スプリンターズステークスにて、diumableと学園との勝負は決着が着く。
その決着の前に、ウマ娘達は海に来ていた。
夏合宿。七月に入ると、トゥインクルシリーズに挑戦中のウマ娘のほとんどがここへ来る。ビコーペガサスは、この夏で二度目の来訪となった。
「トレーナー! 泳いできていいか!?」
「ああ! 今日は休みにして、明日から本腰を入れよう!」
「ホントかー!? やったー!!」
そのまま海岸へと駆け出していくビコー。
トレーナーは辺りを見渡す。太陽が照りつける砂浜には、初日からトレーニングに励むウマ娘もいた。ビコーと同じく、休んでいるウマ娘もいた。あのフード被ったウマ娘達はいない。
しかし、一週間が過ぎた頃。徐々に、フード付きが現れた。初日には一人もいなかった彼女らだったが、今は明らかに十人程度はいる。それでも、トレーニングの邪魔などの大っぴらな事は起こしていなかった。
「ビコー。今日のトレーニング後、宿舎の裏手に来れるか?」
走り終わった彼女へ、声をかけるトレーナー。
「え?どうしてだ?」
「会わせたい人がいるんだ」
「会わせたい人? よくわかんないけど、わかった!」
「それとすまないが、今日は仕事が溜まっててな。後は一人でできるか? 渡したメニュー通りでいいと思うから」
「わかったぞ! お仕事がんばってな!」
「ああ、よろしく」
再び走り始めたビコーに背を向け、トレーナーは宿舎に戻っていく。
そして、彼は自室でとある物を取り出した。
「あと一時間はあるな。少し仕事を進めてもいいかもしれない」
取り出した物を広げ、着替えるトレーナー。それは全身オレンジ色の衣服だった。少しずつ伸ばし、足と腕を服へと通していく。最後に被り物をし、手鏡を見る。
「おおっ。本当にキャロットマンだ。これならビコーも喜ぶな」
彼が用意していたのは、キャロットマンの衣装だった。無論、実際に撮影で使われていたものではなく、コスプレ衣装の類だった。
「この衣装で仕事するのは気が引けるが……」
そう呟き、持参したノートPCを開こうとした時。
「クソっ!! 離せよ!」
「やめろって! 暴力はまずいよ!」
外から大きな声が聞こえる。只事ではなさそうだ。
すぐにトレーナーは宿舎を飛び出した。玄関を出て、声を辿り宿舎裏の方へ行くと、フード付きのウマ娘が四人、制服姿のウマ娘が三人いた。フード付きの一人が、他のフード付きに取り押さえられ、暴れている。
「離せ! こいつはアタシをバカにした!! アタシをザコだって!!」
「してないって! 違うよ!」
「ウソだ! またそうやってバカにして!!」
「とにかく、みんな落ち着いて!」
トレーナーの声に皆が気付き、一同の視線が集まる。
「えっ、誰ですか、あなた?」
「何この人……めっちゃオレンジじゃん」
「もしかして、不審者?」
トレーナーの姿を見て、周りは全員冷静さを取り戻していた。図らずも、この場は静まり返っていた。
「ふ、不審者じゃない。わけあってこの格好だけど、学園のトレーナーだ。とにかく、落ち着いて話そう」
「こいつら、アタシらのことをクズだって言ったんだよ!」
先程激昂していたウマ娘が制服姿の子達へ指を差す。
「そんな言い方はしてないよ! それに、本当のことでしょう? diumableって、レースを終わらせようとする悪者じゃん!」
「ちげえよ!! アイツらがアタシら希望なんだよ!」
「違わないわ。あなた達にとっての希望でも、私らにとってはいい迷惑なの」
「テメエ……好き勝手言わせとけばいい気に!」
「まあまあ!」
再び暴れそうになる彼女を、周りのフード付きが押さえる。
「だいたい、テメエはいつもそうだ! 重賞取らなきゃ恥だとか抜かして! そのクセ、アタシの走りなんざこれっぽっちも覚えてねえ!」
