Lotus in the mud   作:十志 佐都

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 一章『文化祭編』これにて完結となります。


リ・スタート

 短くも思い出深い文化祭が終わった。色とりどりの装飾は早々にはがされ、いつも授業を受けている1年生の教室に戻ってしまった。下校時間が近いため、教室には誰もいない。

 

 陽介は『いなば食堂』の内装を思い出す。活気にあふれた——陽介も含めたクラスで作り出した雰囲気が恋しい。最初は田舎臭いと、冷たい目で見ていたはずなのに。

 

 突然、音をたてて教室の扉が開かれた。入ってきた人物は、陽介を発見して瞳を丸くする。陽介は意図してフランクに声をかけた。

 

「よぉ、瀬名さん。お疲れさん」

「花村くん。まだ残っていたのか」

 

 粗暴な男を打ち負かしたのち、瑞月と陽介は話す機会がなかった。文化祭実行委員として、彼女は事後処理のために各所を飛び回っていたのである。とくに文化祭運営の重役を務めた彼女は、クラスメイトたちの帰宅後も西へ東へ奔走したらしい。

 

 なので陽介は待ち伏せを決めた。瑞月はカバンを教室に置いていったのだから、必ず戻ってくると踏んで。

 

「事後処理、終わったみたいだな。どーだったよ、ウチの売り上げは」

「目標をはるかに上回った。上出来だ」

「そっか。終盤はなんかトラブったみたいだけど、ダイジョブだったんか?」

「別に。クラスに落ち度はなかったから、諸岡先生に対処してもらったよ。あの人は良くも悪くも支配的だ。自分の城の規律を乱す人間には容赦がなくて助かる」

 

 やおら瑞月は瞼を閉じる。穏やかな表情からは確かな満足感が見てとれた。

 

「感謝しているよ、花村くん。君がいてくれて、私はとても助かった」

 

 言葉は澄んだ響きを伴った。しっかりと、瑞月は陽介の瞳を捉える。

 

「模擬店の設営を担ったとき、君はクラスメイトの適性を考えて、割り振りをいくつか見直してくれたろう? 配置替えの交渉も一手に担って、クラスの作業を効率的にできるよう、取りまとめていた。おかげで、設営が予定より早く進んだ」

 

 滔々と告げる瑞月の口ぶりはまるで見てきたかのようで、陽介はびっくりしてしまう。彼女は実行委員として忙しかったはずだ。なのになぜ、彼女はそんなにも自分の働きを知っていたのか。すると瑞月は、陽介の驚きを見透かしたように答えを口にした。

 

「実行委員に松坂くんから、君の働きぶりは聞いていたよ。ホールでも大活躍だったらしいじゃないか。私には、とてもできない」

 

 瑞月が笑う。陽介が出会って、瑞月は初めて心から笑った。彼女がつくる笑顔のあたたかさに、陽介は目を奪われる。

 

 雪解けを告げる春の風の雰囲気をまとって、彼女はあたたかに、頬をゆるめた。

 

「ありがとう」

 

 彼女は陽介に純粋な感謝を示した。夕焼け色の教室と相まって、きらきらと澄みきった青空のごとき紺碧の瞳は、とても美しく、綺麗だ。そんな、とても尊い色彩が一心に己へと向けられている事実に、陽介は照れ臭くなって目を逸らす。

 

「……んなの、俺だってそうだよ」

 

 えー、うーと意味のない言葉でお茶を濁す。察したのか、瑞月は小首をかしげながらも陽介の言葉を待ってくれていた。

 

「瀬名さんにとってはいやな事かもしれないけどさ。マナー悪い客いたろ? ソイツに対して怒ってくれたこと、嬉しかった」

「怒るべきだったから、怒ったまでだ。『いなば食堂』に関わったクラスメイトへ失礼よ。それに、私も苦労を踏みにじられてたまらなかった。自分のため、エゴだ」

「それでも、だよ」

 

 自分のためだとしても、嬉しかった。陽介はぽつぽつと口を開きはじめる。瑞月なら、嗤わずに聞いてくれる気がした。自転車事故に巻き込まれても、感情的に怒りをぶつけたり、頭ごなしに軽蔑したりしなかった。

 

 一番情けない出会い方をしても、はねつけることなく、彼女は陽介と話してくれる。

 

「その……俺が席の配置とか考えたこと、ちゃんと気がついてくれて、すげー嬉しくってさ。瀬名さんは色眼鏡なしで俺のやったこと、見てくれんだなって思ったんだよ。だから、ありがとうって言いたいの」

 

 口走らないように、慎重に言葉を選んだ。今示せる感謝を、てらいのない、陽介の言葉でまっすぐに伝える。

 

 今日、初めて八十稲羽に来て良かったと思えた。『早紀』と呼ばれた儚い女生徒や瑞月のように、『ジュネスの息子』としてではなく、陽介自身を見てくれる人はいる。

 

 そして、陽介の本題はここからだった。

 

「なあ、瀬名さん」

「どうした、花村くん」

「俺、瀬名さんとの協力関係、文化祭で終わりにしたくない」

 

 瑞月が瞳を開く。陽介は、相手を安心させるように笑った。瑞月はゆっくりと首を横に振り、何かに耐えるように瞼を伏せた。

 

「……最初に、言ったはずだ。協力関係は文化祭で終わりだと」

「なら、改めて友達になろーぜ、俺こう見えても友達少なくってさ」

「今、付き合ってる友人を大切にしろ。友情は数ではないだろう」

「……ごめん。その通りだわ、同情を引くにしてもダメだな」

 

 おどけて、瑞月の同情を誘う作戦は失敗となった。軽薄の仮面は彼女に通用しない。ならば、と陽介は腹を決める。

 

