稲妻の双雷   作:八魔刀

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第14話 神里綾華&トーマ

 

 

「……」

 

 とある茶屋にて、焔硝は出された茶を啜る。

 焔硝以外に客は居らず、一人個室で茶と茶菓子を堪能している。

 出されている茶も菓子も稲妻ではかなり高級な部類に入る立派な物であり、影が此処に居れば頬を膨らませて幸せそうな顔をしていることであろう。

 

 此処は木漏茶屋――一般人は入ることが許されない、神里家御用達の茶屋である。

 

 そんな場所でどうして焔硝が茶を飲んでいるのかというと、それはほんの少し前まで遡る。

 

 

 

 影との約束の時間まで町を散歩していようと、団子牛乳を片手にフラついていた。

 その時ふと、子供達が顔を寄せ合って遊んでいる光景が目に入る。一人の青年を取り囲み、何やら地面を覗き込んでいた。ふらりとその場所に近寄ってみると、子供達はどうやらオニカブトムシによる虫相撲に興じているようだった。

 

 今も昔も虫相撲は子供達に人気なようだ。焔硝は腕を組みながら虫相撲の様子を眺める。

 青年側のオニカブトムシが子供側のオニカブトムシに突っ込んでいき、子供側のオニカブトムシを勢い良く引っくり返そうとする。

 

「いけいけー!」

「トーマ兄ちゃんに負けるなー!」

 

 子供側のオニカブトムシは何とか踏ん張っていたが、最終的にはコテンッと腹を上にして転がってしまった。

 

「あーあ、負けちゃった」

「ははっ! どうやら俺の勝ちみたいだね」

「トーマ兄ちゃんのオニカブトムシ、でっかくて格好いいなー」

「いやいや、君のオニカブトムシだって……ん?」

 

 トーマと呼ばれた青年の視線が上がり、焔硝を捉える。焔硝と視線が交差し、トーマは目が点になって固まる。そして勢い良く立ち上がって焔硝を指さした。

 

「あー! 貴方は!?」

「んあ?」

 

 突然指さされた焔硝は首を傾げ、何処かで会ったことがあるだろうかと記憶を辿る。

 

 金髪に翡翠色の瞳、赤が印象的な装束姿の青年――。

 

「――ああ、目狩りの時の」

 

 その青年はあの時、雷電将軍に神の目を奪われそうになっていた青年だ。空とパイモンを連れて逃げ去ってから一度も顔を合わせることは無かったが、まさかこうして再会するとは思わなかったと、焔硝は少しばかり驚く。

 

 青年――トーマは子供達にオニカブトムシをあげて輪から抜け出し、焔硝の前に躍り出る。

 

「もし! 貴方はあの時私達を助けてくださった御方では!?」

「ん? うむ……如何にも」

「やはり! ずっとお礼を申し上げたいと探していたんです! あ、申し遅れました! 私、社奉行神里家にお仕えするトーマと申します!」

 

 トーマは懐から名刺を取りだして焔硝に渡す。それを焔硝は受け取り、目を通してから懐へとしまう。

 

「是非、お礼をさせてください! お嬢様も貴方にお会いしたいと願っております!」

「え……えぇ……? いや、そこまでしなくても……」

「いいえ! 是非! さぁ! 行きましょう!」

「いや、ちょ、ま――」

 

 トーマは焔硝の手を引き、大通りを走り出すのであった。

 

 

 

 

 そうして押し込まれたのがこの木漏茶屋であり、トーマがお嬢様を連れてくるまでの間熱い茶を飲んでいるのだ。

 

 ――それにしても、出迎えがでかい犬とは思わなかった。

 

 焔硝は茶を啜りながら木漏茶屋の菓子を土産に買って帰れないかと真剣に悩む。

 

 そしてその時は来た――。

 

『失礼します』

 

 襖が開かれた。その向こうからトーマと、青みがかった白髪のご令嬢が現れた。

 

 彼女こそトーマの言うお嬢様――神里綾華その人なのだろう。

 以前出会った神里綾人によく似ている――だが内に秘めたる雰囲気や考えは違うようだ。

 

 焔硝は彼女を見てそんな感想を抱いた。

 

 綾華は焔硝の対面に座り、トーマはその後ろに控えるようにして座る。それだけの所作の中に、綾華の優雅さと気品さがしっかりと現れていた。

 

 綾華は頭を下げて一礼を行う。

 

