劇場版風ウマ娘 真のヒーローとビコーペガサス   作:菜目ルナ

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最終話 新たなヒーロー

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 実況の声が会場に響く。

 

(引き離されないように……引き離されないように……)

 ビコーは、心の中で何度も唱える。

 

 沈黙の末、ガコンという音と共にゲートが開かれる。

 

『スタートしました! さあ、最初にハナを取るのはレッドサークル! 好ダッシュだ!』

 レッドサークル。diumableからのメンバー。スタートと同時に驚異的な加速を見せ、先頭に立っている。

『そこに並ぼうとヒシアケボノ! その後ろはサクラバクシンオーです!』

 残念ながら、ヒシアケボノは二番手。レッドサークルの速さを超えられていない。マークは失敗した。

 

(さすが、バクシンオー先輩達……速いな!)

 ビコーはリード差を広げないよう、ペースを上げて走る。普段以上にハイペースな走り、どこまで足をためられるかはわからない。それでも、彼女はペースを維持し続ける。今の自分ならできると信じて。

 

 中山レース場の短距離。前半は緩やかな下り坂で、下りた後にカーブがある。後半は直線の上り坂。この平地のカーブを狙い目にしていた。曲がるための減速をせず、スピードを維持して大外を回る。最高速でかなわないなら、ここでリードを稼ぐというわけだ。しかし、その分体力を使うことになる。転倒のリスクも高くなる。だが、それができるだけのスタミナは、今のビコーとヒシアケボノにはあった。

 

 ビコーもヒシアケボノも、そのカーブで巻き上げる他ない。

 

 

『残り六〇〇メートルを通過。第四カーブを曲がっていきます』

 

 ついに来た勝負所。ビコーも中団外側に位置しており、先団の様子が見えた。バクシンオー、レッドサークルはほぼ横並びになっており、その後ろにヒシアケボノが食い下がっている。前二人の速度は、カーブに入る手前から落ちていってるのがわかった。

 

「うおおおああああああ!!」

 

 ビコーは力を振り絞った。外を回り、どんどん加速していく。しかし、スピードを上げるあまりカーブに合わせて向きを変えきれない。このままでは、さらに外側へと膨らんでしまう。大きなロスになる。

 

(覚悟を決めろ、ビコーペガサス! 一か八かでも、可能性にかけるのがヒーローだ! 例え少しでも、成功する可能性があるなら!)

 

 ビコーは、体の向きをさらに右へと傾ける。重心が変わり、右足に痛みと重さを感じる。しかし、スピードを落とさない。ここでの転倒は、ケガでは済まない。他のウマ娘の妨害となる可能性もある。しかし、彼女はやめない。そのまま進み続ける。それを可能にしたのは、彼女の体が小さく、自身の重さによる影響を受けづらかったからだろうか。

 

 

『さあ、最終直線に入った! サクラバクシンオーとレッドサークル、競り合っている! その外からヒシアケボノ、ビコーペガサスが続いている!』

 カーブを曲がり切り、状況は変わっていた。

 

 ビコーペガサスはトップスピードで走っている。まだ足に余力がある。それでも、前二人との差はほとんど縮まらない。

 

(なんとか……なんとかならないのか!?)

 

(ここまで来て、やっぱりアタシじゃ、勝てないのか……!?)

 

 

 

 

 

『さあ残り二〇〇メートル! おっと、レッドサークル苦しいか!?』

 

 最後の二〇〇メートル。そこの上り坂に差し掛かった先頭二人は、明らかにスピードが落ちた。チャンス到来、嬉しい誤算であった。

 

「行けるッ!!」

 ビコーが坂に踏み入れた瞬間、その脚はさらにスピードが増していく。

(いくぞ! 超必殺!!)

