夕食を食べ終えた後、四人はルドルフに連れられて生徒会用の部屋に集められた。
「単刀直入に言おう。君達のどちらかに選抜メンバーになって欲しい」
急な話に、二人は戸惑う。本来出走するはずだった者は怪我で辞退してしまい、代わりとして二人を誘っていたのだ。
「会長。本当にアタシらでいいのか?」
「もちろん。見込みのある者だと思ったからこそ声をかけた。君達は、学園を背負って走る実力がある」
「そうか」
ビコーは視線を下へ向ける。
「ビコー……」
トレーナーは不安そうに視線を送る。
これは、かつてのビコーにとってはまたとないチャンスだった。自分でdiumableを倒すと、闘志を秘めていたあの頃なら。しかし、今は。
「…………決めたよ、会長」
ビコーはルドルフを見つめ返す。
「どうだろう? 引き受けてくれるだろうか?」
「声をかけてくれたのは嬉しいけど、アタシは選抜メンバーにならない」
机を挟んで相対するルドルフに対し、ビコーは言い放つ。
「アタシは学園側にも、diumable側にもつかない。どちらにもつかないで、次のスプリンターズステークスに勝利する!」
「ほう……我々の側にもつかない、か」
「そして、アタシからお願いだ! もし次のレースで引き分けになったら、これ以上レースで決着を着けようとするのはやめてくれ! あいつらも許してやって欲しいんだ! 頼む!」
ビコーは頭を下げる。そんな彼女に対し、ルドルフの表情は引き締まっていた。
「なぜだ? なぜ君がそこまでする?」
「アタシ、気づいたんだ。フードを被ったヤツらが、負け続けて誰にも頼れなかったヤツらだって。だから見捨てたくない。助けたいんだ!」
熱弁する彼女を、黙って見つめているルドルフ。
「あたしからもお願いします!」
今度は、横にいたヒシアケボノが頭を下げた。
「みんな、こうするしかなくてやってることだと思うんです! 誰からも見捨てられたら、あの子達は居場所がなくなって、もっとつらくなっちゃうから! そうならないようにして欲しいんです!」
「ふむ……」
話を聞いても、ルドルフの表情は険しいままだ。
「おいおい。聞いてりゃ、奴らが悲劇のヒロインみたいな言い草だな」
ふと、部屋の扉が開き誰かが入ってくる。
「聞いていたのか、シリウス」
「聞くつもりはなかったが、聞こえちまったからな」
シリウスはビコー達の前に立った。そして、二人に対し指差す。
「認識が甘すぎる、お前らは」
「フードを被った連中には、悲しい過去なんざ無い奴もいるんだぞ?」
「えっ……!?」
「事に乗っかって、ただ悪事を楽しんでる奴だっているだろうが。そういう奴もまとめて許すのか?」
「確かに、そういう奴は許せないのだ! けど、許さなきゃダメなのだ……!」
それまで黙っていたウインディが口を開いた。
「ウインディ先輩……」
「オマエも黙ってないで反論するのだ!」
「うっ……」
悩むビコーを前に、ルドルフも口を開く。
「そうだな。付け加えて私からも質問しよう」
「この決着が着いた後も、君達は彼女らと関り続けられるか? このようなことが起こらぬよう、彼女らと向き合えるのか?」
鋭い眼光が、ビコーへと突き刺さる。
「それは……」
怯み、思わず後ろへ一歩下がる。ビコーの手は震えていた。
しかし、その手の震えを押さえ、握りしめる。
「それは、わからない」
渋い顔で、ビコーは答える。
「ふむ。では……」
ルドルフが笑みを向けてくるが、ビコーは睨み返す。
「今回のようなことが起きないためには、アタシ達だけが動いてもどうなるかはわからないんだ」
「では、どうすると?」
「動画を撮って、学園のみんなに呼びかけるんだ! 応じてくれるかはわからないけど、アタシの話を聞いてくれる生徒もいるはずだ!」
熱弁すると同時に、腕に力が入る。
