稲妻の双雷   作:八魔刀

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第12話 社奉行様

 

 

 その日の夜、焔硝は稲妻城の城下町で酒を飲んでいた。

 何の事の無い、ただの気紛れであり、偶には外で飲んでみようと思っただけだ。

 高い料亭でもなく、大衆食堂でもなく、通りの隅で構えている屋台で酒を傾けていた。

 

 何せ、焔硝にはモラが無い。あるにはあるが、八重神子にお小遣いとして渡されている分しかなく、それは料亭などで豪遊できる程ではない。

 

 それに焔硝はこういった屋台の方が気に入っている。安くて美味く、気兼ねなくのんびりのできる屋台の方が性に合っているのだ。

 

「大将、酒をもう一本」

「あいよ」

 

 焔硝は気分を良くしながら煮物を口に運び、酒で流し込む。

 

 ――大社の飯も美味いが、こういうい所の飯も美味い。いつか影と八重を誘ってみるか。

 

「失礼、お隣よろしいですか?」

 

 焔硝に若い男が声を掛けた。どうぞどうぞと座っている場所をずらし、その男の為に場所を空ける。

 焔硝の隣に座った男の身なりはとても上品で、屋台に来るようには見えなかった。

 男は妙に上品で色気がある声で酒と煮込み料理を注文する。

 

「今宵は冷えますね。こんな時には温かい物が恋しくなります」

「ん? おぉ、そうだな」

 

 男は上品に微笑みながら焔硝に話しかける。注文した酒の徳利を手に取り、お猪口に注ぐ。

 そして焔硝の空のお猪口に徳利を向ける。

 

「此処で会ったのも何かの縁です。一杯如何ですか?」

「む? そうか、ならありがたく頂こう」

 

 男から酒を注がれ、出会いを祝して酒を飲んだ。

 

「失礼、申し遅れました。私は……綾人と申します」

「……焔硝だ」

 

 綾人と名乗った男は微笑み、酒を楽しみつつ焔硝と話をする。

 

「此処にはよく来られるのですか?」

「いや、今日が初めてだ。だがまた来たいと思っている」

「そうですか。それは良かった。私は此処の隠れた常連でして。時折人目を忍んで訪れているのです」

「ふむ……やんごとなき御方が贔屓にしている屋台か。俺は良い屋台を見付けたようだな」

「此処の大将殿は私の注文にも見事に応えてくださる御方でして。とても良い店です」

 

 焔硝は酒を飲みながら綾人を観察する。

 

 先程から焔硝は綾人に対して何かを感じ取っていた。嫌な感じではない、だが値踏みされているような、腹の底を見透かされそうになっているような、そんな気配がしてならない。

 

 悪い奴――ではないとは思っている。だがただ者ではないことは確かだと、焔硝は少しだけ綾人を警戒していた。

 

 綾人は尚も話を続け、とある話題を出した。

 

「ところで焔硝殿。貴殿は知っておりますかな? 最近になってとある噂が広まっているのを」

「噂?」

「将軍様に『男』ができたと――」

「ぶっ!?」

 

 焔硝は酒を吹いた。飲みかけていた酒が器官に入り、鼻からも噴き出てしまった。

 咳き込む焔硝を余所に、綾人は言葉を続ける。

 

「しかもその『男』は彼の目狩り令の際、将軍様と対等に渡り合った者とか。将軍様はその実力に惚れ込み、夜な夜な天守閣へ招いていると――人々は噂しております」

 

 ――夜な夜なって……夜には既に帰ってるって。

 

 どうやら稲妻内ではあらぬ噂が広まっているようだ。それも将軍様の威光を揺らがすような、世俗にまみれた噂だ。将軍様が男を連れ込んでるなんて広まったら民達に示しが付かず、またよからぬ事を考えるような輩が現れるかもしれない。

 

 どうしてそんな噂が広まってしまったんだ――と焔硝は頭を抱える。

 

 それはどう考えても焔硝が影の下に通い過ぎているからなのだが、焔硝はそれに気付いていない。

 

「確かに、将軍様は神と言えど女性です。意中の殿方ができたとしてもおかしくはありません。将軍様にそのようなお相手ができたことは、稲妻の者達にとって素晴らしいことでしょう」

「そ、そう……か?」

「はい。それに将軍様が見初められた男……皆それが気になって仕方がありません」

「へぇー……」

「その者は上等な羽織を纏い、赤鞘の刀を差しているとか……おや? 貴殿も上等な羽織と赤鞘の刀を差しているようだ。これは面白い偶然ですね」

 

 白々しい――焔硝は綾人がその噂の男であると見抜いていると確信した。

 

 だがそれを知っていたとして、己に何の用だというのか? 単なる好奇心か? それとも何か企みか? この男に限って好奇心だけということは無いだろう。

 

 焔硝は綾人に酒を注がれ、警戒しながら話を聞く。

 

