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今回からは稲妻キャラとの物語を描いていきます!
第10話 雷電影
焔硝――黒髪で後ろ髪の毛先が赤く、赤い瞳を持つ男。黒衣の装束を身に纏い、黒を基調とし炎のような赤の模様を描いた上物の羽織を着流し、腰に赤鞘の刀を差す武人だ。
その正体は嘗て稲妻で雷神バアルとバアルゼブルと共に魔神戦争を生き抜いた『焔の魔神』、現在は『赤雷の魔神』、『赤雷の将』と名を変え、稲妻で正体を隠して暮らしている。
ほんの少し前までは、五百年前の戦いで心に大きな悲しみを抱え、それが原因で影向山の鳴神大社に閉じ籠もっていた。
しかしそれは稲妻にやって来た旅人、空とパイモンの助力によって解決し、ずっと疎遠にっていた雷神バアルゼブル――雷電影と和解することができた。
未来に向かって歩み出した稲妻で、焔硝は今まで見てこられなかった国を目に焼き付けていく。
「……」
「……」
此処は稲妻城の天守閣。巨大な広間で、将軍が公務をする場所である。許された者しか入ることができず、そこで焔硝と影は刀と薙刀を抜き放って構えていた。
とても真剣な表情で立ち会い、一触即発といった雰囲気を纏っている。
「……」
「……」
動いたのは両者だ。元素力を使わず、純粋な身体能力だけで身体を動かし、素早く近付く。
刀と薙刀が交差し、軽く火花が散る。そのまま二人は何合も刃を重ねていく。
ガキン、ガキン――と天守閣内に刀と薙刀が叩き合う音が鳴り響き、二人の目が交差する。
両者とも、楽しそうに笑っていた。
まるで子供達が遊ぶような、仲の良い友人同士が遊戯をしているような、そんな感じだ。
互いの武を舞うようにして披露し合う遊びに興じる男女――そんな光景が天守閣広がっていた。
もう何合打ち合ったかは分からない。刃が空気を斬る音と打ち合う音、そして両者が床を踏みしめる音だけが場を支配する。
「――!」
影の目が変わった。
素早く舞うように身体を動かし、焔硝の刀を薙刀で叩いていく。
いきなりの猛攻に焔硝は圧されてしまい、防戦一方になる。
刀で薙刀をいなしていくが、やがて影の猛攻に防御を崩されていく。
そして影の薙刀が焔硝の刀を弾き、その隙を突いて薙刀が焔硝の首筋に添えられた。
一瞬の静寂の後、影はフッと笑みを浮かべる。
「私の勝ちですね、焔硝?」
「――っはぁ……負け負け、俺の負けだ」
薙刀が消され、焔硝は苦笑した様子で刀を鞘に収める。ポリポリと頭をかき、その場に座り込む。
影も可愛らしく「ふふっ」と笑い、焔硝の前に正座する。
あんなに激しく動いていたというのに、二人は一切呼吸を乱しておらず汗もかいていない。
それは二人が卓越した武を誇るからか、それとも魔神だからか。
「ったく、俺は昔ほど強くないんだぞ?」
「ですが、私と対等に戦えるのはあなたぐらいです。旅人さんも渡り合えるでしょうけど、それでもあなた程ではありません」
「……その内超えそうだけどな」
焔硝は今もどこかを旅している空を思い浮かべる。
あの子の戦闘技術には目を見張る物がある。根性だって据わっているし、何より決めた事を貫き通す信念を持っている。あれ程強い意志を持つ人間は中々いないと、焔硝は彼を高く評価していた。
「んんっ……」
「ん……?」
影は姿勢を正して咳払いをした。
何処かウズウズとした様子で何かを待っているようだった。
焔硝は呆けた顔を浮かべたが、すぐに「ああ……」と納得した顔を見せる。
「はいはい、分かってる。ちゃんと甘味は用意してやるよ」
「団子牛乳も忘れずに。あれがないと始まりません」
「分かってるって。約束する」
影は嬉しそうに頬を赤くして微笑み、若い町娘のようにはしゃぐ。
先程まで二人は立ち合いで賭け事をしていたのだ。
影は言った通り次に焔硝がやって来る時には甘味を沢山持参すること、焔硝は稲妻一番の酒を賭けていた。
勝負は影が制し、焔硝が影に賭けを支払うことになった。
「それにしても驚きました」
「ん?」
「あなたがお酒を飲むようになるなんて。いえ、以前も嗜む程度には飲んでいましたが……」
「まぁ、五百年間飲み続けてたらな。中々どうして、これが結構好きになってな」
「……あまり飲み過ぎないように。何処ぞの風神みたく酔っ払わないでください」
「それは大丈夫だ。いくら飲んでも酔わない体質だから」
それは良かった、と影は微笑む。
焔硝は一、二度だけ他の魔神、つまり俗世の七執政と顔を合わせたことがある。
魔神戦争終結後、一時だけ稲妻から離れて世界を旅した。その際に七神に挨拶回りをした。
