関西弁のなまりと混同しちまうのじゃ……。
変だったらごめんなさい……。
妾とあやつが初めて出会ったのはいつじゃったか……。それはもうあまり覚えておらぬが、初めて出会った時のことは覚えておる。
まだ妾が人の姿を取らず狐の姿であった頃、師の狐斎宮の後ろを付いて回っておった。
あやつと出会ったのはその最中のことじゃった。妾が斎宮に可愛がられておると、フラリとあやつは鳴神大社へとやって来た。斎宮は妾を胸に抱いたままあやつに駆け寄り、妾には見せぬことのない顔で話しだしおった。
今に思えば、随分と子供っぽい理由じゃった。斎宮があやつに盗られたと思うて、妾に伸ばしてくるあやつの手を力の限り噛み付いてやったわ。
その時の顔と言えば、今思い出しても大笑いしてしまう程じゃ。
つまりじゃ――妾とあやつの出会いは最悪と言って差し支えなかったということじゃ。
「ふぅん……」
「……あー、何だ八重? 何でそんなに睨んでくる?」
妾の目の前でそやつはいそいそと大社から出て行こうとしておった。
あの一件から早一月――焔硝はその多くを影が居る稲妻城へ足繁く通うことに使うた。
それはもうあやつの口から毎日毎日、影の名前が飛び出るわ飛び出るわで、いい加減妾の愛らしい耳にタコができそうじゃ。それを聞きとうなくて影の下に避難したら、今度は影の口から焔硝の名が湯水の如く流れ出よる。
正直――もうウンザリじゃ。
確かに最初は妾の方から二人が何をしておるのか尋ねたが、それはそれをネタに二人を揶揄おうと思うたからじゃ。
じゃが、妾の考えが甘かった。妾が揶揄う隙を見せず、怒涛の勢いで惚気話を聞かせてくる。
正しくは惚気話ではないが、もうそのようにしか聞こえぬ。
元々、雷電眞が存命の頃から仲睦まじい間柄じゃったようだし、疎遠していた反動が来ておるのじゃろう。
それにしても、じゃ――。いや、この際それは別にどうでも良い。
問題なのは、焔硝が影ばかりにしか構わぬことじゃ。
いったい、誰が、あやつらを、気に掛けてやったと思う?
五百年間、いったい、誰が、焔硝の面倒を見てやったと思う?
そう――妾じゃ! 妾が居らねば、あの二人は今も疎遠だったかもしれぬと言うのに!
童の助力が必要だったとは言え、その童に頼んだのは妾じゃ! 妾が気に掛け続けなければ、童が尽力することは無かった! つまり! 妾が一番の功労者ではないのか!?
だと言うのに、こやつときたら……! 妾に礼の一つも言わぬ!
言ったとしても――『八重、面倒を掛けた』――の一言じゃ! それでは割に合わぬ!
「……えっと」
「また影の所か?」
「ま、まぁ……」
「ふん……毎日毎日飽きもせず通いよって。いっその事、影と一緒に住めば良かろう。いつまでも此処に居る必要は無いのじゃからな」
こやつは今でも此処に住んで居る。出て行く素振りも見せず、影に会いに行っても必ず此処に戻ってくる。影に言えば城に部屋を用意してもらえると言うのに、こやつはそれをせぬ。
おかげでこの間、影に会った時にあらぬ疑いを抱かれたものじゃ。
『神子、あなたは五百年間、焔硝と一つ屋根の下で暮らしていたのですよね?』
『そうじゃが?』
『……まさか、妙な真似はしてませんね?』
『……』
開いた口が塞がらんかった。いつもなら揶揄って遊んでやるつもりじゃったが、あまりにもトンチキなことを言うから、妾としたことが対応できなかった。
いや、それもまぁ――別に良い。焔硝が何処に住もうとそれはあやつの勝手じゃ。
別に、妾が気にすることでもない。
「いや、鳴神大社を離れる気は毛頭無いんだが……?」
「フン……そろそろ妾に何か言うべきことがあるのではないかの?」
「……。……? ……え?」
こやつの頭に雷を落としても、誰も文句は言わぬじゃろう。そろそろ妾の怒りも限界じゃ。
