それは焔硝の伝説任務に関わってくるものであり、ある結末を予想させる物だったりします。
それはそれとして、二次創作って難しいなぁ……。
誤字報告、助かります。ありがとうございます。
焔硝は眉間に向かって飛来する雷元素を纏った矢を刀で弾き飛ばす。
目の前の女性から向けられる殺気に冷や汗を流しながら、焔硝は落ち着けと声をかけるが、その女性は耳を貸さず次の矢を放つ。
怒りと憎悪が乗せられた一撃に焔硝は戸惑う。
どうして彼女が――天領奉行の九条裟羅が己を殺そうとするのか。
「女の敵め! くたばれ!」
「なして!?」
本当――どうしてこうなった?
最近、将軍様が殿中に男を招き入れている。
そんな噂話が広まり始めて数日、天領奉行を統括する九条家のご令嬢、九条裟羅は今日も忙しく書斎で公務に勤しむ。
件の噂を耳にしてからと言うもの、九条裟羅はそれを気にしている余裕が無いほどの激務を毎日こなしていた。
ある日、裟羅は珍しくも休みを取っていた。休み無く働く裟羅の姿を見ていた天領奉行の者達から半ば強引に与えられた休みである。日課の鍛錬だけは遂行し、それを終えた裟羅は城下町を散歩していた。
仕事で町を練り歩くことはあっても、私用で町を歩いたのは久しぶりである。
故に、何をしようかと迷っていた。適当に町をぶらつくだけというのも勿体ない気がした。
「ふむ……ん?」
何をしようかと考えていると、ふと上等な羽織を羽織った男の姿が見えた。
その男は武士でもないはずなのに刀を腰に差していた。
珊瑚宮の抵抗軍か? とも考えたがそういう訳でもなさそうだ。
裟羅はその男のことが気になり、後を付けた。
男は城の敷地へと入り、門番に通行証のような物を見せて天守閣へと入っていった。
まさか――あの者が噂の男か!?
裟羅はすぐさま門番へと駆け寄り、門番を問い詰める。
「おい! 今入っていった男、あの者は誰だ!?」
「は、はっ! 将軍様の貴賓で御座います!」
「名は!?」
「え、焔硝と名乗っておりました!」
「焔硝……!」
裟羅は思い出す。多少身なりが変わっていたが、あの時鳴神大社にいた元重罪人だと。
将軍様に刃を向けた大罪人が、どうして貴賓として扱われている?
裟羅は困惑した。いったい将軍様と焔硝の関係は何だと、確かめずにはいられなかった。
しかし、今の己にそれを確かめる方法は無かった。天領奉行でもそれなりの地位にはいるが、天守閣へ乗り込んでどうこうする権限を持ち合わせていない。
何とかして確かめる方法は無いかと考えていると、ある事が思い浮かぶ。
――八重宮司様なら何か知っているはず!