影が言った風神とはその一柱であり、酒が大好きなのだ。その酔いっぷりと言ったら、思い出すだけでも頭痛がする程である。
影は焔硝がアレと同じような姿になるのを心配していたが、焔硝の体質を聞いて安心するのだった。
「ところで、今日はどのような用事で来たのですか?」
「それを聞かずにいきなり立ち合いをしようだなんて、随分と鬱憤が溜まってたようだな?」
「最近甘味を口にしていませんでしたから。それは良いですから、用件は何です?」
「ん? 別に無いが?」
「え?」
「ただお前に会いたかったら会いに来ただけ。それ以外に理由が必要なのか?」
「い、いえ……っ」
影は焔硝から顔をそらし、焔硝から見えないように手で隠す。
焔硝は首を傾げる、影の顔を覗き込もうとする。
だがそれよりも先に影が顔を戻し、コホンッと咳払いをする。
その顔は若干赤くなっているようにも見えた。
「そ、そうですか。では何をしましょうか? お茶でも淹れましょうか? それとも数百年ぶりに碁や将棋を興じますか?」
「それも良いな。だが……」
焔硝はチラリと、部屋の奥に佇んでいる将軍の書斎を見る。
そこには政務として置かれている書簡が山積みになっていた。焔硝が来るまで将軍が取り込んでいた仕事だ。
それがあんなにも高い山を作っているのに、それを放っておいて遊ぶ訳にもいかない。
来る時期を見誤ったか、と焔硝は苦笑する。
影もその山々を見てウッと顔を顰め、縋るような目で焔硝を見つめる。
焔硝はそんな目で見てくる影に困った笑みを見せ、「どれどれ」と立ち上がって書斎に近付き、書簡の一つを手に取る。
「んー……手伝えないことも無いが、結局はお前が目を通すことになるぞ?」
「あ、なら政務は『将軍』に任せて、私達は『一心浄土』へ……」
「それは……一国の主としてどうなんだ?」
「それは……はぃ……」
影はションボリとして俯いた。
焔硝と影が会うようになってから影はいつもこのような感じだ。
彼が天守閣に訪れば『一心浄土』から飛び出し、嬉々として二人だけの時間を過ごす。
基本的に政務は影の影である『将軍』が行っているのだが、夢想の永遠を追い求める以上、『将軍』だけに任せるのは如何なものかと、自らの手で政務に携わるようにもなった。
それだけ責任を感じており、決して政務を放り投げたり手を抜いたりはしない。
そして焔硝が来る日だけは、焔硝が来る前に届けられている政務を全て片付ける。そして焔硝が来ると時間いっぱい政務を忘れて過ごす。
だが今日のように政務が溜まっていると、それができなくなってしまう。
その度に影は政務と焔硝の間で心が揺れ動き、悩めましい表情で焔硝に縋るのだ。
まるで子供が誰かに構ってほしいと言わんばかりに。
焔硝も政務は手伝える。眞の仕事を手助けしていた時期もあり、それなりに知識がある。
だが用意されている書簡は全て将軍が目を通さなければならないもの。その為に用意されている物であり、焔硝が目を通して筆を走らせたとしても、結局は影自身が目を通さなければならない。
だから焔硝は手伝いたくても手伝えないのだ。急を要する物や重要案件、後回しにできる案件等を分別するぐらいはできるが、逆に言えばそれだけである。
「影、やはり来る時は前日に連絡しよう。流石に政務をほっぽり出す訳にはいかんだろう」
「で、ですがせっかくあなたが来たというのに……」
「……仕方ない。なら今日は一緒にやろう。仕分けぐらいならできる」
「……っ! ええ! やりましょう! んんっ……そ、そうですか。では、せっかくですのでご一緒しましょう」
今更取り繕ってどうする――。
焔硝は子供っぽい反応をする影を見て苦笑する。
二人は共に政務に取り掛かる。影が筆を走らせている間に焔硝が書簡に素早く目を通していき、内容から優先順位を付けて仕分けていく。その仕分けた書簡を影が手に取って確認し筆をどんどん走らせていく。
しかし時折、影の筆がピタリと止まる。難しそうな顔をしては筆先を迷わせてユラユラさせる。
政務の内容は決して簡単な物ではないが、影の手腕ならそこまで迷うような内容は無かったはずだと焔硝は首を傾げる。
「どうした? らしくないな……」
「あ、いえ……その……恥ずかしいことに、五百年間『一心浄土』に閉じ籠もっていた所為か、どのように文を書けば良いのか分からなくなってしまいまして……」
「……そんな弊害が出ていたのか。まぁ、言われてみれば俺もずっと酒浸りで碌に文章を読んでこなかったからか、確かに昔のようにスラスラと文が思い浮かんでこんな」
試しに焔硝も手に持っている書簡に関してどう回答すべきか考えてみる。
