「バーン! “
数ヵ月後。とある日の生徒会室。シンボリルドルフを取り囲んでいたのは、フードを深く被った、六人のウマ娘。そのうちの一人、黒衣のウマ娘がスマホを机の上に叩きつけた。
「これは?」
「この学園のスキャンダルを収めたデータだ。こいつをサツに渡せばどうなるか……わかるよな? 生徒会長さんよぉ」
「……十年前の過ちか」
「お前も知ってるよなぁ? なんせ、現場に立ち会ってたんだからなぁ?」
深緑の衣のウマ娘がそこに続ける。
「私達はお前らのやり方にウンザリしている。レースこそ輝かしい舞台だと美化し続けるお前らを」
「なるほど。脅し、か」
ルドルフは彼女らの態度に怯まず、毅然とした態度を取っていた。
「要求はなんだ?」
今度は、白衣のウマ娘が答えた。
「我々はこれを警察へ突き出すこともできる。しかし、それ以上に望むことがあるのだよ」
「望むもの? なんだろうか」
「私達diumableは、春からのGⅠ……天皇賞春、ヴィクトリアマイル、宝塚記念、帝王賞、スプリンターズステークス。各距離、各舞台で勝負に挑むわ!」
赤衣のウマ娘は人差し指を突き出す。
「重賞レースで勝負。それが君達の望みか」
「互いに一人ずつ選出して勝負だ。お前らに拒否権はねえ」
「……なるほど。では、君達の勝利数が多ければ何をすればいい?」
黄衣の娘が返答する。
「トゥインクルシリーズの終幕。それと、俺達メンバーがやったことを全て隠し、学園から追放しないことだ」
「ふむ……では、我々の勝利数が多かったら?」
「スキャンダルのデータは手渡してやるよ。そんで、俺らも解散してやる。ウマ娘に二言はねえ」
ルドルフは目を閉じ、しばらく考える。
「二者択一か。わかった、要求に応じよう。ただし、もう一つ条件を付ける」
「ふぅん……なんだい?」
「君達の行おうとしていることは許されざる行為だ。私達が勝った時には、そちらに属した人物の処遇を学園、及びURAで取り決める。学園追放もあり得るだろう」
「へえ……そっちも脅してくるんですねー? いい度胸でーす」
「では、交渉成立だな。こちらもトゥインクルシリーズに挑む精鋭達を出させてもらう」
「それで結構。じゃなきゃ張り合いがねえ」
「えーっ!? diumable!?」
ビコーは、トレーナーの話を聞いて驚いていた。
「ああ。なんでも、フードを被って顔を隠した集団で、トゥインクルシリーズを終わらせようとレースで勝負を挑んできたらしい」
あの後、学園内ではdiumableの存在は告知されていた。とはいえ学園外には公表せず、彼女らの存在はフード付きの勝負服のウマ娘という建前になっていた。
「全てのレースを終わらせようとするなんて、悪いヤツらだな! 悪のウマ娘は、このビコーペガサスが退治してみせる!」
「うーん……」
張り切る彼女を前に、トレーナーは腕を組み眉をひそめる。
「え? どうしたんだ、トレーナー?」
「今回、diumableと戦うのは、生徒会が選んだ精鋭メンバーなんだ。それ以外のウマ娘が一着になっても、学園側の勝利にならない」
「そうなのか? でも、アタシもお願いしたらメンバーに入れてもらえるんだよな!?」
「すまないビコー。短距離枠もマイル枠もメンバーは既に決まっていて、今からビコーが入れそうにないんだ……」
「そんな! じゃあアタシは何もできないのか!?」
目に見えて落胆する彼女。
「けど、悪のウマ娘を、黙って放って置くなんてできない!」
しかし、その瞳はまだ闘志に燃えていた。
「とりあえず、君は今まで通りトレーニングを続けよう。今回の選抜メンバーには補欠枠もある。そこなら後からでも狙えそうだ」
「そうなのか!? よーし、じゃあ今日もトレーニングだ!」
~
時は経って四月。この日は長距離GⅠレース、天皇賞春が開催されていた。
会場には大勢の人がひしめき合い、あちこちから声が聞こえる。