 

「ペガサス、マッハ、ウイングぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 叫び声と共に、彼女の踏み抜く力が強くなる。ストライドが伸び、坂を駆け上ろうと動いていく。外側から一気に先頭へ躍り出た。

 

「みんなを守るのは、アタシだあああああ!!!」

 

 後ろ二人も負けじと近づいてくる。

 

「負けません! 委員長の名にかけてぇ!!」

「勝つのは私なんだからぁぁぁ!!」

「うあああああああああああ!!!」

 

 

 

 そのまま、彼女はがむしゃら走っていた。どれほどの時間だったかはわからないが、ふと、後ろのウマ娘達がスピードを緩めていることに気づいた。気がつかないうちに、ゴールラインを過ぎていたようだ。

 

 

 

 どうなったのか、掲示板を見上げるビコー。

 

 自分の番号は、二着のところに記載されていた。

 

「あ……ああ……!」

 

 一着の欄を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、ヒシアケボノの番号が書かれていた。

 

「やった……やったぁぁぁ! 成功だぁ!!」

 

 自身は敗北したが、作戦は成功した。もちろん、ヒシアケボノを勝たせようと動いていたわけではない。ビコー自身が勝って終わるつもりだった。結果的にヒシアケボノが一着となってしまったが、それでも成功だ。

 

「おめでとう、ボノ!」

 ビコーはすぐにヒシアケボノのもとへと駆け寄っていた。

「ビコーちゃん! えへへ……」

 ヒシアケボノの目から涙が落ちる。しかし、それ以上に笑顔が眩しく見えた。

「やったぞ! ボノがみんなを救ったんだ!!」

「やった! あたし達やったよ!」

 手をつなぎ、飛び跳ねる二人。成功の嬉しさは、走り切った疲労など忘れさせていた。

 

「ぜー……ぜー……ビ、ビコーさん……」

 息を切らしながら、バクシンオーが近づいてきた。

「うわっ、バクシンオー先輩!? 大丈夫か!?」

「は、はい……ビコーさん、前よりも、強くなりましたね……!」

「あっ……!」

 ビコーは初めて、自分がバクシンオーを追い抜いたことに気づいた。

 そのことに、瞳が潤んでいく。

「お二人とも、おめでとう、ございます……! ぐはっ」

 バクシンオーはその場に寝転んだ。

 

「おめでとう、ヒシアケボノちゃん」

 拍手しながら、誰かが近づいてくる。全身を包んだ赤い衣装。

「レッドサークル!?」

 ビコーが身を引くと、レッドサークルは衣の隙間から手を差し出す。

「敵同士だったけど、あなた達、いい走りだった。ありがとう」

 差し出された手を、ビコーとヒシアケボノは握り返す。

「ああ! いいレースだった!」

 

「おめでとう、ヒシアケボノ」

 今度は通路から、シンボリルドルフが歩いてきた。

「レッドサークル。君にはこれから生徒会室へ来てもらう。他のメンバーも集めてくれ」

「ええ。わかってるわ」

 レッドサークルと共に、会場から出ようとするルドルフ。

「待ってくれ会長! 勝ったのはボノだ! だから!」

 引き止めるビコーに、彼女は笑みを返した。

「わかっている。私としても彼女達を見捨てるつもりはない」

「それって!」

「続報を待っていてくれ。失礼するよ」

 そう言い残し、ルドルフは会場を去っていった。

 

 

 

 ~

 

 

 

 スプリンターズステークスから数日後。

 

「学園の皆様にご報告させていただきます。生徒会長のシンボリルドルフです」

 ルドルフの姿が、学園内のモニターに映し出されている。

「先日、diumableなる集団が我々に勝負を挑んできました。彼女達が提示したGⅠレースでの五回勝負。結果は、二勝二敗一分となり、勝者がいない形となりました。引き分けになった時のことを取り決めていなかったため、すぐに彼女らとコンタクトを取り、話し合いの場を設けました」

 

「結論として、トゥインクルシリーズは今後も存続。学園のスキャンダルデータも手渡し解散する代わりに、diumableの詮索、追及をしないことと決まりました」

 

 

「じゃあ、レースは今まで通り続く、ってこと?」

「そういうことだね」

「でもあいつらについては何もわかんないままなの?」

「学園内にメンバーがまだ居続けるってヤバくね?」

「てか、さすがに何かしらの罰は与えろよ」

 放送を受け、学園内には安堵の声と、不穏なざわめきが起こっていた。

 

 

「スキャンダルのデータに関してもご報告があります。詳細に調べたところ、データの内容は実際に起こった出来事とは何も関係のない情報であることがわかりました」

 スキャンダルのデータが画面に表示される。

「さらに、彼女らの学籍も架空のものであると判明しました。彼女らを詮索すること自体、そもそも困難だったのです」

 

 