その言葉を聞き、トレーナーは首を傾げる。
「あれ? 君達は知り合い同士なのか?」
「え? いや、私は知りませんけど……」
「とぼけんな! 何度も走ったじゃねえか!」
「はい?」
「これでもわかんねえか!?」
フード付きが自身のフードを外し、顔を露わにした。
「え……あなた、だったの?」
制服姿の子達はうろたえる。
「どうして? なんであなたがdiumableの肩を持ってんの?」
「言っただろうが。レースの才能がない奴らにとって、アイツらは希望なんだよ。レースが全ての学園を変える、希望なんだよ……」
弱々しく言うフード付きに、制服の子も驚いていた。
「え、でも、さすがにないわ……」
「ハァ!?」
「周りの迷惑を考えられないなら、これ以上関わりたくないし。助けてくれてありがとうございます、トレーナーさん」
そう言い残し、制服の一人がその場を去っていく。あとの二人も、無言でそれに続いていく。
「おい待て! おい!!」
フード付きの声も虚しく、彼女らの足は止まらなかった。
「テメエらみたいな奴が……」
「テメエらみたいな奴らが! そうやって見下し続けるからアタシらが生まれんだよ!! クソ……ちくしょう……ちくしょう……!」
フード付きは涙を流し始めた。他二人のフード付きが、彼女の肩を持つ。
その光景を見たトレーナーは、ただただ立ち尽くしていた。
「あの、オレンジのトレーナーさん」
「え、ああ、俺?」
「そうですよ。あなた以外いないでしょう」
フード付きの一人に話しかけられた。
「騒ぎを起こしてすみませんでした。暴力沙汰になるとは思ってなくて」
「まあ、うん……」
彼女から謝罪され、困惑するトレーナー。
「トレーナーさんも、私達を悪者扱いしますか?」
「えっ? いや、その……」
「レースという栄光を作ったのがトレセン学園なら、私達を作り出したのもトレセン学園です」
フード付きの声色が変わる。
「栄光があるだけ、その何倍もの数の暗い歴史があるんです。敗北のスパイラル、いつまでも勝てない無限の道。心がひび割れていく感覚。あなたにはわかりますか?」
「え……」
「そして、レースで活躍できない者が浴びる、周囲の目。家族の落胆、トレーナーからの軽蔑を込めた視線。ライバルと思っていた相手から忘れられていることだってあります」
「敗北者が味わう地獄……あなたにわかりますか?」
予想外の言葉に戸惑うトレーナー。それでも考え、ゆっくりと返答していく。
「俺にもわかるよ。負けた子の気持ちは。俺の担当も、何度も負け続けている」
「でも、デビューしている以上何回かは勝っているわけですよね?」
「そ、それは……」
「傲慢ですね。私達が生まれたのは、あなた達勝者がいるからでしょう? それでも、あなたは私達を止めようと言うのですか?」
「けど君達だって強くなれる。諦めなければ、きっといつかは……」
その言葉を聞いたフード付きは、拳を握りしめる。
「…………無責任だ。あなたも、トレーナーも、先公も学園もみんな!!!」
急に大声を上げる彼女に、トレーナーは怯んでしまった。
その間に、彼女らは走り去っていった。
トレーナーはその場で固まっていた。脳内で、彼女の言葉が反芻している。
「ショックだった? あんな子がいるなんて」
声の方を振り向くトレーナー。宿舎の影から、マルゼンスキーが顔を覗かせていた。
「ごめんなさいね、盗み聞きしちゃった」
「あ、ああ……」
「あの子達の声を聞いて、トレーナーである君は何を思うのかしら?」
笑顔で聞かれた質問に、トレーナーは考える。やがて、少しずつ答えていく。
「難しいね、彼女達と向き合うのは。負け続けた担当を支えてきたんだから、俺は負けっぱなしの子とだって向き合えると思ってたよ。でも……そうじゃなかった」