このレースは、diumableの一員が出走するレースだ。
ビコーペガサスとトレーナーは、彼女らの研究も兼ねて観戦に来ていた。
『さあ、十六番人気ブラックオールド。フードで顔を隠した謎のウマ娘です』
今回、diumableから出走しているのは、黒衣のウマ娘だった。
『一方このレースの一番人気、ビワハヤヒデ。体調はばっちりと言わんばかりの顔つきです』
学園側の選抜メンバーは彼女、ビワハヤヒデだった。無論、その実力は申し分ない。
『続いて四番人気はライスシャワー。コンディションはあまり良くないようです』
当然、他のウマ娘も出走している。
「なあ、トレーナー。ビワハヤヒデ先輩が勝てば、トレセン学園の勝利なんだよな?」
「ああ、そうなる。他のウマ娘の勝敗は関係ないからな」
「そっか……」
彼の答えを聞き、ビコーはうつむいた。
『…………ゲートが開きました! ビワハヤヒデ、前の方へ着く! 一方ブラックオールドは一番後ろ! 足をためているのか!?』
レース展開は意外にも、ブラックオールドが控える形になった。
しかし、最終直線。
『直線に入った! ここでブラックオールド仕掛ける! ブラックオールド凄まじいスピードだ!!』
ブラックオールドは後ろからガンガンスピードを上げていく。
「ええっ!?」
ビコーも驚いていた。そのスピードは、既にビワハヤヒデを越えている。
『ブラックオールド追いつくか!? ブラックオールド追いつくか!? ブラックオールド追い抜く! ブラックオールド追い抜いた!!』
ついに、ビワハヤヒデは抜かれてしまった。
『一着はブラックオールド! 十六番人気から、一気に番狂わせを起こしました!』
「ハヤヒデ先輩! お疲れ様だ!」
ビコーは客席から、ビワハヤヒデに呼びかけていた。走り終わったばかりで、彼女はまだ息が整っていない。
「ビコー君か。君にも見られてしまったな。学園を背負って走ったというのに、この様だ」
「そんなことはないぞ! ハヤヒデ先輩はカッコよかった! ただ今回は負けちゃっただけさ!」
それを聞き、何かを考え込むハヤヒデ。
「なあ、ビコー君」
「なんだ?」
「君は、diumableとの勝敗はどうなると考えている?」
「えっ?」
唐突な質問に、ビコーは面食らった。
「もちろん、学園が勝つだろ?」
「今日の敗北で雲行きは怪しくなった」
ハヤヒデの顔は険しい。
「レースは一対一で行われるわけではない。その他のウマ娘が一着になる可能性も充分ある。以降のレースが全て引き分けに終われば、私のせいで学園は敗北する」
「えっ」
思い詰めた表情で話す彼女に、ビコーは返せる言葉がなかった。
「なんとしても、次のレースは学園側が勝たねばならない。そういう状況を、私は作ってしまった」
ハヤヒデは真剣な表情のままウィナーズサークルへと歩みを進めた。
ビコーはただ、それを見送るしかなかった。
~
その天皇賞春の後。学園で異変が起きていた。
学園内に、フードを被った衣装のウマ娘がちらほら現れた。少数ではあるが、基本、生徒の服装は制服かジャージ服であるため、生徒達もすぐに気づいていた。
「なんなのだー!! diumableとか言って、悪を気取ってるだけで何もしてないじゃないか!」
叫んでいたのは、シンコウウインディだった。彼女とビコーペガサスの関係性は少し不思議なものだが、今はカフェテリアで仲良く休んでいた。
「あくまでレースだけで戦うってことなのか?」
「知らないのだ! 計画性も行動力もないワルなんて二流なのだ!」
ウインディが言う通り、学内をうろつくフードを被ったウマ娘達は、特に何をすることもなかった。ただ、歩いてるだけだったりヒソヒソ声で話していたりと、レースの時とは打って変わって大人しかった。
「そもそもあいつらは六人しかいないんじゃなかったのか!? 明らかに数が多いのだ!」