「お初にお目に掛かります、焔硝様。私、社奉行神里家の神里綾華と申します。此方は既にご存じでしょうが、私の側近であるトーマと申します」

「トーマです。よしなに」

「……焔硝だ」

 

 焔硝が名乗ると、綾華は優雅な笑みを浮かべる。

 

「焔硝様、ようやくこうしてお目にかかれたことを嬉しく思います」

「様は止してくれ……。先に行っておくが、改めて礼を言われるようなことはしていない」

「焔硝様……焔硝殿がいなければ、旅人さんもトーマも彼処で未来を絶たれていました。同時にきっと、稲妻の未来も……」

「……話はそれだけか? なら俺は――」

「お待ちください、『赤雷の将殿』!」

 

 立ち上がろうとした焔硝の動きが止まった。

 綾華が知るはずもない焔硝の異名を口にした。

 いや、知る手段は一つだけある――兄の神里綾人だ。彼が綾華に教えたのだろう。

 

 だが何故だ? 兄妹揃って警告するためか?

 

 焔硝は座り直し、綾華を見つめる。

 

「……神里綾人から聞いたのか?」

「はい。お願いします、どうか少しだけでもお話をさせていただけませんか?」

「……何を話すと?」

「その…………ぼ、冒険譚を」

「……は?」

 

 焔硝は目が点になり、無様にも口をポカンと開けて固まってしまう。

 綾華は扇子で口元を隠し、恥ずかしそうに頬を紅く染める。後ろに控えているトーマも苦笑し、事の成り行きを見守っている。

 

 困惑している焔硝に綾華は理由を説明する。

 

「じ、実は幼い頃から焔硝殿の伝記を読んでおりまして……。率直に申し上げますと、焔硝殿の冒険譚に憧れているのです」

「――ぁ、ま、待て! 伝記? 冒険譚? 何だそれは?」

「ご存じないのですか? 一番古い書で数百年前……最近になって新刊も出ています」

「新刊!? ちょっ、今それ持ってるか!?」

「はい、こちらに……」

 

 綾華が何処からか本を取り出し、焔硝はそれを引っ手繰るようにして取り、舐め回すように眺める。その本の題目はこう書かれている。

 

『稲妻無双―赤雷伝―』

 

「――って娯楽小説じゃねぇか!?」

 

 思わずその本を放り投げるところだった。ご丁寧にその本の出版元は『八重堂』と書かれており、著者は『櫻狐』と記されている。

 

 ――あの女狐めぇ……! 何て物を世に散蒔いてやがる……!

 

 パラパラと本を捲っていき内容を流し目で読んでいくと、どうやら五百年以上前の『とある出来事』を面白可笑しく書き記した物語のようで、その出来映えも焔硝が腹立たしくなるほど完璧な物だった。

 

 焔硝は頭を抱え、本を綾華に返した。

 

「……どうりで稲妻人が予想以上に赤雷の名を知ってる訳だ。大昔に俺の記録は全部抹消したはずなのに」

「貴方が復活したと噂が広がるまではただの伝記物や史料集しかありませんでしたが、ここ最近で赤雷の将を題材にした創作物が増えているのですよ」

 

 将軍や八重神子を題材にした創作物があるのは以前にも耳にして目を通したことはあるが、まさか己を題材にした物が存在するとは思ってもいなかった焔硝。もしかして己が思っているより赤雷の名は稲妻に残って浸透しているのかもしれないと、焔硝は脱力してしまう。

 

「……ま、それはいい――いや良くないが。つまるところ、『白鷺の姫君』は俺から当時の話を聞きたいと?」

「私のことをご存じなのですね!?」

「まぁ、人気者の話は耳に届く。此処へはそちらの青年を助けた礼をしてもらえると聞いて来たんだが? 別に必要無いが……」

「勿論、誠心誠意お礼はさせていただきます。ですがその……滅多に会えるような御方では御座いませんので」

「ん? 別に鳴神大社に来れば大抵居るが?」

「お会いしてくださるのですか!?」

 

 バンッと卓から身を乗り出すような勢いで焔硝に迫る。その目は爛々と輝いており、随分と興奮しているようだった。

 だがしかし、すぐに自分がはしたない真似をしていることに気が付き、顔を真っ赤にして鎮座する。トーマは笑いを堪えているようで、顔を背けてプルプルと肩を震わせている。

 

 焔硝はあの兄に内面は似ていないのだなと、随分と子供らしい姿を見せる綾華に微笑ましい気持ちになる。

 

