ありがとうございます。拙作をお楽しみいただけたのなら、身に余る光栄です。
この作品を投稿して良かったと、心からの感謝を申し上げます。
それでは、文化祭当日、後編です。
少しトラブルが起こります。花村好きな方にとっては少し辛い出来事が起こりますが、物語の行く末を見守っていただければさいわいです。
昼は売上の掻き入れ時だ。『いなば食堂』も例に漏れず、怒涛のお客を迎えていた。しかし、客足が滞ることはない。身体のキレが格段に良くなった花村が、気分上々でお客をさばいている。朗々と響く声で客を案内し、不要となったゴミたちをうず高くまとめては大道芸人のような身軽さで片付けた。
細い体を席の間を颯爽と潜り抜け、優雅な動作で料理を提供する。『いなば食堂』はもはや陽介の独壇場のサーカスだった。
雪子と千枝は陽介の気持ちのいい働きっぷりに感心する。
「すごい……ジュネスでバイトしてるだけのことはあるね」
「陽気なテンションに花まで見えてきた。やっぱ、アイツの接客能力すごいわ」
気付けば、あっという間にピークタイムは過ぎ去った。またシフトが交代となり、陽介は屋上へと向かう。
ほどよい疲労が眠気を誘った。陽介は昼の暖かな陽光に包まれて眠りに落ちた。
「花村! 起きてよ花村!」
千枝の必死な呼びかけに、陽介は目を覚ました。あからさまに、千枝はほっとした様子で息を吐く。しかしすぐに顔が固まった。
「な、なんだよ里中。まさか……俺、また寝過ごした!?」
「違う! なんか、厄介なお客さんが来てるの! クラスのみんな、どうすればいいか分かんなくって」
混乱して千枝は禿をふる。その目は今にも泣きだしそうに水の膜が張っていた。
厄介な客が、店に居ついたらしい。先行する千枝から、道中かいつまんで事情の説明を受けた。席に居座るばかりで、一向に注文をしない。態度が粗暴で、入ってくる客を睨んで委縮させるために、どうも客の入りが悪くなってしまっているという。どうしたらよいのか分からず、接客に慣れている陽介に相談することにしたという。
「先生たちは他の出店とかの巡回とか、トラブル対応でなかなか捕まんなくて」
「くそっ、せっかく上手く回ってたはずなのに、なんでそんなことになってんだよ!」
陽介たちは模擬店にたどり着いた。しかし、野次馬の壁が厚く、中の様子はうかがえない。
「すみません!関係者なんです。通らせてください」
人の間を縫って、陽介たちは人並みの最前列に向かう。教室と廊下の間にあるガラス窓から、内部の様子をうかがうことができる。模擬店の中には、机の上に頬杖を突いた、平凡ないで立ちの太った中年男性が座っている。応対のために立ちあった生徒を、頬杖が支えた頭でねめつけている。椅子に乱暴に投げ出された身体といい、見るからにマナーがなっていない、粗暴な男。
応対に立っているのは——瀬名瑞月だ。彼女は調理班のリーダーを務めていて『いなば食堂』の模擬店にあまり顔を出さない。しかし今、瑞月は店を訪れている。
彼女は着用していたエプロンを脇に丁寧に折りたたみ、折り目正しく頭を下げていた。きっと、クラスメイトが調理実習室から呼び寄せたのだ。敬礼を続ける、その背筋はピンと張っている。野次馬やクラスの憐憫の姿勢に動じることなく、彼女は敬礼を貫く。
頑なな姿勢に、粗暴な男は飽きたかのように黙っている。ふいに、粗暴な男が野次馬へと目を向けた。そして、陽介を見た瞬間、口の端が歪に歪んだ。嫌な予感がした。男は妬みと嫉みで膿んだ目で、陽介を見たから。
「ポッとでのガキが、我が物顔で商売してんじゃねえぞ」
男が、瑞月に向って暴言を吐く。瑞月に向けられたようで、きっと本当は違う。それはジュネス店長の息子である、陽介に向けたものだ。衝撃と嫌悪と怒りで、陽介の息が詰まる。
隣の千枝はいっそう、狼狽を深めて口元を抑えている。周りの野次馬が音もなくざわめいた気配がする。暗い空気に場が飲まれかけた。そのときだ。
淀んだ空気は突如として打ち払われる。
「撤回してください」
清廉な、声が響いた。聞いた者の淀みを洗い流すかのように、その声は凛と澄み切っている。
怪訝に呟いた客に、瑞月は毅然と切り返す。折っていた背を真っすぐに戻した、彼女の立ち姿は毅然としていた。
「『ポッとで』の言葉を撤回してくださいと申し上げました。ご理解いただけたでしょうか」
「『ポッとで』の何が間違ってるんだ。せいぜい設営に2日3日かけたばかりだろ」
「ご説明いたします。時間のお話ではなく、心持ちの話をしているのです」