トレーナーは両手を握りしめる。
「あの子達は、信頼できる人がいなかったんだ……ビコーは俺を信頼してくれたから話ができたけど、あの子達は違う。誰にも、心を開けない」
「……さすが、トレーナー君ってすごいわね」
予想外の言葉に、顔を上げるトレーナー。
「今の話だけでそこまで考えられるんだから。やっぱり、トレーナーにも才能がある人が集まるのね」
「そうでもないよ。彼女らと、ちゃんと話し合えなかったんだから」
謙遜するトレーナーを前に、マルゼンスキーはどこか悲しそうな笑みを浮かべる。
「私もね。いっぱい見てきたの。負けて負けて悔しくて、それでも勝てなくてレースをやめる子達。その子達に何もできなかった」
「そう……だったのか?」
「それに、私には言葉をかける権利もないの。私のせいで、レースが嫌になった子もたくさんいたから」
うつむく彼女を、トレーナーは黙って見つめていた。
「ごめんなさい、お姉さんの暗い話に付き合わせちゃって。それじゃ」
「待ってくれ!」
去ろうとする彼女を引き止めるトレーナー。
「俺は……俺に、何ができる?」
「それは、トレーナー君が答えを出すべきよ」
人差し指をトレーナーに向け、マルゼンは微笑んだ。
「それじゃ! 担当の子の前では元気でいるんだぞ? キャロットマン!」
一方、ビコーの方にもフード付きのウマ娘が問題を起こしていた。
こちらは最初、トレーニングで走っていたウマ娘に対して、かき氷を掴んで投げるだけだった。しかし、かき氷が当たっても一切反応がないことに腹を立て、フード付きの一人があるウマ娘まで近づいてその走りを止めた。
「おい、お前! なんで無視すんだよ!?」
「……」
「なんとか言え! 答えろよ!!」
「……はあ」
水着姿のウマ娘はため息を漏らした。
「あんたなんかと関わってるって知られたら嫌なのよ。フードなんかに被っちゃってさ」
「んだと……」
フード付きは数秒その場で固まっていたが、右手に持っていたかき氷を容器ごと水着のウマ娘の顔へ押し付けた。
「いたっ!」
ぶつけられた箇所を押さえるウマ娘。さらにフード付きは相手の肩を持って揺さぶる。それを見つけたビコーも止めに駆けつける。
「おいっ、やめろ!」
フード付きの前に立ちふさがるビコー。フード付きは騒ぎ始める。
「わかってんのか!? お前に負けたせいなんだよ! お前のせいで俺は……」
「っつ……あんた、私の顔に……!!」
「はぁ……?」
水着の子の怒った表情を見て、フード付きは唖然としていた。
「知らないわよ、あんたが負けてどうなったかなんて。恨むなら、己の弱さと努力不足を呪いなさい」
そう言い残し、水着の子は走って離れていった。
「……はあ? おい、ふざけんなよ、努力不足だと?」
「待て! これ以上は!」
歩き出そうとするフード付きを、ビコーは後ろから押さえる。進めないとわかると、フード付きはその場でもがき始めた。
「努力なんざしてきたんだよ!! てめえなんかが思ってる以上に!! 一晩中走って死にそうになったりもした! でも! 一度も!! 一度も勝てなかったんだよクソがぁ!!」
喚き散らすフード付きだったが、次第にもがく力が弱くなっていった。
「それでもどうしようもないヤツは、どうすればいいんだよ……! 全力出してもダメで、全部なくなっちまったんだよ……! 俺みたいなザコは、どうすればよかったんだ……」
「えっ……」
ビコーはフード付きの顔から、光る物が落ちていくのを見た。
そのことが彼女の心を大きく動揺させ、フード付きから腕をほどいた。
「クソ!」
フード付きはそのまま走り去っていった。
それをじっと見つめていたビコーは、しばらく立ち尽くしていた。
「あいつも、レースで負け続けてきたんだ。だからレースがなくなればいいって……でも……」