「うーん、それはわからないんじゃないか? 生徒会室に来たのが六人だったってだけで、本当はいっぱいいるのかもしれないぞ?」
「だとしても、何もしないのはなんなのだー!! なんかムズムズするのだ……噛みついてやるのだ!」
「わーっ! ダメだってウインディ先輩!」
「ふむ、彼女らのことが気になるかな?」
ビコーがウインディを抑えていると、突如低い声が聞こえた。
「げっ!? シンボリルドルフ!!?」
ウインディが驚いて跳び上がる。
「会長! あのフードのウマ娘達は一体なんなんだ!?」
「先日の天皇賞春、君達は見ているかな?」
「ああ、アタシは見に行ったぞ!」
「彼女ら、diumableの一員が勝ったことに対し一種の憧れ、もしくは彼女らへの賛同をする者達だと、生徒会では考えている」
「えーっと、つまり真似してる奴らってことか?」
「その認識で問題ない。だが、今は放置する他ない。悪事を働けば然るべき対応をしよう。失礼するよ」
ルドルフはその場を去ろうとする。
「なあ、会長! アタシにできることは、何かないか!?」
その声に立ち止まり、振り返る。
「この件は、生徒会と学園側が対処する。君達は心置きなく精進してくれ」
~
しかし、そんな彼女の発言とは裏腹に、ヴィクトリアマイルでも悲劇が起きた。
『強い! 強いぞシンラフォレスト! 一番人気ヒシアマゾンを下し、一着でゴールイン!』
またしても、diumableのメンバーが勝ってしまった。
「すまないね、ビコー。アタシとしたことが……」
「ヒシアマ姐さんはがんばったよ!」
ヒシアマゾンに駆け寄り、励ますビコー。
「けど、もうどうしようもない状態になっちまった。後のレースは、全部学園側のヤツが勝たなきゃいけない……ははっ、寮長なのに頼りないったらありゃしないよ」
「そんなことない! ヒシアマ姐さんの姿に背中を押された人だってたくさんいるはずだ!」
「そうかねぇ……」
ヒシアマゾンは、肩を落としたままだった。
そして、この日を境に、学園内の様子は大きく変わった。
~
生徒会室。ルドルフはエアグルーヴを呼び出し、話していた。
「学園での彼女らの様子はどうだ?」
「はい。連中ですが、授業やトレーニングの無断欠席、グラウンドの一部占拠など、走りに関しないところでも態度や声が大きく、幅を効かせているようです」
「ついに始まったか」
「トレーナーがついている者もいるようですので、名前も割り出せるかと思いますが、いかがいたしますか?」
「誰が関わっているのかは知りたいところだな。お願いしよう。だが、情報が外に漏れることは防がなくてはならない。事を大きくし過ぎないことが、今回の対応においては肝要だ」
「それは、どういう意味です?」
「今回の騒動には、我々にも非がある」
「はぁ、まだレースなんて続ける奴いるわけ?」
「あり得ねえよなあ! マジで、学園の言いなりじゃん」
「ウチらのdiumableが天下取るっつーのにさ」
カフェテリアにて、フードを被ったウマ娘達が大声で話している。その内の一人は足を机に乗せながら笑っていた。
ヴィクトリアマイルの後。学園内にはさらに多くのフードを被ったウマ娘達が渡り歩いていた。歩いているだけではなく、今のようにレースを侮辱する発言を大きな声で話す者や、グラウンドに集団で居座って邪魔をしている者もいた。
「んがーっ!! 口先だけなんて悪として三流なのだー!」
昼食をとっていたビコーとウインディも、その様子に顔をしかめている。
「あいつら、いよいよ悪事に走ったな! いくぞ、ウインディ先輩!」
「仕方ないのだ。一時協力なのだ!」
二人は立ち上がり、フードを被ったウマ娘達へ近づく。
「オマエら! カフェテリアでそんなこと言うのはやめろ!」
「あ? 誰お前」
「アタシはビコーペガサスだ! そんなことを言ったら、みんなの気分が悪くなるだろ!」
「えぇ? だって事実でしょう? トゥインクルシリーズって学園が掲げるモノに乗っかってるだけじゃん」