「んで、悪さを楽しむだけ連中には何もしないのか?」
「ああ! 決着が着けば、フードの奴らの勢いはなくなるはずだ! だったら、悪さをする奴だって減るだろ!?」
「あくまで、中立の立場を崩さないというわけか」
ルドルフは目を閉じ、指を顎に当てる。しばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「仕方あるまい。選抜メンバーは他の者にするよ」
「じゃあ……!」
「引き分けになった時のことも考えておこう。尤も、君達が勝たないと話にならないがね」
それを聞いた四人は、互いに顔を見合わせ、笑い合う。
「ありがとう、会長!」
ビコーがそう言うと、一行は駆け足で部屋を出ていった。
「いいのかよ。好き勝手やらせて」
「構わない。むしろこうなることを、どこかで望んでいた」
~
「さあ、今日も張り切っていくぞ!」
眩しい光が降り注ぐ砂浜の上で、トレーナーは手を叩く。
「おう!」
「はい!」
「なんでウインディちゃんまで!?」
翌日から、三人は一緒に練習するようになった。しかし、その内容のほとんどが走り込みと遠泳だった。今日も共に、砂浜をひたすら走る。照り付ける日差しと暑さに体力を奪われながら、途方もない距離を走り続けた。
「はあー、もう走れない……!」
「うん……! あたしも、もうだめかも……」
「な、何メートル走ったのだ……?」
太陽が真上に上った頃、彼女らはトレーナーの指示通り走り終えた。
「お疲れ様! 昼食の時間だし、しっかり休憩しよう!」
スポーツドリンクを渡し食堂へ行くよう促すが、三人とも起き上がらない。
「どうした? 次のレース、絶対に勝つんじゃなかったのか?」
一人で意気揚々としているトレーナーへ、ビコーは疑問をぶつける。
「そもそも、なんでまたスタミナを鍛えるんだ? スプリンターズは去年も走ったぞ?」
ビコーの質問に、トレーナーは腕を組む。
「君達が蹴った学園の選抜メンバー、誰になると思う?」
「誰って……わかるのかトレーナー?」
「予想だけどね」
笑みを浮かべるトレーナー。そして、人差し指を下ろして言い放つ。
「バクシンオーだよ」
それを聞いた三人も、ああっ、と口を揃えて言った。
「今、短距離で一番実力があるウマ娘といえば彼女だ。ケガをしたという話も特に聞かないし、出走回避するとも思えない。学園が彼女を選ばないとは考えられない」
「なるほど。確かにバクシンオー先輩かもしれないけど、だからってなんでスタミナ?」
「君達が勝ちを目指すためには、選抜メンバーとdiumable、両方へのマークが必要だ。前に着き続けるためのスタミナが欲しい」
トレーナーの説明を聞き、ヒシアケボノは首を捻る。
「でも、スタミナばかりでいいんですか? バクシンオーさんは最初から飛ばすけど、そもそもあのスピードに追いつけないとマークできないんじゃ?」
「その通りだ。だから八月に入ってからは、瞬発力と体幹を鍛える」
「ん? なんで体幹なんだ?」
「それは後々わかる。当分は、基礎スタミナをどんどん鍛えてくれ!」
「ウインディちゃんまでやる意味はなんなのだ……」
ウインディは不服そうにぼやいた。しかし、ふと何かに気づく。
「待てよ? バクシンオーより先に、ルドルフはビコー達を誘ってたのだ。あれはなんでなのだ?」
「え?」
突然の質問に、固まるトレーナー。
「最初からバクシンオーを誘えばいいのだ。なんでビコーが最初なのだ?」
考えたこともない疑問に、トレーナーはしばらく唸っていたが、やがてそれを吹っ切るように首を振る。
「それは、ビコー達にも期待してたからだろう! よし! 昼飯食ったら海を泳ぐぞー!」
張り切って食堂へと向かうトレーナーに、三人も渋々立ち上がりついていった。
~