「ヘイ、そこのじょーちゃん! これいるか?」
ふと、後ろから声をかけられるビコー。振り向くと、そこにあったのはかき氷の屋台だった。
「ほらよ、今だけ特別サービスだ!」
屋台の向こうから誰かが駆け寄ってくる。
「うわっ、ゴールドシップ先輩!? 何してるんだ!?」
「かき氷売ってんだよ。ほら、これ食えよ」
ビコーはかき氷を手渡された。オレンジ色のシロップが大量にかかっている。スプーンですくい口に運ぶ。
「ん!? これ大根おろしじゃないか!!」
「大根おろしにんじんシロップがけだぜ。なんだ、かき氷が欲しかったのか?」
「かき氷売ってたらかき氷だと思うだろ!」
「おう、そんじゃアタシを捕まえたらくれてやるよ!」
そう言って、屋台からかき氷一皿を持って逃げるゴルシ。
「待てー!」
ビコーもそれを追いかけ始めた。
追い続けている内に、ビコーは宿舎裏まで来ていた。
「あれ? おかしいな……確かにこっちの方に走ってたのに……」
歩いて周りを見回すと、ふとオレンジ色のシルエットが目に入る。ベンチに腰掛け、うなだれている。
「ん!? 誰だ!?」
腕を構えながら声をかけるが、じっくり見て彼女も気づく。
「キャ、キャロットマン!? なんで宿舎にいるんだ!?」
「ええっ!? ビコー!?」
キャロットマンも体を跳ね上がらせた。
「おう、後はお前ら仲良くやっとけ!」
宿舎裏からゴルシが言うと、ダッシュでその場を離れていった。
その姿をじっと見ていた二人。
キャロットマンが沈黙に気づき、はっはっはと笑った。
「やあ、ビコーペガサス君! 会いたかったよ!」
ビコーの方を向き、手を差し出す。それに応じて、ビコーも握手をする。
「うわぁ……! キャロットマン、また会えてうれしいけど、なんでここに?」
「君のトレーナーに頼まれてね! 応援しに来たのさ!」
「トレーナーから!? そうなのか!?」
「そうだ。今日は、色々と話を聞かせてくれないか?」
「ああ! いっぱい話すよ! アタシ、レースにいっぱい出てな! それで…………」
「…………ふむふむ、そうなのか。がんばってるんだな」
キャロットマンに会えてはしゃぐビコーだったが、その笑顔は徐々に消えていく。
「どうしたんだ? 元気がないようじゃないか」
「なあ、キャロットマン」
一息置いて、ビコーは話し始める。
「アタシさ。ずっと悪い奴だと思ってた奴らがいたんだ。でも今日、見ちゃったんだ」
「何を、見たんだ?」
「そいつが、泣いてるところ」
その言葉に、キャロットマンも沈黙した。
「アタシさ、悪い奴には悪いことをしてる理由があるって考えたことなくてさ。でも、今日になってようやくわかった」
ビコーの声は、震え始める。
「あいつら、前のアタシと同じなんだ。自分が弱くて、情けなくて、自分が信じられなくて。アタシには、キャロットマンとトレーナーがいたから立ち上がれたけど、周りからも見捨てられて、誰にも頼れなくて、どうしようもなくなってたんだ。だからアタシのこと、『偽善者』って……」
うつむく彼女の言葉を、キャロットマンは黙って聞き続ける。
「でも! レースを終わらせようとするのは間違ってるし、だけどどうすればいいのか、全然わかんなくなっちゃって……」
キャロットマンは空を見つめ、そしてビコーの方を向いた。
「……やはり、君はやさしいな」
一呼吸間を置き、彼は告げる。
「ビコーペガサス君。私からも君に伝えねばならないことがある」
「私は、ヒーロー失格だ」
「……え?」
ビコーは目を見開いた。
「私も同じさ。悪事を止めようとした時に、相手の心からの叫びを聞いたんだ。言われてしまったよ。負けた者の気持ちを考えたことがあるのか、とね」
キャロットマンはうつむく。