大昔は眞に進言できる程度には何の問題も無く具体的な案を思い付いては文にしてみせた。だが今はと言うと、案自体は思い浮かぶものの、明文化するまでには至らなかった。
こう、フワッとしてモヤッとしてクシャッとする感じで、最適な文を作成できなかった。
五百年――停滞していたその時間は想像していたよりも代償が多そうだ。八重に頼んで八重堂の本を取り寄せて貰うべきか。
焔硝はそんなことを考えながら、影と協力して政務を終わらせていく。
書簡を捲る音と影が筆で文字を書く音だけが場を支配する。
カサカサ……サラサラ……。
耳心地の良い音が流れ、政務中ではあるが二人の心を落ち着かせていく。
最後の書簡に影が筆を走らせ、今ある政務は全部片付いた。
開いている障子の向こうに見える空は既に赤く染まっていた。
焔硝が此処に来た時はまだ日は高かった。それから見るにどうやら随分と長く時間が掛かってしまったようだ。
政務を終えた二人は一息吐き、疲れた身体を影が淹れた熱い茶で癒していく。
影はあの一件から事あることにお茶を淹れようとしている。あの時上手く淹れられたのが余程嬉しかったのか、得意気になってお茶を淹れて差し出す。
「ほんと、茶だけは淹れられるようになったな」
「もっと褒めてくれても良いのですよ? 神だって成長するんです」
「でも『料理』はできないんだろ?」
「……私が料理できないんじゃありません。料理が私を拒絶しているんです」
「ふっ……」
焔硝は思い出す。嘗て、影が己と眞に料理を振る舞おうとしたことを。
眞は料理が上手かった。庶民的な物から料亭が出すような豪華絢爛な物まで幅広くだ。よく眞は焔硝と影に料理を振る舞い、それを焔硝は絶讃していた。
それに調子付いてしまった眞は、影に「料理ができるかしら?」と挑戦的な発言をし、それに火が付いた影は生まれて初めての料理を敢行することになった。
その時影は相変わらずの仏頂面のまま、鼻を鳴らしてこう言った。
「料理ぐらい、神である私にできないはずがありません」
結果――厨房で大爆発を引き起こす惨事となった。雷元素と炎元素と水元素が反応を引き起こし、過負荷と蒸発と感電を連続多発させた。爆炎と蒸気の中から髪をクシャクシャにして現れた影を見て、焔硝と眞は言葉を失った。
あれ以来、影は料理を敬遠して厨房に入ることすら己で禁じていた。
「眞に見せてやりたい。厨房を大爆発させていたお前が、こうして茶を淹れられるようになったところを。きっと泣いて喜ぶ」
「それは、神への挑発と捉えますよ?」
影は鋭い眼光を焔硝に見せた。そんな彼女に焔硝は苦笑し、湯飲みを傾ける。
あの一件からこうして二人で過ごす時間が増えた。失った五百年を取り戻すかのように、一度離れてしまった関係を修復するかのように温かな時間を過ごす。
焔硝は思い返す。この日々を取り戻すまでに、いったいどれだけの者に迷惑を掛けてしまったのか。八重や空たちだけじゃない、稲妻に住まう民達にも迷惑を掛けた。影の心を支えてやれていれば、民達が苦しむことはなかったかもしれない。
幸せを取り戻せたかもしれないが、それで全て良しとはいかないと、焔硝は後悔の念を抱き続けている。
「焔硝、何を考えているのですか?」
「え?」
影が心配そうな顔を浮かべていた。
「どうせまた自分をことを責めているのでしょう?」
「……どうして分かった?」
「何千年あなたと一緒に居たと思ってるのですか?」
「……いや何、もっと早くお前と……いや、最初からこうやっていればな、と」
焔硝が考えていたことを打ち明けると、影は表情を暗くする。
だがそれはほんの一瞬だった。すぐに顔を上げると、強い意志を持った瞳を焔硝に向ける。
「なればこそ、私達はこれからの稲妻を大事にしていかなければなりません。それが今まで目をそらし続けてきた私達の責任です」
「……強いな、影は」
「あなたが考えている程、私は強くありませんよ。だって――そう言えるのはあなたが側に居てくれるからです」
そう言うと、影は微笑んだ。
「――」
その微笑みに、焔硝は目を奪われる。
だってその笑顔は――そんな笑顔を魅せられたら、それは……反則だ。
「~~~~っ!」
今度は焔硝が影から顔をそらした。
その顔は夕焼けの所為か、赤く染まっているように見えた。
因みに原神に囲碁や将棋があるかは不明です(少なくとも、私の知識では)。
でも神の心を『駒のような』とも言っているし、チェスらしき概念があるようですし、何よりカードゲームが存在するのだから、たぶん、きっと、めいびー、あったら良いなと思いました。