「おい、じゃあ全部偽物だったのかよ」

「完全に遊ばれてんじゃねえか。何やってんだ生徒会」

「なんで制裁の一つも加えないんだ! 話し合いの時に捕まえればよかっただろ!」

 見ていたトレーナー達からも不満の声が出てくる。

 

 

「これが今回の騒動の全てです。以上を持ちまして、生徒会からの報告とさせていただきます」

 ルドルフが礼をしたところで、映像が終わった。

 

 

「この内容ってつまり……!」

 トレーナー室で見ていたビコーは、トレーナーと目線を合わせた。

「ああ! 俺達の願いは叶ったな!」

「やった……やったぞ!」

 二人は立ち上がり、腕を組み合っていた。

「でもトレーナー、あの映像はいつ流れるんだ?」

「えっと、確か時間は……ああ、画面を見てくれビコー!」

 

 

 

「こんにちは! アタシはビコーペガサスだ!」

「ボ~ノ! ヒシアケボノです!」

 

 モニターに映っていたのは、ビコーとヒシアケボノだった。

 大樹のウロの前で、二人は並んでいる。

 

「みんなは、diumableのこと知ってるよな? 同時に現れた、フードを被ったヤツらの事も知ってるはずだ。そいつらがたくさん悪さをしていたのは、アタシも知ってる。それをわかった上で聞いて欲しいんだ」

 

「あいつらは、diumableのことを希望だと思ってたんだ。たくさん負けて、周りからも見放されて、レースのことを憎んでた」

 

「泣いてたんだ。合宿の時、アタシが会ったヤツは、ライバルから見放されて、悔しくて、けど本当は、誰かに助けて欲しくて」

 

「負けて悔しい気持ちはわかる。アタシも、ここまで負け続けてきたから。でも、走り続けられたのは、トレーナーやボノ、いろんな人と一緒だったからなんだ! 誰もいなかったらアタシも、ああなっていたかもしれないんだ」

 

「だから、みんなもあいつらを助けて欲しい! 誰かと仲良くなれるだけで、誰かにわかってもらえるだけで、あいつらの心は軽くなると思うから」

 

 その映像にあったのは、ヒーローの姿ではない。

 一人のウマ娘が、真摯にお願いする姿勢が映っていた。

 

「あたしからもお願いします。どんなことがあっても、みんな学園に通うウマ娘です。みんなが仲良くできるなら、それが一番だと思うんです!」

「この放送を聞いて、一人でも多くのウマ娘が救われることを願ってる。お願いします!」

 

 二人がお辞儀をしたところで、映像は終わった。

 

「どう思うのかな、みんなは」

 見終えたビコーは、不安そうにトレーナーを見つめる。

「それは、これからわかるよ。みんなの心に届くことを祈ろう。後のことは、それからだな」

「……そうだな」

 トレーナーに肩を叩かれ、ビコーは笑顔に戻った。

 

 

 

「これでよかったか、シリウス?」

 放送が終わったルドルフは、近くにいたシリウスに話しかける。

「私じゃねえ。マルゼンに聞け」

「君にも、思うところがあったんじゃないかと思ってね」

「関係ねえよ。しかし、とんだ茶番劇だったわけだ。URAとはどう話つける気だ?」

「私にも考えがある。今回の一件、そもそも私達の目が行き届いていないのが問題だからね」

「お題目としてはアリだな」

「お題目じゃないさ。本気で思っていることだ」

 

 

 

「これで学園の奴らが変わるといいんだけどな」

 カフェテリアの椅子にもたれかかりながら、ジャングルポケットは呟く。

「私としては実に有意義だったよ! 彼女らの心理データと行動リストがあれば、さらなる跳躍を目指せる!」

 一方、アグネスタキオンは上機嫌だった。

「……お前いつもそんな感じだよな。何か思ったりしねえのか?」

「思っているとも! 志半ばレースをやめざる得ない者の気持ちはわかっているつもりさ。まあ、大衆のことは私で追える範疇ではない。そういう仕事は生徒会の連中がやってくれればいいさ」

「ふーん……少しは情があるってとこか」

 ポッケは、コップに注いだジュースを飲み干す。

「俺じゃ面倒見切れねえ奴らも、救われてくれりゃあいいんだけどな」

 

 

 

 ~

 

 

 