「私とて、負けたことはある。敗者の気持ちはわかっていたつもりだ。だが、彼女らからはそうは見えない。彼女らからは、私は眩しすぎたんだ。私だけじゃないな。みんなが眩しいから、誰にも頼れなかった」
じっと聞いていたビコーの瞳はさらに開いていた。
「キャロットマンも、そんなことを考えてたのか?」
「私とて、一人の人間と変わりないさ。悩む時もある。ただ、今回の件は相当キツイな。まだ結論は出ない……」
「そっか……」
何か、言葉をかけなければと思うビコーだったが、何を言えばキャロットマンの心に届くか、わからなかった。
「でも、これでいいのかもしれないな」
沈黙を破ったのはキャロットマンの方だった。
「何が正しいのか、どうしたいのかを考えることこそ、ヒーローに必要なんだろう」
「そう、なのか?」
「うむ。正義の反対にあるのは悪ではない。考えず、ただ思うままに正しさを振りかざす者より、正しさを常に考え続ける者こそ、正義の味方だ」
それを聞きビコーは笑みを浮かべたが、再びうつむく。
「キャロットマン。ヒーローって、苦しいんだな」
ビコーの瞳の上で、光が揺らめく。それを腕で拭った。
「でも、アタシは目を背けない」
「アタシは、レースも守りたい。あいつらも助けてやりたい。どうすればいいかはわからないけど、この気持ちに嘘をつきたくない」
「ああ、それでいい。それがいい。敵を倒すだけが、ヒーローじゃない」
キャロットマンも、彼女の肩を叩いた。
「ウインディちゃんは反対なのだ」
ふと、宿舎の影から声がした。そこには、しかめっ面のウインディがいた。
「どんな理由があろうと、あいつらのやったことは変わんないのだ。ウインディちゃんだって、イタズラがバレたら生徒会のヤツらに怒られるのだ。あいつらだけ何も無しってのは都合が良すぎるのだ」
「それは……たしかに。けど、先輩だってわかるはずだ! 先輩もあっただろ? 他のウマ娘を噛んで、大変だった時が」
「だからって、あいつらのやってることを許せばレースがなくなるだろうが! ウインディちゃんの計画が台無しになるのだ! 止めなきゃいけないのだ!」
「でも、ただ止めるだけじゃダメなんだよ! そしたら、誰もあいつらを助けない……!」
「し、知らないのだ! 自業自得なのだ!」
「それじゃダメだ! それだけじゃ!」
「うぐぐぐぐ……」
言い合いが堂々巡りになってきたタイミングで、さらに別の声が聞こえた。
「ビコーちゃん、ウインディさん。みんなお腹空いてない?」
「あっ、ボノ……!」
声の主は、ヒシアケボノだった。
「こういう時、まずはボ~ノしよ?」
~
ヒシアケボノに連れられ、ビコー達は食堂へ来ていた。トレーナーはいつもの服装に着替えて来ていた。
「う~ん! 今日の鮭の切り身、おいしいね!」
ヒシアケボノは、茶碗を持ち上げご飯をかきこむ。
「ああ! なんか元気出てきたぜ!」
ビコーも勢いよく食べ進めていた。
「おいビコー! にんじん一個よこせ!」
ウインディはビコーの皿へと箸を伸ばす。
「ダメだぞウインディ先輩! 自分の分で満足してくれ!」
しかし、箸ではじかれてしまった。
「ところでお前、さっきのオレンジの服はどうしたのだ?」
「なななな、なんのことかな?」
ウインディの質問に焦るトレーナー。
「あれ、そういえばなんでトレーナーも来たんだ?」
隣に座るトレーナーをまじまじと見つめるビコー。
「いやあ、たまたま偶然ビコー達を見かけたから一緒に食べようかと!」
「ふーん、そっか」
ビコーは彼から視線を外し、ヒシアケボノの方を向く。
「んで、ボノはどう思うんだ? フードの奴らのこと」
「あたしは、みんなで仲良くできるのが一番だと思うな~。ビコーちゃんに賛成!」
「本当か!? よかった! ボノが一緒なら心強い!」
喜び立ち上がるビコーだったが、すぐに落ち着いて座る。