裟羅は急ぎ鳴神大社へと向かった。
鳴神大社ではちょうど八重神子が社の外の池を眺めており、裟羅は八重神子に迫る。
「八重宮司様!」
「む? 何じゃ、九条裟羅殿ではないか。どうしたのじゃ? そんなに慌てて……」
「あの男、焔硝という者について教えて頂きたい!」
「焔硝……?」
八重神子は首を傾げた。
裟羅は事の事情を説明する。
「ふむ……そんな噂が」
「あの者は何者ですか? あの時も此処に居ました。宮司様なら、何かご存じですよね?」
「……」
八重神子は九条裟羅を見つめ、そして口端を吊り上げた。
「知っておるも何も、あやつは将軍様にとって特別な男じゃ」
「んなっ!? それはどういう――!?」
「特別は、特別じゃ。妾にとってもあの男は特別でのう……。将軍様と妾の間を行ったり来たりとしておる」
「なんと不埒な!?」
九条裟羅は激怒した。天領奉行の者として、一端の女として、焔硝のような男を必ず排除せねばと決心した。
八重神子はそんな様の裟羅を見てケラケラと隠れた笑みを浮かべる。
「今日も将軍様の下へと行ったが、楽しんだ後はまた妾の下へと帰ってくる。それをほぼ毎日来る返しておるぞ?」
「ゆ……許すまじ焔硝! そのような不埒を働き、更には将軍様と宮司様に手を出すなど……! 生かしてはおけん! 私自ら引導を渡してくれる!」
裟羅は魂からそう叫ぶと、雷元素の神の目を光らせながら走り出していく。
その後ろ姿を見て、八重神子は腹を抱えて笑うのであった。
鳴神大社を飛び出した裟羅は、如何にして焔硝に鉄槌を下そうか画策していた。
あんな男でも一応将軍様の貴賓の扱い。表立って天誅を下す訳にもいかない。
――ならば、道中で待ち構えて御前試合を申し込んでやる。
九条裟羅は本気だった。稲妻城から鳴神大社に続く道の中で最適な場所を選び、焔硝が現れるまで待ち続けた。
時間にして数時間――日が傾き夕日が沈みかけたその時、焔硝は現れた。
裟羅は焔硝の前に立ち塞がり、弓を取り出す。
「焔硝だな?」
「……如何にも」
「貴様に御前試合を申し込む! 受けて立て!」
「は?」
裟羅は問答無用で矢を放つ。無慈悲な一撃は焔硝の心臓に向かって伸びていき、その矢は焔硝の刀によって弾かれる。
「おいおい……何で天領奉行が俺を――」
「将軍様のために、お命頂戴する!」
そして時は冒頭に戻る。
何発もの矢を焔硝は弾き、または避けて裟羅を止めようと声を掛け続ける。
「いい加減にしないか! 何で俺を殺そうとする!?」
「ほざくな! 将軍様と宮司様に手を出して置いて、生きて帰れると思うな!」
その時、焔硝は悟った。彼女の背後でほくそ笑む桜色の狐お姉さんの姿を見た。
――あ~の性悪女狐めぇ! 九条裟羅にいったい何を吹き込んだ~!?
九条裟羅はきっと八重神子の口車に乗せられて何か大変な誤解をしているのだろう。
そう悟った焔硝は裟羅の誤解を解こうとする。
「九条裟羅! 八重に何を言われたか知らんが、お前の考えているようなことは決してない!」
「黙れ! 将軍様に手を出すことがどれだけ許されないことか! しかも神聖な立場である宮司様にまで! 貴様、男として産まれてきたことを後悔させてやる!」
「俺が何をした!?」
「惚けるな! この不埒者がァ!」
裟羅が雷元素を操り、焔硝の頭上から雷を落とす。
「ちっ……!」
焔硝はその雷を避けることなく、刀で受け止めることもせず、ただの左拳で打ち払った。
自身の最大技をただの拳で弾かれたことに裟羅は驚愕する。
いったいこの男は何者だ? 雷を拳で弾くなど人間業ではない。神の目を持つ者か? だがどこにも神の目が見当たらない。いったい何なのだ?