「ま、昔のことはあまり話す気は無いが……気が向けば、な」

「まあ……! ありがとうございます!」

「……だがそれはまた今度な。そろそろ用事の時間だ。お暇させてもらう」

「あ……お忙しい中お時間を頂きありがとうございます。しかし、まだお礼が……」

「あー……じゃあ、この茶菓子を一箱包んでくれ。それでいい」

「ですが……いえ、畏まりました。トーマ、用意をお願いします」

 

 その後、焔硝は綾華に見送られ木漏茶屋を出た。店先でトーマに土産の茶菓子を受け取り、天守閣へと向かおうとしたその時、トーマから改めて礼を言われる。

 

「あの時は助けていただき、本当にありがとうございました」

「礼はいらん。元を正せばあれは……。兎も角、お前が気にする必要は無い」

「そうもいきません。ですがこれは水掛け論になるので、これ以上は止めておきましょう。実は、私からも申し上げたいことが一つ」

「……何だ?」

 

 トーマは柔やかな笑みから真剣な表情になる。

 

「社奉行神里家はその仕事柄、他家よりも歴史に詳しいことが御座います。その中で、貴方が何者なのかということも神里家が残し続けてきた史料によって当主様は勘付かれておいでです。私は聞かされてはおりませんが、我らが将軍にとって貴方が無くてはならない存在だということは知っております」

 

 焔硝は警戒の色を見せた。トーマの物言いから、己が元魔神であることを知っていると察することができる。それを態々口にするということは、魔神という立場を何かに利用しようと目論んでいるのだろうか。

 

 焔硝は数千年前にも己を稲妻の神として祭り上げようとした一族達がいたのを覚えており、碌な結末は迎えなかったのを知っている。

 

 まさかとは思うが、神里家がそのようなことを企んでいるのだろうかと、懸念を抱いてしまう。

 

「話は変わりますが、当主様は近頃、貴方が『ある事』について調べていることを知っておられます。神里家には優秀な隠密部隊がいます故、事情を知る神里家であれば何かのお助けになるかもしれません」

「……最近妙な鼠が嗅ぎ回っていると思ったが、お前達か。俺を助けようとして何を企んでいる?」

「我々は稲妻の行く末をただ案じるだけです。そして我らが将軍は彼の雷神だけ。そこに嘘偽りは御座いません」

「……」

 

 焔硝はトーマの顔を見つめる。嘘を言っているようには思えず、本心から出ている言葉なのだろう。

 

 何を考えているのか分からない神里家に若干の恐怖を覚えつつ、焔硝は一先ずトーマからの言葉を心の隅に止めておくことにした。

 

 今までの言葉はきっとトーマの言葉ではなく、正確には神里綾人からの伝言なのだろう。遠回しに『監視』していることや、『敵対』はしていないことを伝えて、焔硝に対する神里家の立場を明らかにしようとしているのだ。

 

「食えん奴だ……。分かった。ちょうど今の俺の手では行き詰まっているのでな、神里家の厚意に甘えるとしよう。後程、使いの者を鳴神大社へと寄越せ」

「畏まりました。ところで……実は私も焔硝殿のファンでして! よろしければ以後、貴方のことを『御大将』って呼んでもよろしいですか? 神の目が雷元素じゃなかったのは残念でしたけど、同じ赤色の炎元素で戦い方も真似てみようとしてるんです!」

 

 いきなりの態度の変わり様に焔硝は付いていけず、ドッと疲れたように肩を落とす。

 早く影の顔を見て疲れを癒やそうと思い、もう知らんとやれやれと首を振る。

 

「勝手にしろ……。あと運が良かったな。俺の雷は実は炎元素だ」

「本当ですか!? やったぜ! それじゃ御大将! またお会いしましょう!」

 

 焔硝は後ろ越しに手を振りながら天守閣へと足を運んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「八重……お前俺を題材にした娯楽小説を出しやがったな?」

「何じゃ、やっと気が付いたのか? 中々好評じゃぞ?」

「あの時俺は真面な状態じゃなかったとは言え、己の存在を歴史から抹消しようと史料を全部焼き払ったはずなのに……どうやって史料を復元した?」

「……復元はしておらぬ」

「何?」

「これ以上は企業秘密じゃ。さて、そろそろ夕餉の時間じゃ」

「あ、おい! ったく……」

 

 

 

 

 

 

 

「……言える訳がなかろう。妾が全部新たに書き記した等と……。お主が稲妻から忘れられるなんてこと……妾が耐えられるはずもなし……」

 

 

 

 

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