御幣を取り出し、雷元素の狐霊を召喚して焔硝に雷を放つ。
「馬鹿おまっ!? こんな所で――」
「ええい! この唐変木の恩知らずめ! もう帰ってくるでないわ!」
「だああああっ!?」
焔硝を鳴神大社の鳥居の外に追い出して崖から突き落とす。焔硝はそのまま影向山から落下していき、姿が見えなくなってしまった。
あやつはこの程度で死にはせんが、足でも挫いてしまうがいい。
「フン…………はぁ……」
らしくない……思わず怒りを爆発させてしまったのう。これでは優雅で艶美な狐お姉さんの印象が崩れてしまう。少し妾も頭を冷やす必要があるのう……。
妾は自室に戻り、娯楽小説を手に取るのじゃった。
妾が狐の姿から人の姿を取るようになって間も無い頃――。妾はあやつに対して気に食わぬ印象を抱いたままであった。
あの頃はまだ妾も幼く、今のような背丈も無く胸も無い少女の姿をしておった。
その頃から影の眷属として影と交流しておった。雷神の眷属ということもあり、当初は似合わず気を張っておった。じゃがそれと同時に妾は雷神に選ばれたのだと、鼻を高くしておった。力も他の誰よりも強く、妾は愚かにも驕り高ぶっておった。
ある日のことじゃ。妾は鳴神島のとある森に悪党が住み着いて居るという話を耳にした。それも小悪党ではなく、悪の力に飲まれてしまった海乱鬼の集団じゃ。
師である狐斎宮は妾に決して近付くなと言い付けておったのに、力を過信しておった妾は懲らしめてやろうと一人で森に向かってしまった。
その結果――妾は無様にも敵の罠に嵌まってしまい、異空間に閉じ込められてしまった。
海乱鬼があのような結界術を扱えるとは思わず、妾は脱出しようと必死に抗った。
じゃが出口は何処にも見当たらず、無限に湧き出てくる海乱鬼を相手にできず異空間の中を逃げ回ることしかできなかった。海乱鬼の目から逃れ、森の中に身を縮めて隠れることしかできぬ。
『痛い……足を切って……。もう力も出ぬ……妾、ここまでなのじゃろうか……?』
暗い森の中で幼い妾は涙を堪えながら怯えておった。
思えば、あれが妾が初めて経験した挫折と言うものなのじゃろう。鼻っ柱をへし折られ、自尊心がボロボロになった妾の姿は端から見ればそれはもう無様であったじゃろう。
――ペキッ。
『っ!?』
足音が隠れている場所に近付いてくる。妾は息を殺して隠れておったが、力のある海乱鬼には無駄なことじゃった。
妾は見つかり、逃げようとして転げてしまう。海乱鬼が刀を振り上げて妾の首に目掛けて振り下ろそうとしたその時――。
赤い雷が天を突き破って飛来し、妾を斬り殺そうとしておった海乱鬼を一瞬で斬り祓った。
顔を上げると、怒り心頭になった焔硝の顔が見え、瞬く間に他の海乱鬼を赤雷を纏った刀で斬り祓ってゆく。
最後の海乱鬼を斬ったあやつは、慌てた様子で妾に駆け寄ってきた。
『無事か!? 怪我をしてるのか!?』
あやつは妾の足の怪我を見ると、己の着物を引き裂いて怪我をしておる場所を縛る。
妾はあやつのことが嫌いじゃった。師を、雷神を妾から盗ってしまうあやつを一方的に嫌い、様々な嫌がらせをしてきたつもりじゃ。
だと言うのにあやつは妾の危機に駆け付け、悪鬼を退け、剰え自分の着物を裂いて怪我の処置をしてくれたのじゃ。
異空間から脱した後、あやつは私を負ぶって帰路につく。
その時に妾は尋ねたのじゃ――どうして妾を助けてくれたのかと。
そしたらあやつめ、鼻で笑いながら何でも無いかのように語りおった。
『一応、雷神の眷属としては先輩だからな。可愛い後輩を守るのは先輩の役目ってだけだ』
『せ、先輩……?』
『ま、俺も眞の眷属みたいなものだし、間違ってはいない』
『……妾はお主に散々嫌がらせをしてきたのじゃぞ?』
『嫌がらせぇ? あんなもん、俺が気にするものか。いや待て、飯を蟲に変える術だけは勘弁』