裟羅は今になって焔硝の異常さを理解し、強い警戒を表す。
焔硝は左手を「アチチ」と払いながら、勢いが止まった裟羅を見て溜息を吐く。
「はぁ……あのな、俺はえぃ――雷電将軍の知り合いってだけで、お前が思ってるようなことは何一つしてない」
「なら貴様は何者だ? 将軍様とお知り合い? 馬鹿を言うな、雷神と知り合いなんて言えるのは、あの旅人ぐらいだ」
「何者……何者って言われてもな……」
焔硝は口籠もってしまう。
己が元魔神で影とは昔からの友人で、何て言える訳がないのだ。
適切な答えが思い浮かばずにうんうんと呻っていると、痺れを切らした裟羅が再び矢を向ける。
「やはり言えないことか……! 貴様は此処で――」
その時だ――焔硝と裟羅の周囲を敵が取り囲んだ。
二人は争いを中断し、背中合わせになって取り囲んだ敵を警戒する。
その敵とは――赤い武者鎧に身を包んだ海乱鬼だ。しかもその数は尋常では無く、両の手で数えても指が足りない程だ。
「何だこの数は……!?」
「ふぅん……影の言っていた通りか」
「何?」
焔硝はこの局面でも余裕の表情を崩さず、冷静に物事を見ていた。
「将軍が言っていた。最近、稲妻の海乱鬼が怨霊と化して増えていると。それも炎元素を操る海乱鬼がな」
「そんな報告、奉行所では何も……!」
「雷神にしか分からない変化だったからな。まだ被害が出る前だから上がってないだけじゃないか?」
焔硝は刀を構える。海乱鬼と戦うつもりだ。
裟羅も弓を構え、海乱鬼の動きに注視する。
その直後、海乱鬼の一体が咆哮を上げた。裟羅はそれに向かって矢を放つも、矢は海乱鬼の身体を通り抜けてしまう。
「何だと!?」
海乱鬼はそのまま裟羅に肉薄し、大きな刀を振り下ろす。
しかし焔硝が裟羅の腕を掴んで背後に回して場所を入れ替わる。そして海乱鬼の刀を自身の刀で受け止めて弾き、その首を刎ねる。
「怨霊だからか……邪気を祓える力を持つ者しか触れられんか」
「なっ、そんなこと――わっ」
バサッと、裟羅の頭の上から布が被された。
それは焔硝の羽織であり、背が高い裟羅でも丸々包んでしまう大きさだ。
「それに身を隠していろ。ある程度の邪気ならそれで防げる」
「なっ、私に隠れていろと――おい!?」
裟羅の言葉を聞かず、焔硝は海乱鬼に斬りかかる。
裟羅は羽織の隙間から焔硝が海乱鬼と戦う様子を覗き見る。
焔硝の動きは凄まじく、力強い上にとても素早く、無駄な動きが一切無い。基本的に初太刀で海乱鬼を戦闘不能に追い込み、相手の攻撃は自身が攻めることで封じている。
あんなにも勇ましく力強い剣術を、裟羅は見たことが無い。稲妻に伝わるどの流派でも無い焔硝の剣術に、裟羅は目を奪われてしまう。
まるで――武神。我らが神と同じ武神の姿を、焔硝の背に見てしまった。
「何者なんだ……あの男は……?」
裟羅の頭が羽織からはみ出た。
その瞬間、裟羅の背後に忍び寄っていた海乱鬼が牙を見せる。
裟羅が気付いた時には既に刀は振り上げられており、後はそのまま振り下ろされるだけだった。
裟羅は咄嗟に蹴りを放つが、普通の海乱鬼とは違って怨霊であるそれには当たらない。
刀が首に目掛けて振り下ろされ、裟羅は硬直してしまう。
裟羅の首に刀が触れるその直前――赤雷が海乱鬼を吹き飛ばしていった。
雷鳴が轟き、裟羅の前から海乱鬼がいなくなり、代わりに男の背中が現れる。
男からは赤雷が迸り、怒りで猛る覇気を怨霊海乱鬼へと放っていた。
「貴様ら……稲妻の民に牙を向けたこと、後悔するがいい!」
そこからは圧倒的だった。
焔硝は赤雷を纏い、周囲を焼き払いながら海乱鬼を葬り去っていく。
刀で斬るだけではなく、赤雷を落とし、はたまた放ち、圧倒的な神威で全ての海乱鬼を消し尽くした。