月日は経ち、八月。
「なあ、トレーナー……」
ビコーは腕を震わせていた。
「こ、これ、いつまでやればいいんだ……?」
この日、三人は炎天下でプランクをさせられていた。
「よし、そろそろいいぞ」
トレーナーの声と同時に、その場で崩れ、砂浜に寝そべる三人。
「き、厳しいね、ビコーちゃんのトレーナーさん……」
「ああ。アタシを、ここまで強くしたんだからな……」
「うぅ……なんでまだウインディちゃんも付き合わされてるのだ……」
三人は口々にぼやく。
「トレーナー! なんで毎日これをやるんだよ? 体幹鍛えることにどんな意味があるんだ?」
「そうか。理由はまだ言ってなかったね」
トレーナーは腕を組む。
「中山レース場の対策さ。あそこの短距離なら、カーブが肝になる」
「カーブ?」
「ああ。あの平地のカーブで崩れない力をつけないと、勝ちは見えない。コースは後でちゃんと見せるよ」
真剣な面持ちで説明する彼を見て、ビコーはうなづいた。
「うし! プランクはおしまい! こっからは瞬発力も鍛えるぞ!」
「ぐぬぬ……もう帰りたいのだ……」
~
そんな日々はあっという間に過ぎ、気づけば夏合宿最終日前日となった。
トレーニングは順調に進み、ケガ無く終えることができた。
最後のトレーニングを終え、夕食と入浴を済ました。しばらくして消灯の時間になった。布団に入り眠ろうとするビコー。しかし、これまでの出来事や練習が、頭の中で次々と浮かび、なかなか寝付けなかった。
「ねえ、ビコーちゃん。起きてる?」
不意に、ヒシアケボノの声がする。
「ああ、起きてるぞ。どうしたボノ?」
小さな声で返事をするビコー。
「なんか、眠れなくて……誰かと話したいなって」
「アタシも同じだ。色々あって疲れちゃったのかな……はは」
ビコーは、ヒシアケボノのいる方へと寝返りを打つ。お互いに顔を見合わせた。
「なあ、ボノ。ボノにお礼を言いたいんだ」
「お礼?」
ビコーは手を伸ばし、ヒシアケボノの手を掴む。
「アタシがあいつらを守ろうと思ったのは、きっとボノのおかげだ」
「え? あたしの?」
「ああ。ボノはいつもみんなに優しいし、仲良くしようとするだろ? それが、アタシがあいつらを守りたいって思わせてくれたのかもしれないってさ。ありがとう、ボノ」
笑顔を向ける彼女に、ヒシアケボノはどこか悲しそうな顔をしていた。
「ビコーちゃん。ホントはね、あたしもわからなかったんだ」
「え?」
「ビコーちゃんの話を聞いて、似たような子達を見たことを思い出したんだ。けど、その時あたし、何もできなかったから……」
「えぇ? そうだったのか?」
今度は、ヒシアケボノが手を握り返す。
「だから、あたしの方こそお礼をさせて。手伝わせてくれてありがとう、ビコーちゃん」
「えへへ……なんか照れるな、これ」
ビコーは布団に顔をうずめる。
「お互い、最後までがんばろうな。おやすみ、ボノ」
「うん、おやすみ。ビコーちゃん」
二人は天を見つめ、瞳をゆっくりと閉じた。
~
九月。スプリンターズステークスまで残り一週間。
「はあ、はあ、ダメだった、トレーナー!」
「……やっぱり厳しいか」
この日は、実際のレースを想定した模擬レースを行っていた。併走相手として、ヒシアケボノはもちろんのこと、シンコウウインディとタイキシャトルも交えて行った。
本番同様の作戦で走ったビコーだったが、残念ながらマークし続けることはできず、勝つことはできなかった。
「もう少しで上手くいきそうだったが……これは作戦見直しだな」
「ごめん、トレーナー。アタシがもっと速ければ……」
「仕方ないさ。ただ、君があれだけ先行しても、スパートをかけられるスタミナがあるとわかった。これは大きな収穫だよ」
「じゃあマークはしないけど、前半からとばすのか?」