「んじゃ、ストレートに行くぜ。このまま瀬名さんと話さなくなったら、俺、絶対、後悔すると思ったんだよ」

 

 瑞月が伏せていた瞼を跳ね上げた。何かが彼女の琴線に触れたのかは分からない。けれど、彼女が見せた動揺に、陽介はありがたくつけ入る。

 

「瀬名さんといるの、すげー楽しいんだよ。話すればちゃんと答えてくれるし、人のことよく見てるし、猪突猛進っつーの? 一度決めたら、すげぇ勢いで突っ走るし。一緒にいて飽きなくて……。もし、このまま、瀬名さんと話せなくなったら、俺はそのことを思い出して、あんとき話せたらよかったのにって、後悔すると思う」

「……その後悔は君のものだろう。私は関係ないし、なによりクラスの誰とも関わらず、平穏に過ごしたい」

「いーや、関係あるね。こんな風に関わっちまった以上、もう無かったことにはできねーんだよ。少なくとも、俺はそう思ってる。もし、断り続けるなら――最終手段をとる」

「……最終手段?」

 

 瑞月が剣呑に瞳をすがめる。だが、陽介にとっては想定内だ。臆さずに、陽介は続けた。

 

「友達だって認めてもらうまで、声かける。クラスにいないみたいだけど、なんとか探して、そのたびに友達になろうってモーションかけてやるよ」

 

 陽介は本気だ。物騒な言葉に、瑞月は身を固くする。

 

 彼女は分かっているのだろう。陽介が声をかけ続ければ、それはそれは変な話題が立つはずだ。仮に、教師に話そうにも、話題となって彼女の平穏は失われる。

 

 加えて、なんだかんだで瑞月は他人想いだ。自分のせいで変な噂が立って、誰かに──たとえば彼女が大切にしている家族に──迷惑が及ぶのを、彼女は快く思わないだろう。

 

「平穏に過ごしたいんだろ? 変な噂が立つか、それとも、俺と友達になるか」

「わりと本気で脅迫ではないか。花村くん。君はすごく、諦めが悪い人なのか?」

 

 陽介は沈黙する。ときとして、沈黙は強い肯定の意を示すことがある。

 陽介の発言はつまり、瑞月の平穏に陽介を含めるか? そういうことだ。

 

 陽介だって、普段はここまで諦めが悪くはない。普通に拒絶を示されたら遠ざかる。けれど、瑞月は人間嫌いというわけではなくて、何か事情があって人との接触を避けているようにみえた。

 

 それから、ここまで関わり合ってしまった人を、無関係な目で見続けるのは難しかった。

 だからこそ、友人になろうと陽介は強引に持ち掛けたのだ。

 

 瑞月は静かに瞼を閉じる。数分の——瑞月が思考に費やしている——沈黙を、陽介は息をひそめて待った。

 

「……分かった。君と友達になろう。私自身は野暮天で、気が利かないだろうがな」

 

 とてもとても長い溜息のあと、瑞月は陽介の提案を承諾した。呆れたような、感心したような微笑みとともに。

 

 瑞月に、陽介の内でふつふつと喜びが沸き上がった。思わず拳を突き上げて、陽介は笑う。

 

「よっしゃー! 瀬名さんってばやさしーーー!!」

「優しさではない。君は対人関係が得意だろう。友達になれば、私もクラスと関わり合いになったときに助かると思っただけだ。自分のためだとも」

 

 そう御託を並べ立てる瑞月の口調は早い。多分、彼女なりの照れ隠しなのだろう。瑞月が自分のためだというのなら、自分もおあいこだと、陽介は思う。

 自分だって、瑞月と過ごすのが面白いから友達になろうと持ち掛けたのだから。

 

「じゃあさ、じゃあさ、友情記念ってことで、握手しない? するよなぁ!?」

「握手だけ、だからな」

「へー、瀬名さんってば、握手以外に何すると思ったの~?」

 

 瑞月と友達になれるということで陽介の心は浮足立っていた。すると彼女は半目で悪い顔をする。いつもより感情が多く乗ったその仕草はきっと、祭りの余韻が、彼女の気分を浮足立たせているのだろう。

 

「友情のハグ。花村くんはカナダ人みたいだからやりそうだなと」

「じゅ、純正の日本人だっつの! 女子に抱き着くなんて、恥ずかしくてできるかッ!」

「おや、案外ウブなのだなぁ」

 

 照れて突っ込んだ花村に、瑞月の頬が若干震えている。冷たい表情の多い彼女だが、本当は何らかの理由で感情を抑えているだけで、喜怒哀楽がはっきりしているのかもしれない。

 

「んじゃ、ついでに「さん」付けなしで瀬名って呼んでいいか?俺のことも呼び捨てでいーからさ」

「好きにすればいい。では、私も君を『花村』と呼んだほうがいいのか?」

「うん、そっちの方がなんかいいな。ほんじゃー、瀬名? よろしくな」

 

 陽介が右手を差し出す。

 文化祭のため、協力関係を結んだときは携帯のメールアドレスを交換した。友達として関係を作るなら、目に見えない赤外線では物足りない。だから、陽介は握手を求める。

 

 瑞月が陽介へと歩みを進める。凛と背筋をのばした瑞月は、陽介の差し出した手を取った。

 

「ああ、こちらこそ。花村」

 

 瑞月の瞳が穏やかに、陽介を映す。紺碧の瞳に、陽介の姿がはっきりと浮かんだ。 その像に、初めて瑞月に自分の言葉が届いたと、陽介は思った。

 

 陽介は、己の右手に力をこめる。瑞月も、陽介の手を、縄を結わえるような強さで握った。

 

 視線と手が重なって、2人は絆を再び結ぶ。

 




 一章の最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 なにか一つでも気に入るものがありましたら、今後も拙作にお付き合いいただければと思います。
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