「なにをー!?」
言い合っている時、フード付きの一人がビコーを指差す。
「ていうか、アンタビコペじゃん! 最近全然勝ててないんだって?」
「それがどうした!?」
「なんで勝てないのに続けるワケ? ムダなことしてるってわかんないの?」
「無駄なんかじゃない! アタシは強くなってる! ヒーローになるんだ!」
「はぁ? ヒーロー? 偽善者風情が偉そうに」
「……え? 偽善者? なんだそれ、どういうことだ?」
「お前みたいなガキのことだよっ!!」
フード付きがその場で立ち上がり、腕を振りかぶる。
「うわっ」
ビコーも咄嗟に腕を前に構えた。
「お前達は三流なのだ! 噛みついてやるのだ! ガブーッ」
同時に、フード付きの腕にウインディが噛みついた。
「うわっ!? 何しやがるコイツ!?」
そう言いながら、フード付きは彼女を振り払う。一同は顔を見合わせ戸惑っていた。
「お、おい、もう行こうぜ」
「ああ、わけわかんねー」
連中はウインディを振り払い、その場を去っていった。
「べーっ! 美学の欠片も無い連中なのだ!」
「助かったぞウインディ先輩! でも、噛みつくのは危ないからやめろって、ヒシアマ姐さんに言われただろ!?」
「知らないのだ! あんな奴ら、気に食わないのだ!」
プンスカ怒っているウインディに対し、ビコーは宙をじっと見つめている。
「……なんだオマエ? 何ボーっとしてるのだ?」
「ウインディ先輩。あいつら、アタシのこと偽善者って言ってたな」
「それがどうしたのだ?」
「なんで、偽善者って言ったんだ?」
「知らないのだ! 奴らの言うことなんか無視なのだ!」
「うーん、そうかぁ……」
~
『ビコーペガサス四着! ビコーペガサスは四着となりました!』
安田記念。またしてもビコーは一着を逃してしまった。
「お疲れ様、ビコー」
通路でトレーナーが待っていた。ビコーも近づいていく。
「ああ! くやしいけど、今日出せる全力は出しきった」
「その意気だ。君はまだまだ強くなれる」
「だけど、この分だとアタシは選抜メンバーに選ばれなくてよかったのかもな」
笑顔でさらっと言う彼女を見て、トレーナーは固まった。
「えっ……どうした、ビコー?」
「結局はアタシ負け続きだからさ。アタシよりも適任なヤツがやってくれてよかったなって思って」
それを聞き、トレーナーは苦い顔をする。
「ビコー。君は決して弱いわけじゃない」
強く視線を送るトレーナーだったが、彼女は笑顔のままだ。
「わかってる。けど、今のアタシより強いヤツもたくさんいる。だからこれでいいんだ」
「いいのか? 本当は、君が彼女らと戦いたいんじゃないか?」
「そういう気持ちもあったけど、今はこれでいいって受け入れられる。別に、アタシにはできないって思ってるわけじゃないぞ? 選ばれた時はちゃんとやるつもりだ!」
「そう……か……?」
スッキリした表情をするビコーに対し、トレーナーの方は釈然としない顔であった。
~
「んがああああっ! 負けたのだー!」
日付は変わり、帝王賞。シンコウウインディが出走していたが、結果は七着。掲示板を逃してしまった。
「ナイスファイトだったぞ! ウインディ先輩!」
観客席からビコーは話しかける。
「そういうのはいらないのだ! ぐぐぐ……悔しいぃ……!」
ウインディは歯をギリギリさせていた。
このレースも、diumableの一員が出走していたレースだ。しかし、学園の選抜メンバーはスマートファルコンであり、なんと彼女が一着を勝ち取っていた。
「ウインディ先輩は残念だったけど、diumableに対して一勝二敗になったんだ! まだ勝ち目はある!」
「そうだな」
トレーナーも胸を撫で下ろしていた。
その後行われた宝塚記念でも学園側のメンバーが勝利し、二勝二敗となった。次のスプリンターズステークスで、決着となる。