「けど、さっきウインディ先輩が言ってたことも本当だよな。みんなアタシ達と同じ考えとは限らない。だから、どうすればいいのかな……」
悩むビコーに、笑顔を向けるヒシアケボノ。
「あの子達のことを知ったら、みんなも変わるんじゃないかな? 前にウインディさんがやってたみたいに、動画で伝えるとかいいんじゃないかな?」
「いや、上手くいくかはわからないのだ」
ウインディも口を開く。
「奴らは他の奴を煽ったり、練習を邪魔したりしてるだろ? それも数か月続いてるのだ。簡単に許せる奴ばかりじゃないのだ」
「うーん、そうだよなぁ……それに、diumableとの勝負もなんとかしなきゃいけない。学園が負けたらレースはなくなるけど、勝っちゃったらあいつらの居場所はなくなっちゃうよな……そもそもアタシは選抜メンバーじゃないし……」
再び悩むビコーに対し、ウインディは気付く。
「待て。そこは解決できるのだ」
「えっ?」
「ビコー、オマエが勝てば引き分けってことになるのだ」
それを聞いて、キョトンとするビコー。
彼女の言う通り、どちらの陣営でもないウマ娘が勝利すればレースは引き分けになる。次のレースが引き分けになれば二勝二敗。学園とdiumableの勝負全体も引き分けにできる。
「そうか、そうだよ! 引き分けになれば、レースもなくならないし、あいつらもいなくならない! さすがだウインディ先輩!」
「ふふん! 悪の帝王として、これくらい朝飯前なのだ!」
みんなが明るい顔になる中、トレーナーだけは顔をしかめていた。
「どうだろう……引き分けになった時のことは生徒会から言われなかった。場合によっては、もう一戦やって決着を着けることになるかもしれない」
「あ、そっか……」
暗い顔に戻るビコー。彼女に対しウインディが身を乗り出す。
「なにしょんぼりしてるのだ!?」
「えっ」
「いつもの勢いはどうしたのだ!? そんなもん、生徒会の奴らに頼めばいいじゃないか!」
「けど……聞いてくれるかどうか……」
「聞いてくれなかったら、学園中に頼んでまわればいいだろ!? diumableとの勝負は終わらせてくれって言う奴を集めれば、生徒会も動かざる得ないのだ!」
「でも、上手くいくかな……ウインディ先輩だって、あいつらを許すのは反対なんだ。みんなも反対するかも……」
「信じるのだ!」
ウインディの叫びに、ビコーはハッとする。
「オマエは、厄介なヤツなのだ! いっつもウインディちゃんを追い回してきて、かと思ったら応援してくれる時もあって、よくわかんないヤツなのだ! だけど!」
ウインディは立ち上がり、体を振り絞って叫ぶ。
「オマエは強い! ウインディちゃんについてこれるヤツが、弱いワケないのだ!! だから、信じろ! やる前から諦めるな!!」
「ウインディの言う通りだ」
今度は、トレーナーが口を開いた。
「ビコー、君は間違いなく強い。それに、君は自分の気持ちには嘘をつきたくないんじゃないのか?」
「え? あっ……」
それを聞き、ビコーはキャロットマンとの会話を思い出した。
「君の中に生まれた気持ち。それは、他のみんなにも芽生えるかもしれない」
「そ、そうかな……?」
「少なくともここに一人。芽生えてるよ」
トレーナーは自分の胸を指差す。
「ト、トレーナー……」
「そうだよビコーちゃん! あたし達も一緒に行くから、まずは生徒会に行ってみよう?」
ヒシアケボノも彼女を励ます。
「ああ……そうだな! やってみなきゃ、わからないよな!」
ビコーにも笑顔が戻った。
「やるぞ! 次のレースはアタシが勝つんだ!」
立ち上がり、片手を思い切り振り上げる。
「ほう、一緒にいたか」
ビコーの後ろから声をかけたのは、シンボリルドルフだった。
「ビコーペガサス、ヒシアケボノ。君達に話がある」