『……』
その時、妾はこやつに負けたと確信してしまった。妾のちっぽけな力では、この者に敵わぬ。
完全に負けじゃった。此処まで負けてしまえば、不思議なことに悔しさなどは感じなかった。
妾はあやつの背中に顔を埋め、大きな大きな溜息を吐く。
『後輩、お前は雷神が選んだ狐だ。誇るべき力がお前にはある。だけどそれはまだまだ未熟なものだ。自信を持つのは良いが、過信すべきではない。これに懲りたら、もう無茶はするんじゃないぞ?』
『……じゃが、妾は雷神の眷属として無茶を通さなければならないこともある。そういう時はどうすれば良いと言うのじゃ?』
『あん? そん時は――』
――そん時は、また俺がこうして助けに来てやるよ。
「……はぁ」
恥ずかしい顔を思い出した気がするのお。
気付けば日が暮れており、夕日が半分沈みかけておる。積み上げた小説を置き、外に出て大きく伸びをする。
「ん~~……ふぅ。焔硝はまだ帰らぬか」
――そん時は、また俺がこうして助けに来てやるよ。
「……」
バチンッ、と熱くなった頬を叩く。
やれやれ、あの時の妾はどうかしておったわ。雷神の眷属で仙狐である妾が神とはいえ男の台詞に絆されてしまうとは、あの妾は幼すぎた。
あの日から、焔硝との関係は良好になったと言えよう。焔硝に言わせてみれば先輩後輩といった関係を築き、修行中は狐斎宮の次に長く一緒に居た相手になったと言えよう。
まったく、妾も乙女じゃった。
「あー……八重」
「っ!?」
縁側でボーッとしておると、いつの間にか帰ってきておった焔硝がそこにおった。
焔硝は少しばかり気不味そうな表情を浮かべており、後ろ手に何か隠しておるようじゃった。
妾は先程まで考えていたことを悟られぬよう気丈に振る舞い、咳払いを一つしてやる。
「んんっ……な、何じゃ? 帰ってきたのか?」
「……今朝のことなんだが……」
「……別にもう良い。妾も熱くなってしまった」
焔硝は正座する妾の隣に胡座をかいて座る。
そして少しの間があり――焔硝は妾に小さな包みを差し出す。
「……何じゃ?」
「……ま、受け取れって」
その包み紙は稲妻でも有名な店の物だ。それなりにモラが掛かる高級店じゃったはず。
妾はそれを手に取り、ゆっくりと丁寧に包みを開いてゆく。
「……っ、これは……!」
それは美しい簪じゃった。紅い櫻の装飾が施された、一目で上等な一品であると分かる代物じゃ。
その美しさに目を奪われていると、焔硝が怖ず怖ずといった様子であることを告げる。
「その……お前には随分と迷惑と心配を掛けたからな。その礼と詫びを兼ねて……って、簪一つじゃ割りに合わないよな。だがあれだ、俺はその……モラを持ってなくてな。影に頼んでモラを稼ぐ仕事を見繕ってもらって、その……」
「……じゃから、ずっと出掛けておったと?」
「まぁ……そういうことになる、な」
「――はぁ」
妾は呆れてしまい溜息を吐く。
まったくこやつは……似合わぬことをしおって。こんなもので妾の苦労が報われるものか。
じゃがまあ……こやつもちゃんと気にはしてくれておったという訳かのお。であれば隠さなくても良かったであろうに。
「あー……でもやっぱ簪一本じゃ釣り合わんよな。もっと別の――」
「良い。これで良い。せっかく汝が妾のために選んで買ってくれたものなんじゃ。これで充分じゃ」
「そ、そうか? まぁでも――他に何かあれば遠慮無く言えよ? 何せ五百年分だし」
「ふふっ、そうかそうか。五百年分か……ならば、たーっぷり恩返しをしてもらおうかの」
今度、影と会うときにこの簪を挿して行こうかのお? 影め、どんな反応をするじゃろうか?
じゃが、すまぬな影……これは妾の特権じゃ。妾だけの……。
まったく、妾もまだまだ乙女じゃったか。