 それから一週間後。

「よし! ビコー、タイムは維持できてる!」

「本当かトレーナー?」

「ああ! このペースなら、次のレースもいい勝負になるはずだ!」

 

 グラウンドを走り終わったビコーペガサス。その場に座り休憩していると、フードを被ったウマ娘達がコース上に座り始めた。以前のように、何やら談笑している。

 

「トレーナー。もう何周か、走ってもいいか?」

 彼女らを見ていたビコーは尋ねる。

「ああ、行ってこい!」

 トレーナーも気前よく送り出し、その様子を見守った。

 

 

 

「なあ、みんな」

 フードの集団に、ビコーは話しかける。

「あ? なんか用かよ?」

 低い声で返事をされるも、ビコーは笑顔を崩さない。

「アタシと一緒に走らないか?」

 そう言いながら、手を差し伸べる。

「は? なんでだよ」

「ウチらそういうの嫌いだからこうしてるんですけど?」

 簡単に聞き入れてはくれない。

 

「みんなの好きな距離でいいぞ!」

 ビコーの言葉を聞き、フード付きの一人は二ヤリと笑う。

「えぇ~? じゃあ、長距離でも?」

「ああ! どんな距離でも一緒に走ろう!」

「えぇ……いやさすがにムリっしょ」

 笑顔で返され、フード付き達は少し引いていた。

 

「ねえ、私らも一緒にやっていいかな?」

 ふと、ビコーは後ろから声をかけられた。

「え?」

「そうそう! あんた達と久々に走りたいからさ!」

 三人ほどのウマ娘が、フード付きに手を伸ばす。

 

「あの子達は、合宿の時の……!」

 トレーナーには、その顔に見覚えがあった。

 

「ほら、あんたも立ちな!」

「え、ええ……?」

 フード付きは手を引っ張られ、立ち上がる。

「じゃああんたの得意距離、二〇〇〇メートル! よーい、ドン!」

 三人はグラウンドを走り始めた。

「よし、アタシも先に行くぞ!」

 ビコーもその後に続く。

 

「どうする? これ……」

「いや、別にやんなくてもいいんじゃない?」

 困惑しているフード付き。しかし、その内の一人が提案する。

「なあ、走ってみようよ。久々にさ」

「えっ、あんた何言ってんの?」

「みんなもさ、本気出したの昔じゃん? たまにはいいんじゃね? ほらほら!」

 そう言い、一人は走り始める。

「あー、仕方ないね!」

「ちょ、そんなの行くしかないじゃん! 待ってよ!」

 残る二人も走り始めた。

 

 

「よし、ゴール!」

 走り出した集団が、次々とゴールしていく。

「はあ、はあ……みんな、速いよ……!」

 そして、その集団から離れたところにいたのはビコーだった。やっとゴールラインを通過する。

「はあ、もう走れない……」

 汗だくで、土の上に倒れ込むビコー。

「当たり前ですよ、ビコーさんは短距離の方が向いてるんですから」

「けど、結構ついてこれてましたね? 二〇〇〇メートルですよ?」

「ああ……! それは、トレーナーとスタミナは鍛えてきたからな!」

 親指を上に立て、拳を上げる。

 

「みんな、走るの得意じゃないか! すごいぞ!」

 ビコーに褒められ、たじろぐフード付き達。

「けどアタシらじゃ……」

「うん。走るのは楽しかったけど、どうせさ……」

「そうそう、やるだけ無駄かもしんないし……」

 後ろ向きな言葉を吐く彼女らに、白く大きな影が近づいて来ていた。

 

「勿体ない」

 白い影は言う。

「君達がトゥインクルに挑戦しないのは実に勿体ない。本格化を迎え、シニア級に挑む者を抜かしたのだ。君達には充分な実力があるだろう」

 一同が視線を向ける。

「ハヤヒデ先輩! 見てたのか?」

「ああ、ビコー君。一部始終、見せてもらったよ」

 ハヤヒデはビコーと目を合わせた後、フード付き達に視線を向ける。

「ここで不貞腐れて諦めるというのは実に勿体ない。君達には、レースの頂に立つ資格がある。私を倒し得るライバルとなって欲しいものだな」

「ハ、ハヤヒデさんを倒すなんて、そんな!」

 褒め言葉をもらっても、彼女らは謙遜し、うつむく。

「それに、結局またいつかは負けるんだ。どんなにがんばっても勝てない日が来る。なら、やらない方が……」

 フード付き達は、まだ弱気になっている。

 

