑞月と目が合う。陽介のなかにわだかまるモヤがすっとなくなる。笑みが自然なものになる。彼女も陽介を認めると、ゆるりと笑った。

 

 千枝の問いに陽介は答えられなかった。

 




 お読みいただきありがとうございました。明日、一年編の最終話を投稿いたします。どうぞ、よろしくお願いします。
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