「うん。リードが広がらないようにはしたい。できるか、ビコー?」
「ああ! さっきの感じでいいなら、いつでもいけるぞ!」
相談する二人に、タイキとヒシアケボノが近寄る。
「トレーナーさん、あたしはどうでした?」
「ヒシアケボノは大丈夫だ。最後抜かれはしたけど、タイキへのマークはしっかりできてた。diumableのウマ娘が同じ走り方かはわからないが、本番でも通用すると思う」
「やった!」
跳ねるヒシアケボノ。今度はタイキが話す。
「結果はワタシの勝ちでしたが、ビコーはベリーベリーストロングです! あのペースについて来れるなら、次のレースでも勝てマース!」
「タイキ先輩にそう言ってもらえると心強いな!」
「ま、ウインディちゃんもオマエの強さは認めてるのだ。ここまで来たなら、本番で負けたら噛みつくからな!」
「うっ、それはやめてくれ先輩!」
ウインディとビコーが追いかけ合ってるところを見て、タイキが微笑む。
「ウインディさんとビコーは仲良しデスね!」
「は? そんなわけないのだ!」
「ああ! いざという時は頼りになる先輩だ!」
「えーっ!? 認めるのかオマエ!?」
ギョっとするウインディに、タイキはふふっと笑った。
「ビコー。ワタシはアナタのこと応援してマース! ゼッタイ、負けないでくだサイね!」
「ああ! 必ず勝つよ!」
ビコーは、タイキと拳を突き合わせた。
~
そして迎えた、スプリンターズステークス当日。
快晴の中、風が芝をそよぐ。絶好のレース日和。
「いよいよだな、ビコー」
「ああ」
控室にて、勝負服姿でビコーは張り切っていた。
「昨日確認した通りだ。枠番からしても、今回バクシンオーをマークはできない。ヒシアケボノはレッドスパイクをマークする。君は彼女らに引き離されないように走りつつ、あのカーブでスパートをかけるんだ」
「ああ、わかった。必ず勝ってみせる!」
トレーナーは、彼女の肩に手を置く。
「大丈夫だ。君達ならできる。俺が保証する」
「うん。見ててくれ、トレーナー!」
「おう、いってこい!」
手を振りながら、ビコーはパドックへと向かった。
「ほう……皇帝サマも来ていたか」
観客席にいたシンボリルドルフに、話しかけたのはシリウスシンボリだった。
「トゥインクル存続がかかった一戦だ。私とて見ないわけにはいかないよ」
「どうだ? 望んだ結果になりそうか?」
「……他の者を選んでいればよかったかもしれないと、思っていた」
「バクシンオーは前年の勝者だ。これ以上の適任はいないだろ?」
「うむ。しかし、出走メンバーの様子を見て確信したよ。このレースは私達が望んだ通りになる」
「ビコーちゃん!」
ゲートに入る前、ビコーにヒシアケボノ声をかけられた。
「いよいよ本番だね」
「ああ。ここで全部が決まるんだ」
引き締まった表情の彼女に対し、ヒシアケボノは不安そうな顔だった。
「ねえ、ビコーちゃん。もし、あたし達でも勝てなかったら、どうなっちゃうかな」
彼女の様子に一瞬面食らうも、ビコーはすぐに元の表情へと戻る。
「……アタシは、負けない」
「今までは何度負けてもいいと思ってきた。けど、今日だけはダメだ。今日のために、アタシは強くなってきたんだ」
「そうだね。ごめんね、こんなこと聞いて……」
ますます表情が暗くなる彼女。ビコーは、そんな彼女の背中を押した。
「大丈夫だ! ボノは強い!」
ビコーはニッコリと笑う
「一緒に見てきたからわかる。トレーナーだって、ボノは大丈夫だって言ってただろ? 何があってもボノはボノだ。だから大丈夫」
それを聞き、ヒシアケボノの瞳から一粒だけ零れ落ちた。
「ありがとう、ビコーちゃん!」
しかし、その顔は一切憂いを帯びていない。
「いいレースにしようね!」
「ああ!」
二人はゲートへと歩みを進めた。