「そしたら、いつでも寮長に言いなよ!」

 声のする方を向くと、今度はヒシアマゾンが来ていた。

「つらいことがあったとかさ。いや、別になくてもいいさ。時々、顔を見せておくれよ。アタシだって、アンタらのことは心配してたんだぞ?」

 フード付き達に近づき、その内の一人に指を差す。

「フジもアタシも、一人として見捨てようとは思っちゃいない。積もる話があるなら、なんだって聞かせてくれよ」

「あ、アマさん……」

 彼女の言葉に、フード付きの一人がフードを脱いだ。

「あ、おい……」

「バカ! バレちゃまずいって……」

「もういいんだ。これは、必要ない」

 顔を露わにした一人は、深く礼をする。

 

「みんな、今まですみませんでした!!」

 

 それを見た二人も困惑していたが、やがてフードを脱ぎ、頭を下げる。

「顔を上げてくれ」

 フード付きに対しビコーは言う。そして、笑顔を向ける。

 

「な? みんなにも、味方はいるだろ?」

 

 

 

「お手柄だな、ビコー」

「トレーナー!」

 ビコーはトレーナーのもとへ駆けていく。

 フード付きの子達も退散し、グラウンドはいつも通り練習するウマ娘でにぎわっている。

「あの子達も、君の言葉をわかってくれたみたいだな」

「ああ! みんな、思ったよりも優しいな」

「よし、じゃあ休憩したらもう一度……」

 トレーナーが言いかけた時、ビコーは校舎の方を見つめていた。そして、急に声を出す。

「ごめんトレーナー! 今日はもうおしまいかも! 戻れたら戻る!」

 そう言い残し、ヘトヘトの体で走り出した。

「あ、おい!」

 

 

 

 すかさずビコーの後を追ったトレーナー。彼女は校舎裏の壁から何かを覗いている。声をかけようとした時、その視線の先にいる人物に気づいた。

 

「……で、話って?」

「その、俺さ。ひどいことしたから」

「何? なんのことよ?」

「だから、かき氷! お前に投げつけたこと! ごめん!」

 その言葉と同時に頭を下げたのは、夏合宿でビコーが出会っていたフード付きのウマ娘だった。

「いいよ。ケガとかなかったし。別に、気にしてないから」

「あ、そっか……」

「…………」

「…………」

 沈黙が続く。見かねたトレーナーが行こうとすると、ビコーは手を出し首を振る。

 

「……あんた、レースに復帰するんだって?」

「え? ああ、そのつもりだ」

「明日さ。昼休みにグラウンド来てよ」

「な、なんでだよ?」

「私がフォーム見てあげる。トレーナーじゃなくても、多少は助言できるから」

「いいのか?」

「…………その、さ。私の方もごめん。あの時、ひどいこと言っちゃった」

「……ああ。なんだ、そんなことか」

 フード付きは笑う。

「許すよ。許してもらったんだから、許すしかねえ。あの時は俺もどうかしてたんだ。もう恨んじゃいねえよ」

「そう。うん、それじゃまた明日」

「おう!」

 二人のウマ娘は、晴れ晴れとした表情で別々の道へと歩みを進めた。

 

 

 

「もう、俺達が何かしなくても大丈夫そうだな」

 トレーナーはビコーと顔を見合わせる。

「トレーナー。diumableが言いたかったことは、こういうことだったのかな」

「ああ。かもしれないな」

 

「みんながちょっとずつ優しくなれば、それだけで救われる人がいるんだな。アタシにとってのボノやウインディ先輩は、きっとみんなにもいるはずだ」

「そうだな。ここの子達一人ひとりが、誰かのヒーローなのかもしれない」

 トレーナーは彼女の肩に手を置く。

「そして、それは君もだな」

 ビコーは目を見開き、満面の笑みを浮かべる。

「ああ!」

 

 二人はゆっくりと、グラウンドへ歩き出した。

 

「ところで、やっぱり今日のトレーニングにもうおしまいに……」

「いや、ダメだ! まだまだスタミナをつけるぞ!」

「またそれか~!? もういいだろ! 他のトレーニングをさせてくれ~!」

 

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