彼女はついっと指を指し、模擬店内の数々を示していく。何人かのクラスメイトの名前が上がり、どのような働きをしたか、それが店にどのような影響を及ぼしたのか、瑞月は滔々と話していく。突如として彼女は、クラスメイトをほめちぎりだしたのである。
そして、その中には陽介の名前もあった。
「この席は、花村陽介君がスタッフとお客様の移動を考え、提案したものです。実際に、お客様への配膳がスムーズに行われ、転倒のトラブルもなく、私たちは料理を提供できています」
「だ、だから何だって言うんだっ」
痺れを切らした客が吠えた。瀬名はにこりとほほ笑む。それは、暖かな笑顔ではなかった、相手に恐怖を抱かせる、氷のような笑顔。
「この『いなば食堂』は地元理解の促進、企画運営による生徒たちの交流促進。学校が示した理念によって開店された店です。成り立ちから、利益も、すべて学校のもの。私たちの手元に残るのは、思い出と心の満足、それくらいです。
しかし、それでもいいと、クラスメイトの皆さんは、勉学・部活動に当てる貴重な時間を割いて奮闘してくださいました。なぜか?熱意があったのです。文化祭を楽しいものにしたいという熱意が」
瑞月の表情が変わる。氷が熱で蒸発したかのような変貌だった。キッと眉を吊り上げ、紺碧の瞳は怒りの炎を灯している。
「『ポッとで』という言葉は、クラスメイトたちが積み上げてきた努力と熱意を否定するもの。端的に言って、クラスに対する侮辱に他ならない」
研ぎ澄まされた言葉で、瑞月は粗暴な男を切った。
「新参者であろうが、良いサービスを提供しようとするクラスメイトの熱意と努力は生半可なものではありません。先ほどの発言、撤回してください。または、静粛な退去を願います。さもなくばーー」
瑞月がニコリと頬を歪めた。絶対零度の空気をまとって彼女は言い放つ。
「先生方に通告の上、然るべき対処をいたしましょう。ここが学び舎であるとの事実を、お忘れではありませんね?」
男の顔が急速に青くなった。瑞月は暗に、男の立場を示してみせたのだ。男は客である。しかし、この場所は飲食店以前に生徒たちを育てる教育機関だ。
生徒は守られる立場に位置する。教師に複数名の生徒が訴えたのならば、部外者である男は相応の処罰を受けるだろう。
入口を、手のひらで瑞月は示す。粗暴な男が呆然と入口を見て、よろよろと立ち上がった。瑞月は氷の笑みで男に告げた。
「私たちの商品を快く受け入れてくれる他のお客様に、私たちは限られた時間を使いたい。お客様、貴重なお時間を拝借いたしました。見送りまで、お付き合いいたします」
瑞月は男と共に、模擬店の入り口に向かう。冷ややかな瑞月に、群がっていた野次馬が海を割り開くかのように掃けた。男を優先して、後に続いた瑞月がくるりと振り返る。
「皆さん、お客様がいらっしゃっている。いい機会だ、クラスの熱意を披露してやろうじゃないか」
凛とした呼びかけに、クラスは我に返った。謎めいたテンションの高さで、野次馬を取り込み、文化祭も終盤だというのに『いなば食堂』のテーブルは瞬く間に埋まっていく。
「……なんか、すごかったね」
「……」
「花村?」
あっけにとられる千枝の問いかけに、陽介は答えない。湧き上がってくるのは歓喜か、感謝か、訳の分からない、ただ飛び跳ねたくなるような高揚感が陽介の胸をいっぱいに占めていた。
『新参者であろうが、良いサービスを提供しようとするクラスメイトの熱意と努力は生半可なものではありません』
今も、瑞月の言葉が陽介の頭の中で反響している。
「わり、里中。ちょっと……トイレ」
千枝に声をかけて、陽介は模擬店を立ち去った。
瑞月の言葉は陽介に向けたものではないかもしれない。けれど、だからこそ、瑞月の言葉は嬉しかった。瑞月は自分を『ジュネスの息子』としてではなく、『一人のクラスメイト』として見てくれた。そうして、結果として自分を庇ってくれた。
なぜか、湧き上がった涙を陽介は無性にこぼしたくなかった。
レッテルを張りつけられた花村陽介ではなく、『花村陽介』その人自身と、陽介が成したことをちゃんと見てくれていた。
その事実がこらえきれないほどに、褪せる感情が惜しいほどに、陽介は嬉しい。
お読みいただき、ありがとうございました。
ちなみに、粗暴なお客はこの後オリ主に身分証を確認・記録された上で、暴言の録音データともども諸岡先生に突き出され、八十神高校を出禁となりました。
諸岡先生は生徒であろうが部外者であろうが、風紀を乱す者は許さない感じがします。自分のテリトリー乱されるのがむちゃくちゃ嫌いなイメージ。
明日は一章『文化祭編』の最終話です。よろしければお付き合いください。