「もう一つ、面白い話を聞きましてね。その男は将軍様と刃を交えた際、赤い雷を操っていたそうです。赤い雷……『赤雷』とは面白い。実は稲妻の古い文献に『赤雷』について記された物があります。確か――『赤雷の将』、そう呼ばれた将軍様の懐刀が存在したとか」

「……」

「五百年前の戦以降、その者の姿を見た者は居らず、戦死したと云われている。ですが、こうも記されております。彼の者は人ならざる者であり、今も生きて稲妻の何処かを彷徨っている――とか」

「……それを俺に話してどうしたいんだ?」

 

 綾人は薄らと笑い、酒を一口飲む。

 

「いえ、ただの歓談ですよ。赤雷の将が復活したという話が、彼の戦いを目撃した者達の間で広がっているそうです。私はその時屋敷に居て目にすることはできませんでしたが、激しい雷鳴がずっと鳴り続いていたのは覚えています」

「……仮にだ。仮に赤雷の将が復活していたとして、お前はどうするつもりなんだ?」

 

 焔硝がそう尋ねると、綾人は薄らと笑い、煮込み料理を口にする。

 綾人が答えるまで、焔硝はじっと待つ。

 

「……いえ、何もしませんよ。と言うよりも、我々ではどうすることもできません。本当に赤雷の将であれば、彼の者の力は人知を超えているはずです。将軍様と渡り合えていたというのが何よりの証拠……稲妻の猛者が束になっても勝てないでしょう」

 

 それは言い過ぎだ――と焔硝は内心で否定する。

 

 確かに二千年以上前であれば、綾人の言う通り人間相手に負けることはなかった。どれだけ人間が束になろうとも、負ける気がしない。しかし、それも過去の話だ。今の己にそんな力は無い。目の前にいる綾人にだって、もしかしたら首を持っていかれるかもしれない、と焔硝は若干の緊張を走らせる。

 

「ですが――そうですね……。もし赤雷の将が現れたというのなら、私から一つお願いしたいことがあります」

「……それは?」

 

 綾人は空になった焔硝のお猪口に酒を注ぐ。

 

「どうかもう二度と将軍様のお側から離れず、二度と稲妻の民達が苦しまぬよう守って頂きたいと。無論、我々も稲妻の未来のため尽力するつもりです」

「……」

 

 注がれた酒を、焔硝はしっかりと一口で飲んだ。

 

 ――この綾人とかいう人間、どこまで把握している? 決して悪い人間だとは思えない。純粋に稲妻のことを思っているようだ。態々それを言いに来たということが何よりの証拠。

 

 焔硝は綾人という人間の本質を見抜こうとし、だが底まで見抜けない綾人を恐ろしく感じた。

 だがこれ程の人間が稲妻のために動いていることに、焔硝は嬉しくも感じた。

 

 焔硝は徳利を持ち、綾人の空のお猪口に差し、酒をトクトクと注ぐ。

 

「もし赤雷の将を見かけたら、そう伝えておこう」

「是非、お願い致します」

 

 二人は一緒に酒を飲み交わす。

 

「さて、私のお話に付き合ってくださったお礼に、私お薦めの一品を御馳走しますよ」

「ほぅ? ありがたくいただこう」

「大将殿、例のアレをお願いします」

「あいよ」

 

 そうして出てきたのは、生のウミレイシが漬かった牛乳だった。

 

「……」

「ウミレイシの食感と牛乳の風味が素晴らしく、とても面白い食べ物ですよ。いや、飲み物ですかな?」

 

 綾人はそれを美味そうに飲んだ。

 焔硝は一気に食欲を失い、吐き気を催した。

 しかし、差し出された食べ物は粗末できない。

 焔硝はウミレイシ牛乳を一気に飲み干した。

 何とも面妖な食感が喉を通り、何とも言えない味が下にこびり付く。

 ウミレイシ牛乳の味を酒で洗い流そうとするも、ウミレイシ牛乳の味が強烈すぎて洗い流せない。

 もうこれ以上食べ物を見たくないと思った焔硝は立ち上がって帰り支度をする。

 

 大将にモラを払い、フラフラとしながら屋台から離れていく。

 

「焔硝殿」

「……?」

 

 綾人が焔硝を呼び止める。

 

「――くれぐれも、お頼みしますよ。将軍様のことも、稲妻のことも」

「……あい分かった」

 

 二人は今度こそ別れた。

 

 焔硝は綾人に言われた――今度こそ稲妻を裏切るな、と。

 

「分かってるさ……。もう絶対に見失ったりしない」

 

 焔硝は誓う――今度こそ最後の最後まで影と稲妻を守り通すと。

 

 

 

 

 





私の中で神里綾人はミステリアスで、裏でこうして稲妻を守っているイメージが強い人物です。妄想乙です。
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