「――――」
裟羅はその光景を見て、稲妻に広まっているもう一つの噂を思い出した。
曰く――赤雷の将が復活したと。
赤雷の将は五百年前までに存在していた将軍様の懐刀。九条家に養子に入ってから、いくども将の話を聞かされた。
赤雷の将に負けぬ強き武人になれと、養父から強く言い聞かされてきた。そうで在れるようにと努力をしてきたつもりだ。
赤雷の将――焔硝――将軍様の特別――。
全てが繋がった瞬間だった。
刀を鞘に戻した焔硝は赤雷を収め、乱れた髪を掻き上げる。
「ふぅ……九条裟羅、怪我は無いか?」
「――――ぁ、ありません! 我が身を守って頂き、なんと感謝すれば良いか!」
「え? いや、そんな急に畏まらなくても……」
焔硝は戸惑う。いきなりの態度の変化にたじたじとなり、何とも言えない表情を浮かべる。
裟羅はハッとして己が何を纏っているのか思い出し、慌てて羽織りを丁寧に脱いで返す。
「此方はお返し致します! あ、いえ! 清潔にしてからお返しいたします!」
「いやいやいや! 持っていかないで! そんなの良いから! ってか何でそんな畏まって!?」
「貴殿が赤雷の将とは知らず、大変なご無礼を働きました! 罰は如何様にも! ですがどうか、私一人の責としてください! 天領奉行や九条家とは何も関係ありません!」
「いや、だから! 俺はそんなことするつもりは無いし、それをする権限も無いから! だから土下座をしようとするな! 影に殺されちまう!」
焔硝は顔を真っ青にして地面に額を擦ろうとする裟羅を止め、裟羅が落ち着くまで何度も説くのであった。
落ち着いた裟羅は無様を晒したとして身を小さくして顔を伏せていた。
「申し訳ありません、焔硝様……」
「様止めて……」
「焔硝殿……私は何と謝罪すれば良いのか……」
「だから、何も謝る事は無い。それもこれも全部、八重が悪い。あいつ、絶対面白がってホラ吹いただけだから」
裟羅は激怒した。必ずかの邪智暴虐の狐を成敗せねばならぬと。
焔硝は羽織を羽織り直し、溜息を吐く。
そして咳払いをして裟羅に話し出す。
「九条裟羅、この際だから俺が赤雷の将だってのは否定しないでおく。だがこれは秘密にしておいてくれ」
「何故です? 貴方様がお戻りになられたのなら、それを公布して稲妻の人々を安心させるべきです!」
裟羅はそう訴える。だが焔硝は首を横に振る。
「俺にはもう嘗てほどの力が残っていない。先程のように怨霊を祓える程度の力は残っているが、将軍の懐刀と名乗れる程の力は無いのだ」
「ですが……」
「だが約束しよう。もう二度と将軍の側から居なくならないと。二度と稲妻の臣民が苦しむようなことをしないと、我が神に誓おう」
そう言って焔硝は微笑む。
裟羅はそれ以上何も言えず、焔硝の言葉に頷くことしかできなかった。
焔硝は裟羅が頷くのを見ると、腕を上に伸ばしてうーんっと伸びをする。
「――ふぅ。さて、九条裟羅。もう日が沈んでしまった。屋敷まで送ろう」
「い、いえ! そのようなお手間はかけさせられません! 私一人で帰れます!」
「夜に女子一人返してしまえば、将軍と女狐に叱られてしまう。此処は俺の為と思って、送らせてくれ。ほれ、行くぞ」
「お、お待ちください!」
裟羅は焔硝を追いかけた。
九条裟羅――天領奉行の武士である彼女は、いつの日か目指した武士と出会った。
その出会いは今後の彼女の人生において貴重な物になるであろう。
「おや、九条裟羅殿。そんなおっかない顔をしてどうしたのじゃ?」
「宮司様……よくも私を騙しましたね!」
「アーハッハッハ! ちょうど退屈しておったからのう! 汝の反応は実に愉快じゃった!」
「っの……! お覚悟!」
「可愛い女子が怒る姿も良いのう! くははは!」